パーティを組んでバーストボアを討伐しよう
◆ 冒険者ギルド ◆
「あなたのせいで、出前で運んでいた"ボア骨メン"が台無しになったのよ」
この子は街の料理屋の娘で、客から注文を受けて配達する途中だったらしい。数日前に予約してきた客に届けている最中、ゴブリンフィギュアのせいで料理をこぼして台無しになった。完全に私が悪すぎて、何度謝っても足りないくらい。そして許してくれない。
「素材のバーストボアもちょうど切らしたし、何よりお客さんをガッカリさせてしまった。
店としてこれほど残念な事はなかなかないわ」
「本当にごめん……一体どうしたら」
「……あなた、冒険者? じゃないよね」
場違いな恰好だから、誰かの子どもだと思われてもしょうがない。実際、明らかに私のほうが背が低いし。
「一応、冒険者だよ」
「だったら話は早いわ。許してほしかったら、せめて食材調達に協力して。相手はバーストボアよ」
「何ですか、その響きからしてやばそうな生き物は」
「凶暴な猪の魔物よ。鼻先に魔力を溜めて突進した際に爆発を起こすの。
とても素早くて厄介な魔物だけど、肉と骨は食材としても重宝してる」
「それはとても怖すぎる魔物だね」
「だから腕の立つ冒険者に依頼しないと調達できないの。
いつも提供できるメニューじゃないから、楽しみにしているお客さんがたくさんいるわ」
この子、私に魔物討伐をしろと申してる? しかも突進して爆発起こすようなのを? 一体誰がこの世で一番最初に、鼻先に魔力を溜めて爆発させるような化け物を食べようと思ったのか。そんなものが食材として流通してる外の世界が怖すぎる。
「冒険者といっても今しがたデビューしたばかりなんだけど」
「そうなの? それなら無理強いできないわね。ごめん、私が熱くなりすぎた」
「え? 食材はいいの?」
「よくないわよ。だから他の人に頼むの」
席を立ちあがって、女の子はスタスタと受け付けに向かう。依頼を出しているのかな。私は? 許された? わけないよね。
「……バーストボアですか。そこまで難しい魔物ではありませんが、討伐できそうな人は出払ってますね」
「いないなら待ちます」
「バーストボア討伐となると高額の報酬を用意しないといけないんですけど、採算のほうは大丈夫ですか?」
「アハハ、そこは問題ないですよ。一匹だけでかなりの品数を用意できるんで」
「本当によく頑張ってますよ。あ、私情が過ぎました……」
「いえいえー、お気づかいありがとうございます!」
受付の女性と親しげに話す女の子の後ろ姿がどことなく寂しそう。私が初心者だと言ったらあっさり引き下がったし、いい子だと思う。客のためにもう一度頑張ろうという姿勢が眩しい。
今の私はどうだ。魔物に怖気づいてこうしていろいろと見送ろうとしてる。こうして人生からも逃げてるんだな、私は。
「マスター、よろしいのデスカ?」
「うーん……」
「バーストボアの討伐じゃん。それは俺達に任せろじゃん」
そうこうしているうちに、2人の冒険者が現れた。背中に立派な剣を携えて、もう一人は槍か。そんな青髪と黒い短髪の男が気前よく依頼を引き受けようとしているけど、女の子はいい顔をしてない。
「俺達がやってやるじゃん」
「あなた達の戦闘Lvを確認させて下さい。ええと、二人とも3ですか」
「二人で合計6もあれば十分じゃん? バーストボア討伐の適正戦闘Lvも7、何の問題もないじゃん」
いや、足りてませんけど。
「ですがあなた達はこの前、適正戦闘Lv2のゴブリン討伐も半端な結果でしたよね……」
「はぁん? 数が多すぎたんだから仕方ないじゃん?」
なんだか受付のお姉さんの顔が浮かない。なるほど、あの二人の評判がよろしくないのはわかった。依頼を出した女の子も表情を曇らせている。
「決まりじゃん? なぁ、チャック?」
「そーだなぁ! 同感だよ、ジャン!」
「そこの子も俺達が引き受けるって事で問題ないじゃん?」
「で、でも」
明らかに問題ありそうな態度しかしてないのに、図々しい態度だ。
「もし依頼を達成したら、お前の店でメシを無料で食わせるじゃん。ついでに酒もついでくれじゃん」
「そうそう、俺もまさにそう言おうと思ってたわぁ!」
「そ、それはダメよ! それとこれとは別!」
「はぁぁん? どこの誰様のおかげで店を経営できてると思ってるじゃん?
