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決闘しよう

◆ ランフィルドの門前 ◆


 決闘の場所は立ち合い人さえいれば、どこでもいいらしい。王都の冒険者ギルドなら決闘場があるらしいけど、この街のギルドにはないみたい。街の中は辺境伯が許可してくれなかったから、結局ここに落ち着いた。


「一応、私が立ち合ってはいるが基本的なルールはギルドに従ってもらいたい」

「辺境伯。お忙しい中、お越しいただいて感謝します」

「冒険者諸君には日々、助けられているからね。だからこそ、こういったトラブルの行く末も見守りたい」


 この街の領主様まで来たからにはもう汚いところは見せられないぞ、ストルフ。あの言い方からして、本当はトラブルなんて起こさないほうがいいんだろうな。当たり前か。


「あの子の実力は知っているが、相手はストルフだぞ……」

「"ハンターシェフ"ストルフ、戦闘Lv40近い魔物を仕留めて食材として持ち帰った話は有名だよな」

「戦いも料理も出来るから、いろんなところが欲しがっている逸材だし……それに引き換え」

「ウサギだもんな」

「しかも布団」

「なぜ布団」


 意外と皆さん暇なのか、冒険者から一般の人達まで結構集まっている。あっちのネームバリューが思ったよりすごくて、何気に戦闘Lvまで判明してしまった。40近い、か。じゃあ、この人に勝てば私の戦闘Lvはその辺りになるのかな。


「モノネさん、がんばってー!」

「間合いを詰めて瞬殺ですよー!」

「薬使う?」


 アスセーナちゃんの無茶振りやレリィちゃんの謎発言のせいもあって、イルシャちゃんの声援が心地いい。


「始める前に確認しておく。私が勝ったら、この街に定住させてもらう。その暁にはそこの裏切り者どもにはいろいろ覚悟してもらわんとな」

「ヒッ……」


 ストルフが元部下達をジロリと一瞥する。考えてみたら自分達の命運がこんなウサギファイターに託されてるんだから、気が気じゃないよね。それでも信じてくれたからには期待に応えたい。


