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新人研修をしよう

◆ 王都 ナタリーの家 ◆


 女の子の名前はナタリー。両親は他界していて今は姉、幼い弟や妹と暮らしている。家計はこの部屋を見れば一目瞭然で、合計4人がギッシリ寝るのがやっとなスペースだ。このボロい集合住宅は壁に亀裂が入っていて、隣の生活音が筒抜け。台所とトイレがあってお風呂はない。とりあえず生きてはいけるくらいの環境だ。さっきドウナガキブリを見た。


「なるほど、姉にばかり働かせているのは悪い気がすると。それで働こうと思ったわけか」

「姉の収入だけでも、4人が生活するにはギリギリで……」

「いいんだよ、お姉ちゃん! オレ、別に塩スープ大好きだから!」

「わたしも!」


 健気な弟と妹だ。育ち盛りの子どもが塩スープって。ガムブルアみたいに贅沢を極めているのもいれば、こんな暮らしをしている子どもがいる。国からの援助なんて当然なし。見えないだけで貧富の差はあったわけだ。


「あの報酬は全財産なの?」

「はい。そういうわけなので、ぜひ特訓お願いします!」

「いや待て。今までに戦闘経験めいたことは?」

「まったくありません」

「それじゃ今から特訓して実戦レベルになるまで何年かかるか。それにいざ実戦をしても死んじゃったりするからね」

「そ、それでもやるしかないんです……」


 こんな塩スープしか飲んでない子に特訓なんて無茶はさせられない。そもそも私に教えられる実戦経験なんて皆無だ。それじゃ適当にそれっぽく教えるかとなるわけない。要するにこの子は強くなりたいんじゃなくて、お金がほしいだけだ。お金を手に入れるだけだったら強くなる必要はなし。


「冒険者になったからといって、必ずしも戦わなきゃいけないわけじゃないよ」

「そうなんですか? 姉から聞く話は戦いばかりですが……」

「その姉は戦って生計を立てているだけ。他にも収入を得る手段があるんだな、これが」

「そうなんですか?!」


 よっぽど驚いたのか、身を乗り出してくる。そして弟と妹がまとわりついてきて、なんか拝まれていた。

子どもはウサギさん大好きだもんね。


「ナタリーちゃんは12歳だよね。だったらまずは冒険者登録しよう。費用は私が出すからね」

「そ、そこまでしていただけるのは……」

「遠慮しなくていいよ。その前に、あの依頼はキャンセルしてね。こんな状況を見せられてお金なんかいただけません」

「では、どうするんですか?」

「冒険者はどこでも冒険できるから冒険者なの。まずは冒険者ギルドに行こうか」


 ナタリーちゃんだけじゃなく、弟と妹も連れていこう。こんなボロい部屋に置いておくにはちょっと危険だ。今までそうしてきたんだろうけどね。というか、この子達にもやってもらわなきゃいけない。何かを得るためには働く必要があると、子どものうちから身につませておきたい。私みたいな人間が量産されないためにもね。


◆ 王都 冒険者ギルド ◆


 魔物討伐だとか大きな依頼ばかりが目立つけど、実は細かいものなら無数にある。ボードに張り出されたものですら、重なって下のほうにある依頼書がたくさん。保育園の先生と結婚したベルドナさんという前例がなかったら、こんな発想は出来なかった。


「君達はこれからお金を稼いで生活をしなきゃいけない。これはね、苦難の連続だと思う。時には腹立つこともある。でもね、その報酬と感謝の言葉を聞いた時……なんともいえない至福なる達成感が君達を包むよ」

「あの、モノネさん。12歳未満のお子様をお連れになってますが、まさか仕事をさせるつもりですか?」

「人が気持ちよく演説してるというのにさすがに実直だね、職員さん。ナタリーちゃん以外は登録させないよ。だけど手伝ってもらうの」

「それは厳密には禁止されているのですが」

「じゃあ、何? 魔物討伐して現地の人にその死体を運んでもらうのもNG?」

「いえ、それは問題ありませんが……」

「じゃあ、こっちも問題ないね。はい、忙しいからあなたも仕事に戻って」


 実直すぎる職員さんを追い払ったところで、また本題に入ろう。テーブル席についた子ども達の目にやる気がみなぎっている。いいね、将来有望だ。これならどこかの親のすねかじりみたいに堕落しないと思う。この子達にはかじる脛すらなかったけどさ。


「ウサギファイターのやつ、今度は何をやらかすんだ……?」

「後進の育成だろう。ザイード一派に続いて勢力拡大への布石だ」

「このギルドもろとも制圧する気なのか?」

「しませんので不穏な噂は囁かないように」

「うぎゃぁっ!」


 瞬時に冒険者どもに接近して誤解を解いてまた戻る。大袈裟に驚きすぎでしょう。さてさて、今度こそ本題だ。


「戦わずして冒険できる依頼はこれだぁ!」


・家の掃除と買い物をお願いします

・庭の手入れ

・大浴場の清掃

・詳しくはハルピュイア運送王都支部まで

・話し相手になって下さい

・愛しのあの子に想いを伝えたい


 ナタリーちゃん達が目をぱちぱちさせてる。そりゃ冒険者といえば、魔物をばっさばっさと倒すイメージだもんね。一つ、すごい寂しいのがあるけど気にしない。一番下はまだこの子達には早すぎるし、私にも多分無理なやつだ。あと依頼内容を書いておけ、はーたん。


