ランフィルド食祭を楽しませよう 2日目
◆ 定食屋 "炎龍" 夜 ◆
――カチャカチャカチャカチャ!
――カンカンカンカン!
「うおぁ! しょ、食器が勝手に!」
「ようこそ、侵入者さん」
裏口から侵入してきた男が、罠にはまってくれた。食器達に私達以外の誰かが入ってきたら、音を鳴らしてくれと命じておけばこうして知らせてくれる。
ドア君に鍵開けされても絶対に開くなと命じてもよかったんだけど、ここであえて犯人を捕まえておく。雇い主の逃げ道を断つためにね。
「おやおや? あなたは向かい側のブースで見た事があるなー?」
「クッ! もうヤケクソだぁ! ぐはぁッ!」
そのセリフはいらなかったと思う。どうせ攻撃してくるだろうなと思ったけど。蹴りが見事、みぞおちに入って戦闘不能。といってもストルフの店のウェイターだし、多分戦闘能力もほとんどないかな。倒れている隙に、これでもかってくらいロープでグルグル巻きにして捕獲完了。
「やっぱり失敗か。もうどこにもいられないな……」
「その袋に入ってるのは?」
「薬品だよ。これを食材に撒けって指示を受けた」
「明らかな妨害だし、犯罪だよね」
ウェイターが押し黙る。だから私は素直に思った事を質問してみた。
「聞きたいんだけどさ。なんでこんな事までしてあんな奴のところで働いてるの?」
「この職一筋でやってきた俺が再就職先を探すとなると……うっ、ううっ……それに仕事は嫌いじゃないんだ」
「一流レストランで働いていたんだから、立派な職歴を買ってくれるところもあるよ」
「世の中そんなに甘くないよ。ただでさえ激務で死にそうになりながら職探ししてるんだぞ……うっ、うっううっ……」
「泣かない、泣かない。あのさ、あいつに義理を感じてないなら、こっちで働いてみない?」
「そ、そんな事出来るもんか」
「あっちでいくらもらってるのか知らないけど、たんまりお金出すよ。それに辺境伯でも何でも頼めばマシな職くらいあるでしょ」
「君は一体何なんだ……」
私みたいな適当な奴が楽をしてる一方で、真面目に働いているのに報われないなんて許さない。職探しもしないし、やりたい事もないからといってブラブラしてる身だからこそだ。だから、働いている人は素直に尊敬したい。
◆ ランフィルド 中央通り "炎龍"ブース ◆
「今日は最終日! ここで油断しないように精一杯お客さんを満足させましょう!」
イルシャちゃんの気合と共に一日が始まる。昨日と同じ呼び込みで掴みはオーケー。向こうのブースは昨日のアレで懲りたのか、呼び込みをしていない。こっちにいるウェイターが欠けているから、ストルフの顔が悪鬼みたいになってる。当たり前だけど、作戦失敗を予感しているな。
「ここー! ウサギさんがいるお店ー!」
「パパー! はやくー!」
「魔法使いさんー」
「ぼ、僕ですカ?」
「しゃべったー!」
私のフォルムが功を成したのか、お子様連れを多く獲得できているのは大きい。こんなウサギファイターでいいなら、いくらでも拝みなさい。ついでに耳を動かす。耳をピクピクさせると子ども受けしまくりで、人気者だ。ティカにはかわいそうだけど、私と一緒に広告塔になってもらおう。
「お客様、こちらの席へどうぞ」
「ありがとう」
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「おう」
「こちらへどうぞ」
あのウェイターさん、さすがに一流店で働いていただけあってお客さんの誘導がうまい。昨日までは適当に座ってもらっていたから、数人用の席に一人で座らせてしまっていた。しかも先にきたお客さんが誰なのか、私にわかりやすいように区分けまでしてくれている。それでいてお年寄りなんかはあまり歩かせないために入口に近い席と、本当に細かい。
荷物の持ち運びなんかもぬかりない。地味なところだけど、こういうサービスの積み重ねがお客さんを呼び寄せるんだな。実際、この働きぶりを見た人が店に入ってきている。そして食べ終わったお客さんにはきちんとお礼も言う。当たり前なんだけど忙しくてイルシャちゃん達も言えない時があった。こんな人材を薄給でこき使っていたストルフは、こちらのウェイターさんを睨みつけている。
「この私に牙を向けるとはなぁ。いらん事を喋っていないだろうな」
喋りましたね。あなた終わりました。まぁどうするかは祭りが終わってからにするけど。
「フーッ、食った食った。あぁ動けねぇ……」
「ドリンクをどうぞ」
「お、ありがとよ。小さいのにお手伝いかぁ、偉いなぁ……ん? うまい! このドリンクはまさか君が?」
