とりあえず冒険者になろう
◆ シュワルト邸 応接室 ◆
アスセーナ、年齢は16歳。私と同じだ。それが唯一の共通点だとわかったのは、フレッドさんや他の冒険者達の話でよくわかった。
16歳にして新種の魔物や未踏破地帯の踏破数が1位、依頼達成数1位、各ギルドや組織に多額の支援金を送っている。そのおかげで彼女に頭が上がらない人も多くいて、王族からも一目置かれているとか。
プラチナ、ゴールドと続いて三番目にすごいシルバーの称号を持つ冒険者で、なんかもういろいろすごいらしい。冒険者ギルドも彼女の恩恵を受けているから、敬意をもって皆が敬語で話している。
「ギンビラ盗賊団壊滅を確認して帰還しました、シュワルト辺境伯」
「ご苦労だったね、アスセーナ。君の手まで煩わせてしまった」
「壊滅の危機まであるかと思いましたが杞憂でした。それもモノネさんのおかげです」
「ほう、それは興味深いね」
生け捕りにして情報を引き出すというのがどうも引っかかるけど、どうせ関係ないので頭の隅に追いやる。シュワルト辺境伯と親しげに話すアスセーナさんが私に柔らかく微笑む。
「……なるほど。ゴボウをいとも簡単に倒したか」
「あの場では皆さんのメンツを考えて無難に労いの言葉をかけましたが、内心モノネさんの実力が気になって仕方ありませんでした」
ん、なんか引っかかるな。この子、ゴボウを倒した直後に現れたはずなのに詳しすぎる。まさかこの子。
「あの、ちょっと待って。アスセーナさん、だっけ。私の戦いを見てたの?」
「はい。実は最初から皆さんと合流できたのですが、あえて遠くから見守ってました」
「なんで」
「私が解決してしまうと、モノネさんに課せられたクエストの意味がなくなってしまうからです」
「大切な友人の娘を無策で死地に放り込むほど馬鹿ではないよ」
シュワルトさんが髭を引っ張りながら、のほほんとしてる。このおじさん、やってくれたな。もし私が本当に危なくなったら、アスセーナさんが颯爽と登場して助けてくれた。
つまり盗賊退治自体が、この二人にとってはやっつけで終わる程度のものだったわけで。でもゴボウのタックルみたいなので怪我人出てるよね。まぁいいや、黙っておこう。
「じゃあ、もし私がろくに活躍しないでさぼっていたら?」
「んー、まぁそうだね。せいぜい拘留数日程度かな」
「死罪とかいってたのは?」
「この街では、君の罪程度で死罪になどならんよ」
「私、なんのために」
一気に力が抜けた。緊張の糸が切れたのか、辺境伯邸の応接室のソファーに横になって倒れ込む。いやホント、命かけたのに。でも拘留数日もだいぶきついから助かったか。
「そんなに落ち込まないで下さい、モノネさん。いくら私でもゴボウと手下達全員を相手取るのはさすがに厳しかったですよ」
「よく言うよ。この前なんかワイバーンの群れを単独で討伐したくせにさ」
「シュワルト辺境伯、せっかくのフォローを台無しにしないで下さい……」
否定しないであっさり認めたあたり、人並みの自尊心はあるみたい。あの服装、戦いやすさを重視しているのかな。
銀色の胸宛、白く短いスカートの下に黒いスパッツ。戦いに身を投じているとは思えないほど綺麗な白に近い肌。見れば見るほど、スウェットと下着一枚の間を往復している奴とは比べ物にならない。
「戯れはこのくらいにしよう、それより当初の件だな。約束通り、君の罪は不問としよう」
「ありがとうございます!」
「ただ被害者には君が直接謝るんだよ。その意思があるなら、こちらからコンタクトをとってあげよう」
「お、お願いします」
自分でやってしまった事とはいえ、それもまた気が重い。あの警備兵みたいな人だったらどうしよう。あの時と同じ事をされてボコボコにしてエンドレス、なんてことはさすがにないか。
「冒険者ギルドも君の働きっぷりを評価していてね、今度行ってみるといい。ぜひ報酬を支払いたいとの事だ」
「私、冒険者じゃないのにまさかお金ですか? やったー!」
「直接、君の活躍を見た警備隊の者達も興味津々だよ。もちろん私もだ」
「そ、そうですか」
「わたしもですよ」
「え?」
気のせいかな、一瞬だけアスセーナさんが妙に熱っぽく見つめてきたような。それになんか変な居心地だ。今までこんな風に人から感謝された事がないから、恥ずかしい気分になる。
「アスセーナにモノネ、この町にも実力者が定着してくれて私は嬉しい。君達には今後の活躍を期待するよ」
上機嫌なシュワルトさんが不穏な事を言ってる。そんなあの人の緩んだ口元を見て思い出した。忘れていたけど、私はこれからしばらく一人で生き延びなきゃいけないんだ。
冒険者ギルドの報酬だけでどれだけ持つのか。危機を回避しただけで今の問題は何も解決していない。職を探す? いやいや、ご冗談を。現実という最大の敵を前にして、また生きた心地がしなくなった。
