金策しよう
◆ ホテル"スイートクイーン" 最上階の部屋 ◆
「諸君に重大な事実を発表したい。お金がない」
「それは大変ね」
「他人事として流してるけど、このホテルの宿泊費を含めてるからね」
何せ自分達の命運までかかってるんだから、さすがに沈黙するよね。数日分はディニッシュ侯爵が払ってくれたけど、私もついうっかりしてた。ティアナさんにお金を払ってしまって宿泊費が払えないのに気づかないとか、商人の娘とは思えない。やっぱり商売しなくて正解だった。
「私は平気ですよ?」
「それはよかったね。それで相談なんだけど」
「お金の貸し借りですか?」
「期待してないから黙ってて。それでね、恥を忍んでもうしばらくディニッシュ邸に泊まらせてもらおうと考えてる」
「図々しいですね!」
「黙ってと言ったよね」
アスセーナちゃんのボケに付き合ってる余裕なんかない。しかもこの部屋は最高級らしくて、一泊だけでも大変な代金だ。というわけで第一の難関はホテルの人に事情を説明して、まずは穏便に済ませてもらうところか。アスセーナ家に2人を泊めてもらおうかと考えたけど、彼女に借りを作りたくない。いろんな意味で。
「それで本当に身を引き裂く覚悟で、冒険者ギルドに行こうと思う」
「あの、モノネさん。私も協力するわ。さすがに払ってもらおうなんて甘えるわけない」
「じゃあ、この代金を見てもその決心は揺るがない?」
「モノネさん! 今こそブロンズの称号の威光を放つ時よ!」
「君も段々、アスセーナちゃんに似てきたね」
普通ならこんな借金を背負わされたら、自殺を考えるんじゃないのってくらいの金額だからね。さすがに最高級のホテルなだけはある。アスセーナちゃんは余裕で払えるとして、私を含めた3人分か。いや、これ無理でしょう。冷静に考えて、冒険者とかやってる場合じゃない。
「これはやばい。真剣にやばい」
「モノネさん。王都には高額の報酬が設定されている依頼がたくさんあるんです。しかもブロンズの称号ですよ。こんな金額ならすぐに溜まります」
「要するに助けてくれない理由としては、私に冒険者をやってほしいからだね」
「モノネさんは本当に優秀ですからね。この王都でも、その名を知らしめてほしいんです」
「面倒が増えるだけだから、あまり知名度は上がってほしくない」
アスセーナちゃんの言葉を信じて、いろいろ励むしかない。さて、まずは第一の難関だ。
◆ 受付ロビー ◆
「衛兵に至急、連絡を!」
「待って話を聞いてぇぇ!」
柔らかい物腰ですごい丁寧だったホテルの人が豹変しちゃった。強張った形相を崩さずに通報を怠らない。さすがによく訓練されてる。
「はぁ、それでは連絡先はディニッシュ侯爵でいいんですね。それと担保として預かるものがありますね」
「担保というと?」
「万が一、あなた達が逃げ出さない為の……悪い言い方ですが人質です」
「じゃ、じゃあこの布団君で」
「衛兵に」
「なんでですかこっちは真剣なのに!」
担保とか聞いてない。私の持ち物なんてこれの他に達人剣と冷魔石ボックスくらいだ。後は矢が数本か。
「私、イルシャと言います。このホテルで働いちゃダメですか?」
「あなたがですか? 申し訳ありませんが、当ホテルの採用基準を満たしているとはとても……」
「じゃあ、実力を見て下さい」
「はぁ……では一応」
とぼとぼと厨房に向かうホテルマンとイルシャちゃん。支配人を呼び出して、彼女の実力を見るらしい。
◆ 厨房 ◆
「ぜひここで働いてほしい! なに、借金の事は気にするな!」
「一生懸命、がんばります!」
担保が永久就職しちゃいそうだよ。ディニッシュ邸のコックに続いて、ここでもダウンした人達がいる。支配人が上機嫌すぎて、もう私達の事なんて視界にすら入ってなさそう。
「では君! せいぜい頑張ってくれたまえ! さぁイルシャ君、早速こっちで詳しい説明をしよう」
「あの、私も実はすごい腕前なんですよね」
「それで雇用形態なんだが……」
聞いちゃいない。クソ、しくじった。あの調理器具さえあれば、私だって活躍できるのに。どうあっても冒険者という死のリスクを背負った仕事に勤しむしかないのか。何の意思だ、これは。
「さ、モノネさん。冒険者ギルドに行きましょう」
「あぁぁぁ……。そ、その前にレリィちゃんを……」
どうせわけのわからん魔物の討伐とか、そんなのばっかりなんだ。王都周辺なんだから、そういうのは兵隊さんが頑張ってほしい。
◆ 王都学園 薬学部研究室 ◆
「この子が研究室に?! 大歓迎だよ!」
「がんばる」
本人の希望で学園に連れてきたけど、これでいいのかな。数日で不治の病を完治させる薬を発明しそう。それはそれでいいんだけどさ。あれ、これって実は私だけ職にあぶれてません?
