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美術館にいこう

◆ 王都美術館入口 ◆


「入場料は私が払いますよ」

「お、気が利くね。ありがと」


 ちょっとお高い入場料だから、やめようかなと少しだけ思ってたところだった。美術に魅入られた人々が、建物に吸い込まれていく。警備兵が目を光らせて、入場者をチェックしている。


「なんか想像よりも厳かな雰囲気だ。そのせいか、見物客も意識が高そう」

「そんな事ないですよ。私のお勧めは印象派の」

「さっ、入ろう」

「もー」


 解説したがりだな。私は感覚派だから、見たままを受け入れる。これはきっと芸術に必要な感性だ。


「美術館なんて、レリィちゃんにはまだ早いかもね」

「すごい作品を見たら、何かすごい薬を思いつくかもしれない」

「この見習うべき前向きな姿勢よ」

「昔の人の絵なら、その時代の料理が描かれているかもしれないから楽しみね」

「この二人はどこへ行っても生きられそうな気がしてきた」


 適応派の二人にはそれぞれ何かを掴んでもらいたい。一方、天然派は解説させてくれなくてふてくされてた。


◆ 王都美術館内 ◆


 広々とした通路の脇に美術品がずらりと展示されている。厳かな雰囲気すぎて、本当に私が来てよかったのかなとすら思えた。空気がすでに帰れといってる気がする。


「綺麗な石ね」

「イルシャちゃん。私、芸術はわからないけどその感想はどうかと思う」


 どれどれ、作者の説明を見る。これが、かの有名な彫刻家ムッツゥリの作品だそうで。生涯を通じて女性の半裸や全裸の彫刻を掘り続けたらしい。しかも徹底して同じスタイルの女性ばかりなのは、ムッツゥリの半生がどうたらこうたら。もういいや。


「一つのテーマに拘るのもいいかもね。次」

「彼が生涯、独身だった理由は理想のスタイルの女性がいな」

「もういいから、次」


 芸術家という人は変わりものが多いと聞いたし、この人もそうなんだと思う。決してふしだらだなんて思ってない。


「こちらはヤンデラーの絵画ですね。このリンゴの中に人間の腐った頭が入ってる絵なんかが有名ですよ」

「どういう精神状態でこの絵を描こうと思ったのか聞きたい」

「本当よ。もしリンゴをこんな風に使っている人がいたらただじゃおかないわ」

「いや、そこじゃなくてね」


 もし、この画家とイルシャちゃんが出会ったら修羅場かもしれない。リンゴに人間の頭は入らないよという突っ込みなんかじゃ止まらないだろうな。


「でも普通の人にはない世界が広がってますよね。ファンタジックです」

「確かにこういう奇抜な発想は、世界観の広がりに通じるかもしれないね。こういう魔物を小説に登場させてみる」


 単に風景を描いた絵ばかりじゃなく、自分の中にある世界を出した絵だ。切れた腕から触手が何本も生えてる絵とか、見ているだけで不安になるから程々にして次。


「ここに展示されているのは、ユクリットの絵画ですね。彼は画家であると同時に冒険者として、あらゆる場所の風景画を残しました。あの冒険王グレンの仲間だった事でも有名ですね」

「へぇぇぇ、グレンが小説を書いて仲間のユクリットが絵を描いたんだ」

「こちらの絵は冒険の風景も描かれていますね。これはキャンプ中でしょうか、焚火を囲んだメンバーが疲れ切っているように見えます」

「背景がなんだか不気味だね。紫色の森みたい」

「かつて未踏破地帯だった"腐呪の森"と解説に書かれていますね。ここは今でも踏破率が低い難所ですよ」


 そうそう、私が求めていたのはこれだ。文章だけで想像するのもいいけど、こういう味のある絵が入ってると面白くなりそう。何より本をあまり読まない人にも手にとってもらえるんじゃないかと睨んでいる。


「これはグレン達とカイザードラゴンの戦いを描いた絵ですね。これだけで壮絶な戦いだと伝わってきます」

「まさか戦ってる最中にスケッチしたんじゃないよね……」

「ドラゴンの上位種に位置するカイザードラゴン戦ですよ。さすがにそれはないかと」

「そうだよね。アスセーナちゃんでも勝てなさそうなドラゴンだものね」

「勝てますー!」

「はいはい」


 エターナルガーデンでは勝てないとかわめいてたくせに。だからこの子は、たまにからかうくらいがちょうどいい。絵の中では仲間の何人かがすでに倒れているし、グレンと思える人物も武器を持ってる手を片方の手で押さえながら戦ってる。それに対してほぼ無傷のカイザードラゴン。この時の皆はどう思っていたんだろう。いろんな想像を掻き立ててくれるという事は、いい絵なんだろうな。


