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ティアナさんと和解しよう

◆ ディニッシュ邸 ◆


「他の住み込みの使用人と比べて、給料が低すぎるんです。特に嫌味などは言われませんでしたけど、あの人達は放任しすぎなんです」

「はい、まことにうちの両親が失礼をして……」


 なんで私が謝ってるんだろう。こんな事になるなら、おこづかい泥棒の件を水に流すんじゃなかった。いい加減な両親にして私ありってところかな。ティアナさんはよっぽど溜まりかねているご様子。


「ハッハッハッ、面白いご両親だな」

「侯爵はちょっとだけ黙ってて下さい本当に」

「怒りを鎮めるお薬を飲ませる?」

「レリィちゃんはあっちで遊んでなさい」


 ブロッフォの毛に埋もれにいくレリィちゃんを横目に、興奮するティアナさんの話を耳に入れる。話し合おうなんて言い出した手前だけど、考えてみたら私に何が出来るんだ。ブロンズの称号があるからねなんて調子こいたところで、だから何が出来るのさ。


「私の両親がそこまでひどいと思わなくてさ。さすが私の親だなーって」

「……といっても私は泥棒やっちゃいましたし。おこづかい窃盗の件、すみませんでした」


 ようやく落ち着いたのか、ティアナさんが立って頭を下げた。さてと、どうしたもんかな。いくらブロンズでも、彼女の生活をどうにか出来るとも思えない。ここはひとまず、本当に身を斬る思いで涙が出そうだけどこれしかないか。


「未払い分の給料を私から払うよ」

「本当ですか?! 出来るんですか? あのお嬢様が!」

「気持ちはまるっとわかるけど、私はブロンズ冒険者だからね。それでいつから未払い?」

「約半年以上、ずーっとですね」

「あ、底が尽きるかも」


 身を斬るっていうか、引き裂かれる。ウソでしょ。好待遇で迎えられた人だから、給料も高い。だから未払い分の支払いとなると、称号すらなかった冒険者の稼ぎなんて簡単に消し飛ぶ。本当、普通に働いたほうがいいんじゃないのと冒険者諸君に問い詰めたい。


「無理をしなくてもいいですよ。許してもらえたお気持ちだけでありがたいですから」

「いいや、後腐れがないようにここはキッチリ払うからね。ただし、あなたが盗んだおこづかいの分は引くよ」


 名残惜しいけど、きちんとお金を数えて渡した。ティアナさんが弱々しく手を伸ばして、それを回収する。手持ちのお金は底を尽きたというほどでもないけど、今後の生活どうするのってくらいは減った。つまりブロンズの称号をフル活用して稼げという状況だ。


「ありがとう、ございます……私、私なんかに……あのお嬢様が……うっ……うっ」

「私からこんなに大金が出てくるとは思わなかったでしょ。もう親のすねかじりはいないんだからね」

「よ、よかったです……生きててよかった……」

「ちょ、そこまでなの」


 ポロポロと涙をこぼし始めたところで、リアクション出来なくなった。長年付き添ってくれた人だし、思うところもあったのかな。そう考えると、今までの体たらくは反省すべきかもしれない。


「よし、これにて和解だな。もしかしてワシが支払ってくれると期待したか?」

「少し」

「正直すぎるのもどうかと思うぞ」

「お金なんてこれから稼げばいいんですよ。ブロンズなら今までとは比べものにならないくらい稼げますからね」

「それは涎物だね」


 何気にアスセーナちゃんの資産ってすごい事になってるんじゃ。王都にいる親を遊ばせてるとか言ってたし、やっぱり冒険者は当てるとすごいのか。


「で、次は仕事の斡旋か。仕事から逃げてきた奴に斡旋できるのかと自分でも疑問ですけど。手始めにディニッシュ侯爵、こちらの人材を雇う気はないですか。前科はありますが、心を入れ替えたと勝手に思ってます」

「ワシが求める能力は高いぞ? 特に庭の手入れをやってくれるとありがたいんだがな」

「お安い御用です。お嬢様のところにいた時もやっていましたので」

「それは頼もしい。君さえよければ即決で採用するがどうかな?」

「お願いします」


 なんか一瞬で決まった。こっちは本当にダメ元だったんだけどね。うちは私のアビリティで何でも出来るし、お金を払って誰かを雇う必要もなくなった。道具に頼めば勝手にやってくれる。この要領で新しい戦い方を思いついたけど、試す機会は来てほしくない。

 ライガーに楽に勝てたのはティカの目つぶしの功績が大きいし、相手によってはまだまだ怖い。今のところ、戦闘Lv40前後がラインかな。それ以上の化け物とか本当に勘弁してほしい。


