クルティラちゃんを救出しよう
◆ ガムブルアの屋敷 地下 監禁部屋 ◆
「お、お前! いつかのウサギ女!」
「き、貴様はいつかのウサギ娘!」
びびってたくせに、ほぼ同じリアクションするな。ひとまずクルティラちゃんの手錠を外そう。壁に固定されている上に、鍵穴らしきものもあるな。まぁこんなものは「外れて」の一言で終わりだけど。
「そ、そいつを助けに来た感じだろうけど、鍵はここにはない感じだしー!」
「その通り! 鍵は……ぬぅっ?! は、外されておる! フゥン?!」
「ひどい怪我だね……布団に寝かせよう」
クソ親子よりもまずはクルティラちゃんだ。打撲の跡がひどくて、何度も殴られた形跡がある。無抵抗の相手をここまで痛めつけて、救いようのない連中だな。貴族様のくせにやる事が陰湿すぎる。
「レリィちゃんから貰った薬で応急処置くらいはしよう。ティカ、お願い」
「あ、ハイ……」
「僕が? みたいな顔をしないで」
「すみませン」
「ドゥッケ! 貴様、もしやウサギ娘に負けたのか!」
縛られている魔獣使いことドゥッケに腹を立てているご様子。バツが悪そうに、ドゥッケは顔を歪めて答えない。
「貴様ー! これではあの計画も台無しではないか! フゥン!」
「ごめんねん……でもね、その子はワタシの子達を全滅させたのん。ワタシ達の手に負える相手じゃないのん……」
「や、やはりさっきの騒ぎは戦いだったのか……」
「パパ! どうしよう!」
「あ、あ、慌てるな……ここにいるのは天下の大貴族ガムブルア伯爵だ。おい、小娘! フゥン!」
なんですか、うるさい。これからクルティラちゃんを外に運び出さなきゃいけないんだけど。でもこのクソ親子を放置するわけにはいかないな。どこかに逃げ道がありそうだし。
「貴様、こんな事をしてどうなるかわかっているのか? ワシがその気になれば、釈放の余地などないぞ! 貴様の一族もろとも、極刑に処すくらい簡単すぎるわ! フゥン!」
「えー? でもすべてが遅いと思いますよ。私、この屋敷を徹底して調べるつもりですから」
「無駄な事だ! 何せワシは後ろめたい事など一つもしていないのだからな! フゥン! 大体、貴様は何だ? 誰の差し金だ? ハッ……まさか」
よく喋るおじさんだな。魔獣使いもろともなぎ倒してここまで来た奴が、そんな脅し文句でびびるわけない。
「シュワルトの奴だな?! 奴め、ワシの才を妬んだだけで飽きたりずにこんな刺客までよこすとは! いつの間にこんな強力な手駒を手に入れたのだ! おい、今からでも遅くはない! あの男を信用するな!
ワシの下につけば、これまでの狼藉をすべて不問にしてやる! どうだ?」
「そういえばドゥッケさん。あなた、前に王都近くの村にレオちゃんをけしかけたよね? あれはやっぱり私達を狙ったの?」
「き、貴様ァ! ワシの話を聞けぇ!」
「……国にとって益になりにくい村など潰してしまえとのご命令だったのん。アナタ達がいるなんて知るわけないのん」
なるほど、仕事熱心で何より。どっちが極刑だ。たまたま私達がいなかったら、あの村は滅んでいたわけか。
「余計な事をベラベラ喋りおってぇ! ドゥッケ! 貴様もどうなるかわかっているなぁ! フゥン!」
「アナタこそ、ご自分の立場をそろそろ理解すべきよん……ワタシは観念したわん」
「こんな小娘の襲撃など、いくらでも覆せるわ! おい、小娘! まさかここでワシらを殺そうなどと思ってないだろうな!?」
「殺そうとは思ってなかったけど、会ってみたら想像以上にムカついたんで殴らせてもらうね」
「な、なぐ……うぎゅあぁっ!」
太った体が回転して壁に激突して、崩れ落ちる。手加減はしたけど、結構効いたっぽい。息子のほうはオロオロして、完全に停止していた。
「は、歯が……ワシの歯がぁ……た、たしゅけてくれぇ。いくらほしい? いくらでもやるから、見逃してくれぇ……」
「じゃあ、世界中の人達が一生遊んで暮らせる額っていったら?」
「む、むりに決まってる……」
「ね? いくらお金があっても、どうにもならないでしょ。次は息子ね」
「えっ……?」
えっ、じゃない。クルティラちゃんの誘拐を指示したくせに。グーパンチが息子の頬にめり込み、歯が何本か飛んでいった。親子揃って転がって床に倒れる。
「クルティラちゃんの誘拐を指示したお前が一番許せないからね」
「ひ、ひぎっ……助けて、何でもするからぁ……」
「あと探していない場所はここだな!」
ドタドタと足音が聴こえてくる。これはもしや、決まり手かな。扉を乱暴に開けたのは、身なりからして王都の兵士達だった。ディニッシュさんかアスセーナちゃんのどっちかが、やってくれたか。
「ガムブルア伯爵及び長男のヘイボーの存在を確認! 監禁されていた少女が布団に寝かされています! ん……?」