「お腹がいっぱいで苦しい時に飲むと楽になるの」
レリィちゃんも、お客さんに合わせて配合したドリンクを配っている。小さい体で一生懸命お手伝いしてるから、年配の人からも人気が高い。
「あそこがエフェレストか!」
「どれどれ、今あってるのはレッドホーンのシャトーブリアンを使っているだと?! すげぇ、これって本店でも滅多に食べられないメニューだぞ!」
「早く行かないとなくなるぞー!」
急にあっちの客入りが多くなった。わざとらしく大声でお店の宣伝までしてる。ははぁ、これが巷でいうサクラという奴ですか。別にいいんだけど、一流を自称しておいてプライドないのかな。いや、すでに地に落ちた行為はしてるけど。
「まずいわね。あの数のお客さんが流れたら、逆転されちゃうかも」
「こっちも負けてないはずですよ」
「アスセーナさん、そんな楽観してる場合じゃ」
「やってるなぁ。二人、入れるか?」
見覚えのある黒髪の二人が気さくに挨拶してくる。腕利きの冒険者、その名も。
「フレッドシーラ夫婦!」
「すげぇ繁盛してるな。正直、ちょっとバカにしてた」
「私をバカにするという事はイルシャちゃんをバカにしているという事。謝りなさい」
「ご馳走になりましょう。焼きメンと冷やしメン二つずつ、フレッドは?」
「俺は両方一つずつかな」
「ありがとうございます!」
いつもなら突っ込むところだけど、今日は大切なお客さんだからスルー。食べすぎでしょ。
「おうおうおうおう! なんだぁこの店は! 器に髪の毛が入っていたぞ! 責任者出てこい!」
「こっちにはアシナガゴブキブリが入っていたぞ!」
チンピラっぽい二人が声高々になんか主張してる。しかも片方は入っていた虫の種類を、一瞬で見分けるほどの知識に長けているみたいだ。テーブルを叩いて周りの客をびびらせてる。これは雇われですね。
「おぉぉい! 聴こえて……」
「周囲に迷惑をかけるな」
「なんだてめ……うあぁっ! か、海賊?!」
振り向いたら海賊船の船長みたいなのがいたら、そりゃ驚く。船長、来てくれたんだ。あなたはいい船長だよ。しかも他の冒険者の方々も勢揃いだ。さて、船長が荒療治を行う前に私がトラブル対応しますか。
「あのー」
「なんだぁ? ふ、布団? 浮いて……」
「それはあなたの髪の毛では? 冷やしメンのトッピングの上に乗っているのなら尚更ですよ」
「は? なんでだよ」
「具材はメンを受け取った後でトッピングするものでしょう。店員のものならばトッピングの下でなければいけません」
「あっ……! い、いや、ちょうど重なったっていうか」
「そっちのあなた、その虫はアシナガゴブキブリではなくアシナガオオキブリですよ。触覚の長さと足の数が違います。間違って入れてません?」
「あ、そうかも……。あぁっ! 違う、違うんだ」
「はい。またのご来店をお待ちしておりません。出ていってね」
「「おわぁぁぁぁぁ?!」」
二人の服をポンポンと軽く触って命令すると、持ち主ごとブースの外まで飛んでいった。
「なんだ、今のは……」
「よくわからんが、ここの店で暴れるとあんな風になるんだろう」
「モノネ、虫には詳しいのか?」
「いえ、全然。適当ですね」
私の答えに、船長がニヤリと笑う。そして何もなかったかのように、手下を引き連れるかのように他の冒険者と一緒に冷やしメンと焼きメンを注文した。他の客は怖がる様子もなく、冒険者達とも談笑しているな。
「この間はありがとうな。助かったよ」
「なんのなんの、また何かあったら依頼してくれよ」
「うちの畑が荒らされてさぁ……」
「それはまずいな。今度、退治しに行ってやるよ」
この冒険者達の地域密着感。大変、素晴らしい。私はつかず離れずの関係を保とう。つまり仕事以外はオフだからノー密着。これぞ勤め人の鑑。
「娘さんよ、わたしゃあまり刺激の強いもんは苦手なんだが、歓迎されんかね?」
「とんでもない! おばあちゃんには、薄味でご提供します!」
「おぉ、ありがとよ。さっきあちらの店でこれを伝えたら、門前払いされてのう」
「出来るだけ多くのお客様に楽しんでいただけるよう努力してます。また何かあれば遠慮なくどうぞ!」
料理の腕じゃあっちに負けてるかもしれないけど、イルシャちゃんは誰にでも食べてもらおうと一生懸命だ。これこそが一流の仕事なんじゃないかな。
「モノネさん! こちらで働いていたんですね!」
「テニーさん、いらっしゃい。冷やしたり焼いたり大忙しなメン料理はいかがか」
