一般の依頼を引き受けよう
◆ 王都 ゴミだらけの民家 ◆
「それはばあさんとの思い出の品だから、捨てちゃいかん! そっちはワシが現役時代にとったトロフィーだ!」
監督の指示が凄まじい。まずはこのゴミをどうにかしないと話にならないのに、捨てる許可が貰えない。ようやく家の中に入ると、想像通りの光景だった。足の踏み場がないというより、進めない。これが本当に人の生活圏かと思う。ある意味で未踏破地帯だ。なるほど、冒険者はどこにいっても冒険者なんだな。
「どれも思い出の品ばかりで捨てるに捨てられなくてなぁ」
「さすがに生ゴミは捨てますよ」
「それはまだ食べられるかもしれん!」
「じゃあ、ここで食べて下さい」
「……いや、これはさすがに無理だな」
「でしょ? ひとまずゴミを分類しましょう。絶対に必要なものとそこまでじゃないもの、そして生ゴミみたいな完全なゴミで」
「チャキブリー!」
「チャキブリがいたー!」
「はしゃがないで、お仕事しなさい」
子ども達が無邪気すぎて、すでに遊び場と化してる。そりゃこんな惨状ならキブリの一匹どころか百匹くらいはいるよね。仕方ないので私とメアリーちゃんで仕分けしておじいさんに判定してもらう。
だけどこのおじいさん、本当に物を捨てられない性格みたいで困る。くしゃくしゃになった紙屑でさえまだ使えるかもと熟考する始末だ。
「仕方ない。これは捨てよう」
「古着なんかは一応、置いておくよ。家自体は広いんだから、捨てたくないものを置く場所は十分確保できるからね」
「多くは食べ物が入っていたケースだとか、割れたお皿ですよね……」
ガラクタと呼ぶに相応しいけど、私がこのおじいさんを嫌いになれない理由があった。この物達がおじいさんの人柄を語ってくれたから。
――今まで使ってくれてありがとう
――もう使命は果たした。後はスクラップにでもしてくれ
どれからも、おじいさんに対する感謝の声ばかりが聴こえる。スクラップにしてくれなんて水臭いことを言うんじゃない。こういう時こそ物霊使いの出番だ。いや、なんだ物霊使いって。
「おぉ! 皿が元通りに?!」
「おじいさんにもっと使ってもらいたいってさ」
「あの古時計も動かせるか?」
「多分、お安いご用」
「動いたぁぁぁ!」
大きな古時計がまた時を刻み始める。かなり古い時計みたいだけど、こっちも埃が積もってなくて綺麗だ。この調子で部屋も片付ければいいのに。おじいさんが大喜びしている最中に、仕分けを着実に進めた後は子ども達の出番だ。片付いたところから、床や壁の掃除をやってもらう。キブリを追いかけてる場合じゃないよ。
「1階の部屋のどれかを物置部屋にすればいいんじゃ? ここに効率よく詰め込めば、ほとんど入りそう」
「そうしてくれ。いやぁ、助かるなぁ。どの冒険者も、この家を見た途端に帰ってしまうんでな」
「でしょうね」
「片付け始めても、すぐに物を捨てようとする。挙句の果てにガラクタ扱いしおって……」
無理もないと思う。普通の感性ならそうする。私の場合は部屋の整理整頓だけはきちんとやっていたからね。自分の城が汚いのだけは我慢できないし、いらなくなった物でもスペースを作って保存している。自慢じゃないけど、物持ちだけならいい。
「きたねー!」
「なんかねちょってしてる!」
「そこをなんとか掃除するのが君達の仕事なのさ」
「きたねーしごと!」
「言葉が汚いぞ」
「こちらの部屋は片付きました。あとはモノネさん、お願いします」
子ども達と戯れてる場合じゃない。メアリーが持てない重い物は私が運ぶ。順次、命令をして物置部屋に移動させていった。最初は手がつけられないゴミ山の家だったけど、段々と人の住処としての役割を与えられつつある。作業をあらかた終えたのは午後過ぎ。思ったより早いな。
「……我が家はこんなに広かったのか」
「そうだよ。これからは汚さずに過ごしてね」
「依頼を受けた冒険者はいたが、ちゃんと仕事をやってくれたのは君達が初めてだよ。口うるさいワシの言う事も聞いてくれてありがとな。お嬢ちゃんやぼうや達も、よく頑張った。おじいちゃん、助かったよ」
「いいんですよ。初めてのお仕事でそんな風に言ってもらえるなんて嬉しいです」
「いいってことよ!」
「ことよー!」
おじいさんに感謝された私達は茶菓子をご馳走になる。ありふれたお菓子だけどメアリー達にとってはご馳走で、お持ち帰りを持たせてくれた。一人暮らしで寂しかったんだろうな。話が本当に長かった。買い物もきっちり済ませて依頼完了。
