ディニッシュ邸に帰ろう
◆ ガムブルアの屋敷前 ◆
「無事に済んでよかったな。二人の事はワシから上に通してあるから、面倒な事にはならんぞ」
「ありがとうございます。ディニッシュ侯爵のおかげで助かりました」
大勢の兵士達が屋敷中を探索している最中、ディニッシュ侯爵が出迎えてくれた。なんだか野次馬も集まって結構な騒ぎになっている。
「何があったんだ?」
「ガムブルア伯爵の屋敷に賊が侵入したと聞いたぞ」
「いやいや、ガムブルア伯爵が連行されたのを見たからそれはないって」
ディニッシュ侯爵がいなかったら本当に賊扱いだったよ、これは。私達も今頃、あそこの親子と同じところへ行っていたかもしれない。
「クソッ……おい、ジジイ! どいつもこいつもワシをハメおって! そこの小娘共も覚えてろよ!
ワシは、ワシは絶対に帰ってくるからな! フゥン!」
「うるせぇ歩けっつってんだろ!」
「ぎゃん!」
息巻いたところでもう誰も恐れないし、奴隷みたいな扱いになってる。何回、背中を蹴られてるのさ。ブーツの跡ついてるよ。その後ろを魔獣使いがトボトボと歩いている。あの大剣の男の姿が見えないな。
「アスセーナちゃん。大剣の男には勝ったんだよね。捕らえられてないの?」
「真っ先に引き渡されましたよ。ガムブルア親子よりも近い位置にいましたからね」
「あ、そうか」
「いやー強敵すぎて本当どうしようかと思いました……はー」
どうせ涼しい顔して勝ったんだろうな。私に興味を持つような実力でもないでしょうに。疲れたアピールなのか、手でパタパタとあおいでいる。
「ディニッシュ侯爵、あいつらはどうなるの?」
「もし全容が明らかになれば、最低でもすべてを剥奪して国外追放だな。無期限の強制労働か、死罪もあるかもしれん」
「自業自得とはいえ、聞いてるこっちの身が縮むなぁ」
「ヘイボーのほうはもう少し軽いかもしれません。といっても彼が耐えられる刑かどうかは疑問ですけどね」
「人を拉致して痛めつけたんだから、同じようにしてやればいいのに」
「気持ちはわかりますがそれをやってしまえば、蛮族と変わりません。こちらが同じところまで堕ちてあげる必要もないのですよ」
「そうか、そんなもんかな」
あくまで法と秩序の元にってやつね。感情だけで動かせるほど単純じゃないと。やっぱり私にこの手の考え事は無理だった。
「な、なんだこいつは!」
「魔物か!」
「ブロッフォ!」
屋敷の入口から堂々と出て来たのは、ドゥッケが従えていた魔物のブロッフォだ。私がしっかり斬って倒したはずなのに、タフすぎません? 何にせよ、あの兵士達で手に負えるかどうかわからない。仕方ないな。
「そいつ、戦闘Lv33くらいなので引っ込んでて下さい」
「33だと! そんな化け物がなんでここに!」
「あのドゥッケとかいう奴が連れてきた魔物です。あ、中にいる皆さんは平気かな」
「お、応援を頼む! こ、攻撃がかすりもしないんだ!」
普通に勝てないっぽい。だけどあいつ、襲ってくる素振りがない。ドゥッケがいなくなったから、その必要もなくなったのかな。だとしたら魔物とはいえ、殺すのは気が引けるな。このレオちゃんもいるし、課題はまだあるか。
「ブロッフォ君。君の安全を確保したいから、休戦ね?」
「ブロッフォウ!」
「いい返事です。というわけでアスセーナちゃん、どうしよう?」
「それでしたら、王都から少し離れますがいいところがあります」
「うむ、エターナルガーデンだな。動物や魔物の保護を目的とした施設だ。見学ついでにそいつらを保護してもらえばいいだろう」
そんな場所があるとは。世の中には私にはまったく思いつかない事をやる人達がいるもんだ。思いついたとしても、やろうとすら思わないけど。
「このブロッフォ、少し弱ってますね。怪我もそうですし、何よりここの環境と合ってないように思えます。
寒冷地に生息する魔物ですからねぇ」
「じゃあ、冷魔石で何とかしよう」
食材を保存していたボックスから冷魔石を取り出して、ブロッフォに当てる。心地よい冷気が身を包んでいるのか、目を細めてリラックスしてくれた。
「ブゥロッフゥ……」
「後はレリィちゃんから貰った薬で怪我は何とかなるか」
「ブロッフォッ!」
「じゃあ雪男君。しばらくの間だけ辛抱してね」
「ブロッフォッ!」
「いい返事です」
「こちらのブラッディレオも大人しいですねー。さすがにギロチンバニーを襲うほど、短絡的ではないようです」
「冗談抜きでこのスウェットのおかげなのかな」
だとしたら、魔物を統べる兎となりつつある。そのおかげで無益な戦いを避けられるなら、万々歳だ。といっても素材や食材確保のために戦っちゃうけどね。それはそれ、これはこれ。深く考えない、議論しない。
