苛烈なる空長を討伐しよう
◆ 街道近くの渓谷 苛烈なる空長の巣 ◆
岩場と崖で構成された渓谷に、そいつの巣がある。崖に大きい鳥の巣がそこらにあって、親鳥が餌を運んでいる。これだけなら微笑ましい光景だ。だけど鳥の魔物が、芋虫の魔物を加えて運び込んでいる光景は気色悪い。岩陰から様子を伺い、予想以上の難題だとようやく気づいた。
「ねぇ、どれがネームドなのさ」
「先輩! 私が察するに、あの大きな巣ではないかと!」
「違うわね。あれは空長の手下鳥の巣よ。たくさんの部下鳥を従えている事で名づけられたから、空長……」
「これじゃ、その空長を倒しても解決しないんじゃないの」
「いいところに気づいたわね」
「ここから遠くに空長と思われる生体反応がありまス」
「でも、この鳥どもを倒さないと被害は収まりそうにないね」
戦闘Lvだけがすべてじゃない。中には手下を従えているネームドもいるから、戦闘Lvが討伐難易度には直結しないようで。もう本当に戦闘Lvという基準を見直す段階にきていると思う。
「で、先輩はーたん。どうするの。当初の作戦通りで?」
「そうよ、予定に変わりなし!」
「先輩! 頼りにしてます!」
「言っておくけど、これはあなたの研修でもあるんだからね。よく見ておきなさいよ。モノネちゃん、あなたの出番はないかもね」
相手は飛んでいるし、ここはヒヨク先輩のほうが有利に戦えるはずだ。でもだからといって任せっきりにするわけじゃない。今回、私は布団に乗っていない。そう、あえて飛んでいないのだ。マササビ戦で私は学んだ。
「旅人から奪ったものも雛鳥の餌にしているし、やりたい放題ね。それじゃ見てなさいよ、後輩!」
「いけっ! 先輩!」
ヒヨク先輩の飛び立ちを見守る後輩。先輩に命令しちゃダメだと思う。そんな先輩に無数の黒い鳥の魔物が気づいて、襲いかかった。巣から次々と出てきて、空があっという間に黒く覆われる。
「ケーーーッ!」
「空長の手下、バルジャーね! 数を揃えてもせいぜい戦闘Lvは6! 私の敵じゃないわ!」
ヒヨク先輩の翼から火が燃え立った。それが翼全体を包んで、メラメラと燃え上がる。炎の翼、そう呼ぶ以外ない。羽一枚すらも炎が細かく再現していて、ヒヨク先輩の翼から火の粉がチリチリと落ちていった。あの、これが戦闘Lv4って。相手のLv6って先輩より高くないですかって突っ込む間もなかった。
「燃え散れぇ!」
ヒヨク先輩が炎の翼を羽ばたかせて、バルジャーの群れに突っ込んだ。バルジャー達が炎の翼に飲み込まれ、もがく間もなく全焼していく。
「あれが、あれが憧れのヒヨク先輩……人呼んで"火の鳥"!」
「先輩って有名な感じなの?」
「人間の間じゃわかりませんけど、私達の中では有名ですよ。ハーピィ族でも上位の実力者ですね」
「え、それじゃあの戦闘Lv4って何だったんだろう」
「冒険者登録してからは4程度の魔物しか倒してないなーってぼやいてましたよ。じゃ、私も参戦してきます」
先輩の活躍で奮起した後輩のコルリも、青い翼を広げて飛んでいく。翼の色合いが段々と紫へと変色して、毒々しい花みたいになる。
「ヒヨク先輩ほど強くないですし、派手さもないですけど……がんばれるんですよ!」
「ケゲッ……ゲェッ!」
「ゲブッ!」
コルリから紫色の鱗粉みたいなのが放たれて、周囲にいたバルジャー達が泡を吹いて落ちていく。落ちたバルジャーの死体の目玉が飛び出たりして、ひどい惨状だ。ちょっと、あれ私もやばいヤツじゃ。
「私の翼は毒なので近寄ると死にますよ……フフッ」
「それ近くでやらないでって言ったよね?!」
「大丈夫ですよ。先輩はこれくらいじゃ死にませんから」
「死ぬからね!」