◆ 王都 民家 ◆
日が落ちる前にもう一つ、仕事をしておきたい。終わりそうなものからチョイスしたけど、これがまた。もうね。
「それでね。隣の息子ね……実はお仕事をしてないらしいのよ。学園に通ってるだなんて言ってたけどねぇ。それでね」
おじいさんの次はおばあさんだ。こっちも一人暮らしで、よっぽど寂しかったのかな。心の底からどうでもいい世間話を延々と語りかけてくる。隣の息子さんに親近感を覚えてる場合じゃない。これはいつまで続くんだ。何回目のそれでねだ。そうだ。
「おばあさん。トマスという方をご存知ですか?」
「トマス? いいえ、知らないよ。その人がどうかしたのかい?」
「おばあさんと同じくらいのお歳の方なんですけどね。気が合えば、話し相手になると思いますよ」
「おやまぁ、ぜひ紹介してほしいね」
元ゴミ家の家主トマスさんを連れてくると、挨拶もそこそこに数秒で打ち解けた。よし、作戦成功。
「そうかぁ! そりゃ息子さんの親が気の毒だなぁ!」
「でしょ! それでね……」
身寄りのないお年寄り同士、末永く仲良くどうぞ。2人とも、そこそこ資産があるっぽい。そうでないと話し相手ほしさに報酬まで出さない。そこまでしないと、おばあさんの相手なんて誰もしてくれないんだろうな。世知辛い世の中だ。
◆ 王都 別の民家の前 ◆
「今日だけで二つの依頼を完了したね。3人とも、気分はどうだい?」
「お仕事がこんなにも大変だとは思いませんでした……でも、すごく気持ちいいです」
「仕事さいこう!」
「もっとしごとよこせ!」
もっと仕事よこせだなんて、将来有望すぎでしょ。そんな期待に応えて、もう一件だけこなす事にする。意中の相手に想いを伝えられない健気な少女が依頼主だ。告白は自分でしろと、厳しい方は言いそう。でもこの依頼、なんだかよくわからない。依頼主が女の子で、あの子に想いを伝えたいとある。女の子が男の子に対してあの子なんて言うものかな。
「で、あなたが依頼主だね。あの子というのはどこの子?」
「私、王都の学園に通ってるんだけど……。すごくかっこよくて憧れの人がいるの。でもその人は人気者で私なんか相手にしないだろうなって……」
「そんな事ないですよ! 私、応援してますから!」
「ありがとう……」
メアリーちゃんの希望だから引き受けたけど、私なら生涯かけても引き受けなかった。年頃の女の子というものは恋愛が好きなものかな。まぁこれも小説を書く時に参考にできる時がくるかもしれない。
「その人の名前はなんていうの?」
「ク、クルティラという人でね……すごくかっこよくて理想の女性で……」
「そうですか」
私が記憶しているクルティラちゃんは女の子のはずだ。こちらも女の子。これはあれですか。恋愛の中でも特殊に位置している、いわばアブノーナルなアレですか。
「騎士学部トップの成績で、戦ってる姿がもうね……はぁん」
「その人は女性、ですよね?」
「メアリーちゃん。ここは私に任せて。この依頼は後日にしよう」
子どもの理解が追いつく前に、ここはいったん退いたほうがいい。ある意味、どんな魔物討伐よりも危なすぎる。安全だと思っていたけど、さすがは冒険者ギルドに舞い込む依頼だ。どいつもこいつも、一癖以上にありやがって。ベルドナさんの偉大さを噛みしめながら、本日の清算を終えるとしよう。
◆ ティカ 記録 ◆
討伐ではない依頼は 楽かと思いきや 一筋縄ではいかない模様
討伐依頼に比べて 報酬が安い場合が多いから 放置されがちな上
依頼主が 頑固なおじいさんとなれば これは難しイ
メアリーさん達には いい経験になりましたし マスターも またもや
人の役に立っているようで 嬉しイ
それにしても 同性同士の恋愛とは 確かに 理解しがたイ
同性では 子を成すことも できない故 やはり 成就しにくいのカ
やはり マスターには どこか こういったものを 引き寄せてしまう力があル
引き続き 記録を 継続
「アスセーナちゃんが一番苦戦した魔物ってなに?」
「スライムです」
「ス、スライム? なんか強そうなイメージが沸かないけど……」
「何を言うんです。あれほど怖い魔物はいませんよ。物理攻撃では倒せない上に、何しろ衣服ごと溶かしてくるんです」
「それは嫌だ」