「文字に加えてこういう絵が加われば、面白さも倍増な気がする。よし、小説に絵をつける事も見当しよう」

「それはいいですね。モノネさん、絵が描けるんですか?」

「未知数すぎるから、誰か描いてくれる人いないかな。チラッ」

「喜んで!」

「まだ何も言ってないけど嬉しい」

「モノネさんの小説の料理描写は任せてね。厳しく見てあげるから」

「嬉しいけど怖い監修が出来た」


 無言で袖を引っ張る子も混ぜてほしそうだから、入れてあげる。これで料理、薬、絵と死角がなくなりつつあった。これはもうデビュー目前といっていい。テニーさんも出版を許してくれるはずだ。


「それにしてもこのキャンプの絵、臨場感たっぷりだよね。今にも絵の中の人達が喋り出しそう」

「グレンさんはリーダーらしく、無言ですが落ち着いて皆さんを見守ってそうですよね」

「こっちの人は疲れ切った顔で、もう帰りたいとか言いそう。ん、待てよ。セリフねぇ」

「どうかしたんですか?」

「いや、絵を描いてそこにセリフを書き込んだら面白そうかなってちょっと思った」

「さすがにそれは台無しでは……」

「やっぱりなしかな」


 ピンと来たんだけどな。見た目で想像させる芸術もあるなら、見ただけで何が起こってるのかわかる芸術があってもいい。理想の女性の石像を掘り続けたり不気味な世界を表現し続けたり、芸術の形は一つじゃないはず。

 これが芸術だなんて誰が決めたのか。ここに展示されている美術品だって最初から評価されていたわけじゃない。認める人がいたからこそ、こうして美術として残されているんだ。私にその資質があるとは思えないけど。


「例えば、このキャンプシーンは冒険の一場面だよね。それを連続して絵に起こしてセリフを書けば冒険の臨場感がより出ると思う」

「絵の量を考えると現実的じゃないですね……」

「そこは確かに課題かな」

「なんだか聞いているうちにアリかなと思えてきました」

「ね、小説と並行して考えてみようかな」


「絵本みたい」


 レリィちゃんが言う絵本とはちょっと違う。あれをこう、もっとシーンを細分化したようなもの。小説や絵本とも違う、新ジャンルになりそうな予感さえする。ひとまずはホテルに帰って小説を書いて試しに絵をつけてみよう。しっくりこなければやめればいい。


「風景の絵だけでも入れて実験してみたい。砂漠を冒険しているシーンに砂漠の絵があるとかさ」

「料理のシーンに料理の絵があればいいわね!」

「そうそう、より食欲が沸いてイルシャちゃんのお店が繁盛するよ」

「っしゃぁ!」

「気合い入れて喜ぶには早いけどね」


 最初は堅苦しい空間だなと思ったけど、考えてみたら小説も絵も彫刻も全部が創作だ。そこに優劣もない。無から物を生み出す事の素晴らしさをこの美術館は教えてくれている。

 あそこで小難しい会話をしているおじさんとおばさんも、うまい絵だねと漠然とした感想を言ってる家族も。そこにある作品を楽しんでいるという点では同じ。よし、また一つ試練を乗り越えたぞ。美術館はまったく堅苦しくない。厳かでもない。自由な表現がここにある。


「これはユクリットさんが描いた絵の中でも異色ですね。当時、新種だった女性型の魔物の絵ばかり展示されています」

「なんでほぼ全部、全裸に近いの。これだけ気合い入れて枚数描きすぎじゃないの」

「カーミラにラミア、メデューサ……こちらにはハーピィ族が描かれてますね」

「何を意図したのこれらは」


 何を生み出そうが、それもまた創作。自由な表現がここにある。ましてや冒険王グレンの仲間となれば、私に理解できるはずもない。これも冒険の一端として記しただけ。冒険者ユクリット、偉大だよ。


「なんかやらしいわね」


 私の思い込みも空しく、イルシャちゃんの無慈悲な一言がすべてをうち砕いた。


◆ ティカ 記録 ◆


人はなぜ 創作をするのカ

何かを残したい 何かを伝えたい 認められたイ

個人によって 様々でしょウ

説明を読む限りでは 中には 生前に認められずに 死後 評価された方もいまス

もし その方が 認められたいという欲求で 創作に勤しんでいたのならば

この上ない 皮肉デス

何故 生きているうちに 認められなかったのカ

そんな方々の 想いに あてられたのか マスターが 新たな着想を得ましタ

マスターが 認められたら 遠い未来に こういった施設に 作品が 展示されるのカ

感慨深いデス


引き続き 記録を 継続

「獣人族ってどういう種族なの? はーたんみたいなの?」

「その名の通り、獣と人を合わせたような容姿の種族です。犬が人間のように二足歩行しているといえばわかりやすいでしょうか」

「なんか見てみたくなるね、それ」

「後は腕や足だけが獣だったり、頭に獣耳を生やした者も一般的には獣人族です」

「よくわからないけど、なんとなくかわいい予感がする」

「はい」

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