準備しよう
◆ 警備隊 詰め所 独居房 ◆
「あなた、名前はなんていうの?」
「申し訳ありませン、昔の事なので記憶がないのデス」
警備隊詰め所の中にある独居房で完全に頭が冷えた。女の子だから雑居じゃなくて独居にしてくれたみたいで、これは不幸中の幸いだ。
状況は全然優しくないけど。狭いし臭いしベッドらしきところに置いてあるかけ布団が黄ばんでいてひどい。絶対長い間、洗ってない。私の布団君とは大違いだ。
それよりもこの人形、冷静になったついでにコミュニケーションをとってみたけどわかった事はほぼなし。わかったのは昔に作られたものだという事だけ。うちの地下室に放置されてた時でさえ埃まみれだったから、パパも長らく触ってないんだと思う。
「まぁあなたの事もいいんだけどまずはこの状況、どうしたもんかね」
「マスターの戦闘力、拝見しましタ。倒すというのは本当だったのデスネ」
「ま、まぁね」
今日の件は多分、このギロチンバニースウェットが私の言う事を聞いてくれたからだ。この服、レア物な上になんと本物のギロチンバニーの毛皮が少しだけ使われている。ギロチンバニーといえば、かわいい外見からは想像もつかないほど凶悪で知られている魔物だ。
これほど小さくて強い魔物はいないともっぱらの噂で、中にはドラゴンの首すら切り落とす個体もいるとか。あの俊敏さと執拗に頭や首を狙った動きはギロチンバニーの動きなのかなと睨んでいる。私の力は、触れて命令を出さないと物は動いてくれないはず。
だけど、さっきので肌身離さず持ち歩いているものなら心の中で念じるだけでいいという仮説を立てた。他にも条件があるのかもしれないけど、それは後で要検証。なんで今まで気づかなかったんだ、自分の力がこんなに素晴らしいなんて。
「マスター、何をしてるのデスカ?」
「ん? ちょっと寝る前のストレッチ的なアレをね」
「なるほど、さすがはマスター」
本当はこのスウェットがどこまで動けるのかを確認してるだけ。右手を上げろとか、細かい指示も受け付けてくれる。
そしてさっきみたいにあの警備兵を倒したいと思えば勝手にやってくれる。かなり融通が利くとわかったし、後は他のものでも検証したいけど今は無理だ。
だから明日、もし何かやらされるにしても警備兵にお願いする事がある。
「さってと、寝……くっさ!」
鼻腔を刺激されたから、仕方なく床で寝よう。洗ってほしい。
◆ 次の日 ◆
「よし、出ろ」
早朝、昨日の冷静だったほうの警備兵が起こしにきた。独居房のドアの外で、寝ぼけまなこの私を睨んでる。あぁ、そうか。ついに何らかの判断が下されたんだ。
「辺境伯のところへ?」
「いや、すでにお越しだ」
「えぇ? 辺境伯自らが?」
辺境伯、なんか偉い人というイメージしかない。そんな人が私ごときに会いにくるなんて、これは普通じゃないぞ。
「シュワルト辺境伯は気さくな方だが、言葉には気をつけろよ。国王から直々に国境付近のこの辺り一帯を任されている他、様々な方面にも深く権力が及ぶ。当然、敬意を払って接する必要がある」
「そんなにすごい人なんだ」
「元々は小さな町だったここを、都市と呼べるほどまで大きくした手腕は国王も舌を巻いているという話だ」
「ふーん……。そういえば、昨日私がノした警備兵の人は?」
「怪我も考慮して今日は非番だ。しばらくは顔を合わせないほうがいい」
やっぱり恨んでるのか。先に手を出したのは私だけど、前から横暴で知られている奴をどうにかしないここの人達にも責任がある。どの引きこもりが責任を語ってるんだって話だけど。
「お連れしました、シュワルト辺境伯」
「ご苦労さん。さぁ、モノネちゃん。かけたまえ」
