辺境伯邸に集まろう
◆ シュワルト邸 ◆
突然、シュワルト辺境伯に招かれたこのメンツ。アスセーナちゃんにフレッドさん、シーラさん。そしてパラップさんや船長、他にもランフィルド病院の医院長を始めとした街の有力者がたくさん集っていた。
そんな中にまじるウサギファイターは明らかに場違いなんだけど、気にせず料理を味わう。これ、うますぎる。フォアグラですってよ。
「近頃の景気はすこぶるいいですなぁ」
「この街の優秀な冒険者達のおかげですよ。需要がある素材が至る店に流通しやすくなっている」
「辺境伯が冒険者ギルドに資金援助を行う理由が最近になってよくわかりましたわ! ハハハッ!」
大人達が他愛もない談笑をしている中、アスセーナちゃんは優雅に口元をハンカチで拭いていた。この子、皆の前だと本当に気品ある。
「モノネさん、今日は何故呼ばれたかおわかりになりますか?」
「フォアグラという貴族食材を庶民に知らしめるため?」
「大切なお話があるんだと思います」
「ウサギファイターにとっても?」
「今日ここに集まっていただいた方々は、この街の発展に貢献した者達の代表者ともいえる」
しばらくは皆を見守っていた辺境伯が口を開く。なんだか物騒な話の予感がしてきたぞ。
「だからこそ、私は厚く諸君を信頼して今から重要な話をしよう。ギンビラ盗賊団の頭目であるゴボウが、とある人物に雇われてランフィルド付近を荒らしていたとようやく白状した」
「盗賊が雇われていた?!」
「そして先日、この街にやってきたストルフもその人物に依頼を受けたそうだ。手段は問わん。ランフィルドを荒らせ、とね」
「へ、辺境伯! この街はその人物に被害を受けていると?」
「そうだ」
「なんという事だ……」
そりゃ騒然にもなる。ここにきてゴボウを生け捕りにした理由がわかった。辺境伯は最初から盗賊団の存在を不信に思っていたんだ。ストルフは意外だったな。あいつが誰かの指示で動くとは思わなかった。
「ストルフに関しては証言の約束として、彼の身の安全を約束した。性格に難はあるが優秀な人材だからね」
「い、一体その人物とは?」
「昔、この街で領主をやっていた男だよ。知っている者もいると思う」
「ま、まさかあの男……!」
なんだか話が見えなくなってきた。シュワルト辺境伯の前に領主をやっていた人がいたんだ。その人がこの街に嫌がらせをしていると。大人達がざわついて、次から次へと辺境伯に質問をしている。
「ガムブルア伯爵の指示だというのですか?」
「ゴボウとストルフが同時に嘘をついていなければ、そうなるね」
「はいはーい! 質問でーす! そのガムブルアってのはどういう存在なんですか?」
「モ、モノネさん……」
「だって呼ばれた割には今一、話がのみ込めなくてさ」
「もっともだね」
何人かが苦い顔をしているから、ろくでもない奴なのは何となくわかる。だけど前の領主だとか、経緯がよくわからないから説明してほしい。意味もなく私を呼びつけるわけがないし、それなら出来るだけ把握しておかないと。
「彼は私が着任する前にランフィルドの領主をやっていた男だよ。強欲で街の住民からの評判も良くなくてね。重税を課して私腹を肥やしていたせいで、この街はほとんど発展してなかったんだ」
「へぇ……そんな過去があったんですか」
「そこで見かねた私が、なるべく彼のプライドを傷つけないように慎重に事を進めてね。紆余曲折を経て、何とか私が領主となれた」
「でも嫌がらせしてきてるって事は、実は恨んでいるんですよね」
「そうだろうね。さすがにこの街の発展を見れば、彼でなくても都合よく取って代わられたと思うだろう」
「自分の怠惰を棚に上げて、シュワルト卿を妬むとはなんと小さい……!」
大人達が憤慨しまくってる。今は潤っているこの街も、昔は苦労していたんだ。昔に生まれていたら、ぬくぬく引き籠れなかった。辺境伯の偉大さを噛みしめよう。
「ゴボウ達は遠方の地から落ち延びてきた敗残兵という事も判明した。行き場のない彼らに甘い汁を吸わせてやるという条件で雇われたともね」
「なるほど、やけに戦い慣れていたわけだ。俺すらも矢で射抜かれかけたからな……」
「遠方の地の敗残兵が、簡単に国境を越えてやってこられるはずがないわ。それもガムブルアという男が関係していると見て間違いないわね」
フレッドさんとシーラさんが神妙な顔つきで分析している。ガムブルアの手引きでゴボウ達がここまでこれたって、実は結構やばいところまできていると思う。生半可な権力じゃ、とても出来ない。
「辺境伯、そこまで判明しているのならばガムブルアを追い詰められるのでは?!」
興奮した大人の一人が声を荒げた。辺境伯はそれに対して無言で首を振る。