◆ 冒険者ギルド ◆
「来たッ!」
「あれが例のウサギか……」
「噂が本当なら、手合わせ願いたいものだ」
「やめておけ。死ぬぞ」
すでに知名度抜群なんですけど。手合わせ願いたくないので、目を合わせずに無視。私が進むと前にいる人達がササッと左右にどける。これはこれで快適かな。
「高額の報酬が設定されてる依頼ないですか? 具体的にはスイートクイーンの宿泊代を数日分払えるくらいがいいです」
「モノネさんですね。こちらを参照ください」
「あ、私宛ての依頼があったか」
すごいあっさりと流されたな。相変わらず、受け付けの人すら真面目だ。ギルドマスターはあんなもんなのに。
・ソルジャーラットの討伐 戦闘Lv 30以上
・グリーンゴブリンのアジト壊滅 戦闘Lv 40以上
・ゴーレムの討伐 50以上
・ナダル山の失踪事件の捜査 戦闘Lv不問
「ほぼ討伐依頼じゃないですかー!」
どうして王都周辺なのに、こうも物騒な魔物が多いのか。でもゴブリンってあのゴブリンだよね。と思ったらアジト壊滅とか書いてた。ネズミにゴブリンにゴーレムね。前も聞いたけど、これって別に私が解決しなきゃいけないわけじゃないはず。他の強い冒険者にも並列して依頼を出しているから、無茶をする必要もなし。
で、気になる報酬だけどこれがメチャクチャ高い。特にネズミ退治で、わけのわからん怪鳥討伐よりも遥かに高い報酬を貰える。でもネズミでしょ。私に依頼するって事はとんでもない奴らなんでしょ。
「ギルド職員の立場ではありますが、ゴーレム討伐は何人もの冒険者が挑んでは殉職しています。魔法も武器も受け付けず、手に負えないとの報告が上がっています」
「だからこんなにとんでもない報酬なんだ。ウサギがゴーレム討伐なんか出来るか。
このグリーンゴブリンは……ゴブリンキングがいるからやばいのね」
「手に負えなくて、国の上層部の中からは彼らと協定を結ぼうという声が上がるほどです」
この中だと圧倒的に楽そうなのはソルジャーラットだ。でも一つ問題があって、その場所がやばい。
「ネズミ退治に下水道って……」
「下水道から民家に上がって人を襲う事件が相次いでます。全滅させないとすぐに繁殖するので、何度も国から討伐依頼が出ているほどです」
「さすがに汚いのはちょっと」
「マスター、僕の生体感知ならば全滅も可能デス。汚いのはどうにもなりませんガ……」
「それがあったか。でもなー……下水道かー」
「何だと! もう一度、言ってみやがれ!」
一瞬ビックリした。振り返ると冒険者がもめている。声を荒げている3人組みに対して、相手は竜巻ヘアーがチャームポイントのジェシリカちゃん。強面を相手に一歩も怯まないどころか、あの髪をかきあげる動作で余裕を見せていた。
「ですから、あなた方の実力では不可能だと言ってますの」
「たかがネズミ退治なんざ、これまで何人もやってんだよ!」
「討伐に対して数が一向に減らないどころか、怪我をする方が増えていますわ。あなた方の戦闘Lvや実績も加味した上で言ってますのよ。闇雲に討伐するだけでは終わらない事態にまでなってる……何故、それがわかりませんこと?」
「そ、それがどうしたってんだ。だからってオレ達に出来ないってか?」
「あなたの武器は斧ですわね。残念ながら素早いソルジャーラットに適した武器とは言えませんわ。
そちらの二人も槍と弓……。ネズミに喉元を食いちぎれと言ってるようなものですわね」
「言わせておけば……!」
よくよく聞いたら正しいかはともかくとして、ジェシリカちゃんは理屈を立てて説明している。だけどあの3人からしたら、ケンカを売られているようにしか思えないだろうな。私の予想通り、どこでもトラブルを起こしそうな子だった。あの子もネズミ討伐依頼を引き受けるのか。だったら、任せちゃっていいかな。
「ソルジャーラットはわたくしが討伐しますわ。あなた方も、どうしてもというなら止めませんことよ」
「あぁ! 引き受けてやるよ!」
「勝手になさい」
ジェシリカちゃんがこっちに来る前に手続きを終わらせよう。
「じゃあ、グリーンゴブリンのアジト壊滅をやる」
「お一人ですか? さすがにそれは死ににいくようなものかと思います」
「分け前となると、借金返済が遠のくんで」
「……近々、騎士団を派遣して壊滅作戦を行う予定のようですね。
もしその前に壊滅できたのであれば、国に大きく評価されるでしょう」
「やばいけど仕方ない」
下水道よりはマシかなと思ったし、相手はゴブリン。一度、討伐しているからまだ気持ちが楽だ。実をいうと不安はいっぱいだけど、勝算がないわけじゃない。諸事情で最近、使ってなかったアレの火を吹かせよう。この依頼の報酬だけでも、だいぶ宿泊費の支払いにあてられる。さすがはブロンズの称号だ。
◆ ティカ 記録 ◆
まさか 宿泊費で つまづくとハ
イルシャさんが 働いて返済する分を 考慮しても かなりの額が 必要になル
今回ばかりは 引率した マスターにも わずかながら 微細ではありますが 責任がないとは 言えなイ
アスセーナさんも 先輩として 気づいてもいいはズ
彼女の場合 気づいていた節があるカ
今度の相手は グリーンゴブリンですが ゴブリンキングがいるとなれば 厄介ダ
奴がいるだけで 統率力が 段違いに上がり 単独での実力も かなり高イ
このティカ 全力で サポートせねば なるまイ
引き続き 記録を 継続
「はー、私の魔力値8かぁ」
「一般の方でも50前後はあるようですが、8と比べてそこまで差はないようデス」
「へー、例えばどのくらい?」
「マッチ棒の火で水を沸騰させるか、焚火で水を沸騰させるかくらいの違いでしかありませン」
「それ絶望的な差だよね」