冒険者がいなかったら、今まさに食材調達もままならないくせに生意気じゃん」
「そーそー! それ今、口から出かかってたところだわ!」
女の子が苦い顔をして、ロングスカートをギュッと掴んだ。何こいつら、いろいろ破綻しすぎでしょ。なんでこんな問題しかない連中が冒険者登録してるの。
決めた。元々私のせいで料理が台無しになったんだし、これ以上悲痛な思いをさせるのは忍びない。そしてこいつらに一つ、わからせたい。
「あのー、私もその依頼を引き受けるって事でいい?」
「あ! モノネさん! そうですね、あなたがいるなら安心ですね!」
「はぁん?」
私が名乗り出たら露骨に態度を変えるのもどうかと思うよ、受付のお姉さん。振り向いたあの二人が完全に私を見下すようにして、唇を尖らせている。ガラ悪いな。
「いいじゃん」
「あぁ、俺もいいと思ったよ!」
へ? ごねるかと思ったけど、あっさり了承した。今の様子からして、他の冒険者と違って私の活躍を知らないだろうに。
「俺はジャン、こっちがチャックじゃん」
「どうも」
こんなふざけた服装の私に何の疑問も抱いてないのかな。あの女の子でさえ、私が冒険者に見えなかったらしいのに。そんな私に、むしろ嬉々としているように見える。
◆ 街から数時間くらい歩いたところの森 ◆
「その布団、便利じゃん……こっちは数時間も歩いたじゃん」
「お、俺もちょうどそう思ったところだよ」
「ごめんなさい、これ一人用なんで」
ろくに運動なんかしてない私が数時間なんて歩けるわけないからしょうがない。皆に合わせるとか出来ないタイプです。
それにしても、この移動中の数時間にかわいいだの散々煽ててきてわかりやすい連中だ。最後のほうはネタが尽きて無言になったけど。
「この森にバーストボアがいるんだね。どこにいるんだろ?」
「森の奥にいかないと見つからないじゃん。進むじゃん」
「作戦とか立てなくていいの?」
「俺が囮になって初撃の突進を引き受けるから、その隙に側面を狙ってほしいじゃん」
「そーそー! バーストボアの弱点は側頭部なんだよな!」
「囮って……そんな危険な役目を?」
「女の子を盾にするわけにいかないじゃん?」
「言おうとした事言われたわぁ!」
心配そうにジャンを見つめる私に、すっかり騙されている。紳士を演じるなら、もっと気の利いた事を言ってほしい。
「いないね」
「根気よく歩くじゃん。周囲への警戒は俺達に任せろじゃん」
盗賊の隠れ家があった森と比べて、こっちはだいぶ鬱蒼としている。木の根が隆起していて突進に向かなそうな足場だけど、ボアさんは何を理由にしてここに住んでいるんだろう。
さて、ここでティカに生体感知を始めてもらおう。いちいち奥にいって探さなくても、これがあれば問題ない。
「ティカ、バーストボアはどの辺りにいるかな?」
「大小、様々な反応がありますネ。この森、バーストボア以外にも魔物が結構いまス」
「だってさ。ねぇ、あんた達……」
私とティカだけが取り残されていた。あの二人、さりげなく私達に先行させてどこかに雲隠れしたな。早速やってくれた。
でもバカだな、こっちにはティカの生体感知があるからバレバレなんだよね。これは私みたいなへっぽこですら感知出来てしまう。しかも一度認識してしまえば離れていても、どれが誰なのかわかってしまうというから怖い。
当然、あの二人も認識済みだ。ちなみにあいつらの生体波動は平均以下だけど私よりは多いらしい。悔しい。
「彼らはやや南東の30歩ほど後方にいますネ。うまく草木に隠れて様子を伺ってマス」
「意外と近くにいるんだね」
「恐らく僕達を囮にするつもりでショウ」
まさかあの二人も、私達が声をひそめてこんな相談をしてるとは思うまい。それにしても、あの二人が私の戦闘Lvすら確認しなかったのが謎でしょうがない。
自分でいうのも何だけど、空飛ぶ布団に乗って変な人形を連れているスウェット女って時点で普通じゃないだろうに。それとも私があまりに初々しかったから油断したのかな。
「マスター! こちらに急接近する生体を感知しましタ!」
草や枝を大きな生き物が踏み潰す音が聴こえてくる。多少の木なんてお構いなし、爆破音と一緒にそれらが倒壊していった。やや黄色がかった体毛にひん曲がった角、その充血した瞳は確実に私達を捉えている。
「間違いなくあれがバーストボアですネ。生体登録完了」
「うひゃああ! さ、さ、さて、どうするかな! どうするかなー! ティカ! ついておいで!」
「了解しましタ」
布団ごとぐるりと向きを変えて私は南東に飛ぶ。あの凄まじい突進の速度じゃ、もちろん逃げ切れない。目の色を変えて私達に追いつく寸前のバーストボアも、まさか標的が他にもいるなんて思わなかっただろうな。