「彼らの証言だけでは突っぱねられて終わりだ。黒い噂は絶えないが、未だかつて尻尾を見せた事がない」
「ではどうするのですか? 何故、そんな話を?」
「モノネ君達を含めて知っておくべきだと判断したんだよ。曲りなりにも、私にも責任の一端があるからね。特にモノネ君、君は称号授与のために王都へ行くそうだね」
「はい、そうですね」
「不用意に、名前を含めた身分を明かさないほうがいい。君がランフィルド出身だと、ガムブルアの耳にでも入れば面倒な事になりかねない」
「そっかぁ……」
癪だけど偽名を使う事も考えたほうがいいかな。だけど、前からレリィちゃんと王都に行く約束をしていた。危険が及ぶなら、控えたほうがいいかもしれない。でも本当に癪だな。そんな推定デブハゲの為になんで私が遠慮しなきゃならんのか。
「謝罪をさせてもらうよ。すまなかった」
「待って下さい! なぜシュワルト卿が頭を下げるのです!」
「そうですよ! 悪いのはガムブルアなのに!」
「そうと知ったからには我々一丸となって戦いますよ! 皆でこの街を守るためにね!」
「皆……。私はいい街の住人に恵まれたようだ」
ヒゲを撫でながら、辺境伯が自嘲気味に笑う。かなり地位が高い人のはずなのに、皆との歩み寄りを諦めない姿勢が好きだ。助けてくれたから高評価するわけじゃないけど、皆の信頼の厚さがそれを肯定している。むしろ教えてくれなかったら、何も知らずに大変な目にあっていたかもしれない。
「そんな皆だから信頼するけど、この事は内密にお願いしたい。知れ渡ると街の情勢にも影響しかねないからね」
「わかっています。商人ギルドのほうでも、それとなく網を張っておきましょう」
「今のところ、街の内部にまでガムブルアの手が及んだ痕跡はありませんな」
船長がそう言うんだから、心配ないはず。今のところは外からちまちまとつついてくる感じか。ザイード一派とかいうのといい、面倒なのが多いな。どうにかならないかな。
◆ シュワルト邸 門の前 ◆
「モノネ、すまなかったね。晴れの舞台が待っているというのに、妙な話をするために呼んでしまった」
「だから、いいですよ。むしろ助かったんですから」
「……見違えたな。この前までは駆け出しだったというのに、今ではアスセーナと並んで頼りになる冒険者だ」
「そんな、照れますよー」
「アスセーナちゃんがここで照れるの」
辺境伯の後ろめたさをどうにかして消せないものか。要するに心配ないと証明できればいいんだ。だったらダシに使うようで気が引けまくるけど。
「王都にはレリィちゃんと観光にでも行くつもりだから」
「そ、そうなのか。それは、まぁいいが……」
「危険なんかないです。私がついてますから」
「……そうだね。安心させてもらうよ」
「ハッハッハッ、すっかり俺達よりベテランの風格じゃないか」
フレッド先輩の前で確かに生意気かもしれない。でも気を悪くしてなさそうだし、別にいいか。
「辺境伯、王都へはモノネさんと観光にでも行くつもりなのでご安心を」
「そうかね、それなら心強い」
「待って当然のように流さないで」
「嫌ですか……?」
「問題ないし確かに心強いけど、段階ってものがあると思う」
「そうですよね。ではモノネさんに同行します」
「う、うん。もういいや」
強引どころじゃない。でもシルバーの称号を持つエリート冒険者がいるなら本当に心強いな。何気にアスセーナちゃんのスキルとアビリティがわかるかもしれない。
「では皆、おやすみ」
「おやすみなさい!」
「だから待って勝手に布団に入らないで」
私より先に布団に潜り込んでるし、こりゃ思ったより面倒な旅になるかもしれない。この子が掴めない。本当に。
◆ ティカ 記録 ◆
腹を割って 黒幕の存在を 教えてくれた辺境伯に 敬意を表しまス
ガムブルア伯爵 このような デブハゲの存在を 容認できませン
伯爵ともあろう人物が 本当に 小さイ
なぜ 権力を 正しく 使えないのカ
地位が 人を慢心させてしまうのカ
いずれにせよ デブハゲが障害となるなら 容赦の必要はなイ
おや ガムブルアとは 会った事がないはず なぜ デブハゲなどト?
引き続き 記録を 継続
「辺境箔みたいな人もいればガムブルアみたいなのもいる。貴族といってもいろいろだね」
「真面目な方もいらっしゃいますが、上と下からの重圧に耐えきれずにおかしくなる方もいるので十把一絡げには語れませんね」
「ガムブルアはどうなんだろ?」
「私が思うに、いつまでも高い地位にいられるから悪い事をするんです。ここは年齢上限や一定期間での審議を重ねてですね」
「そう……だね……」
「マスターがお休みの時間ですネ」