汚い詰め所の一角にあるイスに腰を掛けている姿が似つかわしくない。バスローブみたいな服に、くせ毛が目立つ金色の髪。面長の顔にちょびヒゲ。多分50歳くらいかな。パパより年上だろうけど、皺がほとんどない。
この人がシュワルト辺境伯か。確かになんかこう、オーラが違う。こんな場所でさえ、気品が感じられるというか。
それより護衛っぽい人が怖い。3人とも兜で顔が見えないし、鎧の魔物と言われても納得できる風貌だ。目つきはわからないけど、私をギロリと睨んでいそう。
「君がシャウールの娘だね。小さい頃に一度会っているんだが覚えてないかな?」
「えっ?! えーとぉ、すみません」
「本当に小さい頃だったからね。いやしかし、大きくなったものだ」
まさかパパと知り合いだなんて思わなかった。まぁパパも有名な商人だし、こういう偉い人と面識があっても不思議じゃないか。私のほうは本当に覚えてないけど。
「軽い挨拶はこのくらいにして、君は自分の罪を不問にしたいと申し出たそうだね」
「はい、申し出てしまいました」
「その意気込みを買おうじゃないか。では私が課したクエストをクリアすれば不問としよう」
「い、いいんですか?」
「自由と意思を尊重する、君の父親の信条だよ。だから君が自堕落な生活をおくっていたとしても、それを尊重したのかもしれないな」
引きこもりという事実がバレている。小さい頃にしか会ってないはずなのに。もしかしてパパが赤裸々に私の現状をこの人に話したのかもしれない。あり得る。いざこういう人に指摘されると恥ずかしい。
頬を赤している私がおかしいのか、シュワルトさんは面白そうに口元だけで笑った。
「だが予め言っておこう。このクエストは冒険者や警備隊含めて、何人もの殉職者を出している。
思った以上に長引いていてね。今一、戦力の割り当てがうまくいかないんだ」
「つ、つまりそれは命の保証がない雰囲気ですか?」
「微塵もないね。何せ相手はあのギンピラ盗賊団なのだから」
盗賊団。てっきり訳の分からない魔物退治かなとも思ったけど、ちょっとだけ安心した。魔物相手よりは気が楽だ。後はこのバニースウェットがどこまでやれるか。
「規模はボスを含めて5人程度なんだが何故か、やたらと腕の立つ連中でね。特にボスのゴボウには討伐隊として派遣した者が何人も殺された上に逃げられている。このままでは辺境伯の爵位を返上しなくてはいけないなぁ」
「け、警備兵なら私も倒しましたし」
「ここら辺でも度々犠牲者を出しているオオサラマンダーすらも簡単に狩るような奴だ。
しかも捕まえた人間をオオサラマンダーの餌にしてから食っているとかいう、真偽がわからん情報まである」
「オ、オオ、サラマンダー……」
「全長が君の見下ろすほど大きいトカゲだ。爪がかすっただけでも血が止まらなくなって死に至るらしいね」
この人、わざと脅かしているのか。本当の事だとしたら、私ごときの手に負えるわけない。よし、断ろう。
「あの、やっぱり」
「終身刑か……」
「はい?」
「いや、こっちの話だよ」
はい、そっちの話はこっちの話。元々は自分で言いだした事だし、ここで逃げると面倒な事になる。パパの知り合いならちょっと期待したけど、まったく情状酌量の余地なんてなかった。
「あの、シュワルト辺境伯。一つだけお願いがあるんです」
「何かね?」
「盗賊退治の前にやっておきたい事が」
「わかった。この町から出ないのであれば許可しよう。ただし今から伝える集合場所にはきちんと来るんだよ」
「あの、あのあの、それと、すこーしでいいので準備資金をいただけたらなと」
「そのつもりだよ。持っていきなさい」
断られたらどうしようと内心焦ったけどなんか優しい。今の私に思いつく限りの事はやっておく。
しかし、初めて会った人にこんなに図々しい申し出が出来るなんて私自身ビックリだ。
