一家総出のお仕事に付き合おう
◆ 王都 "マーマンの湯" 休憩室 ◆
疲れた時にはひとっ風呂だね。メアリーちゃん達は今まで集合住宅の共同シャワー室を使っていたらしくて、大浴場は初めてだった。どうして子どもは泳ぎたがるのか。大浴場歴2回目のベテランである私が、マナーを教えてようやく落ち着いた。
「ぷっはぁ!」
「うめぇ! もういっぱい!」
「冷たくてしゅわっとしておいしい! こんな飲み物があったんですね!」
「人智の結晶だね」
風呂上がりのさっぱりした後のモモルソーダは格別だったらしく、皆さんご満悦。ついでに新しい服を買ってあげたから、もう貧乏には見えない。今日の報酬だけでだいぶ溜まったから、生活費は当面問題ないはず。
今まで気づかなかったけど、討伐以外の依頼でも貧困層には大金だ。ひとまず食べていけるお金があるというのは大きい。世の中はお金じゃないなんて言葉もあるけど、お金だよ。これがなければ生きていけないんだから。
「衣食まできたから、次は住だね。と言いたいところだけど、こればかりは私の資産じゃ厳しいな」
「い、いいんですよ! ここまでしていただいただけでも感謝感激なんですから!」
「自分から乗った船だし、考えておく。夕食を食べ終わったら、ひとまず部屋まで送るよ。お姉ちゃんも心配するだろうからね」
「モノネさん、お姉ちゃんに会ってください。お世話になったお礼もしたいですから」
「そうかな、そうだね。一日中、連れ回したわけだからね」
皆でマッサージで至福の心地を味わいながらも、変なお姉ちゃんだったらどうしようかとふと悩む。アスセーナちゃんみたいなのだったら疲れるな。イルシャちゃんみたいな暴走娘でも疲れるな。レリィちゃんみたいな大人しい子がいいな。まぁ早々、変な人に当たるわけないか。こんな健気な子ども達の姉なんだからいい人に決まってるはず。
◆ 王都 集合住宅 ナタリーの部屋 ◆
「あなたが、わたくしの家族を連れ回していたわけですわね」
「ハジメマシテ」
はい、超知り合いでした。ジェシリカちゃんがご立腹です。まさかこんなボロ部屋住まいだと思うわけない。腕を組んですごいツーンってなってる。顔がツーンだ。
「お姉ちゃんとモノネさんって知り合いだったんだ!」
「共に戦い抜いた仲です」
「だからって、ここまで接近して人の家族を連れ回していいわけはありませんことよ」
「でも依頼してきたのはメアリーちゃんだからね。私はそれに応えただけ」
「メアリー……!」
「だ、だって! お姉ちゃんにだけ働かせるのは悪いと思ったから……」
プライドが高いジェシリカちゃんのことだ。自分がこんな貧困層だと他人に知られるのは我慢ならないんだろうな。ましてやわけのわからんウサギファイターに知られちゃ、気が立つのもしょうがない。この場、どうしてくれよう。
「ねーちゃん、オレたちの遊び相手しながら仕事して大変だろー!」
「そ、そう! お姉ちゃんにはもっと楽してほしいの! これからは私もお仕事するから!」
「そんなものは姉であるわたくしに任せていればいいことよ。もし危ない目になったら、どうしますの」
「それはお姉ちゃんも同じでしょ。家族で協力するのがそんなに悪いの?」
「まぁまぁ、だいぶ落ち着こう」
面倒な事態になってきた。この家庭の事情があるから、ブロンズの称号を貰いたかったんだな。ますます申し訳なく思う。
「ジェシリカちゃんは家族が大事だよね?」
「当たり前ですわ」
「信頼してるよね?」
「くどい」
「じゃあ、家族を信頼してこれからはメアリーちゃんと一緒にお仕事すればいいんじゃない?」
「な、なんですって?」
「討伐依頼は無理だけど、それ以外なら皆で一緒にやれば捗るんじゃない?」
「皆で? 一般の依頼だけで食べていくには無理がありますわ」
「報酬がいい討伐依頼を一日か数日かけてやるよりも、簡単な一般の依頼を一日に何件かこなしたほうが割がよかったりするよ。もちろん面倒なのもあるけどね」
「そんなわけ……」
とかいいつつ、ジェシリカちゃんが指をおって何やら計算しておられる。私も今日一日で、慣れたら討伐依頼よりこっちのほうがいいんじゃと思っていたところだ。やっぱりベルドナさんは偉大だった。
「何より、そのほうが家族と一緒にいられる時間を過ごせるしさ。あの適当っぽいギルドマスターも認めてくれるかもしれないよ」
「……一考の余地ありですわね」
「お、それじゃ?」
一呼吸おいてからジェシリカちゃんが万年床に座る。子ども達に膝枕させて微笑ましい光景だけど、顔は真剣だ。
「こんな生活を見られては気取っても仕方ありませんわ。両親を失くして以来、わたくし達は生きるだけで精一杯でしたの。このバトルドレスも貯金をはたいて子ども達が着せてくれて……わたくしが冒険者としてやっていけるようにと」
「そうだよ、お姉ちゃん。一人で頑張ってるなんて思わないで」
「メアリー達に手伝ってもらうという発想がありませんでしたわ。家族で協力するといいながら、わたくしだけで張り切ってた……」
