ブラッディレオを討伐しよう
◆ フィータル草原 ◆
「こっちはソードホースにヤンバルホーン……全部、食い散らかされてやがる」
草原の魔物が軒並み、襲われて殺されていた。どれも同じような状態だから、きっとブラッディレオに違いないとフレッドさんは言う。中には戦闘Lvが10を超える魔物も殺されていて、このままじゃ草原の魔物が全滅しかねない。
「この辺りは岩場も多いし、草陰もあって奇襲にはもってこいだな」
「その辺はティカの生態感知があるから心配ないよ」
「皆さん、この先に反応がありまス。二つの生体反応に対して一つ」
ティカの感知に引っかかったのは多分、あの兄弟かな。布団を加速させて現場まで急行しよう。3人乗りでちょっと窮屈だけどしょうがない。
「いましタ!」
カンカン兄弟が背中を合わせて戦っている相手は、草むらに隠れている。真っ赤な鬣に体毛、そして目。何もかもが赤い。見た目の時点で殺戮を生業としてるとすぐわかった。
「ブラッディレオはああやって獲物から逃げつつ、草むらから奇襲するのが得意なんだ。ヒット&アウェイで攻めてくるから、場慣れしてないと狩られるぞ」
「隠れている赤ライオンがどこから攻めてくるのか、わかってない感じだね」
チビの弟のほうが片腕から血を流して抑えている。兄のほうも全身を爪か何かでやられたのか、出血がひどい。
「弟よ! ここは無理をするな!」
「兄よ、問題ない! クソッ! 奇襲なんて、ずる賢い真似しやがって!」
「ここは俺が……うぅ……」
「兄! 兄よ!」
兄が膝をついて呼吸を荒くしている。予想以上のダメージっぽい。あんなのでも見殺しにするのは気分が悪いから、助けよう。
上から奇襲してやれば、すぐ終わるんじゃないかなという事で布団から剣を持って飛び降りた。
「……!! グォウッ!」
「かわされたぁー!」
「シーラ! 頼む!」
シーラさんが布団の上でブツブツと呟いている。もしや、これは詠唱というやつでは。
「……炎系中位魔法!」
シーラさんの杖から大きな火球が赤ライオンに向かって放たれた。うわ、やばい。なにこれ、魔法かっこいい。こっちで注意を引きつけているから、これはさすがに命中するはず。
「グォウッ!」
「またかわされ……あぶなっ!」
外れた火球が草原にぶつかり、爆破を起こす。衝撃で飛ばされつつも、かろうじて着地。すごいな。私とシーラさんの攻撃を立て続けにかわすなんて。あんなにかっこいい魔法がかわされるなんて。
「おい! カンカン兄弟の弟! 兄のほうは大丈夫か?!」
「兄が、兄が死んじまう! どうしたらいいんだ!」
「シーラ! 応急処置を頼めるか!」
「モノネちゃん、布団を借りていい?」
「いいよ」
布団を降ろしてから、素早くフレッドさんがカンカン兄を乗せる。また上空に逃がしてひとまずの退避は完了。弟のほうは自力で身を守って。
「お、お前ら……兄を助けてくれるのか?」
「弟! お前もその怪我じゃ厳しい! そこを動くなよ!」
「あ、あぁ」
「グォルルル……!」
おっと、赤き獅子が牙を剥き出しにしておられる。だけどすぐには襲ってこないで、また草むらに逃げ込んだ。ガサガサと音を立てて移動はしているけど、見た限りじゃ速すぎて特定は難しい。
「慌てるなよ、モノネ。どうせ襲いかかってくるんだ。だったらそこを狙えばいい」
「まぁティカの生体感知で丸わかりなんだけどね」
「そ、そうだったな」
「なんかごめん」
「北東から様子を伺っていますネ」
せっかくフレッドさんが先輩らしい事を言ってくれたのに、台無しにしてしまった。さてと、これはどうしたものか。達人剣とバニースウェットで倒せない事はないはず。でもさっきの一撃をかわされたとなると、油断はできない。
戦闘Lvこそうろつく番獣よりも低いけど、こっちはきちんと頭を使っている。私の場合はあいつが襲ってきても防衛本能が働いて何とかしてくれるけど、フレッドさんはどうだろう。
「来たかッ! ブーストッ!」
ブラッディレオが飛びかかり、フレッドさんが回避と同時についに一撃を入れる。脇腹に斬り込みを入れたおかげで、赤ライオンの動きが一瞬だけ止まる。見逃さない。
「止めー!」
「ガァウッッ……」
力いっぱいの大振りがブラッディレオを裂く。顔から斬られて少しフラフラした後、ピタリと停止してから力尽きて倒れた。おいしいところを持っていったみたいでちょっと申し訳ない。
「お、終わったか……さすがはモノネ……」
「ちょっと、フレッドさん? どうしたの、座り込んで……」
「俺のアビリティの代償さ。一瞬だけ身体能力と動体視力を高めるけど、体への負担が大きくてな」
「フレッドさん、アビリティ持ってたんだ」
