激昂する大将を討伐しよう
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2018年8月23日
◆ キゼル山 ◆
激昂する大将が両腕を地面について、前かがみになる。くるな、この兎とどっちが早いかな。アスセーナちゃんも剣を構えて応戦してくれるみたいだ。
「ガァァッ!」
「よっと!」
「ンガァ!」
「更によっと! 首筋がガラ空きぃ!」
「ンギャァァッ!」
跳んでかわした拍子に、ゴボウ戦の時と同じ要領で首筋を斬る。だけどあの時と違うのは手ごたえがあまりなくて、薄皮を斬った程度のダメージしかない。つまりめちゃくちゃ皮膚が硬い。加えてあの筋肉量だし、どこを斬ればいいのかな。
「……ガァッ!」
「ちょ、片手で木を引き抜くってすごくない?」
「ガァ!」
「うひゃぁぁ!」
木を抜いて、そのまま振り回して突進してきた。こっちは護衛対象に攻撃がいかないように戦わないといけない。それがなければ、なんて言い訳は通用しないか。
「空連斬」
「ガハァァッ!」
アスセーナちゃんが木ごと無数の斬撃で大猿を斬る。体中に斬り傷が入り、確かなダメージはあるはず。
「そこデス!」
「グヒィッ!」
ティカが数発の魔導銃で胸や頭を撃つ。貫通しているものの、まだ元気だ。苛烈なる空長の時も思ったけど、強い魔物ほど生命力が強くてしぶとい。人間の基準で、これは致命傷だろうと楽観できないのが怖い。
「ンガァンガァンガァ!」
「じ、地面が揺れるぅ!」
大将が駄々っ子みたいに地面をむちゃくちゃに叩き始める。その怪力で地震が起こり、足場の安定性が崩された。アスセーナちゃんは軽く維持しているみたいだし、私もウサギスウェットが何とかしてくれるから平気。
だけど後ろで戦っている人達には影響大だ。猿達に隙を与えてしまって、護衛対象まで突破されそう。あのお猿さん達にとっては、ここで大将が倒されたほうがいいんじゃないのかな。それとも怖いから、従うしかないのか。
「させるかぁ!」
「ディニッシュ様! 馬車の中まで退避を!」
「こんな面白い戦いを観戦せずにいられるか。それにお前達も含めて、何の心配もない。ほれ」
「うりゃうりゃりゃぁぁぁ!」
大将の頭を蹴り上げ、また斬る。剛腕で反撃をしてくるけど、瞬発力は完全にウサギのほうが上だ。まるでアスレチックで遊ぶかのようにそれをかわす。さすがに体術だけじゃ大したダメージにはならないけど、継続は力なり。全身を斬り傷だらけにした大将の動きが鈍くなり、すでに動き回るほどの元気がないように思える。
「さて、私の勝ちっぽいけど?」
「モノネさん、気をつけて下さい! 激昂する大将はその名のごとく、手負いの時ほど激昂して凶暴になります!」
「それもっと早めに言ってほしかった!」
「ゴガァァァァァァァァァァァァァッッ!」
両腕を伸ばして、コマみたいにグルグルと体を回転させて突っ込んできた。風圧だけで木々がなぎ倒されそうになる。何の技術もなさそうだけど、この身体能力なら十分に脅威だ。このまま護衛対象にまで突っ込まれたら大変だから、止めてから倒そう。
「そこが隙だらけですネ!」
「ギャッ!」
ティカが足元をうまく狙ってくれて、大将は回転の勢いを残したまま転がっていった。頼むぞ、達人。あの巨体に致命傷を与えてほしい。
「なるほどそこかぁ!」
「ギァァッ……!」
倒れている隙に跳んで、大将の目の奥まで剣を突き刺す。いくら皮膚が硬くても、ここだけはどうしようもない。刺された直後もほんの少しだけ腕を動かしていたけど、すぐにピタリと止まる。
「……勝ったかな?」
「モノネさん、素晴らしい活躍です! こちらも終わりました!」
加勢してくれなくなったと思ったら、後ろを助けていたのか。こっちはこっちで大丈夫と判断してくれたのかな。猿達がアスセーナちゃんの前で唖然として立ったままだ。あの子の強さにひれ伏したのかな、とも思ったけど、なんか違う気もする。
「キ、キー……!」
「キーキー!」
「あら、このお猿さん達はもう戦う気はないみたいですね?」
猿達が激昂する大将の死体のところに集まってきた。つっついたり、ペタペタと触ったりして死んだかどうかを確認しているっぽい。自分達を支配していたボスが死んだんだから、願ったり叶ったりだよね。そして今度は一斉に私を見て、取り囲む。なんだなんだ、やっぱりやる気かな。
「キィ!」
「キーー!」
「なにかね、諸君。これはもしかして私に感謝しているのかな?」
「どうやらモノネさんを新しいボスとして認めたようですね」
「ウソでしょ?」
「キャッキャッ!」
さっきまで殺す気満々で襲いかかってきたくせに、現金な奴らだな! それだけ、このでかい大将が怖かったのもあるかもしれないけどさ。