「ジェシリカちゃんは強くて真面目だからね。だからこそ背負いすぎなんじゃないかな」
下水道の時も、パーティメンバー3人に逃げられても自分だけで戦ってた。ずっとピリピリした雰囲気なのは性格もあるけど、自分以外の生活もかかってるからだったんだな。私みたいに自分さえよければいいと思ってる人間にはない覚悟だ。本当に申し訳ない。
「子ども扱いしていたけど、立派に成長していて感激ですわ。メアリー、明日からやってくれますこと?」
「やる!」
「たくさんお金を稼いで、早く人並みの生活が出来るようにしませんとね」
「お姉ちゃん、私も鞭の扱い方を覚えれば討伐も出来るんじゃ」
「それはなりませんことよ! 討伐依頼だなんて、命を失う危険があるもの……」
「でも少しずつやっても……」
「……基礎程度ならよろしくてよ」
なんて意欲がある子なんだ。自分から何かを学ぼうとする姿勢、飽くなき向上心。どれ一つとっても私にはないものだ。アビリティを差し引いた私と比べるまでもない。こんな年下の子が頑張ってるんだから私も、とならないところが救いようがない。そしてこんな悩みに意味はないと、すぐに切り替えられてしまうのも私だ。
「メアリー、今日の依頼分の収入を見せて」
「うん」
「……これは確かにバカになりませんわね。悔しいながらモノネさんには感謝しなければいけませんわ」
「そういうわけだから、私の仕事は完了だね。じゃあ、明日から家族で頑張って」
「お待ち。わたくし、討伐以外の依頼はまったく受けたことがありませんの。なので明日は付き合ってもらいますわよ」
この借金ウサギに情けも容赦もない。でもそれを言うと、せっかく上がった私の格が落ちてしまう。ここはブロンズ先輩としてビシッと決めるしかないな。何よりこうしてジェシリカちゃんが歩み寄ってきてるんだから、期待に応えてやりたい。
「しょうがないなー。じゃあ、明日また迎えにくるからね」
「お待ち。その布団で今日は寝させてもらいますことよ。メアリーもクートもリサも、このふかふか布団で寝たいようですわ」
「すでに寝息たててやがる! 先回りされてた!」
「わたくしも着替えてから、すぐに寝ますのであなたは隅にでもよってなさい」
「主である私がいないとこの布団は暴走してしまう」
「ほ、本当ですの?!」
「お姉ちゃん、これ……いい……」
3人の小娘に布団が占拠されてしまった。この狭い部屋に広がる布団、異様です。せめて主として暴走などというハッタリをきかせないとね。なんだかんだいって、この前乗せたせいで味をしめたな。ピンク柄のかわいい寝姿になったジェシリカちゃんは遠慮もなく潜り込んでくる。アスセーナちゃんといい、どいつもこいつも遠慮なし。つまり将来有望です。
◆ 王都 冒険者ギルド ◆
日を跨いで、改めて依頼を眺めてみる。追加されてる依頼も多々あったけど、なるべく古い依頼からやってあげたい。特に一番日付が古いのはこれらだ。
・庭の手入れ
・大浴場の清掃
・詳しくはハルピュイア運送王都支部まで
「お庭の手入れなんて、簡単そうではなくって?」
「油断しないで、お姉ちゃん。どうせゴミだらけの庭だよ」
「なんですの、それ……」
さすがに冒険者初心者でも学ぶか。しかも日付が古いとなれば尚更だ。依頼主はちょっとお金持ちな人っぽい。大浴場の清掃はマーマンの湯で、なんと無料で大浴場に入れるらしい。まずは庭の手入れをして汗をかいてから大浴場清掃というプランでいこう。はーたんの依頼はどうしよう。内容書いておけ。
「ハルピュイア運送って、あのハルピュイアだよね。お姉ちゃん」
「えぇ、ハーピィ達が切り盛りしているところですわ」
「ハーピィ、見たい!」
「でも依頼内容がほとんど書かれていませんわ。こういうのは大体、放置されますの」
「はーたん!」
「はーたん!」
「……仕方ありませんこと」
熱烈なはーたんコールで、先輩のプランが不採用になりつつある。一番ないなと思った依頼なんだけど、これ。なんでこんなもんの登録を許してるのかすらわからない。案外、ガバガバなんじゃないの。
「ではメアリー、まずは依頼の受け方から教えますわ」
「うん!」
それ私が昨日やったやつ。無駄だからやめていいよ。
◆ ティカ 記録 ◆
人の縁とは どこで 繋がっているか わからなイ
そんな事例を 見ましタ
あのジェシリカさんの服装も 他の冒険者に 低く見られないようにと
家族総出で 用意したものとわかれば 涙ぐましイ
表だけで 人は計れなイ
お金持ちの お嬢様という 印象を 覆されましタ
しかし それを踏まえても尚 あの喋り方は 特殊極まりなイ
僕の推測ですが ジェシリカ一家には まだ秘密がありそうデス
引き続き 記録を 継続
「ジェシリカちゃんってなんで武器が鞭なの?」
「剣も槍も他の武器を試してもしっくりきませんでしたの。鞭なら範囲も広くて、扱いやすかったのですわ」
「なるほど、努力してるんだね。てっきり生まれつき鞭を振るってるイメージだった」
「ど、どういう意味ですの?!」
「ごめん、本当になんかそういうイメージとしか言いようがない」