「いいよ。そのかわり私が勝ったらきっちり出ていってね。二度とこの街に近づかないで」

「領主や支部長の手前だ、いいだろう。そんな可能性など微塵もないのだがな」


 ストルフがやけにでかい包丁を両手にそれぞれ持って構える。さすがに調理用の包丁じゃ戦わないか。ギロチンバニーと達人剣、布団君。本当に頼んだ。


「大人しくしていれば目をかけてやったものを。宣言しよう、君では私には勝てん」

「お手柔らかにお願いします、先輩」


「双方とも、準備はいいな? ルールを一応確認する。

殺すな。私が危険と判断した段階で試合を止める。その際の判定はもちろん私だ」


 船長が審判役をやってくれている。この人の合図と同時に戦いの始まりだ。


「始めッ!」


 本能がそうさせたのか、反射的にストルフから距離をとる。その直後、乱れた風圧が何度かあいつから放たれる。あの大きい包丁みたいなのですでに攻撃したのか。


「ほう、乱斬りの射程から逃れるとはな。これで大体は決着なのだが。ならばこれはどうどぅえぇぇっ!」


「ヒット!」


 ウサギちゃんの瞬発力を舐めてはいけない。そんなセリフの合間に間合いを詰めて蹴りを一発ドカンよ。すかさず跳んでかかと落としが肩にヒット。


「ぐあぁっ!」

「ツーヒット!」


 からの足払い。畳みかける怒涛のコンボで転ばされたストルフに剣先を突きつける。

これで勝負は決まった。


「はい、私の勝ちね」

「ふっ、ふざけるなぁ! エアスライサーッ!」


 またもや身の危険を感じて回避。見えない何かが寸前のところをかすめていった。私が殺さないのをいい事に、普通は降参する場面でまた攻撃してくるとは。


「これもかわすか……!」

「何今の? 真空波的な?」

「微塵斬りッ!」

「危ないって」


 巧みなデカ包丁の斬撃が私を斬り刻もうとしてくる。エアスライサーがしつこく放たれてくるわ、乱斬りで寄せ付けないわで必死だ。


「バカめ! 獲物を前にして手を緩める奴がいるかぁ! 狩場ではな、生きた奴が勝つのだよ!」


「いきなり勝負が決まったかと思ったら、さすがはストルフさんだな」

「正論ですね。やるなら身動きとれなくなるほど痛めつけるべきでしたよ、モノネさん」


 先輩方の冷静な見解を受け止めつつ、今までの相手と比べて段違いだとようやくわかった。あのエアスライサーとかいう見えない遠距離攻撃、いいな。達人剣、君も少しがんばってみないかね。


「モノネ、貴様は確かに強い! しかし狩人としては五流だな! もう二度と我が間合いに立ち入れると思うな!」


 乱斬りとエアスライサーをかいくぐって接近できるかな。布団君の速度じゃまず無理だし、それじゃここはウサギさんでいきますか。

 ラビットイヤー全開。まずはエアスライサーを音で判別する。空気の振動音を聞いて、軌道を読んでかわす。乱斬りの隙は速さと達人剣の力でこじ開ける。


「くぅっ! だがなぁ!」

「おおっと」


 一度くらい剣でデカ包丁を弾いてもすぐに持ち直してくる。さすがに言うだけはあるし、実績もついてくる強さだ。なんて新人に賞賛されるまでもないか。でもお忘れか。私の武器が剣だけじゃない事を。


「もらっ……んぐっ!」

「隙あり」


 死角から布団君に近づいてもらってからのまくら攻撃。ストルフの顔にまくら君が飛んできて見事に視界を奪った。じゃあ、遠慮なく攻撃させてもらいましょうか。


「とおりゃぁぁっ!」

「ぐふぁぁっ!」


 全身に数発のパンチと蹴りを入れて、ストルフをダウンさせる。さっきの一撃も相まってダメージが蓄積したのか、ストルフは今度こそなかなか立ち上がれない。


「あ、あがっ! まだ、だ……」

「船長、これは勝負ありだよね?」

「いや、待て」


「この私がこんな小娘に……ありえん! クソクソクソクソォ!」


 フラフラながらも立ってまた構え直す。これ以上やったら大事になりそうなんだけど、私はどうしたらいいんだろう。何発も浴びせたはずなのに、さすがにタフだ。口の端から血を流しながらも、まだやる気だ。


「いいか、ストルフ。奴はウサギだ、私はこれからウサギを狩る。もちろんお客様のディナーとしてお出しするのだ。なぁに、高級食材とは言い難いが私の腕ならば問題はない。すぐに貴族のパーティに出しても恥ずかしくない品になる」

「ちょっと、何言ってんの?」

「しょせんはウサギだ。あの魔獣に比べたら、速さだけが取り柄で動きもまるで素人だ。面食らったがもう負けん。ストルフよ、お前はギルドからもアイアンの称号を確約されているのだろう? たかがウサギ一匹に何を手間取っている」

「さっきからウサギ扱いしてくれてるけど、現実はこれですけど」


 煽ってみてもブツブツと独り言を繰り返してるみたいで、私の言葉は届いてないっぽい。なんだか嫌な予感がするな。意味もなく負け惜しみを言う必要があるのかわからない。これはもしや自己暗示にかけて、奮起しようとしているのかも。


――あ、でもだいぶ前に酒に酔って喋ったな。『私のアビリティは人間相手には役立たん』とか何とか


「まさか」


 ウソでしょ。こいつ、もしかして私相手にそのアビリティを使おうとしてるの。なんだかとてつもなくやばそう。攻撃? 退避?