「それにしても単純だなぁ。君ら、本当にそれでいいの」
「もしかしたら、モノネさんがギロチンバニーに見えているのかもしれませんね」
「そんなバカな」
私をボスとして認めるなら、当然言う事も聞いてくれるはず。
「君達、私達はね。ここを通りたいだけなの。わかる?」
「キー!」
「つまり、これ以上君達と争う気はないの。わかる?」
「キィー!」
「わかったのか、わかってないのか。ティカ、群れの中で一番戦闘Lvが高い猿を見つけて」
「かしこまりましタ」
さすがに猿達のボスとしてここにいるわけにはいかない。だけど新しいボスは必要だ。
「こちらの個体がもっとも高いようです。戦闘Lv11ですネ」
「じゃあ、今日からこの子が君らのボスね。理解してる?」
「「「「キーーー!」」」」
指した猿に他の猿が集まり、きゃっきゃと騒いでいる。こっちの言葉が割と伝わっている辺り、結構頭はいいかもしれない。これにてひと悶着終わり、と思ったけどまたこっちに集まってきた。何が面白いのか、頭に葉っぱを二つ立てて喜んでる。
「もしかしてウサギのつもりかな」
「これは猿達にブームが到来してしまったようですね。ギロチンバニー、恐るべし」
「いやぁ、面白い戦いを見せてもらった」
拍手をして出てきたのは、ディニッシュ様とか呼ばれているおじいさんだ。どこかの貴族かな。服装からして明らかに庶民じゃない。
「まさか猿を屈服させるとはな」
「あの、あなたはもしかしてディニッシュ侯爵ですか?」
「名乗る前に看破されたか。その通りだ」
「あ、あなたのような方がこんなところにいるなんて!」
「なに、貴族だ何だと敬われても道楽を楽しみたいだけの年寄りだ。そう畏まらんでいい」
すごく偉い人だった。そんな人が護衛をつけて道楽でこんなところにいる。あの護衛達、息も切らせてないしかなりの余裕顔だから相当強いんだろうな。さすがにこういう人を護衛するだけはあるか。
「君はモノネというのか。素晴らしいな、本当に感動した。君のような人材が冒険者なんぞをやっているとはな」
「あの、お言葉ですが冒険者も立派な職かと」
「よしよし、きちんと芯があるな。もちろん萎縮して肯定してもらっても構わなかったのだが」
「試されたんですか?」
「少しな」
ニィッと笑うおじいさんに不快感はない。私もこの前までは冒険者なんてと思ってたけど、いつの間にかブロンズの称号手前だからね。そこまで実績を積んで認められたなら、卑下するのは逆におかしい。
「猿達に好かれているうちに、越えようではないか」
「そうですね」
また歩みを進めた私達の後ろを猿達がついてくる。激昂する大将だけど、肉は硬くて需要がまったくないらしいから毛皮だけ頂いた。素材としての価値がないから、余計に討伐依頼もなかったのかもしれない。
「ところで君達はどこから来たのかね?」
「はい! ランんぐっ!」
「エイベールを中心に活動しています」
「王都もいいが、エイベールもよいな。あそこの冒険者ギルド支部長とはチェス仲間でな……」
イルシャちゃんに口止めしておくのを忘れてた。この人はいい人っぽいけど貴族である以上、ガムブルアとの繋がりも否定できない。
話好きなのか、言っちゃなんだけどすごいどうでもいい世間話を延々としてくる。その隙に、口を塞がれたイルシャちゃんに地元をばらさないようにアスセーナちゃんが伝えてくれた。
「それでな、あいつめ。ワシが待ったをかけているのに最後の一手を……」
「それはひどい話ですね」
この長話がいい眠気を誘ってくる。話し相手兼護衛はアスセーナちゃんに任せて、しばし眠らせてもらうかな。もう耐えられない。
◆ ティカ 記録 ◆
激昂する大将 その名に恥じない 凶悪な魔物でしタ
ですが マスターに一撃でも 当てられる事はなかっタ
ギロチンバニーにとっては あの大猿ですら 取るに足らないという事カ
そしてアスセーナさん どうも 手を抜いていたように思えル
計測した戦闘Lvも 35程度と 敵に合わせている節もあっタ
アスセーナさん 未だ 底を見せないカ
マスターの魅力が 猿にも伝わってしまったカ
マスターの魅力が伝わりすぎて 猿達がマスターを 拉致しにこないカ
一通り 生体反応を登録して しばらくは 警戒を続けよウ
引き続き 記録を 継続
「例えばギロチンバニーはギロチンバニーって呼ばれてるじゃない?」
「そうですね」
「ネームドモンスターってさ、そういう種族名みたいなのはないの?」
「種族の中からネームドに指定される事もあれば、元々ネームド自体がそういう種族名として設定されてますね。激昂する大将なんかは前者で、うろつく番獣は後者です」
「なるほどー。うろつく番獣ってたくさんいるんだ」
「苛烈なる空長が複数体、同時に現れた例もありますからねー」
「何それホント怖い」




