ゴブリンのアジトを壊滅させよう
◆ グリーンゴブリンのアジト前 ◆
草場の影からうかがうと、とんでもないものが建築されていた。まずは丸太を組み合わせて築き上げた壁が立ちはだかる。その奥にも高所の足場が作られていて、見張りのゴブリンが弓を持って立っていた。
ゴブリンの城、要塞。なんとでも呼べそうなその住処は、私達が前に全滅させたゴブリンの洞窟とは比較にならない。これは国も攻めあぐねるのはしょうがないか。私も宿の件がなかったら、引き返そうかと考える。
「生体感知、その数は512匹ですネ」
「多すぎでしょ。あんなのが王都に攻めてきたら大事だね」
「それでなくても、近隣の街や村を襲う可能性がありまス。ゴブリンキングがいるだけで、以前とはここまでの違いを見せつけられましたネ」
「そのゴブリンキングの戦闘Lvは?」
「32ですネ」
「ブロッフォと同じくらいか」
とはいえ、戦闘Lvにまどわされる私ではない。事前の情報にあった通り、これは個々の戦闘Lvよりも集団が相手だというのが重要だ。しかもあのアジトと数。飛び道具まで完備してるし、まだ何か持ってるゴブリンはいそう。
これはまず敵の配置を把握しつつ、上空からアジトの外観をチェック。それからどう攻めるかを、なんてやってられるか。この私に攻城作戦なんて練られるわけない。だけど上空に行くところまでは同じだ。見つからないように遠くから布団君で上昇、アジトを上から眺めた。
「ゴブリンキングはどの辺りにいるかな」
「あの屋根の上に堂々と座っていまス」
「あ、あの偉そうな王冠をかぶった奴か。ていうか、あの王冠はどこから仕入れた」
「彼らは自分達の王となる個体に、何らかの手段で入手した被り物を献上するようデス」
「どうせどこからか盗んできたんだろうな。出来れば回収したいけど、リスクは背負いたくない」
「となると、どうしますカ?」
「わかってるでしょ。ここなら心置きなくアレが撃てる。あそこを狙ってね」
ティカが魔導砲をゴブリンキングに向けて構える。ゴブリンキングを倒せなくてもこの威力なら、アジトを半壊させられるはずだ。発射前の3、2、1。
「魔導砲……発射ッ!」
情け容赦の欠片もない無慈悲極まりない主砲が、ゴブリン達の努力の結晶であるアジトに直撃する。轟音が鳴り響いて、強固なはずの木製の塀や建物が吹き飛んで崩壊。ゴブリン達のアジトは見るも無残な形になった。このチャンスを見逃すはずもなく、今度は矢を布団から放つ。残ったゴブリン達の頭部を刺しにいく。
「ごびゃっ!」
「ごぶっ!」
「はい、続けて残りも頼むね」
生体感知によれば、数は30体程度にまで減ったらしい。相手が浮足立っている隙に追撃の手を緩めない。矢と並行して私とティカも参戦して、ゴブリンの数を減らし続けた。単体の強さは戦闘Lv5と、洞窟の時よりは平均して強い。あのゴブリンチーフも、この群れの中じゃただの一兵卒で終わってた可能性大だ。人間社会もゴブリン社会も、現実は厳しい。
「残り3体デス」
「ようやく終わりが見えてきた」
「ところがその3体が厄介デス。魔導砲からゴブリンキングを守った二体……あちらですネ」
「シールドゴブリン!」
「二体とも戦闘Lv26。あ、倒れましタ」
シールドを構えたまま、ゴブリン達が立ち往生してた。そして風が吹くと共に、ぐらりと倒れる。その傍らにいたのが、ほぼ無傷のゴブリンキングだ。きらりと光る王冠を見せつけながら、血走った瞳を向けてくる。当たり前だけど怒ってるな。片手には剣をしっかりと握っていた。
「気をつけて下さイ! 戦闘Lvが42にまで上昇しましタ!」
「ウッソォ!」
「フンゴブァ!」
見事な一閃をお見舞いしてくる。とっさに受けて払い、こっちも負けじと攻め立てた。攻防が目まぐるしく入れ替わり、なかなか決着させてくれない。
怒りで強くなったのか、それとも抑えていたのか。魔物の中にはアスセーナちゃんと同じように、戦闘Lvを変化させてくる奴がいるみたい。バニーイヤーが何かの音を拾う。ゴブリンの空いた手の平に、静電気みたいなものが集中している。
「これはもしかして魔法?!」
ゴブリンの左手から雷が拡散して放たれる。ライガーほどの威力はなくて、瓦礫を半端に砕き飛ばす程度だ。だけどそれを駆使しながら攻められるとめんどくさい。雷で牽制しつつ、剣撃に次ぐ剣撃。
「ゴブキョウカ!」
「なんか今喋った?」
「強化魔法まで使うとハ! 戦闘Lv44に上昇……!」
