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屋敷に突入しよう

◆ ??? ◆


「お、目が覚めた感じ?」


 体が重い。手足の自由が利かない。金属の拘束具で壁ごと固定されていて、私は大の字になっている。目の前には貴族のおぼっちゃんがにやけながら、椅子に座っていた。

 ここはどこだ。窓が一切ない石の壁に湿気の臭い。あのおぼっちゃんの屋敷の地下か。そこに私は捕らえられてしまったわけか。


「お前……!」

「優等生もこうなったら惨めな感じ?」

「先日の件を根に持っているのか。ご苦労な事だ」

「その減らない口も、こうなっちまったら囀りな感じー! ギャハハハ!」


「うぐっ……!」


 腹を蹴られて、吐きそうになる。毒がまだ効いているのか、衰弱しているな。まさかこんな事になるとは。あの大剣男に負けて、こんな男にすら抗えずに無様すぎる。


「 ぼくをコケにしてくれた礼をたっぷりとさせてもらう感じ」

「貴族の息子が勝てるのは無抵抗の女なだけか、うぐっ……!」

「まー、殺しちゃってもいい感じなんだけどね?」


 いいように蹴られて、頭に血がのぼり始めた。奴の手元にはナイフがある。剣すらろくに振れない男だが、今の私を殺すには十分すぎる。


「かわいい息子よ。そいつか、お前に恥をかかせたのは? フゥン!」

「パパァ! そうなんだ! 見るからに生意気な感じだろう?」

「ふーむ……乳臭くて食指は動かんな。フゥンッ!」


 貴族様の登場だ。肥え太っただらしない体が不快感を催す。どれだけ贅沢を極めれば、こうなるのだ。そしていちいち噴き出す鼻息がうるさい。


「名はクルティラ、あの貧乏貴族の娘か。フゥン! 大方、誠実で清い息子に苛立ったのだろう! これだから貧乏人は……貴様らに対して思うが、ワシのように実力一つで成り上がろうという野心はないのか? あのシュワルトもそうだった。思い出すだけでも忌々しい……!」

「シュワルトって、パパが成長させた街から追い出した悪い奴な感じだよね?!」

「そうだ。実力もなければ野心もない。能無し子無し玉無しが揃い、取り柄といえば人柄とやらの良さだけだな。フゥン!」

「許せないよ! そんな奴、倒しちゃいたい感じ!」

「先日送り込んだ連中も捕まってしまったし、魔獣使いドゥッケの手下の魔物も倒されてしまった。まったく、悪運にだけは恵まれているようだ……フゥン!」


 酷いな。己の落ち度も振り返らず、息子にすら妄信的に賞賛させている。この様子だと自分への意見など、耳も貸していないだろう。こんなものが国の中枢に入り込んでいる有様だ。


「貧乏貴族の娘、まさかとは思うが助けなど期待してないだろうな? 無駄だと言っておこう。この地下迷路への入口はワシら親子と一部の者しか知らぬ上に、泣き叫ぼうが外には絶対に届かん」

「つまりお前はここで死ぬ感じさぁ! なーに、外じゃただの失踪事件で処理される感じだからさ。安心して泣き叫べばいい感じ! イヒヒヒヒッ!」


 こんな連中になど、屈しない。絶望の状況下でこそ、己の正義を信じるべきだ。あの大剣の男に負けた時は絶望したが、こうして生きている。まだだ、まだ何も終わっていない。


◆ ガムブルアの屋敷 1階 ◆


 夜に侵入しようかと相談したけど、多分警備はそんなに変わらない。それにクルティラちゃんの安否が心配だ。時間をかけられない状況だから、思い切って突入した。

 ティカの生態感知で警備の位置を確認して、隙あらば窓からこんにちわ。こうして1階の窓から忍び込む事に成功。でも結構な数の警備がいたな。さすがというべきか。


「さてと、ティアナさん。叫ばないでね」

「モノネお嬢様……」


 ここは厨房で、ティアナさんが一人で調理している。腕や足に痣を作り、正面から見るとだいぶ痩せていた。これだけでどんな扱いを受けているのかが、よくわかる。


「一人で仕事しているの? 他の使用人っぽい人達は?」

「皆、ガムブルア様の横暴に耐え切れずに辞めていきました……」

「ティアナさんはなんで辞めないの?」

「……他に行く場所もありませんし」


 ティアナさんがやった事は、どんな事情があっても盗みは盗み。私も許せない気持ちがまったくないわけじゃない。でも長年の付き合いの情というか。やっぱり働いている人がうちの環境に不満を持っていたのは事実だから、今は私だけでも話を聞いてあげたい。


