告白を見守ろう
◆ 王都 公園 ◆
平和を謳歌する人々が手を繋いで歩き、ベンチで語らい、ジョギングに勤しむ。そんなのどかな場所で、セッティングは完了した。逃げたくてたまらなかったけど、一度引き受けた以上はやり遂げよう。これに懲りたら、もう二度と恋愛絡みの依頼は引き受けない。
「ごめんな、クルティラちゃん。忙しいのに呼び出しちゃってさ」
「いや、問題ない。と、ところで用事というのは? まさか私と」
「あの子が大切な話があるっていうからさ」
「あの子?」
クルティラちゃんに惚れたけど告白できない子ちゃんの登場だ。と思ったら、木陰から出てこない。半分だけ顔を覗かせてる。ノーマルな恋愛なら、初々しい奴と言いたいところだった。
「おーい。せっかくの機会なんだよー?」
「ク、ク、クル、ティラさぁん……」
「君は?」
「わ、わたし、ルチカと言います! あなたと同じ学園に通う騎士学部3年生です! ずっとあなたのことを見てました!」
「私を……?」
それじゃストーカーだよ。クルティラちゃんが訝しがってる。ただでさえこれから衝撃の告白をするというのに、今から怪しまれてどうする。私はこの場所とタイミングをセッティングしただけだし、後は彼女次第で相手次第。もうどうにでもなれ。
「あなたに憧れて早3年……。クルティラさん! どうか私と付き合って下さいッ!」
「な、なんだと?!」
ほら、衝撃に耐えかねてる顔してる。これがドン引きというやつだ。でもルチカちゃんは勇気を出して告白をした。ドン引きもいいけど、出来ればその勇気くらいは褒めてやってほしい。クルティラちゃんの器量なら可能なはずだ。
「それはつまり、私に恋愛感情だとか……そういったものを持っていると解釈していいのか?」
「いいです! 私、あなたのことしか考えられなくて!」
「そうか……」
すっごい考え込んでる。これからどうやってこの子のプライドを傷つけずに返答しようか。そんな思案顔だ。普通に同性に興味はないでいいとは思うけど、この真剣っぷりを見せつけられたらそりゃ長考もする。そりゃ冷や汗もかく。
「ルチカ。ありがとう、誰かに好意を寄せられて悪い気はしない」
「で、では……」
「しかし、すまない。私にはすでに想いを寄せている相手がいるんだ」
「えッ……?!」
おおっと、これは意外な展開。真面目なクルティラちゃんがすでに恋をしていたなんて。ルチカちゃん、あまりの事態に唇をわなわなと震わせている。そしてついに全身が痙攣し始めた。大丈夫なの?
「そんな、そんな……」
「すまない。好意は本当にありがたいが、君の気持ちには応えられない」
「その相手は誰ですか?! まさか同学年のハルバーク先輩ですか? そうですよね、顔立ちも整ってますし成績優秀。医師の父親を持つ事から、騎士学部以外にも医学部の単位も修得済みですしそっち方面からのスカウトも」
「違う」
「じゃあ、スカハッツ先輩……? あの人はやめたほうがいいですよ! 何人もの女の子と付き合ってると噂が」
「違う」
「それじゃ誰なんですか?! ま、まさかクレメー教授……さ、さすがに年齢差が」
「すまないが、どうしても言えない」
「なぜですか!」
「それは……」
そりゃこんな恋愛対象のライバルの情報までチェックしてる相手に言えるわけない。無関係ながら、この短時間でルチカという子に畏怖してる。クルティラちゃんは美人だしモテるし、付き合いたいと思ってる男はたくさんいるはず。一体、幸せ者は誰だろう。
「言えない。まだ私としても、心の整理がついていないんだ。それにその相手は遥か高みにいるから……」
「クルティラさんにそこまで言わせるほどの人なんですか」
「あぁ、それでいて自由だ。己の足を使うことなく、自由に飛び回っている」
「そ、それって人間なんですか?」
「当たり前だろう。動物を模した服装で、少し愛敬があるな」
「どんな動物ですか?」
「ウサギだな」
「ウサギ、ですか」
高みにいて自由に飛び回っていてウサギみたいな服装をしている人か。男でそれは気持ち悪いな。というか人間なのかすら怪しい。クルティラちゃんの好みにも暗雲が漂ってきて、もはやアブノーマル対決になってる。
「そんな変な恰好をした人がクルティラさんに相応しいとは思えません」
「外面が問題ではない。その人は私を助けてくれたが、そのことをまったく誇っている様子すらない。むしろ自らの功績を理解していない節すらある」
「それってただのバカなんじゃないですか」
クルティラちゃんを助けるという、すごいことをしたのに理解してないとか。バカというより、自尊心がないのかもしれない。自分が大した存在じゃないと認識しているから、功績だなんて図々しいとすら思ってそう。いや、完全に憶測だけど。