 私の判断はとりあえず防衛本能という形に落ち着いて、バニースウェットはストルフから距離を取ると判断したらしい。


「さぁて、狩りの時間だ。キヒヒヒ……」


 ストルフの目が充血して、気持ち悪いくらい口角が歪んでいる。さっきまでと明らかに雰囲気が違う。


「かぁぁっ!」


 攻めてきたと思ったら速――


「あぶなっ!」

「逃げても無駄だぁ! このウサギめぇ!」

「ひゃっ!」

「スキル……微塵斬りッ!」


 刃の乱舞をかわし続けてはいるけど、さっきよりも速さも精度も段違いだ。反撃に転じる隙がなかなか見つからない。弾いても弾ききれず、防戦一方だった。


「モノネさん! 彼はあなたをウサギと見なしているので、身体能力などが大幅に向上しています!

そしてあなた自身の身体能力も低下させる……それが彼のアビリティだと思います!」

「なにそれぇ!」

「相手を獲物と見なして自身と相手の力を上下させる……つまり、ストルフさんはあなたを殺しにかかってます!」

「人間相手に発動しないってそういう……わっ!」


「アビリティ発動……ビーストハンター! 私は獣相手には絶対に負けん!」


 今のは危ない。寸前のところで刃をかわせた。この状態で距離を取るのも難しいし、あのエアスライサーが怖い。ストルフは私をウサギだと思い込んでアビリティを発動したのか。まさかこの恰好が仇になるとは。布団君、お留守になっている足元へGO!


「んぎゃっ!?」


「そぉい!」


 夢中になってるストルフの足元を布団君がはたく。仰向けになって倒れそうになったところにまた一撃。


「ぶふっ……!」

「今度こそ倒れてよ。こっちは別に殺したいわけじゃないんだからさ」

「んぎぎ……なぜ、なぜ当たらない! 私のアビリティは確かに……!」

「んーとね。多分だけど効いてない」

「なにぃ!」

「効いてるけど効いてない?」


「だって私、別に何もしてないもん」


 ナゾナゾの問答で気を引いたわけじゃないけど、ストルフには効果があったみたいだ。起きて態勢を立て直そうとするのが一瞬遅れたところへ、顔面に思いっきりパンチ。


「さっきも散々殴る蹴るしたけど、今度は部下の人達の分だよ。ウサパァンチ! もういっぱぁつ!」

「ま、待っ……ごふっ! ぎゃっ!」


 鈍い音を何度か響かせた後、すかさず今度は剣でバッサリと斬った。


「ぎゃぁあぁぁ!」


「さすがに遠慮はしないよ。殺意ムンムンで攻めてきたのはそっちなんだから恨まないでね」


 胸元を軽くなでるように斬ったつもりだけど、思ったより出血がひどい。戦闘用のコックコートなんだろうけど、それも切り裂いてしまった。


「勝負あり! そこまでだ! すぐに手当てを!」


 船長が試合終了宣言をしたと同時に、ランフィルド病院から来た人達がストルフに駆けつける。迅速に応急処置が行われる中、ストルフの目だけが私に向いていた。


「バカな、バカなぁ……小娘ぇ、お前何者だぁ……」

「モノネです」

「ふざけるんじゃないぃ……この一流がこんな無様に負けるなど……クソォォ!」


「喋らないで下さい! 傷口が広がります!」


 何者だと聞かれた場合、なんて答えるのがいいのさ。さっきの答えを教えてあげたかったけど、やめた。教えるメリットがない、ただそれだけ。さすがにこうなってしまったら哀れなのか、元部下の人達も静かにストルフを眺めていた。


