マッサージしてもらおう
◆ 天然温泉施設"マーマンの湯" 大浴場 ◆
「露天風呂は気持ちいいですよ」
「それって外に浴槽が設置されてるの? ティカの生体感知もないのに危なすぎる」
高い塀があるだけで、基本的には外の浴槽らしい。ちょっと怖いな。どうせアスセーナちゃんみたいなのは、変なのが来ても気配で察知して瞬殺するんだろうけどさ。
「王都の治安はいいんですよ。皆さんが安心して利用してるのが何よりの証拠です」
「ガムブルアの案件は治安に含まれないのね」
「外のお風呂なんて新鮮! レリィちゃん、いこっ!」
サウナで干からびるくらい汗を流したはずなのに元気すぎる。あれから3セットくらい繰り返してたな。しかしスウェットがないと、どうも落ち着かない。跳ぶも駆けるも思うがままだったのに、今は何も出来ない気がした。
「おぉ……これが外の浴槽! 神秘的!」
「湯は熱いのに外気に触れているという非現実感を味わうのも楽しみ方の一つですね」
「んんー、よくわからないけどこれも体にいい湯だ。全身がほぐされる」
「美肌効果もありますので、美人の湯とも言われてるんですよ」
「肌が綺麗になったくらいで美人になれるなら苦労しなくない?」
「モノネさんは現実的すぎるのよ……」
とは言うものの、体に触ると確かに肌がツルっとしてる。とろっとした湯が全身に染みこむようだ。そんな中でそよ風を浴びる。アスセーナちゃんの言う通り、どことなく非現実感がある。ここは外なのに裸になって風呂に入ってる。最初にこれを発半した人は天才か。発想の勝利だね。私も発想で勝ちたい。あくまで発想で。
「今のモノネさんなら私でも押さえられるかな」
「イルシャちゃんがそんなに好戦的だとは知らなかった」
「た、例えの話よ」
「なんという嗜虐心……これがイルシャちゃんだなんて」
「私は押さえられますよ!」
「ひぎゃー! シルバーとか私じゃなくても無理だしぃ!」
アスセーナちゃんに強襲されて、後ろの岩に押しつけられる。両肩を押さえられただけでビクともしない。そしてなんでちょっとうっとりしてるんだろう。たまにこの子のこういうところが怖い。
「えいっ!」
「イルシャちゃんまで!」
「足を押さえてみたけど、逃げられそうにもない?」
「うわぁぁん! この子達こわいー!」
「じょ、冗談よ。体も細いし、確かに非力ね……それがあのスウェットを着ただけで強くなるなんて」
「マスターッ!」
壁を越えてなんか来た。魔導銃を構えたティカが上から露天風呂を制圧するかのごとく、睨みを利かせている。待て、待ちなさい。この後に起こる騒ぎを考えないの。
「きゃあぁぁぁ!」
「魔物よ!」
「皆さん違うんです! 魔物じゃないんです! ティカ、いいから逃げて!」
「マスターの悲鳴が聴こえたので駆けつけたのですガ……」
「戯れだから安心して!」
「モノネの姉御ォ! そちらで何かあったんですかぁ!」
やっばいのが男湯にいる。ザイードさんが温泉好きだなんて知らなかった。何がやばいかって、私の声だとすぐわかったのがね。手下達も一緒なのか、7秒以内にぶっ殺そうだとか仕切りに相談してる。
「わかりました! 11秒以内に全部かたしますからぁ!」
「あんたが社会的にかたされるってわかれ!」
「そ、そうか! そっちは女湯……!」
おい、あいつ私をなんだと思ってた。姉御呼ばわりしてるくせに。ホント頭の中に激高する大将でも詰まってんじゃないの。私が静止しなかったら本気で壁を超えて突撃してそう。
「マスター、引き続き警戒態勢を」
「わかったもう上がるから待ってて!」
「いたぞ! あそこだ!」
露天風呂の外で、正当な立場の方々が駆けつけ始めてる。これを収集つけなきゃいけないのか。さすがにアスセーナちゃんとイルシャちゃんには反省してほしい。
◆ 天然温泉施設"マーマンの湯" 休憩所 ◆
「……今回は不問としておきましょう。しかしアスセーナさん、あなたほどの方にしては迂闊ですな」
「すみません」
なんで疲れを癒やしにきているのに疲れなきゃいけないの。さすがにアスセーナちゃんも反省したのか、彼女が衛兵にすべて説明してくれてる。これ彼女がいなかったら、すごい大変な事になってたパターンだ。こうなったのは完全にアスセーナちゃんのせいだから、感謝はしない。
「モノネの姉御ォ! そいつらどうしますか!」
「私達と同じタイミングで上がってくるんじゃない。衛兵をどうかしたら、私達がどうかされるからね」
「なるほど、今はまだその時じゃねえって事ですか!」
「どうして会話できない」
風呂上がりのザイード一派が浴衣姿で並んでる。他のお客さんが怖がってるから、こういう方々は入館禁止にしたほうがいいと思う。今の私がザコだと知ったら、それでも姉御と呼ぶのか。呼ばないでしょう。初めて会った時とはえらい変わりようだ。未だに別人としか思えない。
