ソルジャーラットを討伐しよう
◆ 王都 下水道 ◆
下水道専用の入口が、王都の隅に用意されていた。てっきり狭い穴を降りていくのをイメージしてたから意外だ。でもこんなところに入るのはせいぜい王国の兵士と冒険者くらい。下水が流れていて清潔とは程遠い場所だから、無法地帯のネズミ王国になるのもしょうがない。
うん、これは臭い。たまにくらっとくる。出来るだけ下水を見ないようにして布団君で進む。入った途端、ネズミに襲われるかと思ったけど何もいない。それもそのはず、ネズミ達は私達から距離をとって伺っているから。
「かなり用心深いね。なんだあいつって感じかな」
「ジェシリカさんを始めとした冒険者が何度も討伐に赴いているせいでしょウ。彼らに警戒心が芽生えるのも致し方ありませン」
「そのジェシリカちゃんはもっと奥にいるね。ひとまず生きていて安心した」
「今はネズミの群れには襲われてないようデス」
でも生体感知によると、ジェシリカちゃんは下水道から出ようとしてないらしい。まさかネズミ達を全滅させるまで籠るつもりかな。そこまで生真面目な性格には、いやわかんないか。
あの子の事は何も知らない。知っている事といえば、わざわざ徒歩でエターナルガーデンにまで足を運んで依頼を引き受けているくらい。
「ひとまずジェシリカちゃんと合流しよう」
「すぐに追いつけまス……あ! ネズミ達の生体反応が一気にジェシリカさんに集まってまス!」
「急ごう!」
布団を加速させて、臭い下水道を突き抜ける。途中で様子を伺っていたソルジャーラットを見つけた。普通のネズミとほぼ変わらないけど、尖った牙が突出している。黄色い瞳に灰色の体毛、異様に長い耳。ソルジャーと名付けられるくらいには、好戦的な印象がある。
「少しでも数を減らしておこう!」
「魔導銃の照準がうまく合いませン……」
「あんたは生体感知に集中していて! どうせあいつらが跳んで襲ってくるのはこっちなんだから! ほらきた!」
「ビギィッ……」
素早い動きだけど、達人剣の敵じゃない。的が小さかろうと、飛びかかってくるネズミ達を淡々と斬り捨てた。こりゃ思ったより早く終わりそうだなと思ったところで、ネズミ達がちょろちょろと散っていく。
「ありゃ、もう警戒させちゃったか」
「分散されると面倒デス。何とか一網打尽に出来る手段はないものカ……」
「ネズミのボスって、どの辺にいるの?」
「群れの中に紛れているらしく、通常個体と位置が被りすぎて特定が困難デス」
「ゴブリンの王様よりは賢そうだね」
逃げるネズミは追わない。そんな中で、このネズミ達を一気に倒せる手段がないかなと考える。ネズミが好きそうな餌で釣る? そんな手段はとっくに使われてそう。賢いなら、奴らもまんまと騙されないはずだ。それに群れが集まるまでに、食べきれないほどの餌を用意するのは現実的じゃない。よってこれは却下。
「いた! ジェシリカちゃん!」
「?! なんですの……」
くるくる竜巻ヘアーが乱れてボサボサに、ロングスカートのバトルドレスも汚れだらけだ。前に見た優雅で清楚な姿からはかなりかけ離れてる。鞭で応戦して倒してはいるものの、数が多すぎて追いついてない。それでも巧みに鞭をバウンドさせてヒットさせる手腕はさすがだ。例のアビリティのおかげで、一度でも当てれば動きが鈍る。ん、待てよ。
「あなた! 何しに来ましたのよ!」
「私もネズミ退治に来たんだよ。2人で一掃すれば、報酬がすごい入ると思わない?」
「あなたの力なんか必要ありませんわ! ここでわたくしが全滅させれば、一気にブロンズの称号を手にしますの!」
「ジェシリカちゃんなら出来るよ。それを証明する手伝いをさせてくれないかな?」
「な、なんて言いましたの? あなたがこのわたくしを手伝うと?」
「うん。むしろジェシリカちゃんがいないと、私一人じゃ全滅できない。だからお願い」
「……そう。それなら仕方ありませんわね。話を聞きますわ」
よしよし、下手に出てプライドさえ刺激しなければいいんだ。無駄に張り合うから衝突するハメになる。私みたいないい加減な人間のほうが、こういう子とは案外うまく付き合えるかも。
作戦の説明をしている最中、ネズミ達は襲ってこない。また様子見モードかな。まさか人間の言葉までわかるわけはないと思うけど、一応耳打ちで話す。
「……失敗したら、わたくし達は終わりですわ」
「リスク高いよねー。でもこれ成功したら、ブロンズの称号とか普通にとれちゃうと思う」
「やりますわ。さっさとその布団に乗せなさい」
「はい、どうぞ」
「まったく……あっ、やわらかっ……」
布団君の心地に身を寄せるのは後にしてほしい。さて、正念場だ。下水道の見取り図を手元に用意して、ルートを決める。作戦の要であるジェシリカちゃんが鞭を握り、布団君が加速したと同時にネズミに鞭を振るう。
「ピギッ!」
「ギッ!」
「キャッ!」
「さぁ……ついて来なさい!」
ジェシリカちゃんの鞭で打たれたネズミ達がふらふらと、後を追ってくる。よし、いいぞ。この辺りのネズミ達を虜にした後は場所移動だ。追ってくるネズミから逃げつつ、途中にいたネズミに鞭をヒット。ぽわーんとしたネズミ達が鞭の快楽を得ようと、数を増やして走ってきた。
