現状を知ろう
◆ ○×□△の街 ◆
なんだかんだで夕方になってしまった。あのおじいさんが言う通り、ひたすら進んでる。人通りもまばらだし、そもそも誰もこの布団にリアクションを示さない。引きこもり明けみたいな人達が集まる街なのかな。全体的に活気がなさすぎる。
「宿ー宿ー」
「あれから、誰に聞いても素っ気ない返事をされますね」
「きっと皆、引きこもり明けなんだ。モノネさんじゃあるまいし禁止」
「わかってるなら言わなきゃいいのに……」
イルシャちゃんにつっこみ封じを発動したところで、妙なことに気がついた。誰も布団ご一行に興味を示してないと思ったけど、今すれ違った人の視線が釘付けだ。いや、全員だった。
「超見られてない?」
「これが珍しくない世界なんて存在しませんよ」
「そうなんだけど、見られてるだけってのも変な感じがする」
「確かに誰も騒いだりしないわね……やだ、なんか怖い」
通行人どころか、庭いじりをしていた人もカップルもピタリと止まってる。見てる。すごい見てる。
「皆さん、ご質問はありますか?」
「モノネさん、どういうメンタルしてるのよ。さっさと行こう!」
「イルシャちゃんにだけは言われたくなかった。本当に言われたくなかった」
「宿をお探しですかぁ?」
「ひゃぁんっ!」
冗談抜きで心臓が止まりかけた。いつの間にか、布団の横におじさんが立ってる。小柄で揉み手に忙しくて、いかにも腰が低そう。
「びびらせないでほしいんだけど!」
「それはどうもすみません。宿をお探しですか?」
「一夜、明かしたいんだけどさ。ここって地図でいうとどの辺なの?」
「なんですか、これは?」
「魔晶板っていうんだけどね。ランフィルドやエイベールに行きたいんだけど、ここからだと遠い?」
「さぁ……聞いたこともありませんね」
地図を見せても、何がなんだかわかってないっぽい。おいおい、いよいよやばいって。どれだけ遠くに来ちゃったのさ。エイベールからはだいぶ離れちゃったことになるんだけど、なんだか絶対に変だ。
「もう日も落ちますし、今日は宿へお泊りください」
「ねぇ、この街ってなんていう名前なの? 王都からどのくらい離れてる場所なの?」
「○×□△の街です。王都と他国を繋ぎ、観光地としても有名ですよ」
なんだろう、滑舌が悪いってほどじゃないのに街の名前だけよく聞き取れなかった。聞き返すのも面倒だから別にいいや。
「王都と繋がってるならこの地図でいうと、どの辺り? わかるよね」
「こちらですかね」
おじさんが指した場所は王都から遥か西側だった。山と森だらけで、とても街があるようには思えない。有名なのに地図にも載ってない。この街、やっぱり変だな。
「おじさん、ちょっと待っててもらえる?」
「はい」
一旦、離れてから皆と相談を始める。そんな私達を、おじさんがニコニコして見守ってた。
「ねぇ、これどういうこと? ティカの生体感知によれば、普通のおじさんだよね?」
「はい。おかしなところは見当たりませン」
「モノネさん。ひとまず宿に泊まりましょう」
「いいの?」
「今のところ、害意は感じられません。腹を探るには潜り込むしかありませんよ」
「はぁー……なんでこんなことに。もうこの街、出ない?」
「道に迷った挙句、着いたのがこの街ですよ。なーんか引っかかるんですよね」
「当○×□△の街自慢の宿のお食事は、季節の素材を活かした料理です。必ずご満足いただけると思います」
またおじさんが急接近してた。移動してくる際の足音も聴こえなかったし、普通じゃない。揉み手、揉み手で腰が低いというか私達の機嫌を取ろうと必死に見える。
「おじさん、宿への案内をお願い」
「おぉ! では案内します!」
すごい嬉しそうだし、何かする気にも見えない。でもこの街が変なのは確かだ。このおじさんが何か企んでるかどうかはわからないけど、二人の安全だけは確保したい。
◆ ○×□△の街 宿 ◆
「こちらが○×□△の街自慢の宿です。どうです、綺麗で趣があるでしょう」
そう自信満々に紹介された宿はこれまた普通としか言いようがなかった。三角屋根の二階建てに何の飾りもない入口。これじゃ温泉は期待できない。テンションだだ下がり気味で入ると、受け付けにまたも不愛想な人が座っていた。太り気味のおばさんが、カウンターに肘をついて本のページをパラパラとめくってる。
「あ、いらっしゃい。部屋に案内します」
「温泉あります?」
「バスユニット付きだよ。珍しいだろう?」
「はぁ、そうですね」
別に珍しくないけど、否定してケンカする必要もない。おばさんがスタスタと歩いた先に通された部屋も、感想に困る普通の部屋だ。ちょうど4人が寝られるけど、そんなに広くない部屋でなんだか窮屈だ。
「お食事の時間になったらお持ちします」
それだけ言っておばさんはいなくなった。これが自慢の宿ですか。スイートクイーンと比べちゃいけないけど、一流には一流の理由があるんだと理解できる。
「サービス精神の欠片もないわね。ちょっと文句を」