「モノネさんがエターナルガーデンにいったら、保護されちゃいそうですね」
「手厚く人として保護してほしい。ほしいものは与えてほしい」
「ワシのほうから、手紙を持たせよう。万が一、あちらと話がこじれると厄介だからな」
「ホント助かりまくりです」
「ではワシの屋敷に戻ろうか。友達が待っているぞ」
日は沈んでないけど、あと少しで夕方になる。出来れば出発は明日にしたいけど、この2匹を一晩中どこに預けるかが問題だ。暴れないならいいけど、室内に入れたら毛だらけになりそう。
「……モノネお嬢様」
「お、ティアナさん。これで失業しちゃったね」
「お話、していただけるんでしょう?」
「もちろん」
ふらりとやってきたティアナさんが、今にも倒れそう。事情聴取やら何やらでこの人も大変だったか。本当にやつれたな。
◆ ディニッシュ邸 ◆
「ブロッ! ブロッフォッ!」
「ガゥガゥ!」
「そんなにおいしい? 気に入ってもらえて嬉しい!」
あっさり餌付けされてるんじゃない。そうさせるイルシャちゃんの腕がすごいんだけどさ。もしかしたらドゥッケの魔物達の前に彼女の料理を置けば、戦わずして済んだかもしれない。しかし侯爵家に魔物を入れる狼藉、これこそ極刑に処されてもおかしくないのでは。
「二人はお手柄だったね。心配で料理も手につかなかった……」
「どうして秒速でバレるウソつくの」
「いやぁ、しかし……イルシャさんの腕は王都で料理店を開いても戦えますよ……世の中広いな……」
侯爵家の専属シェフがやや自信喪失してるけど、私達がいない間に何があったの。自分から料理をすると名乗り出たのは想像に難しくないけど。
「彼女自らが厨房に立った時はさすがに怒ったんですけどね。何せ私の仕事場ですから」
「想像通りの行動しやがってからに」
「てへへっ」
別にてへへっでもいいんだけどさ。仮にも侯爵家なんだから、少しは控えてほしい。私が言えた口でもなさそうだけど。
「このお香で家中の害虫を追い払えるよ」
「ドウナガキブリをすっかり見なくなったわ! これで掃除の時も嫌な思いをしなくて済む!」
「レリィちゃんも、メイドさんのお役に立っているようで何より」
「ところで2人とも、ワシの家で働かんかね?」
この2人の優秀っぷりは、侯爵自らが勧誘に出るほどか。何がやばいかって、専属シェフさんの居場所とプライドだ。本当に落胆した顔してるから、大事にしてあげて。
「あと少ししたら夕食だから、その辺でくつろいでいてね」
「イルシャちゃん、ここは侯爵家です」
無自覚にのっとるんじゃない。あんなのはひとまず放置して、当面はこっちだ。俯いたまま一言も話さないティアナさん。あの親子のせいで精神的に追いつめられている様子だ。雇い主の両親がいない以上は、私が代理で彼女の本音を聞こう。たまに責任感を持つと気持ちいいね。
「ティアナさん。給料未払いの件だけどさ。両親に話した?」
「どうもこうもあの人達、頻繁に家を空けるから私への給料もすぐ忘れるんですよ……そのくせ部屋代だけは差っ引きますし……。毎日、誰にも言い出せずに身も心も荒んできて……」
どうやら辛い事を思い出させてしまったみたい。責任云々で彼女の精神を追い込んじゃダメだ。これは断じて逃げじゃない、むしろ最善手。やっぱり人間、心機一転が大事だね。
◆ ティカ 記録 ◆
国外追放 妥当では ありますが あの手合いは しぶとイ
何にしろ 生体登録は済ませているから 今後 マスターの行動範囲に近づけば すぐにわかル
ドウナガキブリのように 隙あらば 再び国内に 侵入してくる可能性も ゼロではなイ
エターナルガーデン 今一 趣旨が見えませんが 行けば わかる事
ブラッディレオも ブロッフォも マスターのおかげなのか 異様に大人しイ
アスセーナさんが言うように 彼らは無意識に ギロチンバニーの危険性を 感じているのでハ
いや 餌付けされているので 単純なだけという 可能性もあるカ
ティアナさんと マスター ついに向き合うカ
これほど 責任感溢れるマスターを見たのは 初めてデス
本当はしっかりしている マスターが 責任感を自覚すれば 目覚ましい結果が出るでしょウ
引き続き 記録を 継続
「悪い事をしたらひどい目に遭うってわかってるのに、どうして罪をおかすんだろうね」
「そう考える人は最初から慎ましく生きますからね。そうでなければとっくに世の中は犯罪者だらけです」
「そっか。じゃあ」
「働いたら辛い目に遭うとわかっているから働かないというのは違うと思いますよ?」
「ま、またッ! またしても!」