「さ、さすがに多い!」
「わかってたことではなくて?!」
「ティカ、ネズミの打ち漏らしはない?」
「順調デス」
下水道をくまなく移動しつつ、ネズミの大群に追われながらゴールまで導く。下水道内にネズミの鳴き声が反響しまくって、うるさくなってきた。布団とネズミの追いかけっこはいよいよ終盤。問題はボスがあの中にいるかどうか。どこかに隠れられでもしたら、面倒だ。
「一回りほど大きな個体にヒットさせましたわ!」
「そいつに念のため、もう一回! ボスだから一回じゃダメかもしれないから!」
「言われなくてもやるつもりでしたのよ!」
数発のヒットで大きい個体のネズミも虜にした。あれがボスか。ティカによると戦闘Lv8、大した事ない。いいぞいいぞ、このままゴールまであと少し。
「マスター! 一部の集団が回り道をして……左の通路から襲ってきまス!」
「ゲッ! ひとまず回避!」
寸前のところで左から来た集団をかわす。あのボスネズミが指示したのかな。下水道の構造も把握してるのか、こういう事もやってのけるのか。だけどゴールまでにまとまってくれたら問題ない。あそこは長い通路の一本道、そしてその後ろはなんと行き止まりだ。通り抜けられるのは流れている下水のみ。
「下水道内のネズミが一気に来ますわ! ここでミスしたらネズミの群れに飲まれて死にますわよ!」
「ティカ、いっけぇ!」
「魔導砲発射!」
事前にチャージしていた魔導砲が火を噴く。一本道に列を作って追いかけて来たネズミに逃げ場はない。魔導砲の光に次々とネズミ達が飲まれていき、なんとか反応して逃げようとしたネズミもかすっただけで消し飛んだ。怖い。膨大な数のネズミが一直線に消えた。
「生体感知……1!」
「あのボスネズミだね。追うよ」
「わざと群れの最後尾について、かろうじて反応出来て難を逃れたようですネ」
「だとしたら、手下を盾にしたゴブリンと変わらないね。結局、どこまでいっても魔物か」
下水道の構造を把握しているのはこっちも同じ。万が一、民家にでも上がられたら厄介だ。そうなる前に仕留めたい。
「じれったいですわね。ではこうしますのよ!」
ジェシリカちゃんが鞭で下水の壁を叩いて音を出す。何度かテンポよく叩いていて、何をしているのかな。
「あ! ボスネズミの動きが止まりましタ!」
「どうしたことですのよ」
「人の喋り方を真似しないでくれませんこと?!」
「で、どうしたことなの?」
下らないやり取りをしているうちに、ボスネズミがよろけながらも角を曲がって歩いてきた。向こうからやってくるこのギミックは一体。
「一度、鞭の快楽を覚えてしまった魔物は音を聴いただけでも打たれたい衝動に駆られますの」
「ひぃっ!」
「では止めにしますわよ。ちぇいっ!」
「ギァッ……」
鞭で強く打たれたネズミはあっけなく吹っ飛んで壁に激突してだらりと落ちる。死んでいるはずなのに、その表情はどこかうっとりしているように見えた。だから怖いって。
「生体反応、今度こそ0デス」
「ネズミ退治完了!」
「な、なんですの。その手は?」
「ハイタッチなるものをやってみたかった」
「誰がそんなもの! それにあなた、何もしてませんわよ!」
「布団使いとしての誇りを傷つけられた」
「そ、そうでしたわね」
意外と優しい。でもハイタッチはしてくれなかった。照れくさいのか、顔をそむけてながらもチラチラとこっちを見てくる。アスセーナちゃんと違ってわかりやすい。
「はぁっ……どうなるかと思いましたわ」
「くたびれたよね。こんな臭いところなんてとっとと出よう」
「……わたくしのアビリティを見ただけでこんな作戦を思いつくなんて。やっぱりわたくしにはブロンズの称号は早すぎましたわ」
「ブロンズの称号とかさ。確かにあればすごいけど、こんな風に一番活躍できる瞬間ってのがあると思うんだよね」
「そうかもしれませんわね」
「なんでそんなに称号に執着するのかわからないけど、ひとまず今回はきっちり報告するよ。ジェシリカちゃんの活躍をね」
「勝手になさい」
今度は顔をそむけたままだ。見えるぞ、ちょっと顔が赤くなってるのが。そしておずおずと手を出してきて何かと思ったら、あれか。ハイタッチ。パシンとね。
◆ ティカ 記録 ◆
ゴブリン討伐に続いて ネズミにも 魔導砲を撃つ事になるとハ
しかし 今までにはない 充実感がありまス
こうして お役に立てる事が 僕にとっての 何よりの喜びデス
それは ジェシリカさんも 同じなはズ
一人で 尖るよりも 寄り添ったほうが 得られるものは 多いと 僕は信じてまス
今回の事で 少しは 彼女との距離を 縮められた そんな気がしまス
引き続き 記録を 継続
「王国騎士団と兵隊って何が違うの?」
「兵隊は多岐にわたって業務がありますが騎士団は王族や貴族の護衛が主な仕事ですね。有事の際に動く最高戦力としても名高いです」
「それじゃ冒険者に任せなくても、その人達だけで魔物討伐やればいいんじゃ」
「彼らだけで手が回らない事もありますからね。私達がいれば、かゆいところに手がとどくんですよ」
「つまり私達は背中かき棒みたいなものか」




