改心してもらおう
◆ カロッシ鉱山 ◆
私は瞬撃少女の主人公みたいに、強すぎて誰も敵わないような人間じゃない。光の速度を超えるとか、スキルで辺り一帯を消し飛ばすなんて無理。だから戦いはまずい。相手が私より強かったら確実に殺されるわけだ。世の中は広い。広すぎてちょっと決着が遅くなるかもしれない。
「ガオォォッ!」
「あぶっないっ!」
狼人間と化したヤーバンの速いこと。今の爪なんか、少しスウェットにかすった。この野郎。元々は人間だから殺さずに済ませたいとか思ってたけど、そんな悠長なことしてたらこっちが殺される。しかもこのヤーバン、さっきまで人の言葉を喋ってたのに今は完全に獣の鳴き声しか発してない。
「達人剣……無走ッ!」
「ギャオォッ!」
達人剣君でも、スキルを使わざるを得ないのか。ゴブリンキングに放ったスキル、勝手に私が無走と名付けた。何も走ってないのに斬られてるから無走。ヤーバンに当てて胴体がざっくり斬れているように見える。
「浅いかな。まだピンピンしてるよ」
「無走にも反応するとはさすが戦闘Lv45デス」
「今、名付けたスキル名だけど普通にそう呼んでくれるんだね。ていうか45って?!」
「夜という限定的な状況でしか使えないアビリティですが、その分ものすごいパワーを発揮しまス」
「そうだ、ヤーバン隊長のあれは夜が深まれば深まるほど強くなる……。あれのせいで、あの人はここに飛ばされちまったくらいにやばいんだ」
逃げたんじゃなかったの、兵士さん。呼吸を荒げながら、物陰に半身を隠してる。だから逃げなって。怪我を負って攻めあぐねいている今がチャンスだよ。
「最終的には50近くになると予想しまス。僕の魔導銃もあのレベルとなると、当てられませン……」
「兵士さん、あれって元に戻るの?」
「日が昇れば、元の姿に戻るはずだ」
「戦闘不能にして朝まで拘束とか私には無理だなー」
「そ、そこを何とか!」
「意外と信頼されてるんだね」
でもまぁよくよく考えれば、国を思った上での発言と行動だったな。共感できるかどうかは別として筋は通っていた。私は組織に属したこともないし、そういう忠誠心みたいなのもわからない。ヤーバン隊長はこんなところに飛ばされながらも、その意思がある。立派です。
「今なら格闘戦だけでもう少し痛めつけられるかな。出来れば気絶させたい」
「やってくれるのか!」
「さっきも言ったけど、国内のゴタゴタの続きはそっちでやってね」
「ウウ、ウウオォォッ!」
怪我を押してヤーバンウルフが飛びかかってくる。スピードはだいぶ落ちてるし、いけるはず。だけどパンチ、蹴りを放つもなかなか当たらない。怪我をしているのにこれか。
もしギロチンバニーがいつか読んだ探索記通りの強さなら、こんなものじゃないはず。つまりまだまだいけるってことなんだけど、これは謎だな。やっぱりアビリティの成長云々があると考えたい。
「こうなったらコレしかないなー。イヤーギロチンッ!」
「グギャッ!」
不意を突いてのイヤーギロチンで左肩をなでるようにかすめる。不意を突いたのに少しだけかわされた。だからいまいち浅いけど、それでもダメージにはなってる。ゴーレムと違って痛みを感じるから、延々と戦い続けられるはずもない。すかさず叩き込もう、ラビットラッシュ!
「あーたたたたたたたたたたたっ!」
「グウォウェゲェー!」
ひどい嗚咽めいた声でちょっと心が痛む。ザイードに浴びせたラッシュよりも強力で速く、最後には衝撃に耐えられずに吹っ飛んでいった。
「ギャンッ!」
「もう動かないでね」
「ウ、グォォ……」
「さすがにこれ以上、痛めつけたら死んじゃうな」
何度もよろめきながらも、まだ立ち上がるヤーバンウルフ。こっちに殺す気がないとはいえ、タフすぎるでしょ。ザイードだったら死んでる攻撃なのに。
「すまんが、そろそろその辺に……」
「そうだね。後はゴーレム君、あいつを朝まで手で押さえていて」
「ゴーレムが?」
のっそのそとゴーレムがフラフラになってるヤーバンを両手で包む。少し暴れる兆しを見せたけど、もうそんな元気もないみたいだ。
「コ、レハ……」
「自我が戻った?」
「ゴー、レム……?」
「あんたを助けるために押さえてるんだからね。大人しくしていてね」
わずかにだけど自我が戻った理由がわからないけど、静かになってくれるなら何でもいい。まだまだ夜は長いけど、ゴーレム君なら苦でもないはずだ。
「そこの兵士さん。さすがに怪我が悪化して死んだら意味ないから、最低限の処置はしたほうがいいよ」
「そ、そうだな」
ゴーレムハンドで拘束されつつ、ヤーバンは兵士の治療を受けている。包帯で巻いて、朝まで安静にしていればいい。そしてすやすやと眠り始めたところで私も一安心。まったく、私が来たせいだけど世話がやける。