「やめて」
「モノネおねーちゃん。この街なんか変」
「アスセーナちゃんのご意見を伺いたい」
「えっとですね、結論からいうと何とも言えません。ただ私達の知らない何かがこの街にはありますね」
「あのおじさんもアスセーナちゃんじゃないのに、気配を殺して接近してきたよね」
「もう知りません! ぷいっ!」
「ごめん。謝るから、このタイミングでヘソ曲げるのはやめて」
ただでさえ疲れてるのにこれ以上、からかって疲れるのはやめよう。今は真面目にアスセーナちゃんの見解が聞きたい。
「アスセーナちゃん、この街から出ない?」
「気を取り直してですね。今、この街から出るのはお勧めできません。そのいち、来る時に迷ったのに帰り道で迷わないはずがありません。そのに、周囲に何があるかもわからないのに野宿はリスクが高いです。つまり、選択肢がないんですよ」
「何があるかわからないって、それはつまりここは?」
「わかりません。でもなんか思い出せそうなんですよね。この街に類似した場所について、だいぶ前に聞いたことがあるような?」
「お待たせしました。お食事です」
ノックせずに入ってくるやつがあるか。夕食を台車に乗せて持ってきたおばさんが入口でお辞儀をしている。こんな状況で食事なんか喉を通るのかな。そもそもさっき、食べたばっかりだ。
「ではごゆっくり」
「さっき、ここに案内してくれたおじさんがなんていう名前かわかりますか?」
「あの人は町長です」
素っ気なく答えて、ささっといなくなった。そうなんだ、町長自らが宿に案内していたのか。いつの間にかいなくなったけど、偉いなぁ。
「お魚に山菜に……味も普通ね」
「さっき食べたばっかりだから入らない」
「わたしも」
「じゃあ、私がもらいますね」
アスセーナちゃんが合計三人分をたいらげてるのを見ながら、私は布団に潜り込む。エイベールでもない、この場所は何なの。
ふと部屋に飾ってある絵が目につく。この街の記念日がどうとか書いてあって、街全体の絵が描かれている。こんなに建物もなかったし、同じ街とは思えない。理想と現実は違うというやつですか。うん、理想と現実。なんかちょっと引っかかるな。そうだ。あの絵に触れてみよう。
――街は華やかに彩られ活気づく。王都との懸け橋、夢の街
「やっぱり、この街はあのおじさんが言ってた通りだね。他国と繋ぐ夢の街だってさ」
「他国と繋ぐ……やっぱり聞いたことがあります。この街はかつて存在しました。ただしおよそ100年以上前ですが」
「百年以上前?! その割には綺麗だけど……あっ、そうか。普通じゃないもんね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃこの街は……」
「お、外にたくさん人がいるよ」
レリィちゃんが窓の外を見て怯えている。見たくないんだけど。
「……この街の方々ですかね。こちらを見ています」
「ひぃっ! もう何がしたいのさ!」
こそっと覗いたら、老若男女が並んでる。しかも直立姿勢でただ見つめてるだけ。無表情が並ぶその光景をカーテンで閉じて一旦落ち着こう。
「で、どうする?」
「全員、戦闘Lv1……0、ロスト。ん?」
「どうしちゃったのさ」
「生体反応が消失しましタ」
「まだたくさんいるよ……」
無表情どもはまだ外にいるらしい。しかも生体反応がないとくれば、これはもう決まりだ。
「あいつら、幽霊?」
「だとすれば、手を焼きますね。アンデッド系は通常の方法では討伐できないケースが多いんです」
「で、でもまだ何もしてきてないわ」
「この世を彷徨う亡者だとすれば、必ずしも害を与えてくるとは限りません。ただし、害がないとも言い切れません」
「つまりどうすれば?」
「魔術協会のエクソシストに頼るべき案件の可能性があります。しかしこれだけの規模は前代未聞ですね」
もうこの場所も安全とは言い切れない。全員を布団に乗せて出よう。幽霊だから空でも飛んできそうで怖い。寒気がしてきた。ホントなんでこんなことに。
「皆、乗ったね。出よう」
「お帰りですかぁ?」
もう驚かないぞ。いや、ちょっとだけびびった。揉み手おじさんこと町長が部屋の入口に立っていた。その笑顔に害意は感じられない。
◆ ティカ 記録 ◆
最初の 生体反応は 何だったのカ
アンデッド その存在自体が不条理で 僕達の常識を 超えていル
どう対処すべきなのか 僕にも わからなイ
現状の 情報を整理すれば こちらから 手を出すのは 得策ではなイ
友好的な存在である可能性を 否定するのは 早計
引き続き 記録を 継続
「モノネさん、歴史をべん……歴史には小説のネタがたくさんありますよ」
「今、勉強って言いかけたよね」
「国の成り立ち、偉人の功績、時代の流れ……それらをべ、知れば小説にも活かせて深みが増すかと」
「勉強って言った?」
「かつて世界を脅かした魔王軍! 魔族! 禁忌に手を染めた人間の王! ワクワクしますよ!」
「私が食いつきそうなワードを並べてきたな」