「お前のそれに比べたら、オマケみたいなもんだけどな。ここぞという時に役立つけど、一人の時にこうなっちゃ危ない」
「だから私がいるのよ」
安全が確保されたから布団を降ろしてみた。シーラさんがカンカン兄の応急処置を終えたみたい。ひとまずの出血は防いでいるけど、気を失っている。脂汗もひどいし、このままじゃ本当に危ないな。
「シーラ、モノネのおかげで助かったよ。彼女がいなかったら、仕留めきれなかったブラッディレオにやられていた」
「ありがとう、モノネさん。私、まったく役立てなくてごめんね」
「まぁそういう手柄がどうこうは後にして、まずはカンカン兄を街の病院まで運ぼう」
「お前ら、すまねぇ! 言えた義理じゃないが、兄を頼む!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした弟が土下座をしている。兄弟二人だけで戦ってきたと言っていたし、失いたくないのはよくわかる。これに懲りたら憎まれ口を叩くのはやめてほしいけどね。
「モノネ、頼んだ」
「本当は全員、乗せられたらいいんだけどね。私とカンカン兄だけで先に街へ帰るよ」
「こっちは問題ない。ブラッディレオの解体もこっちで済ませておく」
「じゃあ、先に行ってるね」
フレッドさん達を置いて、布団でランフィルドを目指す。地上を眺めてから、寝かせている兄を見て思った。緊急事態とはいえ、男を寝せるのはどうにも抵抗あるな。
「お前……俺を助けてくれるのか?」
「あ、起きたの。見殺しにすると思った?」
「……逆の立場なら見殺しにしていただろうな」
「冒険者ってさ、互いに助け合ったりするもんじゃないの? 見下してばっかりじゃ、こうなった時に困るでしょ」
「親の顔を知らない俺達は、生きる為にかっぱらいでも何でもやった……誰も助けてくれないと悟った時から、誰も信用しなくなった」
「あぁ、そういう境遇なら何も言えません」
思った以上に過酷だな。引きこもりの身の上で何を言えようか。生まれの違いがここまで響くとは。人は生まれだけは選べない。その後の人生を選ぶ難易度は、生まれた時点で決定している。
その手で道を切り開けなんていうけど、切り開けた人が切り開けなかった人に言うのはなんか違う。と、そんなのはどうでもいいか。少なくとも、カンカン兄弟は切り開いている側だ。
「俺達はお互いしか信用してなかった……う、うぐっ……」
「ほら、怪我してるんだからベラベラ喋らないほうがいいよ」
「そ、そうだな……それにしても強いんだな、お前……もしかしたらザイードよりも……」
「いいから寝てなさい」
そのザイードが気になるけど喋るなと言った手前、質問するわけにもいかない。そもそもこの兄弟はなんでランフィルドに来たんだろう。向こうで仕事がないとか、いろいろ考えられるけど答えなんて出るはずがないし割とどうでもよかった。一仕事を終えたし、さぁて寝るか。
「弟よ……ムニャムニャ……先に行け……」
「さすがにこの人と同じ布団に入るのは気が引ける」
「僕も、マスターが彼と寝るのは我慢なりませン」
広いフィータル草原を越えてランフィルドが見えてきた。ん、ちょっと待て。この人、結構な長身だよね。だったら布団のサイズが合わなくて足が出ていいはずなんだけど、すっぽり入ってる。私もしっかりと横に座れているし、縮尺が変わってる? これはもしや。
◆ ティカ 記録 ◆
ブラッディレオ なかなかの魔物でしタ
戦闘Lv20との事ですが 僕の計算では 25相当デス
個体の中でも あの魔物が 突出しているのかもしれませン
あの魔物は この辺りに生息していない 魔物との事なので どうも きな臭イ
その辺りが 突出した個体の強さと 何かが 関連していそうですが 気のせいである可能性モ
アスセーナさんが言った通り 戦闘Lvだけを 妄信するのは 危険
思い上がった兄弟も 痛い目を見ましタ
あの慢心を 改めれば きっと いい冒険者になれるはズ
思い改めたのならば マスターに感謝するのデス
マスターといえば しまっタ
また 僕は 何も 活躍していなイ
いえ 奴が 速すぎて 照準を 合わせられなくて
ひ 引き続き 記録を 継続
「ブラッディレオにはかわされちゃったけど、やっぱり魔法はすごい」
「高威力である分、詠唱時間や発動時のラグを考えると武器による戦闘に分がありまス」
「武器で手に負えない相手でも一発でドカーンだもん」
「武器でもスキルを駆使すればいいのデス。ストルフのエアスライサーが好例ですネ」
「かっこいいなー」
「マスターのほうが美しく気高いデス」
「ごめん、さっきからフォローしてくれてるんだよね。いつも通りで気づかなかった」




