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当面の敵に立ち向かおう

◆ 王都 夜 ◆


 課題の追い込みをしていたら、すっかり遅くなってしまった。単位は足りているというのに、生来の気質が妥協を許さないらしい。学業を疎かにするような者が立派な騎士になどなれるはずがないと私は思っている。

 私とて貴族の生まれだが男爵家、巷では貧乏貴族とすら嘲笑されている。あのおぼっちゃんとは天と地だ。だからこそ負けたくない。大昔と違って今は女の騎士も認められている。しかし、まだまだ偏見の眼差しを避けられない現実だ。

 正義に男も女もない。認められないなら、認めさせる。お姉様が家を出て己の道を貫いたように、私は私を貫く。今日、アスセーナさんが勇気を与えて下さったのだ。何としてでもやり通してみせる。


「……危なっ!」


 ピアノ線か。寸前のところで跳んでかわせた。夜の闇にこんなものを張ったのは何者だ。剣で斬り、周囲を伺う。


「お見事。やるねぇ。経験値も勘もよし。お前、軍人にでも傭兵にでもなれるぞ」

「……罠を張った上に名乗りもしない。まともに口を利く気はない」


 曲がり角から出て来たのは大剣を背負った男だった。短髪の黒髪で黒いタンクトップの上に迷彩柄のジャケットを羽織っている。対峙した途端、呼吸が苦しくなった気がした。私は無意識にこの男の危険性を感じ取っている。何故こんな事をしたのかはこの際、どうでもいい。こいつは何者だ。


「悪いようにはしないからさ。ちょっと招待を受けてくれないかな」

「断る。大方、何者かの差し金だろう。雇い主に伝えろ、私に意見があるのなら直接来いと」

「気丈、結構な事だ。じゃあセオリー通り、強引にいかせてもらおうかッ!」


 躊躇なく大剣を振るってきた男から間合いをとる。得物の大きさなど意にも介さないこの速度。連撃に次ぐ連撃で反撃の糸口が見えない。あれほどの大きさの得物を軽々と振るう腕力と地力。大剣を振り回し、まるで空を切り裂かんばかりだ。少しずつ追い詰められていく。


「クッ……!」

「隙を伺っているって顔だな。だがな、先入観は捨てたほうがいいぜ」


「ウッ……こ、これ、は……」


 私の胸に深々と突き刺さったのは小さな矢だった。服にじわりと血が広がり、手足から痺れていく。毒が体にまわっている。あの男、毒入りの吹き矢を口に含んでいた? しかも喋りながら? バカな、バカな。


「あらゆる可能性を想定しなきゃ戦場では生き残れない。学園じゃ教えてくれないだろ?」


 全身が痺れて倒れ込む寸前、大剣男に支えられる。こんな事があってたまるか。私の正義は何だった。私は間違っていたのか。誰か、誰か教えてくれ。アスセーナさん、私は勝てなかった。お姉様、あなたが正しかったのか。


「あのおぼっちゃんにも困ったもんだぜ。給料はいいから我慢するけどさ」


 あの、男――――


◆ 王都 ホテル"ムーンクィーン" ◆


「クルティラが家に帰っていないそうなんだ……真面目な生徒だから、自分から行方をくらますとは考えにくい」


 昨日の銀髪の子、クルティラが失踪した。昨日の今日でこれ。動転した学長が真っ先に相談しに来た。下手な場所に駆け込んだら、ガムブルアの息がかかっている場所かもしれない。途方に暮れた学長が項垂れて椅子に座っている。


「クルティラちゃんの通学路は毎回、決まっているのかな?」

「そこまでは把握していないが彼女の性格からして、決めたルートを通っていると思う」

「じゃあ、通学路を徹底して当たるしかないね」

「彼女の手がかりを知る者がいるのか? いたとしても、口を割るかどうか……」

「あ、そっちじゃなくて。まぁ見ていて下さい」


 もっと外堀から埋めるように攻めてくるかと思ったら、アグレッシブな手段に出たな。盗賊を放ったりストルフを刺客として差し向けるような奴だし、意外と気が短いかもしれない。


「相談なんだけどさ、アスセーナちゃん。今回の件はやばいと思うんだよね。だからまずはイルシャちゃんとレリィちゃんの身の安全を確保したいと思う」

「それなら今こそディニッシュ様を頼るべきですね。あの方は信頼できます」


「ディニッシュ様って……君達、まさかディニッシュ侯爵と知り合いなのか?」


 学長にとって、味方がこれほど心強いと思わなかったんだと思う。目を輝かせて、さっきまでの落胆から一転。笑みがこぼれていた。さてと、いざ行動にという時にドアがノックされる。