「……じゃ、二度とこのような事はないようにな」
「すみません」
傍らでアスセーナちゃんが粛々と頭を下げている。しょぼくれてるのかなと思ったら、さっきからすみませんしか言ってない。適当にやり過ごすのはいいけど、あからさまなのはどうなの。衛兵が立ち去った後で、背伸びをしてからドリンクを飲んでる。
「プハーッ! 風呂上がりのモモルソーダは格別ですねぇ!」
「よくさっきの空気から、そこまで変われるよね」
「あ! そちらの物騒な方々はモノネ一派ですね! 護衛ご苦労様です!」
「へいっ!」
へいっ、じゃない。本当へいっ、じゃないよ。さりげなくモノネ一派呼ばわりしたのも聞き逃さなかったぞ。こんな空気でリラックスできる気がしない。私が飲んでるモモルソーダに、一派の方々の視線が釘付けだ。
「なるほど、あれを飲めば栄養がついて強くなれるのか?」
「でもあれ、ただのジュースだぞ」
「じゃあ、なんで飲んでるんだよ」
飲みたいからだよ。いい加減にしろ。
「モノネさん、一息ついたらあちらでマッサージをしてみませんか?」
「あれって気持ちいいの?」
「気持ちいいだけでなく、全身がほぐされて体が軽くなりますよ」
「ほー、でもちょっと高いな」
「その価値はありますし、私が払いますから! さ!」
「マッサージ、だと……!」
このチンピラどもを追い出す方法を教えてほしい。気にせずマッサージコーナーに行くと、すでにたくさんの方々がうっとりしてた。寝ている人もいるし、気持ちよさそう。よし、これはやるしかない。
「マッサージお願いします」
「はい、何分コースですか?」
「20分コースで」
「20分だとっ……!」
こんな小さな子の一挙一動を監視して驚いてる暇があったら、私が出した課題に勤しみなさい。台の上にあおむけになって早速、マッサージが始まる。
「うぁっ……こ、これは、いい……」
「でしょう?」
「はぁ……寝れる……」
人間の手はここまで器用に活動できるのかと感心する。3人とも、すでに虜になってるし、アスセーナちゃんは寝てた。一番、緊張しなきゃいけない立場の人ですらこれなのか。いや、殺気で起きるとかいってる時点で常識に当てはめてはいけない。私も寝たいけど、そこのいかつい方々が気になりすぎる。そうだ。
「あぁぁ……このマッサージなら、また強くなれそうだなー……」
「き、聞いたか?!」
「あぁ、でも会話からして姉御はマッサージが初めてなんじゃ?」
「そりゃお前、強くなる為の嗅覚が尋常じゃねえんだよ。このマッサージも、強くなれると確信した上でやってんだ」
「そうか……やっぱりすごい人だ」
彼らの中で私がどうなってるのか知りたくない。もう一押し。
「あ! これ筋肉に響く! 絶対また強くなれる!」
「ザイードさん! 俺、やります!」
「オレも!」
「マッサージなんて女々しいと思ってたが間違いだった! やるぞ!」
「グルァァァァ! 姉御が気持ちよく眠れねぇだろうがぁぁぁ!」
「よく言ったぞ、お前ら!」
モヒカンうるさい。しかも眠りそうだって看過するな。しかしこれで一斉に一派の方々がマッサージを所望しておられる。マッサージ師の方にはお気の毒だけど、これで繁盛するって事で許して。顔が引きつってるけど、お仕事頑張って下さい。でも明らかに人数が足りてなさそう。
「おおお! お、おふぅ!」
「あっ、あぁっ!」
「すや……」
「よし、作戦成功」
変な声を出して気持ち悪いけど、全員が大人しくなった。ザイードなんか涎垂らし始めてる。レリィちゃんの同じ寝顔はかわいいのに、ひどい格差だ。それにしても20分じゃいいところで起きちゃうな。
「あの、延長1時間でお願いします」
「かしこまりました」
彼らと同じく、私も虜になってしまった。これは間違いなく通い詰めてしまう。また一つ、私を魅了する要素が増えてしまった。
◆ ティカ 記録 ◆
このティカ 不覚この上なイ
生体感知で 露天風呂にいるマスターを 突き止めたところまではよかっタ
しかし 戯れだと 見抜けなければ 危ないところだっタ
僕はまだ 人の心を 理解できていなイ
もし マスターが 本当に 危機に陥っていたら どうカ?
そう考えれば 行動そのものに 間違いはないはズ
室外で 裸になり 湯に浸かル
これに 意味があるのか まだまだ 理解すべき事が 山ほどあル
引き続き 記録を 継続
「モモルソーダ最高! しゅわっとした喉越しがたまらないね!」
「私、それ苦手なのよね……」
「いやいや、イルシャちゃん。食に携わるものとして、それでいいのかな?」
「そうなのよ! これは絶対に克服しなきゃいけないと思うの! だから特訓は怠ってないわ!」
「ごめん、私ごときの思惑なんてとっくに飛び越えてたね」