「何も間違った事は言ってないんで、続けて下さい」
「あ、あぁ」
頬を抑えて涙目になっているガムブルアに兵士の一人が容赦なく手錠をかけた。
「ガムブルア伯爵。あなたを拘束します」
「は……ワシを、なぜ? 貴様ごときがワシを……なぜだぁ!」
「収賄及び横領など、多数の容疑がかかっています」
「な、何を根拠に!」
「屋敷の中から多数の証拠が見つかりました。特にランフィルド襲撃計画……これはひどい。魔物にランフィルドを襲撃させつつ、自分の息がかかった者達に討伐させて街の主導権を握るだと……。お前、本当に人間か?」
なんか最後は乱暴な口調になってた。喋っているうちに、あまりのひどさにやってられなくなったんだと思う。ゴボウやストルフの件もあるし、これどのくらいの刑に処されるんだろう。人に極刑を宣告してる場合じゃないでしょ。すごい神経してる。
「ま、待て……それは誤解だ。ランフィルドはワシが以前」
「御託は法廷で並べて下さい。おらぁ、歩けや!」
「ぐへぇ!」
「パパぁ……」
敬語なのかそうじゃないのか。背中を蹴ってガムブルアを歩かせてる。こうなると息子が哀れだ。彼の扱いはどうなるんだろう。殴られたショックと痛みが抜けてないのか、フラフラして転びそうだ。
「パパをどこへ連れていく感じだぁ……」
「お前も少女拉致の主犯として容疑がかかってる。拘束する」
「ウソだぁ……この僕が捕まるなんて……」
「こうなりたくなかったら、規則正しく生きればよかったのだ。そんなものすら、親にさえ教えてもらえなかったお前に少しは同情するがな」
親子共々、兵士に背中を蹴られながら部屋から出ていった。ついでに魔獣使いも鞭で縛られたまま、運ばれていく。確かにヘイボー君というより、あのガムブルアが悪い。こうして見ると私は清く正しく育ったんだな。自信を持とう。
「はぁー、つっかれたぁ……最近、こればっかり言ってる気がする」
「あなたがモノネさんですね。この度はご協力、感謝します」
「あ、お構いなく。やっぱりディニッシュ侯爵が動いてくれたんですか?」
「はい。あの方のおかげで今まで手を出せなかったこの屋敷に突入できたのです。おかげで屋敷内の捜索も迅速に行えました」
「モノネ……というのか。君は確か見学に来ていたな……」
かすれ声だし、結構弱っているな。あのクソ親子め。布団に近づいて乗ると、おもむろに手を握られた。
ついでに魔獣使いが乗っていたブラッディレオも連れていく。あの兵士達、この子をスルーしたな。
「あの大剣の男と魔獣使いを下したのか……。学園でトップだの褒め称えられて、少しでも浮かれていたのが情けない。
きっとその邪心が、あの大剣男に敗北を喫するきっかけにもなったのかもな……」
「あの、あまり深く考えない方が精神衛生上いいよ。真面目なのはわかるけどさ」
「立派な騎士となり、まずは家族へ顔向けしようと思っていた矢先にこれだ……。お姉様にも合わせる顔がない。それにモノネ、その強さと勇気……」
「まずはリラックスしたほうが」
「モノネ……いや、モノネ様。私はあなたを心から尊敬する……」
私の手を強く握りながら、顔を赤らめていた。怪我のせいで熱でも出たんだと思う。そのせいでこんな妄言を吐いてしまった。かわいそうに、まずは病院だ。
「王国に仕える騎士の前に……私はあなたの騎士になるべきかもしれない……」
「はいはい、喋ると怪我が悪化するから黙ってね」
「怪我が治ったらぜひ、学園に来て剣術指南をしてほしい。君なら絶対に歓迎される。全騎士候補生の目標となれるはずだ」
「本当に悪化しすぎてまずいからね」
さっきからずっと手を離してくれないし、お顔が真っ赤だ。これはまずい。一刻を争う。そういえばアスセーナちゃんは勝ったかな。あの人達が踏み込んできてるという事は勝ってるだろうけど。
◆ ティカ 記録 ◆
これにて ランフィルドに侵略せんとする 悪党の成敗は完了
法が どのような裁きを下すかは わからないが 二度と 日の光を拝めないのは 間違いなイ
権力に溺れ 慢心し 道を踏み外す
そして人生すらも 終わってしまうとは 情けなイ
ディニッシュ侯爵も言っていたが いくら権力と財産があっても 人間からは逸脱できなイ
やはり 正しく 生きるのが 一番
マスターが 剣術指南 これは まずい
そんな事をすれば マスターが 学園の象徴にすら なってしまウ
マスターが嫌う 学び舎で それは まずい
引き続き 記録を 継続
「やっぱりさ、権力やお金なんて持つものじゃないね。人間、欲の際限なんてないもの」
「つまりいくら寝ても眠い、ト?」
「周りがすごいと囃したてたら、そりゃその気にもなるよ」
「アスセーナさんに褒められてマスターが冒険者を目指したのですからネ」
「久しぶりにグッサリ刺しにきたね」