◆ モノネの家 ◆
まずは懐かしの我が家に帰還。使えるものは使う、だから君達にも強力してもらおう。
「布団君、本棚君。私についてきて」
「マスター、そんなものが役に立つのデスカ?」
「使えるものは使う。何せ命がかかってるからね。いざとなったら、あんたにも協力してもらうよ」
「かしこまりましタ」
ふわふわと布団一式と本棚が浮き出す。ゴブリンのフィギュアはゴブリンっぽい動きですばしっこかったけど布団と本棚が浮くのはどういう原理だろう。やっぱり私が長年愛着をもって使ってる物のほうが効果が現れるかもしれない。
布団の上に乗り、思いのままにコントロールしたまま屋敷を出た。魔法の絨毯で移動する魔女は本で知ってるけど、布団というのはあまり恰好ついてないかも。寝れるし、いいかな。
◆ 武器屋 ◆
「お次は武器屋っと。辺境伯に場所を聞いておいてよかった」
「へい、いらっしゃ……」
変なバニースウェットを着た少女がほぼ手ぶらで入ってくるもんだから、そりゃ固まる。何だこいつみたいな、おじさんの視線がホントつらい。
だけど冷やかしじゃなくてきちんとした客なんだな、これが。こんな華奢な子どもに武器なんか扱えるのかという疑問をお持ちならもっともだ。武器なんて振るえるどころか持てやしない。だけど私の力なら、ひょっとしたらひょっとするかも。
眺めてみたものの、よく知る剣みたいなオーソドックスな武器や用途不明の武器まで壮観だ。何かないかと探していると一際目立つものを発見。古びた大きい剣で、一つだけ片隅に寂しそうに置かれていた。
なんだろう、他に新しくてよさげな武器がたくさんあるのに妙にアレに惹かれる。なんとなしに触っていると、何かが聴こえた。
――――……え……かえ……我……振る……え……
「うわぉっ!」
「なんだ! どうした、お嬢ちゃん! 怪我でもしたか! だから言わんこっちゃない!」
おじさんが飛躍して心配してくれた。手を離すともう聴こえない。これはあの人形と同類? いや、こっちは完全に剣だ。勇気を出してもう一度触れてみるけど、今度はひんやりとした感触と錆臭さを感じるだけだった。
「あれ、普通に持てる?」
「す、すごい……お嬢ちゃん、見かけによらず怪力だな」
「これ、古びてるけど中古品?」
「そうだな。いつだったか、客が売りつけていったんだよ。これじゃタダ同然での買い取りになるよと言ったんだがな」
「ふーん、これ下さい」
「買うのかい? いいけど、もっと他にいいものあるよ?」
「下さい」
腑に落ちないといった感じで、おじさんが会計を済ませてくれた。軽いどころか、まるで手足のように扱える気さえする。浮かしたりできないものか、ここで試すとおじさんがひっくり返りそうなのでやめておく。
一通り物色した後、いよいよ覚悟を決める。自分が言い出した事だけど気が重い。
「はぁぁ……ま、私一人じゃないし」
昨日と今日で久しぶりにかなり歩いて疲れた。やっぱり私には布団に運んでもらうのが似合ってる。予め外に待機させてた布団に乗った後、店の入口から覗いた武器屋のおじさんの軽い悲鳴が聴こえた。
◆ ??? 記録 ◆
自らの 力と 向き合い そして 高めようとしている姿が かっこいいデス
己の 力と 向き合えず 潰れる者も いル
その点 マスターは 生来の 楽観性が 功を成したと いえるかも しれなイ
追いつめられたら それなりに 考えて動く様は 見直しマシタ
ご褒美に 今度 職を見つけて あげまショウ
引き続き、記録を継続
「ここはどのような町なのデスカ?」
「辺境都市ランフィルド。昔は小さな町だったらしいね。今は宿や飲食店がいくつもあって、なんか広い」
「大雑把な情報ですネ」
「半端に引きこもってる身じゃないんで」