アスセーナちゃんの実家にいこう
◆ "スイートクイーン" 最上階の部屋 ◆
「モノネさん、ぜひ私の実家へいらして下さい!」
「いきなりどうしたのさ」
目を輝かせる意味がわからない。せっかく王都に来たのに実家に帰らないのかなと心配になったほどだから、それ自体はいいんだけどさ。
「私にもお友達が出来たと胸を張って報告するんです!」
「いいよ。行こう」
「いいんですか?! 今日の予定は昼寝とか言われると思ってました!」
「私、そんな薄情だと思われてたんだ」
自業自得か。さすがにせっかくのお誘いをそんな風に切り捨てたりはしない。でもこんなに嬉しそうに気合い入れて誘うなんてね。温泉に行くわけじゃあるまいし。
「あの、それって私達も」
「お二人も当然じゃあないですかぁ!」
「こ、興奮しないで」
「自慢ですけど両親は何一つ不自由なく暮らしてますからね。私のおかげで!」
「なんでこのタイミングで自慢するの」
こんなにハッスルしたアスセーナちゃんは一度も、いや見た事あるか。今日は珍しく布団に乗ってこないで、先頭に立って案内をするみたいだ。どれどれ、こんな天才を育てた親を見てやりますか。私の両親と違ってさぞかし、しっかりしてるんだろうな。
◆ 王都 高級住宅街 ◆
ランフィルドにもこういう区画はあったけど、こっちは段違いだ。二階建てどころか三階建ての豪邸やプール付きの家が目立つ。家々にあるのは庭というより庭園、そして何故か金持ちは石像が大好きだ。なんかの神様の石像なのか知らないけど、そんなのがちょくちょく目立つ。
自分も裕福な家の生まれだと自覚していたけど、これらに比べたらあまり目立たないかもしれない。中の上くらいだね。うん。
「うわぁ……言っちゃ何だけど、あれと比べたら私の店なんか犬小屋としか思えないわ」
「イルシャちゃん、それは言っちゃ何だよ」
「プールで泳ぎたい」
「どうして子どもはどこでもここでも泳ぎたがる」
あのプールとか、住んでいる人は利用しているのかな。こんなに天気がいいのに誰も泳いでない。テラスもそうだけど、ああいうのって持っているだけでステータスになるから用意しているだけなんじゃ。
「あちらが私の実家です」
「他の豪邸に比べたら、大人しい外観だね」
「希望を聞いても、プールも庭も必要ないって言ってましたからね」
つけようと思えばつけられた発言。隙あらば自慢め。まぁいいよ、今回だけは大目に見て付き合ってあげるか。
◆ アスセーナの実家 ◆
「いやっほぅ! アッスセーナちゃんがお友達を連れてきたよっほぅ!」
「いらっしゃい! 嬉しすぎて心拍数が上がって血圧も上昇してるわ! あぁっ!」
麦わら帽子をかぶり、マラカスを両手で鳴らして歓迎しまくってくれたのは初老のお父さん。健康状態を告白したと思ったら、倒れそうになるお母さん。いろんな意味で心配になるこの二人が天才を生んだ両親か。まぁこのくらいじゃないと、アスセーナちゃんみたいな突然変異体は生まれないよね。わかる。
「お父様、お母様。こちらが私の無二の親友ですわ」
「モノネちゃんにイルシャちゃん、レリィちゃんだな! 手紙でよく知っているよ!」
「まさか自己紹介の必要すらないとは思わなかった」
「君はそのスウェットと布団を意のままに操るんだって? 羨ましすぎるっほぅ!」
「そこまで教えんな」
アスセーナちゃんを軽く睨むけど、舌をぺろりと出してセクシーポーズをとってる。腹立つ何これ。
「あのアスセーナに無二の親友が出来たと聞いた時にはガセかと思ったさ!」
「そうよ! この子に友達なんて、ゴブリンがドラゴンを倒すくらいのアクシデントだもの!」
「アスセーナちゃん。両親にすら信用を得られてないだけど、そこどうなの」
「だって私、今までお友達なんて出来た事ありませんでしたから」
「そう」
そりゃ好奇心だけで家宅侵入するような子だからね。私じゃなかったら今頃どうなっていたんだろうね。
「布団にダーイブッ!」
「あぁ! ちょっとぉ!」
お父さんが何の了承もなしに私の布団に飛び込んできた。やばい、アスセーナちゃんにしてこの親だ。天然というか、読めなさまで遺伝したか。
「すまん! アスセーナの報告通り、気持ちいいのか確かめたくてな!」
「おい」
「てっへぇ」
だからそのセクシーポーズやめろ。何がてっへぇだ。
「戯れは一度、このくらいにしておいてな」
「まだあるんですか」
「いずれな。君は冒険者でそちらの子は料理人で……その子は薬師だったな」
「レリィちゃん、薬師だったの?」
「うん」
「そうなんだ」
もういいや。多分ノリだよ、ノリ。
「アスセーナの事だから高飛車な発言で怒らせちゃいないかなと心配だったんだが……そうか、友人か」
「たまにイラッときますね」
「そうかぁ、そりゃそうだよな。そのせいでこの子、子どもの頃から友達がいなくてな」
「何となくわかります」