ヒヨクちゃんも私も全力で彼女から離れる。危険を察知した残りのバルジャー達も同じだ。彼女達のおかげでだいぶ数は減ったけど、まだまだいる。
そして渓谷の奥から一際目立つのが飛んできた。黒い翼に胸元には白いライン。長い首にハゲタカみたいな頭。でっぷりとした体形は空長というより、ボスみたいな風格だ。残りのバルジャーが待ってましたと言わんばかりに、ボスの周りに集まっていく。
「出たわね! 空長!」
「先輩、任せて下さい! 毒をお見舞いしてやりますよ!」
「あ! コラ、待ちなさい!」
「必殺! 毒の舞!」
コルリちゃんが調子に乗ってハゲタカ隊長鳥に向けて飛んでいく。そして、そのまま毒の鱗粉みたいなのを散布。だけどあの空長、鳥のくせにニヤリと笑った気がした。直後にバルジャー達が一斉に離れて、翼を羽ばたかせる。
「え?!ちょ、ちょっと風で飛ばすのは反則!」
「言わんこっちゃない! 危ないッ!」
「せ、先ぱ―――」
風で毒鱗粉を飛ばされた後、円を描くようにバルジャー達がコルリちゃんの背後に周ってクチバシで突き刺しにいった。だけどコルリちゃんは無傷だ。
「くぅっ……!」
「先輩ッ!」
「いいから、離れなさい!」
ヒヨクちゃんがその攻撃を一身に受けてしまった。背中をクチバシで突き刺されて、血が流れ落ちる。
「ケケェーッ!」
二人を数羽のバルジャーが襲う。あの二人が先発して様子を見る作戦だったけど、これはやるしかない。矢筒から矢を取り出して、中から矢を放った。不意打ちの矢が数羽のバルジャーを突き刺して見事打ち落とし成功。出来るだけ奥の手として取っておきたかったけど、あの二人のピンチならしょうがない。
「今度こそ離れてねー!」
「ごめん……。ほら、コルリ!」
「あ……は、はい」
逃げた二人を悠長に見送ると同時に、空長の視線が私に向いた。口元がかすかに歪んでいる。小癪な手を、そう言いたそう。こっちも鳥のくせに頭よすぎてビックリしたよ。伊達に空の隊長をやってないな。
矢はあえてバルジャーの死体に刺したままにしておく。あの鳥野郎に出来るだけ手の内を見せないほうがいい。
「さー! かかってこーい!」
「ケケェン!」
「ケーー!」
なんか指示を出して攻撃、みたいな鳴き声。グルグルと私の頭上をバルジャー達が旋回して、バラバラに急降下攻撃してくる。
思った通りだ。よしよし、出来るだけ今は数を減らそう。一羽、二羽、三羽、降下した順に斬り捨てていく。
「ケゲッ……!」
「ほらほらー! ハゲタカー! かかってこーい!」
「ゲーーーッ!」
見かねたハゲタカ隊長自らがクチバシを突き出して降下してきた。だけど私の射程を計算して、剣が届かないところから鷲掴みを試みてくる。これは難なくかわせるけどこいつ、やっぱり頭いい。剣をブンブン振り回しても当たりゃしない。そう仕組んでいるんだけど。
「そこっ!」
「グゲェッ!」
剣が届かないと思わせてからのジャンプ斬りが決まった。どうせ飛び回って逃げられるなら、攻撃してきたところを狙ったほうがいい。だからあえて空中戦が出来ないダメな子を演出した。かなり深く入ったし、これは決まった――
「ケケッ……ケーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
「いぎゃっ!」
甲高い鳴き声を上げられて、思わず剣を手放してしまった。両手で耳を塞いで、咄嗟にその騒音を防ごうとするのは当たり前だ。これは誤算だった。そこを見逃すはずがない。空長がその隙をついて、全力で急降下してくる。
「耳がぁぁ……」
「ケーーーッ!」
だけど残念すぎた。私に防衛本能がある限り、剣がなくても応戦できる。
「ゲェアァァァッ!」
「もう一発ぅ!」
「ゲゥッ!」
「ダメ押しぃ!」
「ゲ……」