「なるほど、様々な経験を積んで物語作りに活かそうという飽くなき姿勢……やはり私が見込んだ子ですな!」
「デビュー目前ですかね。で、冷やすのか焼くのか」
「この暑さの中、心頭を滅却してスウェットに身を包んで仕事に励む。過酷な冒険描写を描くのに必要な経験でもあるね」
「何でもいいから早く注文して」
ゾロゾロと書籍出版屋の方々が入ってくる。私を見たファットがぎょっとして顔を逸らしたから、超見てやった。まぁ客として大人しくしてくれるなら何も言わないさ。
「わっ! 落とし……てない?」
「当店のお皿は落ちないようになってるんで安心して下さい」
落ちる寸前でお皿が勝手にテーブルに戻る。予め、落ちないでと命令しておけばこれも可能だ。使い捨てのお皿ならよかったんだけど、資源の問題を考えるとやっぱりこっちがいいかな。洗い場と水さえあれば、勝手に洗ってくれるしコストパフォーマンスもいい。
「おい、貴様。収益は?」
「あ、あの、少々お待ち下さい」
「お待ち下さいじゃないんだよ。何を手間取っているんだ」
あっちはウェイターさんが一人いなくなったから、いろんなところに手が回ってない。人員のありがたみを知るといい。
そんなこんなで日が落ちて最終日の審判がやってくる。こればっかりは蓋を開けてみないとわからないからドキドキだ。
「営業終了ね……皆、お疲れ様!」
「あぁぁ疲れましたねー」
「だからほとんど汗かいてないよね、アスセーナさん……」
「後片付けはやっておくから、後で売り上げ発表を見にいきなさい」
「うん、ママ。さぁて、どうなってるかな」
本当なら勝った負けたで終わるところだけど、今日ばかりは勝たないといけない。勇気を出してこっちに来てくれたウェイターさんのためにもどうか勝利さん、こっちに。
「皆様、お疲れでした! さて恒例の結果発表の時間がやってまいりました!」
「1位はうちの店だろうな」
「今日は昨日よりも客入りがよかったから自信ありだ」
「ここまできたら何位でもいいさ、お客さんに感謝だ」
それぞれが戦々恐々とする中、看板が運ばれてきた。
1位 炎龍
2位 ドラゴンブレス
3位 ピザキャップ
4位 麗しの雌鶏亭
5位 古里屋
「さすがに各店もしのぎを削ったせいか、順位に変動がありました! 中でもドラゴンブレスさんの追い上げはなかなかのものでしたが、一歩及ばず! 今年の1位は炎龍となりました! 拍手!」
「やったぁぁぁぁぁぁ! 皆、うちが1位だって! やったぁぁ!」
「気合い入れまくって喜びすぎだろぉぉ!」
「うちが1位だなんて……」
私達も嬉しいけど真っ先にはしゃいだのはイルシャ一家。元々の起点は炎龍のメン料理だし、そこから皆で手を加えてがんばったんだ。なんだろう、この達成感。すごい疲れたけど嬉しいみたいな。引きこもりもいいけど、こういうのも悪くない。
「皆さん、すごいです! 私、感動しちゃいました!」
「アスセーナちゃんとレリィちゃん、ありがと。無理いって来てもらってごめんね」
「ドリンク作り面白かったからいいよ。またこういうのやりたいな」
「あ、あの。私からも礼を言わせて下さい。本日はありがとう、ございました……ううっ」
ウェイターさんが涙ぐんでお礼を言ってくる。この人が一番、気が気じゃなかっただろうなぁ。何せ負けたらあちらさんに何をされるか。
「こんのぉ……クッソがぁぁぁ!」
あっちではストルフがコック帽を地面に叩きつけて、やり場のない怒りを露わにしている。ちなみに満腹魔王は11位に転落していた。
◆ ティカ 記録 ◆
微力ながら マスターの力にまぎれて お皿を 運ぶ程度でしたが
僕も お手伝いを させていただきましタ
祭りというのは 楽しむだけならよいのですが 作るとなると 難しイ
誰かが楽しむということは 誰かが苦労していル
しかし その苦労を いとわない方々を見ていると 誰かを楽しませることすら 楽しんでいル
他人の 喜びを 自らの 喜びとすル
そうして 更に 素晴らしいものが 生まれル
僕も マスター以外の お役に 立てるように なるべきかも しれなイ
子どもというのは 怖イ
危うく 帽子を 持っていかれそうに なるなド
マスターに 子どもが 出来た時の事を考えると 少々 不安デス
引き続き 記録を 継続
「あー、ドリンクもメンも最高!」
「冷やしてもよし、焼いてもよし。メンの可能性はまだまだ広がりそうね」
「冷やしたメンを熱い汁につけながら食べるのは?」
「なんかそれ、いける気がしてきたわ」
「マスターこそが可能性の求道者デスネ」
「照れるしー」