なんかクルティラちゃんの顔が段々と赤くなっている。熱でもあるのかな。こっちをチラチラ見てるし、そろそろ切り上げたいのかもしれない。
「危険を顧みず、私を助けてくれたあの人……。しかし、あの人は私なんて眼中にないだろう」
「クルティラ先輩に好意を寄せられている、その人……これ以上の幸せはないというのにどこでのほほんとしてるんでしょうか!」
「さぁな。案外、近くにいるかもしれん」
「クルティラ先輩! 我慢なりません! 先輩にそこまで好意を寄せられているのに、まるで気づきもしないなんて許せません!」
「私が一方的に想っているだけだから、無理もないだろう」
「……私、決めました。クルティラ先輩がどうしても言えないというのなら」
誰かに好かれているかどうかなんて、普通は気づかない。ましてや、優秀なクルティラちゃんから好かれているなんて普通は思わない。ルチカちゃんにとっては残念だけど、これも人生。だから恋愛はめんどくさい。惚れたはれた傷ついたで楽しいことなんかない。
「その人が誰なのか、つきとめます。そしてもしクルティラ先輩に相応しくないと判断したら、その人を押しのけてでも私に振り向かせてみせます」
「そ、そうか。あまり迷惑をかけないようにな。その人はどうも、本当にマイペースで生きている印象があるからな。私も邪魔は出来ない……」
かわいそうに。その人はルチカちゃんというライバルに意識されながら生きるのか。実害がなければ問題はないだろうけど、なんかあの子の場合は心配だ。一見、おとなしそうに見えるけどなんか怖さが見え隠れする。
「強いといっても、寝ている間に……すればイチコロだわ」
「ん? 何をするって?」
「いえ、冗談ですよ」
ほら、怖い! こんなのがライバルとか、もはやその人の命に関わる! クルティラ先輩、ぜひその人の名前を明かすべきです。クルティラちゃんを助けた自由人で強い。飛び回り、ウサギの恰好をして愛敬がある。この条件でだいぶ絞り込めそうではある。そんなアクの強い奴なら、すぐにわかりそうなものだけど。あれ、急に寒気がしてきた。
「クルティラ先輩の意思を尊重して、これ以上は聞きません。本日はお話していただいてありがとうございました」
「いや、こちらもいい気分転換になった」
「モノネさんも、この場を作っていただいてありがとうございました。まさかクルティラ先輩と知り合いだなんて思いませんでしたね」
「いや、知り合いというほどじゃ」
「でも学園長とすぐに面会してましたし、そこからクルティラちゃんを呼び出すなんて。うーん……」
「とにかく依頼は達成したから、もう帰るね」
「あ! まだ話が……」
呼び止めるルチカちゃんを無視して、早歩きでその場から離れる。何故だろう、布団君に乗る気がしない。何かが私の中で警笛を鳴らしている。確かにあの子は怖い。でも私には関係ないはずだ。布団君に乗っても問題ないはず。
「マスター、僕の推測ですがクルティラさんが好きな相手とは」
「メアリーちゃん達を迎えにいくよ。食事でもして、その後はマーマンの湯にでもいこう。服装もあれじゃかわいそうだから、買いそろえてあげたい。あー忙しいなぁ」
「それは名案ですネ」
「ウサギ?! あっ!」
ルチカちゃんが何かに気づいた声が聴こえたけど知らない。それにしても久しぶりに歩くという行為をしてみたけど遅いし疲れる。戦いのときはウサギちゃん頼りだから気にならないけど、これからは歩く時も頼ろうかな。もうスウェットなしじゃ生きていけない。今日も疲れたなぁ。
◆ ティカ 記録 ◆
勇気の対価に 見合うとは限らないのが 恋愛
時には 実らないこともある それが恋愛
しかし クルティラさんは 同性のルチカさんに告白されても 狼狽する様子はなかっタ
相手の心を 傷つけないための 配慮かも しれないが 僕としては 違う気がすル
なぜなら 彼女が 惚れている相手 条件だけ当てはめれば
マスターが 合致するのだから 恐ろしイ
これは もちろん 僕の推測にすぎないので 真相はわからなイ
同性同士は やはり 理解できなイ
マスターには ぜひとも 健全な恋愛を してもらいたイ
引き続き 記録を 継続
「人はなぜお金を出してまで学ぼうとするのか」
「己を高めたいだとか、特定の分野に従事するだとか、稼ぎたいだとか各々次第ですネ」
「一生、遊んでいけるだけのお金をあげるよとなった場合にさ。どれだけの人達が働くのをやめるんだろうね」
「恐らく多くの方が拒否するでしょウ」
「あんた、人間の可能性を信じすぎでしょ」