新たな芸術を生み出そう
◆ ホテル"スイートクイーン" 最上階の部屋 ◆
財産がやばいけど、今日だけは溜まりに溜まったアイディアを出さなきゃいけない。他の3人は見たいところがあると言って出ていったから、今日は心置きなく創作できる。美術館で得た閃きを今ここで確かめよう。
「よし、まずは絵にセリフをつけてみよう。ティカ、絵を描ける?」
「やってみましょウ。はい、描けましタ」
「早すぎない? どれどれ……うますぎっ!」
この室内が正確に描かれている。人間が写生しても、なかなかここまでのクオリティにはならない。そしてこの速度、いける。
「じゃあ、ここに誰でもいいから人物を描いてみて」
「わかりましタ。はい、どうでしょウ」
「だから早すぎる。どれどれ……うーん」
「お気に召しませんでしたカ?」
「いや、うまいんだけどさ。ちょっと写実的すぎるかな」
「写実的というと?」
「うまく言えないんだけど、あの美術館にあった人物画にセリフをつけてもギャグにしか見えない」
ディニッシュ侯爵の屋敷にも偉人らしき人物の絵があったけど、あれに「こんにちは」とかセリフを描いても笑えるだけだ。もっと表情を変えればいいんだろうけど、まだそれでも足りない。
しょうがない、ここは私がやるか。ティカに描けて私に描けないはずがない。まずは線を引いて、あれ。なんかふにゃっとなるな。もう一回。まだふにゃってる。もう一回。顔の輪郭からして丸い。なんでだ、見たものをそのまま描くだけの作業すら私は出来ないのか。
「で、出来た……これは」
「素晴らしイ!」
「うるさい。こんなイモみたいな顔をした人間がいるかい」
「イモ人間の話にすればよいのデス」
「うるさい」
これは参った。こんな事になるなら、アスセーナちゃんがいる時にやればよかったものを。待て待て、ここで諦めるのが私の悪い癖だ。あの美術館に展示されている絵を描いた人達は最初から絵がうまかったか。きっと私にはない根性で頑張ったに違いない。諦めずに顔の輪郭から、はいダメでした。
「絵ってさ、どうやって描くの」
「見たままに描けばいいのデス」
「そんな速く走るためには速く走ればいいみたいな。絵がうまい人の道具でも手に入れられたらいいんだけどな」
「マスター、僕の意見ですがうまく描く必要もないように思えマス」
「というと?」
「あの美術館にあった絵の中にはリアルとは程遠い絵柄の作品もありましタ」
「あー、なんかポップな絵柄の作品か。これなら私でも描けそうと思った覚えがある」
「下手でもいいので、何枚か描いてセリフを描き込んでみてはいかがでしょウ」
ついにダイレクトにヘタクソ呼ばわりされたけど、ティカの意見にも一理ある。それではイモ人間にセリフを描き込んでみましょう。セリフは「この雑兵料理人め!」「なによ!」でいいか。
「プッ! いやいやいや……こ、これはナシでしょ。完全にギャグだし」
「これはイモ人間のコックが、同じイモ人間のイルシャさんに文句を言っているところでしょうカ」
「なんでイルシャちゃんってわかったの」
「ポーズをつけてみてハ?」
「よし、イモ人間にストルフみたいなもみ上げを付け足して、ポーズもそれっぽくしよう。うっわ、体が軟体すぎる!」
「伝われば下手でもいいのデス」
イモコックがイモイルシャを指してるポーズを描いて、それっぽくなったかもしれない。イモイルシャが棒立ちなのがよくないな。イルシャちゃんがよくやるポーズにしてみよう。腰に腕を当てて、堂々たる立ち方。相変わらず絵はひどいけど、最低限の情報は伝わるはずだ。
「な、なんかダメこれ、笑えるだけ」
「笑える作品にしましょウ」
「笑われちゃダメでしょ……いや、いいのかな。要は楽しんでもらえたらいいわけだからね」
「次に続くシーンはイモコックにイモイルシャさんが言い返すところでいかかですカ」
「その後はイモイルシャが料理を突きつけて、イモコックがごめんなさいするシーンにしよう」
「短いですが、これもストーリーですネ」
合わせて3つのシーンが描けた。大したストーリーじゃないけど、なんか様になってる。でもこれじゃ紙芝居とあまり変わらないな。もっと連続性を持たせられないものか。例えば絵を小さくしてみよう。
「……絵を小さくすると、顔も体も小さくなりすぎる」
「顔だけにしてセリフを書いてハ?」
「それだと迫力がないというか、何をやってるのかが伝わらなくない? はー、なかなかうまくいかない」
ベッドに寝っ転がって、窓の外を見る。相変わらずここからの景色はいい。窓の範囲だけでも、王都の広さがわかる。別に全体を見なくても伝わればいい。窓の範囲。そうか。
「四角に区切って、窓から覗いているイメージで描いて……イモコックが窓の外で指を突きつけてる感じでやってみよう」
「さっきよりもわかりやすいデス。同じ要領で次のシーンも描いてみましょウ」
「わお! 窓の連続で流れるようにストーリーがわかる! 紙芝居とは違った味があるかもしれない」