「ゴーレムも役立つんだなぁ」
「ね、きちんと頼めば心強いでしょ。これからは大切に扱ってね」
「隊長もこれで思い直してくれるといいが……」
「あのアビリティは大変そうだね。あれのせいで苦労したとかなんとか言ってたけど」
「以前はまったくコントロールできずに、夜になるとあの姿になってしまったそうだ。あまり語らんが苦い経験も多くあっただろうな」
「アビリティもいいことばかりじゃないんだなー」
私みたいなのもいれば、アビリティのせいで人生を狂わされた人もいる。また一つだけ賢くなった。でもコントロールである程度、克服できたってことはさっきの自我も説明がつくかな。
「さ、私もそろそろ寝るかな」
「宿舎を使うか?」
「いやいや、布団君があるから平気」
「ブロンズの冒険者といっていたが、お前ほどの実力があるなら名も通っているはずなんだがな……聞いたことがない」
「新人なんで」
ウソだろ、みたいな顔をしている兵士を他所に布団君と一緒に空へ上がる。仮にも犯罪者達の巣窟だし、地上で寝る勇気はない。
空から見るとこの鉱山、すごい作りになってる。脱走できないように大きく地面がへこんでいて、更に塀で囲われてた。悪いことをするとこんなところで働くはめになるよという意味で、社会見学でも実施したらいいと思う。
◆ 朝 カロッシ鉱山 ◆
翌朝、ヤーバンがゴーレムハンドの中で目覚める。今日ばかりは労働者達を宿舎で休ませているみたいだ。最低限の見張りだけ残して、大勢の兵士達が隊長を見守っていた。
「お前達……オレはまたやってしまったようだな」
「このゴーレムが隊長を守ってくれていたんですよ」
「そうなのか……」
人間に戻ったヤーバンがゴーレムを見上げる。ゴーレムはまだ命令を守っているから、ヤーバンを離さない。
「昨夜のことはおぼろげだが、まったく覚えてないわけじゃない。そこのガキ、これでオレに恩を売ったつもりか?」
「感謝しなくてもいいけど、ゴーレム君に対する考えだけは改めてね」
「フン、命令に従っただけだろう……いてて!」
まだ怪我が治りきってないのに動こうとするからそうなる。ゴーレムハンドを緩めたけど、立ち上がれないみたいだ。
「ヤーバン隊長、お願いです。またここでゴーレムを使ってあげませんか?」
「俺からも頼みます」
「同じくオレもです」
兵士達に懇願されて、ヤーバン隊長はまたしかめっ面をする。部下にここまでされて聞き入れないなら、それまでかな。もう私がどうこうするところを越えている。ゴーレム君のほうはというと、ひとまず固唾は降りたみたいだ。
――ニンゲン、変わった?
「私からも頼みます」
ぺこりと丁寧に頭を下げる。私に出来ることは本当にここまでだ。ヤーバン隊長はまだ何か考え込んでいる。葛藤してくれてるのかな。
「……今日から寝る前に一つ作業を追加する。ゴーレム磨きだ」
「隊長! それじゃ……」
「交代で回すからな。さぼった奴は覚悟しておけよ」
「「「はいっ!」」」
隊長が寝そべったまま、決意してくれた。これで一件落着かな。一時はどうなるかと思った。どう見ても、最後の私からのお願いが効いたな。
「では、私はこれで」
「一つ、頼みたい」
「ゴーレム暴走事件なんてなかった。知らないですね」
「……すまん」
といっても、冒険者達は怒り心頭だったから漏れちゃいそうだけどね。ヤーバン隊長が腕で目元を覆ってるし、泣いてそう。なんか不器用な人だな。最初はなんだこいつって思ったけど、ちょっと愛着持てそう。間違っても恋しないけど。
――また頑張る
去り際に聞いたゴーレム君の声で気持ちよく立ち去れる。そしてこれで宿泊代も全額払える。朝日が眩しい。
◆ ティカ 記録 ◆
獣人化 恐ろしい アビリティデス
本物の獣人は あれと同等か それ以上
彼らと 対立することは ないと願ってますが
一応 そうならないように 細心の注意を はらいたイ
生まれながらの力で 苦労をするとは マスターとは 対極
他にも そういった方々がいるかも しれなイ
生まれながらにして 人生が 決まってしまうとは 理不尽デス
ゴーレム君 最後は 幸せになれそうな雰囲気で 安心しタ
どうも ゴーレム君に 親近感が 沸いてしまウ
僕は ゴーレムではありませんが 何か 関係があるのかモ
引き続き 記録を 継続
「へぇぇ、アンデット系モンスターなんているんだ」
「一般的な戦い方では対処できないアンデッドも多くて嫌になりますよ」
「死んでモンスターになるなんて悲しいな」
「事情はいろいろありますが、生きてる人を憎んでいるアンデッドがほとんどですからね。他の魔物とは執念が違います」
「私も死んだらそうなるのかな」
「大丈夫ですよ。モノネさんに限っては大丈夫です」
「言いたい事があるんだろうけど言わなくていいよ」