鷲掴み攻撃を回避して、蹴りを数発浴びせる。バニーキックの連続にさすがの空長もフラついて、飛行を維持できなくなりつつあった。なんとか羽ばたきながら、空へ逃げようとする空長。
「矢達ィ! 止めを刺して!」
「ゲェアッ……」
バルジャーに刺さっていた矢が抜けて、フラフラと飛んでいる空長に直撃。弱っているところに数本の矢が勢いよく刺さったんだ。今度こそ空の隊長は飛行能力を失ったと思ったら、まだ飛んでやがる。
「し、しぶとい!」
「お任せ下さイ! 魔導銃!」
「ゲ……!」
ティカの魔導銃が空長の頭を完璧に撃ち抜いた。これで生きていたら、生物じゃない。絶命した空長が羽をまき散らしながら、地面に叩きつけるように落ちる。
「残りも手早く処理しましょウ」
残ったバルジャーもサクサクと魔導銃で撃たれた。なかなかの命中精度で、逃げる暇も与えずにバルジャー達は全滅。渓谷に静けさが訪れる。
「ティカ、助かった。ありがと」
「いえ、狙いがうまくつけられずに後手に回ってしまいましタ。手負いでなければ、当てられませんでしタ」
「いや、あそこで止めを刺してくれなかったらまたあの雄叫びがくるかもしれなかったからね」
剣がなくなって本気で焦ったけど、どうにかなったね。ティカの一押しのおかげで、今度こそ完全勝利だ。
「誰が悠長に空中戦なんかやってやりますかってね」
大きく息を吐いて少しの間だけ、生を満喫する。この渓谷ってこんなに静かだったんだな。よく見たら鳥の糞だらけでひどい事になってるし、環境破壊もいいところだ。
「す、すごすぎる……」
「噂には聞いてましたが、かなりの実力ですね……」
はーたん達にも私の噂が届いていたのか。すっかり有名になったもんだね。
「モノネさん、応急処置が終わったので早く戻りましょう! でないと先輩が……」
「もちろん」
「フ、フフ……研修での指導で評価を上げるつもりだったけど罰が当たったかも」
「先輩、なんでそんな事を言うんです?!」
「新人教育にしてはきつい相手だってわかってた……でも、そんな相手を研修の名目で倒せば、私の評価もダダ上がりでしょ……でも結果はダメね、先輩が怪我してるんだもん……」
「立派に後輩を守った先輩の鑑だって証言してあげるよ」
怪我をしたヒヨクちゃんを布団に寝かせながら、安心させる。はーたんの翼が大きすぎて入らないかも。と思ったけど今回もすっぽりと収まった。これ絶対、大きさ変わってるでしょ。
となれば複数人乗りも実現できるわけだ。いつの間にこんな事できるようになったんだろう。
「そういってくれるとありがたいわ……。ごめん、ごめんね」
「先輩の怪我は私の責任ですから……。私こそ、新人研修失敗でクビですね。アハハ……」
「辛気臭い事言わない。解体も済ませたし、急いで帰るよ」
失敗は誰にでもある。ハルピュイア運送がどう判断するかはわからないけど、この二人のフォローなら私が全力でする。後輩を大事にして、きちんと反省できる子をクビにするような組織じゃないと私は信じている。
◆ ティカ 記録 ◆
今回こそ お役に立てて 感無量デス
しかし 命中精度に 難あり 今一度 調整が必要な模様
先輩と後輩 どちらが上ではなく 教える上で必要なもの 教わる上で必要なもノ
互いに学べるからこその この関係デス
マスターの言う通り 大切にすべきものが わかっている事が重要デス
そうすれば きっと成功に 繋がるはズ
引き続き 記録を 継続
「火の鳥ヒヨクかぁ。そういう二つ名ってかっこいいよね」
「先輩の他にも"漆黒の翼"とか"暗夜に舞う影"だとか、かっこいい二つ名がたくさんあるんですよ!」
「へぇ。でも暗夜に舞う影ってさ、暗夜で舞ったら影も何も見えなくない?」
「え、そ、そういえば、そうですね」
「本人はどう思ってるんだろ」