「もっと窓の数を増やせば、大きなストーリーも展開できそうデス」
「よし、じゃあイモコック対イモイルシャの対決をもっと壮大にしよう!」
イモコックが高級料理を出すんだけど、イモイルシャが大衆に好かれる料理を出して『食べる人達の客層を考えなさい!』と決めて終了。どこかで見た展開だけど気にしない。せっせと窓を増やして描いて書いて、こりゃ結構大変だ。何せ同じイモを何個も描かなきゃいけない。5、6個追加した段階で疲れてきた。
「小説より大変な作業だよ……。考えてみたら文字と絵を両方書くんだから当たり前だよね」
「労力という観点で考えれば、小説に軍配が上がるでしょうネ」
「手軽に作るか、苦労するか……。問題は苦労に見合った成果が得られるかどうかだよ」
「そこは今後……あっ!」
「どうしたの?」
「ただいまー」
ティカが驚くからてっきり暗殺者でも来たかと思ったけど、3人が帰ってきただけだ。何かお土産らしき荷物があるな。いい匂いもする。
「おかえり。なんかおいしいものの気配がするね」
「お土産にいくつか食べ物を買ってきたのよ。モノネさんにも食べてもらおうと思ってね」
「ありがとう! 早速いただきます!」
「あら、何かしら」
イルシャちゃんが手にとったのはまさか。さっきまで描いてたイモイルシャ無双劇をまじまじと見つめている。何がまずいかって思いっきりイモイルシャとか書いてるから、言い訳できない。ティカはイルシャちゃん達の生体感知が遅れて焦っていたのか。確かにこれはまずい。
「紙君、逃げてぇ!」
「あっ! コラ!」
「キャッチです!」
「コラァ! シルバー子ぉ!」
アスセーナちゃんの脅威の身体能力で捕まってしまった。逃げられるのはどうやら、バカ貴族や魔獣使いくらいか。なんて冷静に分析してる場合じゃない。
「イモイルシャ『これが本当の料理よ!』 イモコック『この雑兵料理人が!』って。これ、ストルフさんとイルシャさんでは?」
「新たな芸術が生まれそうとかいっておきながら、こんな落書きを書いてたのね。あとレリィちゃん笑いすぎ」
「いや、あの。別に悪気とか悪口の類じゃないのは理解してほしい」
「私、イモだったんだ……」
「イルシャちゃんは尊敬してるし、それは私の画力の低さが起因しているが故の事象と理解してほしい」
「はい、レリィちゃん。お土産食べよ」
「どうしてそういう事するのぉぉぉ!」
そして情け容赦なくレリィちゃんがおいしそうな串焼きとサクサクの衣がついた揚げ物を頬張ってる。それ食べてきたんじゃないの。
「モノネさん、これ面白いですよ」
「ね、でしょ?」
「少しブラッシュアップすれば、新たな表現方法として確立する可能性がありますね。このイモみたいな顔は単にモノネさんの絵が下手なだけですし」
「そうそう! わざとじゃないのさ! 何度書いてもイモみたいになるからイモにしただけ!」
「私をモデルにした意図は?」
「それこそ思いつきだから、機嫌直して!」
「いいわ。半分からかってみただけ。はい、おみやげ」
「っしゃあ!」
イルシャちゃん並みに喜んだし、リスペクトは十分に証明したはずだ。新たな芸術はいつの時代になっても理解されないものだけど、人を馬鹿にするような表現はダメ。絶対。今回の事は私に悪気がなかったとはいえ、彼女を不快にさせてしまった。気をつけないとね。
「誰も傷つかない作品作り……難しいなー。まぁある程度のいちゃもんはスルーするけどね」
「誰かの尊厳を傷つけたりしなければいいのですよ。中には批判を浴びながらも、意に介せず作品作りに没頭した人もいますけどね」
「とりあえず、特定の人とかは出さないほうがいいね。今度からはもっとわかりにくく出そう」
「モノネさん?」
「ごめん反省してるから」
何かが閃きそうで閃いたけど、道のりは長い。この窓絵、絶対にいけると私は確信している。完成したら窓絵じゃパッとしない名前になるかもしれない。絵画にちなんで、なんとか画とつけたい。窓画? ネーミングなんて後回しでいいか。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターが生み出した 新たな表現方法は きっと 成功すル
人物の後ろに 背景をつけたせば より華やかになり 様々な角度から 人物ともに描写すれば
窓ごとの絵が 活きるかもしれなイ
マスターが 書いた小説を 窓絵にすれば よいのではないカ
そうなると 窓絵の枚数が 凄まじいことになル
芸術の道のりは 険しイ
引き続き 記録を 継続
「モノネさんはお風呂に入る時はさすがにスウェットを脱いでるんですよね」
「そうだよ。アスセーナちゃんと一緒に入った時もそうしてたでしょ」
「もし、お風呂に入ってる時を狙って暗殺者が来たらどうします?」
「ティカがいるから平気だと信じてる」
「生体感知に引っかかるのって生物だけですよね。世の中には……」
「い、今そういう対策を考えている最中だから!」