「うあぁぁぁぁ! こ、こっちに来るなじゃん!」
「俺もまさにそう思ってたぁ!」
ゴボウのスキルをかわした時と同じように、布団と私達はそれぞれ分離するようにしてかわす。跳んで見下ろした先には、バーストボアの爆破からかろうじて逃れたマヌケな二人がいた。チッ、惜しい。
「ひいいぃ! この、このぉ!」
剣をでたらめに振り回して応戦するも、また突進を始めようとしている猪の化け物には届かない。もう一人のチャックは槍を構えてはいるものの、完全に固まっている。
そんな様子を眺めながら、私が猪の背後に着地。力強く踏み込んでから、すかさず剣が動いてバーストボアの側頭部を斬る。あまりの速度にさすがの爆発猪もこの強襲には対応できず、ころりと体を横転させた。鮮血を飛び散らせてピクピクと体を痙攣させ、バーストボアは身動き一つとらなくなる。
「ふぅ、案外あっけなかったな」
「マスター、お疲れ様デス。どうやらちょうどバーストボアの弱点をついたようデスネ」
「全然意識してなかったっていうか、勝手にやってくれたんだけどね」
「今、何が、起こったじゃん? こいつが倒した……じゃん?」
腰を抜かしたまま、ジャンが持っていた剣を手から滑らせた。チャックはまだ槍を構えたままだ。全部スウェットと剣がやってくれた事だし、偉そうに言えないんだけどこいつらに遠慮する必要はない。
「ごめーん! まさかそんなところに隠れてたなんて気がつかなかった!」
「お前そんなに強かったなんて……」
「弱かったらどうするつもりだったの? 私達に猪を突撃させた直後にあんた達が攻撃って作戦?
だから離れずに近くで隠れてたんだよね」
「誤解じゃん! 一度、待機して様子を見ようと俺達で相談してお前に伝えようとしたじゃん!
でもすでに先行していて、しかもその先にはあのバーストボアじゃん! どうしようもなかったじゃん!」
「そーそー! 俺、まさにお前に声をかけようとしたんだよ!」
「どうしようもないのはあんた達じゃん! じゃん!」
悲惨な供述をしているジャンに軽くバニー平手打ちをかましてみる。殺すつもりはないから怪我はしないと思うけど、思ったより飛んだ。勢い余ってチャックを巻き込んで木に激突しちゃった。
「ひいぃぃ……! 許してくれ……じゃん」
「私も偉そうな事を言える身分じゃないから、これ以上は何も言わないけどさ。
反省しないで過ごす月日の流れって半端なく早いからね」
気がつけば引きこもり歴が大変な事になってたからこそわかる。別にこいつらがどうなろうと知ったこっちゃないから、本当にもう何も言わない。
「マスター、バーストボアの解体が完了しましタ」
「うへぇ?! あんた、そんな事まで出来るの?!」
「荷台に乗せましょウ。あとは牽引する人ですが……マスターの力で十分でしたネ」
あの二人に自分達の出番かと思わせてからのこの落ち。確かに私がいれば荷台車が勝手に動いてくれるか。本当は馬車が一番いいんだけど、あいつらがケチるからこんなものしかない。
ていうか行きはともかく、帰りにこのクソ重そうな猪を乗せたまま引いて帰るつもりだったのかな。考えなしが極まってる。
「おーい、帰るよ!」
倒れて重なったまま何も言えずに呆然としているジャンとチャックを置いて、私達は街に戻る。行きはあいつらが信用できなくて我慢してたけど、さすがに眠い。
あいつらを置いて街に着くまでの間、ひと眠りしますか。布団君、よろしく。
◆ ティカ 記録 ◆
冒険者とは 統制がとれた集団ではないようなので あの二人のような連中が
出てくるのも 止む無シ
しかし あの手合いが目立てば 他の冒険者への 信用にも 関わりまス
冒険者ギルドの実態は わかりませんが 早急に 手を打つべき 課題だと分析
マスターを かわいいなどと 煽て 囮にしようと企んだ罪は 重イ
本心から かわいいと いったのならば許すが どうせ 奴らに マスターの魅力など 理解できまイ
バーストボアごと 奴らを 解体したかったが またの 機会にしよウ
それより今は マスターの布団の中
寝るという行為を真似て しばしの間 休みましょウ
「ふむふむ、依頼主は依頼する冒険者を指名する事もできるんだ。あのコメントに特技を書けば、アピールにもなると」
「マスターを指名する方もいらっしゃるかもしれませんネ」
「依頼する人は冒険者の情報を閲覧できるわけだ。考えてみたら危ないような……」
「便利なものを作ると同時に、悪用されない方法も考えなければいけないのがつらいところデス」
「目立たないように、コメント欄は『がんばりません』にしておくかな」
「余計目立ちマス……」