「ヒソヒソ……誰か来たね。ティカ、生体反応は?」

「知り合いでもホテルの方でもありませんネ。推定戦闘Lv16、要注意デス」

「じゃあ、皆で窓から出ようか」


 学長を含めると5人、今の大きさだとギリギリだ。乗れない事はないから、我慢してもらおう。窓から出て、地上に広がる絶景に学長が軽く悲鳴をあげた。


◆ 王都 ディニッシュ邸 ◆


「そういう事情なら早く言わんかい! 偉い事になってるじゃないか!」


 開口一番に怒られた。だって知らない人に何でも喋ったり、ついていっちゃダメだって教わったんだもん。ほとんど外に出ないから、活かされなかった教育だけど。


「それでこの二人をかくまってほしいんです」

「仮にも侯爵であるワシに平民が頼み事とはな」

「え、今更そういうノリなんですか?」

「冗談だ。いいだろう、お前達とは浅からぬ縁を感じる。それにガムブルア伯爵はワシも気になっていてな。そこでだ……」


 ソファーでリラックスしたまま、ディニッシュさんが人差し指を立てる。よからぬ提案だろうけど、すでによからぬ事態だから別にいいや。


「これを機に奴を追い詰めてしまいたいと考えている。つまりお前達には奴の屋敷に殴り込んでほしい。もちろん失敗すれば命はない上に、あったとしても二度と元の生活には戻れんだろう」

「わかりました。バックアップお願いします」

「さすがの二つ返事、やはりお前はいい」

「その前に彼女が失踪した場所で一応、情報を収集します」


「イルシャちゃん、レリィちゃん。こんな事になってごめんなさいね」


 謝るアスセーナちゃんだけど、当の二人は豪華な部屋といくらするかわからない調度品に目を奪われている。いらない心配か。


「ディニッシュ侯爵、恐縮ながら感謝します」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、話し相手がいるに越した事はない。先月な、妻が動物を飼いたいと言い出したのだがな……」

「え……ちょっと」


 長話のスイッチが入っちゃった。家賃だと思ってイルシャちゃんには聞き役になってほしい。


「モノネおねーちゃん、お薬をいくつかあげる」

「お、いいね」


 使う機会が来るかはわからないけど、あるに越した事はない。次は失踪現場だ。


◆ 王都 4番街 ◆


「……だってさ。アスセーナちゃん、もうこれは確定だよ」

「はい。そして拉致した大剣男ですが、かなりの使い手ですね」


 適当な目撃者、じゃなくて目撃物の声を聞いたら簡単に特定できた。クルティラちゃんを拉致したのはガムブルアの護衛をやっていた大剣を持った男だ。アスセーナちゃんの反応からして、相当強いのはわかる。


「何者なんだろ。冒険者かな?」

「わかりません。ただ発言の節々からして、そうではないように思えます」

「とにかくこれで遠慮なく殴り込めるね」


 ガムブルアの屋敷の場所も判明した。あのおぼっちゃんの逆恨みでクルティラちゃんが拉致されたのもわかった。

 夢に向かって努力している人間だろうと、王都観光にかまけていようと人の邪魔をする奴には容赦しない。どいつもこいつも、私達のエンジョイを阻みやがって。


「引きこもりでさえ、親にしか迷惑をかけてないってのに貴族になってまで何やってんだか」

「でも引きこもりだと街に税金を納めてませんよね? そうなると結果的に迷惑をかけている事になります」

「せっかくいい感じの事を言ったのに突っ込まないで」


 どうせ屋敷の守りもバッチリだろうし、戦いは正論子ちゃんに任せようか。


◆ ティカ 記録 ◆


努力をして 結果で見返すのではなく 最低の方法をとってしまったようデス

もう 人ではなイ

人ではない 僕でも ここまで言えル

見当違いの方法で 仕返ししたところで 自らの格が 上がるわけでもなイ

もっとも 無駄で 最低ダ

向上心がないだけではなく 他人の足を引っ張るのならば 人だろうと 魔物だろうと 一律 害悪

容赦の必要はなイ


引き続き 記録を 継続

「ギルドマスター"七法守"って何?」

「全世界各地の地域を担当している冒険者ギルド最高幹部達です。担当しているマスターによっては、厳しい取り締まりもありますよ」

「でもシャンナ様は適当ってレベルじゃなかったなー。あんなのでも強かったりするの?」

「生体感知至上初めてデス……」

「えー、知りたい。戦闘Lvは?」

「いえ、どうも誤作動のようデス」

「ホントに?」

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