「いましたー! 友達くらいいましたー!」
「過去形」
口をとんがらせて反論するけど、多分これは本当だろうな。そのくらいお父さんの証言に説得力がある。放っておけば元に戻ると思ってたけど、今回はへそ曲がり時間が長い。まだふくれてる。
「あのですね、モノネさん。過去よりも大切なのは今ですよ。こうして皆さんとお友達になれたという事実が重要なんです」
「そうだね。家宅侵んぐっ!」
「もう、戯れなんだからっ!」
「んむぐー!」
どさくさに紛れて家宅侵入について両親の前で暴露してやろうとしたら、ありえない速度で口を塞がれた。この子、どうあっても隠蔽する気だな。両親の前だからって、都合の悪い過去を隠蔽するの。
「見渡しても、さすがにお金持ちとしか言いようがない」
「我が娘が使いきれないくらい金をよこすんでね。冒険者ってのは儲かるんだなぁ、私も若い頃に目指しておけばよかったよ」
「わかります。こちらのモノネさんなんかも、ついこの前までひきんぐっ!」
「もー、戯れなんだからー」
「んんむぐぅ!」
アスセーナちゃん、人には隠蔽すべき事実というものがある。誰もがあなたみたいに前向きな人生を生きているわけじゃない。大浴場では不覚を取ったけど、兎スウェットさえあれば余裕で制圧できるのだ。
「そちらの薬師という子は随分小さいな。いくつだ?」
「9歳」
「ちいさっ! いや、それならそちらのモノネちゃんも10歳くらいかな? 同年代だけでなく、幅広い交友関係を築くとは!」
「早とちりのところ申し訳ありませんけど私、16歳です」
「じょ、冗談だろう?!」
「なんで無駄にサバ読む必要あるんですか」
「16歳か、アスセーナと同じ歳か。いいさ、成長は人それぞれだな!」
この父親も、娘に似て失礼だな! 血が繋がりすぎてる。あなたのそういうところが遺伝して、アスセーナちゃんに友達が出来なかったんじゃないのと勘ぐってしまう。
「せっかく来てくれたんだ。ちょっと早いが、食事でもとっていけ!」
「今日は二人だけで高級牛肉を堪能しようかと思ったけど、皆でいただきましょうか」
「お父様、お母様。まさか毎日、そんなに偏った食事を?」
「昨日は豚肉だったぞ!」
「そこで待っていて下さい! 今すぐ私がバランスのいい素材を買ってきますから動かないで下さい!」
高速でまくしたてて高速でいなくなった。私としてはそこの高級肉を所望するのだけど。
「……ハハハ。よほど嬉しいのだろうな。あの子、子どもの頃は本当に友達がいなかったんだ」
「やっぱりですか」
「幼い頃から何でも出来て勝ってしまうせいで、遊びにも混ぜてもらえなくてな。しかもあの性格だろ、悪気がないのに相手を傷つけてしまう」
「悪気はちょっとあると思います」
「不器用なところはあるが悪い子じゃないはずなんだ」
「まー、アスセーナちゃんには私みたいないい加減な人間のほうが釣り合うかもしれませんね」
「だろうな! 私もそう思っていた!」
マジクソ失礼な父親だ。この両親も実は人付き合いがほとんどないんじゃないの。この性格だから娘に同じ末路を辿らせているんだ。
「でもアスセーナさんって何でも出来るけど料理は私より下手なのよね」
「嘘だろう?!」
「薬の知識も私よりないよ」
「ホラだろう?!」
「私と剣の勝負をして負けましたね」
「言っていい事と悪い事がある!」
さすがに信じろ。でも本気で驚いたのか、両親がソファーから転げ落ちてる。大袈裟どころじゃない。
「そ、そうか。それなら尚更、君達みたいなのが現れてようやく生きがいを見つけたところだろうな……」
「私達、お金はあるし不自由はないけど……唯一、あの子はこのままどうなるのかと不安になっていたのよ」
さっきのハイテンションから一転して深刻なムードに切り替わった。家に友達を連れて来ただけで、そこまで重い話になるとは。気になるけど、あまり聞いちゃいけない話かもしれない。
◆ ティカ 記録 ◆
アスセーナさんは 僕としても つかみどころがないと 感じていタ
美貌も 才も 手に入れている彼女でも どうやら 問題はあったようダ
歯に布を着せぬ 発言もそうだが その突出した力が 何やら弊害となっている可能性があル
もしかすると 普段の彼女は 一つの側面で 本当の彼女は マスターにさえ
見せていないのかも しれなイ
マスターとは 良い関係でいてほしいだけに だからこそ 彼女には 素を晒してほしいところではあル
だから マスターへの 数々の暴言も 今は聞き流そウ
引き続き 記録を 継続
「そういえば魔晶板すっかり使ってない」
「マスターの周りにいる人達が増えましたからネ」
「そうなんだよねー。一人でポチポチやる時間が、考えてみたら減ってるかも」
「そういう事なので、マスターも決してその存在を忘れていたわけではないのですよネ」
「なんでそういう危ない事言うの」