「しんみりした話が終わったところで、皆さんに私の料理を味わっていただくわ!」

「一応聞くけどさ、専属シェフさんの立場を考えたよね?」

「当たり前じゃない。必要に応じて調理器具を渡してもらったり下ごしらえしてもらったり大忙しよ」

「すみません、シェフさん。明日で発つんで今日は見逃して下さい」


「いいんだよ……勉強になったしさ……フフッ」


 すごいナーバスになってるじゃん。コックフードを取って、壁にもたれて座り込んでる。イルシャちゃん、初めて会った時からパワーアップしまくりでしょ。


「まぁまぁ、今日はいろいろあった事だ。皆で楽しく食卓を囲もうじゃないか。では食堂へ行こう」


 食堂から漂ってくるいい匂いに耐えられない。まだ食べてないけど、これを雑兵料理とかいう人間はセンスない。そのくらいそそられた。


◆ ディニッシュ邸 食堂 ◆


 カレー&ライス。つまりはカレーライス。エイベールで買い込んだスパイスで作ったらしい。イルシャちゃんの料理だから、外れはないはず。よし、いただこう。


「かっらぁぁぁぁい! 火、火が吹ける!」

「これがいいのよ! 慣れたら病みつきになるはず!」

「イルシャちゃんにしては随分、突き放すね……」

「たまには冒険してみないとね。冒険者みたいに」


 これはさすがにお子様にはきついのでは。だけどレリィちゃんは普通に食べてる。いや、待て。なんか粉っぽいの入れてるぞ。絶対、辛さを中和するやつだ。しかも私が食べたのを見計らってた。つまり危険を察知して、人柱にされたわけか。小癪め。


「少し辛さが足りないのでは?」

「こっちのスパイスをどうぞ。お好みで調整できるわ」

「では……どばっと」


「ひっ!」


 アスセーナちゃんが赤いスパイスを躊躇なくカレーに入れてる。しかも一口食べてまだ物足りないのか、更に追加。さすがに味覚は鍛えられないと思うんだけどな。もしかしたら私とアスセーナちゃんは別の生物かもしれない。


「これはいい刺激だな。初めての食感だ」

「侯爵にも気に入って貰えて嬉しい」


「こんなものッ! こんなものぉ!」


 専属シェフさんが泣きながら食べてる。辛さと屈辱の間で戦ってるんだ。でもディニッシュ侯爵の護衛の人達も苦もなく食べてるし、これは参ったな。しかも、お年寄りにすら食べられているのに私が食べられないわけない。よし、私もブロンズの端くれだ。やってやろうじゃないか。


「こ、これは……おいしい辛さ。辛さっていうか痛さを楽しむんだ。それが段々と心地よくなっていく、そういう料理なんだ。これはうまい、うまいはず……」

「マスター、水をどうゾ……」

「ありがとやっぱりきついー!」


「モノネさんの言う通りです。これがやがて癖になるんですよ」


 あなたは味覚が感じられないのか。もうカレーよりもスパイスのほうがてんこ盛りになってる。スパイスを食べてるよ。


「これは遥か遠くにある国の伝統料理だな。本場はこんなものではないらしいぞ」

「そうなんですか、ディニッシュ侯爵?! これは負けてられないわね」

「いやもうこの辺で完成にして」


「辛ければいいというものでは……。まだまだ改良の余地ありですね」


 ティアナさんの呟きにイルシャちゃんが耳を向けている。「フッ」とか笑ってるけど、どういう意味なの? ライバル視するの?


「た、食べきれた……。慣れたらおいしいのかな……」

「そうなんですよ、モノネさん。おいしいどころか病みつきになってコレなしでは生きられなくなります」

「それもう中毒なんじゃ」


 口の中がヒリヒリして痛い。これもアリかなと思い込もう。他国の料理なら、その食文化も認めよう。そう務めてはいたけどその後、激しすぎる腹痛に襲われて命乞いすらしそうになった。

 アスセーナちゃんとレリィちゃんを除く全員が救急搬送される事態に陥り、王都病院の医者に激怒されて。レリィちゃんがそっと薬を差し出してくれて。ブロンズの称号を得て最初に学習したのは、食文化の垣根を超えるのも並み大抵じゃないという事だった。


◆ ティカ 記録 ◆


うーむ マスターにとっては 踏んだり蹴ったり しかも とんだ出費デス

しかし ティアナさんという一人の 女性を救えたのは よかっタ

今後は その能力を 正しい場所で 活かしてほしイ


イルシャさん 彼女の料理愛が 暴走してしまっタ

マスターにすら ダメージを与えるとは カレーライスとは もはや 毒物としか思えなイ

彼女でなければ 対処するところだっタ

辛さとは 快楽なのカ

食の深さは 計り知れなイ


引き続き 記録を 継続


「マスター、何を作ってるのですカ?」

「サイコロだよ。これを振って出た目に応じて何をするか決めるの」

「それはいいアイディアですネ。行動にメリハリが出るかもしれませン」

「お、今日は6。つまり英気を養う、か。おやすみ」

「おやすみなさい……ん、このメモは? 1、休養 2、休養 3、依頼 4、読書……」

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