「今日のところは夕食でも食べて行きなさい。腹が減っただろう」
「っしゃぁ!」
命が繋がった。辺境伯様はすごく有能な人だと思う。
◆ 冒険者ギルド ◆
次の日、シュワルトさんが指定したのは冒険者ギルドだった。ゴブリンフィギュアの被害者とはここで会う予定だけど、それだけならもっと他に場所がなかったのか。しかも予定より早く来てしまったので、待ってる間が気まずい。
盗賊団の討伐前に来た時も思ったけど、ここだけ町とは切り離された空間というイメージがある。木製の壁に複数のテーブルと受付カウンター。なんだか雑多な作りだ。2階が寝泊りしたり、討伐前にやった会議する部屋もあった。
そしてここ一階には武具を身につけた強そうな人達がテーブルに座って談笑をしていたり、座らずに壁にもたれて目を閉じている人がいる。何人かが私をチラチラ見て話している。これはあれですか、私の恰好が目立ちすぎている感じですか。
それはそうと、昨日も余裕こいて夜遅くまで魔晶板をいじってたから眠い。解放感が私をそうさせてしまったんだ。
「モノネさん、どうぞ」
「はい」
受付の人に呼ばれた時にギルド内の雰囲気が変わった気がした。強そうな人達が話をやめて一斉に私を見る。やや注目されてるどころじゃなかった。入る時は目立たないように静かにしていたから、気づかれにくかっただけ。
そしてこのバニースウェット、鎧とか着てないし完全に普段着だ。極めつけに布団での移動、歩けって自分でも思う。
「ギンビラ盗賊団の討伐、お疲れ様です。他の討伐隊の方々にはすでに支払っていますので、こちらがあなたへの報酬になります」
「はい……うえぇぇ?! こ、こんなにもらえるんですか?!」
ガタガタッと何か音がする。座っていた人達が立ち上がったんだ。ちょっとホント怖い。そして集まってきたし、後ろが完全にいかつい人達で封鎖された。
思ったよりもたくさんお金をもらえて喜びたいけど、無事に出られるかどうかが心配になってくる。身ぐるみ剥がされるんじゃないかな。
「これだけあればしばらく引きこもれるなぁ……うへへ」
でも報酬の額が予想以上に多くて、危機感そっちのけで喜んでしまった。
「あの、提案なんですけど。モノネさんのご活躍は聞いています。どうですか、冒険者登録をなさってみては?」
「謹んでお断りします」
「えぇー……差し支えなければ理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「めんどくさいし痛いのやだ」
「高クラスの冒険者となれば、お金に困ってない方もいらっしゃいますよ。例えばシルバークラスともなると、高額の報酬が設定された依頼を引き受ける事も出来ます。それにいろいろなところからスカウトがきますね。中には貴族専属の護衛になられた方はもうお金に困る事がないとまでいうほどです」
次々と甘い言葉を投げかけてくる。こっちを引きこもりと知ってか知らずか、私をあまり舐めないでほしい。
それはほんの一握りで、実際は冒険者デビューした人達が片っ端からものすごい勢いで死んでる。一攫千金の夢はあるけど、それに魅せられた人から死ぬんだ。中には軍人をやめて冒険者になった次の日に、死体で発見された人がいるとかいう話まである。
死体で見つかればまだいいほう、魔物に食べられたり行方不明扱いになる人もかなり多い。私だってそりゃ職の一つや二つを探した事はある。パパ達がやってる商人はめんどくさそうだから真っ先に弾いた。冒険者の事も一通り調べたけど、これもないなと弾いて今に至る。そして消去法ですべてが潰えた。
「いつ死ぬかわからない仕事なんて怖すぎる」
「戦闘を一切していない方もいらっしゃいますよ。壊れた物の修理や身辺調査とか、雑多な活動で生計を立てるのも一つの道ですね」
「やめとけ、やめとけ。覚悟もない奴を引き込む事はねえよ」
壊れた物の修理と聞いて何か思いつきそう。思いつきそうなんだけど、ついに後ろの方々を怒らせてしまった気配だ。
「冒険者ともなれば命をかけたり、命の預け合いをする事もある。仲間が増えるのは歓迎したいが、覚悟がない奴は邪魔だ」
「いやいや、でもその子の強さを見た俺からすれば引き留めたくなるのもわかる。あのゴボウが子ども扱いだからな。なぁ君、無理にとは言わない。だけど俺達はいつでも歓迎するぜ」
「チッ……まぁいいけどよ」
討伐隊に加わっていた人達がフォローを入れてくれたけど、ちょっと険悪な雰囲気だ。でも生計を立てる手段が戦い以外にあるなら、冒険者登録も悪くない。あれ、私ちょっと働こうとしてるぞ。