「盗みの件は水に流しておいてあげるよ」

「ほ、本当ですか……?」

「ホントだよ。今は時間がないから無理だけど、その気があるなら後で話し合わない?」

「でも……あのお方が……」

「デブハゲ貴族と私、どっちを選ぶかは任せる。でも私を選んでくれたら、ティアナさんの今後を保証するよ。私、ブロンズの称号を貰ったからね」

「お、お嬢様が?!」


 そりゃびびるよね。少し前の私だって考えもしなかった事態だ。


「大声を出して助けを呼ぶのもいいよ。私達は侵入者だからね」

「……お嬢様。少し見ない間に別人のように変わられましたね」

「冒険者やらされたもんで」


 少しだけ皮肉を込めると、ティアナさんが少しだけ笑った。


◆ ガムブルアの屋敷 1階 廊下 ◆


 そこら辺にある調度品に聞いたところ、どうも地下迷路があるらしい。入口も把握できたし、拉致されたクルティラちゃんもその奥にいる事は突き止めた。だけど問題がある。


「地下への入口の前に、あの大剣の男がいますね」

「さすがに抜かりないね」


 生体感知で引っかかったのが、あの大剣男だ。いつも護衛をやってるわけじゃないんだな。私達がこなかったら、ずっと暇してるわけか。


「モノネさん、あの男に用があるので先に行って下さい」

「私一人にすべてを託すですと!」

「モノネさんなら余裕ですよ。私が保証します」

「あの魔獣使いだっているよね」


「すぐ向かうので大丈夫ですよ」


 あ、はい。アスセーナちゃんならきっと余裕。一瞬、こっちが凍りつきそうな笑みを浮かべたな。大剣の男がクルティラちゃんにえげつない勝ち方をしてるし、これはかなり怒ってる。


◆ ガムブルアの屋敷 2階 ガムブルアの部屋の前 ◆


「雇われだろうと、実行した事には変わりません。報いを受けてもらいますね」

「おやおや、まさかこんなにも早く会えるとは」


 ガムブルアの部屋の前に椅子を置いて座り、おどけた仕草で迎えてくれる。壁に立てかけてある大剣の柄を握り、臨戦態勢だ。


「大胆にも乗り込んでくるとはなぁ。最近の若い子ってのは皆こうなのか」

「戦場ばかりにかまけているから、最近の若い子を怒らせると怖い事すら知らないんですよ。元傭兵さん」

「おぉ? そこまでわかっちゃうわけ? まいったなぁ、どうなってんの?」

「クルティラさんに撃ち込んだ毒に致死性がなかったとしても、後遺症が残る可能性はあります。言ってる意味がわかりますか?」

「わかるよ。つまり俺を絶対に許さないんだろ? いちいち聞かないとわからんものかなぁ?」


 のらりくらりと人を馬鹿にした口調に腹が立ってくる。それに対してアスセーナさんはというと。


「本当にわかってるんですか?」


 ゾッとするほど無表情だった。相手がそれなりに強い相手なのに、まだ剣すら抜いてない。その余裕が怖い。大剣の男も少し気圧されたのか、本格的に構えた。


「道楽貴族を適当に煽てるだけで給料が貰えたいい仕事だったんだがなぁ。こんなのに目をつけられるなら、やめときゃよかったかな」


「モノネさん。どうぞ、お通り下さい」

 

 気がついたら、アスセーナちゃんが男の大剣に剣を当てている。男は身動きをとれていない。


「つッ……! いきなりかよ」


 大剣に比べたら細い剣で、あそこまで封じられるなんて。さすがのあの男も冷や汗ものだ。今のでわかったでしょ。この世には怒らせちゃいけない相手がいるって。


「うん。じゃあ、任せたよ」

「終わったら今度こそ観光しましょうね」


 無駄に鍵をかけているガムブルアの自室のドアを開けた。その様子を大剣男が訝しんでいる。何の魔法だとでも言いたそうだ。


「オイオイ……ひょっとしてバカ貴族様は、とんでもないものを敵に回したんじゃないか?」

「今更気づいても手遅れなんですけどねぇ」


 ガムブルアが部屋にいないのは確認済みだ。壁を押してクルリと回転すればそこには隠し部屋がある。この2階の隠し部屋から地下まで下りられる吹き抜けの構造だ。やりたい放題やるけど、いざという時は逃げる。これじゃへっぴり腰でしょう。


◆ ティカ 記録 ◆


ティアナという女性 どうも 根っからの悪人には見えなイ

魔が差したという表現が 適切かもしれなイ

マスターが差し伸べた手をとるか それとも 払いのけるカ

少しでも マスターを 信じているのならば どうか 手をとってほしイ

マスターが 許した相手ならば 僕も 認めたイ


あの大剣を持った男 傭兵ですカ

傭兵といえば 戦争の際に 雇われる兵

戦争に乗っかり 生業としている 許しがたき存在

この手で 始末してやりたいが アスセーナさんの怒りを優先しよウ


引き続き 記録を 継続

「マスター、小説のほうは順調ですカ?」

「これさ、面白いのかな?」

「ど、どうかされたのですカ? マスターらしくないデス」

「書いてるうちにさ、これ面白いのかなって疑問がわいてきて消えないんだよね」

「マ、マスターが悩むとは……小説は恐ろしイ……」

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