ウソでしょ。多彩すぎる。どこかのお猿さんと違って、こっちのほうがよっぽど真っ当なボスをやってた。魔法を使う知能に剣の腕。王冠の他には、なびかせているボロボロのマント。見た目だけじゃなくて、実力もまさにキングだ。これは戦闘Lv44に更新してくれないと納得いかないぞ。達人剣君、そろそろ本気を出す時期じゃないの。
――繰り出せ
お、やる気だ。体が感じた事のない動きを始めたぞ。
「これぞ、これぞ……! 奥義ッ!」
体を捻った全力の大振り。だけどさすがにこれはかわされるでしょう。余裕丸出しで飛びのいたゴブリンキングが反撃に出ようとした瞬間。
「ゴブアァァッ!」
ゴブリンキングの体がばっくりと裂けて、そのまま二つ折りされる。ごとりと残されたゴブリンキングの死体と謎。私自身、何をやったのかもわからないのにやられたほうは尚更でしょう。
距離を取られたと思ったら、すでに当たっていた。というより、距離を無視して当てたといったほうが近い。ストルフの技と違って真空波を飛ばしてるわけでもない。ただ斬ったという事実だけが残る。放った私が理解できたのはここまでだった。
「マスター、今の技はなんでしょウ?」
「達人剣君がようやくやる気になってくれた結果じゃないかな」
剣を握って、ティカに見せつけた。やっとスキルを放ったと思ったら、想像以上にやばい。達人どころじゃないかもしれない。本当、何者なの。
「生体反応ゼロ、ゴブリン討伐完了デス」
「後は隠してある財宝とかあれば探そうか。盗品はこの状況で見つかるかな」
散策を開始したけど、なかなかその類のものが見つからない。ゴブリン達が持っていた武器だけでも回収しつつ、根気よく探した。さっきの魔導砲であらかたなくなったかも。
でも今回はあくまでアジトの壊滅だからね。ないならないで、私達に落ち度はない。言われた事だけを忠実にこなすプロフェッショナルだ。あくまで十分にやって、十二分にはやらない。
「何者かが何名か、近づいてきまス。戦闘Lv20前後が数名デス」
「ゲッ、変なのだったら嫌だな。逃げたほうがいいかな」
「一名の戦闘Lv25、これはマーマンの湯でくつろいでいたあの兵士ですネ」
「王国関係者か!」
「これは……」
壊滅したゴブリンアジトを前にして兵隊が騒然としてる。王都から討伐隊が出るのは後日だったはずだ。
あの人達は偵察部隊かもしれない。
「あのー、アジトの偵察ですか? たった今、壊滅させたんでもう心配ないですよ」
「君は冒険者か?」
「お、初見で冒険者だと理解してくれた。はい、これが証拠です」
「いろんな人間を見てるからな。そしてブロンズクラスか……とはいえ、この徹底ぶりは凄まじい」
ぐっちゃぐちゃになったアジトを散策し始めた偵察部隊。そうだ、残りはこの人達に押し付けよう。
「見ているこっちが気の毒になるな。魔術士でも、ここまで破壊できる者はなかなかおらん……」
「アイアンやゴールドクラスならばわからんでもないが、ブロンズとはな」
「モノネといったな。ご苦労だった。正直、騎士団といえどもこの規模は苦労するだろうと危惧していたのだ」
「それはよかった。あとですね。ゴブリン達が盗んだものがどこかにあるなら、捜索してほしいです」
「あぁ、わかった。では現場は我々が引き受けよう」
「温泉、いいですよね」
「あ、あぁ……いいぞ」
踵を返してそのまま布団に乗る。途端に眠気が襲ってきた。これよ、これ。戦いが終わって帰るまでの間の至福のひととき。瞼が重くなり、ふわふわの布団に包まれてそのまま眠る。気がつけば目的地。久しぶりにこれが味わえたし、たまに冒険者をやるのもいいかな。仕事終わりの酒がうまいとは聞くけど、寝帰りも負けてない。おやすみ。
◆ ティカ 記録 ◆
ゴブリンキング その統率力を発揮させないまま 討伐できたカ
久しぶりの魔導砲 まだ威力が足りてなイ
何故かは わからないが そんな気がすル
マスターの 達人剣のスキル 斬った結果だけを 残すのカ
どういうスキルか 解析不能だが あれすらも 力の一端に過ぎないとしたら 底が知れなイ
アスセーナさんに スキルを見せれば 使い手が わかるかもしれないと ふと考えタ
引き続き 記録を 継続
「マスター、どうですカ?」
「ん、もう少し力がほしい」
「ではこれでどうでしょウ」
「あっ……ちょっといいかも。でも無理しなくていいんだよ」
「いえ、マッサージ師にばかりマスターを気持ちよくさせている場合ではありませン」
「この向上心が温かくも眩しい」