「これ、冒険者なの?」

「もっともなご感想だし私も同じこと思ったよ。でもこういうかゆいところって、意外とやってくれる人がいないんだよね」

「家の掃除くらい自分でやればいいのにー?」

「依頼主がおじいちゃんだからね。何をやるにも一人じゃきついんだと思うよ」

「ほぉーん! なるほどっ!」

「ね、どこだろうと誰かを必要としている人はいる。討伐依頼とかに比べたら報酬はだいぶ落ちるけどね」

「でも、これだけの収入があれば貯金も夢じゃないです! クートとリサも学園に通わせる事だって……」

「学園いけるー?!」

「いけるかー!」


 さっきまで陰気な顔をしていたのに、今は生気に満ち溢れている。学園に通いたいなんて、子どもながらに人種の違いを思い知らされた。意欲がある人間に環境が用意されないのは理不尽だ。国はもっと支援を、なんて綺麗ごとを言うつもりはない。だけど、こういう人間を育成してこそ国の未来が明るくなるはず。


「未来を照らす若人よ。どの依頼にする?」

「家の掃除と買い物にしようかな……二人はどう?」

「いける!」

「いけるぞっ!」

「そう、じゃあこれにします」

「じゃあ、冒険者研修を始めよう。まずは依頼の受け方からね」

「はい、師匠!」


 ノリがよくて大変よろしい。ちょっと先に冒険者になってブロンズの称号を貰ったからって先輩風ふかしやがって。と、自分ですら思う。


「はい。ナタリーさん、こちらの依頼ですね。場所は依頼書に記載した通りです」

「この家ですね。わかります」

「一人暮らしで寂しいと思うので、話し相手にもなってあげて下さいね」

「はい!」


 教えることなんかなかった。普通に段取りして終わった。モノネ先輩、今の心境はいかがですか。


「では行こうか。ここからそんなに遠くないね」

「モノネさん、その布団なんですけど……乗せてほしいっていったらダメですか?」

「いいよ。すでに君の弟と妹はくつろいでる」

「ホントだ!」


 布団、拡張できるようになってよかったね。そのかわり、広いと入口で引っかかる。そういう時は左右を丸めて出るんだけど。


◆ 王都 ◆


「一応、掃除用具一式を買っていこう。今後も役立つだろうからね」

「お世話になります……そこまでしてもらえるなんて」

「空飛ぶふとんっ!」

「寝れる!」

「気持ちいいのはすごいわかるけど寝ないようにね、君達」

「スー……スー……」

「おい」


 秒速で寝やがった。といっても仕事がきたら、起きてもらうけどね。ほら、もうすぐ見えてきた。家の前に盛られてるゴミの山。飛び交うハエ。入口のドアが、かろうじて見えるくらいひどい。いや待って。


「臭い……すごくないですか?」

「すごすぎて帰りたい」

「くせぇー!」


 そんなゴミをかきわけて、家主のおじいちゃんが出てくる。見た目は普通だな。それがなんでこんなことに。


「おぉ! あんたらが依頼を引き受けてくれたのか! さぁ上がれ!」


 ゴミをかきわけて出て来たところ悪いけど、また崩れてきて入口が塞がれましたよ。どこから上がるんですか、この家。


◆ ティカ 記録 ◆


今回は 布団の中に 隠れ潜んでいル

子どもに いい思い出がないから きっと また玩具にされル


12歳の少女ナタリー

8歳の弟 クート

7歳の妹 リサ

そして姉 この子ども達だけで 親の力もなく 今まで生きていくには

生きることだけを 考えるしか 方法がなイ

やりたいことがあっても できるはずがなイ

これならば ランフィルドのほうが 整備されていタ

国王の膝元であるはずの王都で このような惨状

恐らく 一般の人間の言葉になど 耳を貸さなイ

かくなる上は マスターが実績をあげて 王に近づいて 話すしかなイ

マスターなら きっと やってくれるはズ きっと


この家は この家で なんという惨状

物が溢れすぎても こうなるのカ

人間とは 難しイ


引き続き 記録を 継続

「メンってシンプルだよね。メンとスープだけでもあれば食べられる上においしい」

「ど、どうしたのよ」

「いや、メンをバラ売りしていつでも食べられるようなメンも出来そうだなって思った」

「スープはどうするのよ。あれはあれでダシをとったりして大変なのよ」

「そこなんだよねー。なんかこうお湯に溶かしたら味がばーって広がってくれないかな」

「モノネさんって楽する事に関しては異様に頭を働かせるよね……あれ、でもいける気がしてきたわ」

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