「マスター、お疲れ様デス」

「結構強くて疲れた」

「お飲み物をお持ちしましタ」

「あれ、なんか気が利く」

「レリィさんのお手製ですネ」

「あぁ、レリィちゃんか……ぶっっ! にがっ!」


「元気になる薬が入ってるよ」


 出来ればおいしくて冷たいものがほしかった。なんかこう、ズレてる。


「モノネさん! やったね!」

「イルシャちゃん、これで飲食店の平和は守れたよ」

「考えてみたらモノネさんの身体能力が下がろうと関係ないんですよね。スウェットがやってくれるんだから」

「バラさないで。ていうか絶対知ってて叫んだでしょ、アスセーナちゃん」

「そんな事ないですよー」


 なんであの一瞬でそういうアビリティだって見抜けるのさ。さすがというか、戦闘センスが尋常じゃない。はー、それにしても今回はさっくり勝利とはいかなかったな。さすがにブロンズの強者。

 といってもまだこっちが手加減してた分、余裕はあったかな。なんて考えてたらイルシャちゃんが介抱されているストルフの元へ歩いていく。


「小娘ぇ……何の用だ、嘲りにきたのか……」

「あなたの腕を認めてないわけじゃありません。でも今回は約束通り、出ていって下さい」

「……畜生、調子に乗りやがってぇ」

「いつか気が向いたら、あなたの料理をこの街で提供してほしいわ。ほら」

「なに……」


「うまかった! べらぼうに高いけど、その価値はあったぞ!」

「もっと庶民に優しい価格に抑えてくれたら通うぞ!」

「貴族だけじゃなくて俺達にも食べさせてくれたら、もっと有名になるんじゃないか?」


 あれはストルフのブースに来ていた人達だ。売り上げでは私達が勝ったけど、あっちだって決してまずかったわけじゃない。あっちにはあっちのお気に入りがきちんとついている。数の問題じゃないんだよね、きっと。


「フン……味覚トンチキどもめ」

「まだそういう事言うのね」

「いつか逆襲してやる。そうなった時は君らの店になど、まったく客は寄り付かんだろうな……」

「そう。それじゃこっちもがんばらないとね」


 あら、なんかいい感じになってる。さっきまで超悔しがってたのに、なんか毒気が抜けたみたい。私に負けたからというより、イルシャちゃんが浄化したのかも。そして今度はシュワルト辺境伯がとぼとぼとやってくる。


「モノネ君、君の活躍は私にも聴こえているよ。立派になったね」

「どうも」

「ブロンズの称号はほぼ確実だよ。そうなったら王都で授与するのだったな、支部長?」

「そうですな」


 ここで貰えるわけじゃないのね。王都か、遠そうだし面倒だな。まぁ貰えると決まったわけじゃないし、まだまだこの街でぬくぬくしよう。


「さて、介抱もいいが彼に聞きたい事があってね」

「お供します」


 船長と辺境伯が急に険しい顔つきになって、ストルフのところへいく。まさか裏工作がバレたわけじゃないよね。だとしたらあのウェイターさんも芋づる式に捕まっちゃうけど。


「ストルフ君。君がこの街へ来た本当の理由を教えてほしい」


 どうやら違ったみたい。なんか話し込んでいるけど、あの人が無事ならいいや。もう疲れたし、このまま布団に倒れ込もう。


◆ ティカ 記録 ◆


ハンターシェフ ストルフ 戦闘Lvは35以上と予測

ならば マスターの戦闘Lvも それに相当するが 更新されないものカ

あの達人剣 ここにきて まだ何のスキルも 出していなイ

あれほどの相手でも 底を見せるには まだ早いということなのか それとも


辺境伯と船長 一体何を ストルフと 話していたのカ

不穏な気配を 感じてしまウ

どうも ギンビラ盗賊団に関連した 話なのか

マスターは お疲れのようなので 僕が 彼らの話を 聞いておこウ


引き続き 記録を 継続

「エアスライサーってスキルさ、あれどうやってるのかな。遠距離攻撃がほしくなってきた」

「あれば便利ですけど、下手にそちらの体得にかまけてしまうと長所を殺しかねません」

「それはなんとなくわかる。メン料理以外が苦手ならメン一本で勝負したほうがいいよね」

「そうです。剣技も学業も本来はすべて出来る必要はないんですよ、本来は」

「あ、はい。私も短所には目をつぶって寝る」

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