「本来は登録料が必要なのと簡単な依頼をこなしていただいてから登録という手続きですが、モノネさんの場合はすべて免除ですよ。すでに実績はありますし、登録料に関してはとある方が支払うと仰ってますので」
「冒険者なんて呼ばれているが様々さ。全然冒険してない奴もいるしな」
「俺なんて最近は庭の手入れや子どものお守りばっかりさ。そっちのほうで信頼されちゃってるから、もう戦闘には戻れないなぁ。ハハハッ」
「専業に依頼すると高くつくから冒険者で済ませようって人が結構いるんだよなぁ」
要するに冒険者というのは使い勝手のいい便利屋か。そして、とある方が誰なのかが気になるけど大体想像がつく。思えばいくら知り合いの娘だからって、私ごときの為に警備隊の詰め所にまで直々にくる事自体が不自然だったし。
「先の討伐隊のように、大規模な募集をかける事はありますが何の拘束力もありません。登録だけでもしてみては?」
「……登録だけね」
渋々そう言うと、受け付けの女性の顔がパッと明るくなる。本当に面倒な事にならなければいいんだけど。
それからは登録の際に適正チェックみたいなのをやらされた。力や体力を計る魔石、知力を計る魔石、そしてこの前やった魔力を計る魔石。希望さえあれば冒険者登録をしなくても、気軽に出来る。総合して自分がどういう仕事に向いているのか、ざっくり言えば戦闘に向いているのかどうか。結果は。
「え、なんでしょう、これ……。なぜこれでゴボウを倒せたんでしょう?」
ざっくり言って結果は散々だった。知力はそこそこだけどそこまで高い数値でもない。力や体力なんて同年齢の女子と比べても明らかに低い。ゴボウを倒したという実績がなかったら、辞退を進めていたらしい。
さっきまで熱烈に進めていたギルドの職員が気の毒だ。そりゃあの力がなかったら、引きこもり女子ですから。
「モノネさん、魔晶板をお持ちなんですね。でしたらカードよりもこちらに登録しましょう」
名前:モノネ
性別:女
年齢:16
クラス:ノークラス
称号:-
戦闘Lv:10
コメント:がんばります。
なんだかんだで登録してしまった。よくわからない項目がずらりと。
「クラスはご自身のスタイルでお決め下さい。後で書き換える事も可能です。称号ですが、実績に応じてこちらから与える機会もあります」
「フレッドさんはブロンズの称号があると言ってたっけ。あの人、結構すごいんだなぁ」
「戦闘レベルは実戦経験の有無や強さの基準で、これに応じて引き受けられる討伐依頼が変わます。例えばいくらベテランでも、庭の手入れや子守りばかりやっている人に討伐依頼はあまり任せられませんよね」
「直でさっきの人の事だよね」
「もちろん、戦闘以外でも実績をあげればブロンズからの称号を与える事もあります。どのような基準でそうするかは秘密ですが、依頼主からのお話を主に参考にしますね。仕事の精度によってこちらからポイントを加算して……まぁこれはいいですね」
コメントは依頼主に売り込むような事を書けと言われたけど、思いつかないから適当。何をがんばるんだ。
一通り説明を受けるだけでも疲れた。後は被害者に謝るだけということで、また受け付けの広間に戻る。
「もしかして、あなたがモノネさん?」
一息ついていると、緑色の頭巾を被った茶髪ロングストレート女子が声をかけてくる。まさかこの子が件の被害者かな。
私の事は聞いているだろうから、この身なりもあって簡単に特定できたんだと思う。どんな恐ろしいのが出てくるかなと心配したけど、優しそうな女の子だ。これはしっかりと謝罪すれば許してもらえそう。
「モノネです。この度は」
「許さない」
などという事はなかった。罰は消えても罪は消えない。
◆ ティカ 記録 ◆
アスセーナさん どうやら マスターが 気になっている様子
彼女と 仲良くしていけば 今後 マスターにとっても 都合がいいはズ
冒険者デビューしたとなれば アスセーナさんというバックがいれば 荒々しい 冒険者も
迂闊に 手出しできないはズ
しかし マスターを 守るのは 僕の 役目
マスターに 悪態をついた あの冒険者 あれ以上 攻撃的な態度を とるようであれば
対処しなければ いけなかったデス
無事 職について 一安心と 思いきや なんデスカ あの娘ハ
マスターが 謝ろうと しているのに なんデスカ
やはり 対処が 必要カ
引き続き 記録を 継続
「ふむふむ、冒険者の称号はプラチナ、ゴールド、シルバー、アイアン、ブロンズまであると。
クラスの種類は様々で剣士やレンジャーなどなど……」
「マスターは何のクラスを目指しているのデスカ?」
「最強のノークラス」
「最強、さすがはマスター。高い頂デスネ」
「一番強いノークラスなら、いかに楽しく何もしないで暮らせるかが重要になるし……道のりは遠い」
「何か違う気がシマス……」