買い出しにいこう
◆ ランフィルド市場 ◆
決戦に向けて買い出しもしなくちゃいけない。通信魔石が置いてある店なら魔晶板で注文できるんだけど、置いてない店が大半だ。だからこうして皆で活気あふれる市場を歩いてる。
「野菜類と忘れちゃいけないのが肉ね。何がいいかな……豚肉にしましょう」
「他の肉だと癖が強くて扱いにくいですし、いいですね。それとコストにも優しいです」
「焼きメンとの相性も良さそうだしね。それと香辛料も忘れないようにしないと」
「それは任せて、おねーちゃん達」
プロ達が相談して進めてくれるから、私のやる事はあまりない。私の仕事は当日だからこれでいいんだ。味見だけじゃない仕事が。
「モノネさん! レリィちゃんの知識はすごいです! 私、学園で薬学を履修したので自信あったのですが知識負けしてました……」
「アスセーナちゃんも敵わないんだ」
「イルシャさんの料理の情熱と知識もすごいです! 試作の時や今だってほらぁ!」
「お、落ち着いて」
「私、ことごとく負けてます……ハッ! これはもしかして器用貧乏というやつでは?!」
「だから落ち着きなさい」
それぞれの分野のプロに対抗心を燃やして撃沈しただけの事だ。負けず嫌いなのはいいけど、熱くなりすぎ。あなたにはシルバーの称号という素晴らしいものがある。だけどこれを言うとすぐ持ち直してまた調子に乗るから、少し放置して楽しもう。
「大量の買い物になるから、何回かに分けなくちゃね」
「なんだか、どれも高いわ。祭りがあるから、足元見て値段を吊り上げてるとしか思えない」
「コスト面はバカにならないよね。でもパラップさんのおかげで、格安のルートで仕入れてくれるものもあるから強気に行こう」
「モノネさんが商人ギルドの支部長と知り合いだなんてね……」
「それ以外にも節約できるところは出来るから。安心して買い物を楽しみなさい、お嬢ちゃん」
「はいはい、恩に着るわ」
どうもあの一流と決戦となると、イルシャちゃんも素直に料理を楽しめてないところがある。この子は食材に一喜一憂した挙句、うんちくまで早口で語っているのがお似合いだ。せめて料理では元気でいてほしい。
「この香辛料とこれで……」
「レリィちゃん! こっちのブラックペッパーなんかはどうでしょう?!」
「ダメ、合わない……これとこれならどうかなぁ」
「ではガーリックは!」
「無理。ううんと……」
「アスセーナちゃん、気が散るから邪魔だってさ」
「うっ……」
ついに泣きそうになってる。ちょっとやりすぎたかな。でも事実だし、こういうエリート子ちゃんをからかえる場面なんて早々ないからついやっちゃう。本気で落ち込まれたらかわいそうだから、程々にしたいんだけど。
「アスセーナさん、ターメリックはどうかな?」
「いい着眼点ですね! カレー風味の焼きメンも面白いかもしれません! それならガラムマサラも欠かせませんね!」
「ふむふむ。さすがはアスセーナさん、相談してよかった」
一瞬で息を吹き返しやがった。このメンタルがシルバーの称号たらしめてるのか。レリィちゃんが気を使って相談してあげた可能性もあるし、これ以上からかうのはもうやめよう。
それにしても私、さっきから本当に何もしてないな。皆が買った物を荷台車に乗せて運ばせてるだけだ。こういうのなんていうんだっけ。パシリとかアッシーなんて呼ばれてるのを小説で読んだ事がある。ここにきて私の基本ステータスの低さが露呈し始めたか。
「ねぇ、このジンジャーってのがいいんじゃない?」
「モノネおねーちゃんは荷物を見張ってて」
「あ、はい」
口出しするんじゃなかった。わずかな確率に賭けて当たるかなと思ったけどダメですか。まぁ出来ないものを嘆いてもしょうがない。こういうのは深く考えずにスルーするのが、楽しく生きる秘訣だ。行きつく先が引きこもりなのが、唯一の欠点だけど。
「スープに具……組み合わせも大事だけど、味も重要よね。人によってしょっぱいのが好きだとか分かれるだろうし」
「具も問題ですよ。嫌いな具が入っていたら、それだけで食欲が失せてしまいます」
「じゃあ、お客さんに選んでもらえば? 濃いスープとあっさりスープどっちがいいですかーとかさ」
「モノネさん、いくら何でも適当すぎでは……」
「いえ、それ使えるわ」
今のは本気で言ったのにアスセーナちゃんに適当呼ばわりされた。でもイルシャちゃんが閃いた様子。いいぞ、私のこれまでの汚名を返上できる。
「本当にお客さんの事を考えるなら、そのほうがいいわ。もちろん単体の完成度でカバーできればいいけど、理想ばかり追ってもしょうがないし」
「ビュッフェ形式でしょうか? でしたら炎天下の場合、食材の保存方法が課題ですね」
「スープも具も選べる冷やしメン……方向性は決まったんじゃない? 後は焼きメンかな」
「そっちもスパイスの組み合わせを徹底的に試すしかないわね。この辺はレリィちゃんのほうが詳しいと思う」
「任せて」
レリィちゃんがにんまりと笑ってる。心強くて何より。勝つのも大事だけど、お客さんに満足してもらう事を皆が全力で考えている。努力とは無縁の人間だけど、これはぜひとも結果が実ってほしい。
「焼きメン、冷やしメンの二段構え。それとドリンクね」
「キンキンに冷やしたやつがいいね。冷魔石があれば私が何とか出来るよ」
「大量の水の確保と持ち運びだけど……モノネさんがいれば問題ないわね」
「それとさ、ドリンクなんだけど。これ飲み放題にしない?」
「の、飲み放題?! そんな事したら採算とれなくなっちゃう!」
「もちろん飲み放題の値段を設定してさ。暑いと何杯も飲みたくなるし、いちいち注文するのも受けるのも面倒でしょ。それに一人で大量に飲む人なんてそんなにいないはず」
「いいと思いますよ。実際、ビュッフェでも値段分を食べられる人なんて限られてますからね」
「アスセーナちゃんの後押しもある事だし、どう?」
「採用しましょう! そうと決まったら、料理だけの準備で追われてる場合じゃないわね」
「そっちはアスセーナちゃん出来そう?」
「任せて下さい!」
困った時はアスセーナちゃんみたいな風潮。どうせ何でも出来るから、押し付けても問題ないと思う。早速、設備作りの材料を買いにアスセーナちゃんが走って離脱した。設備もいいけど重要なのがドリンクそのものだ。これはレリィちゃんの手腕も関わってくる。
暑い中、何を飲んでもらえればいいのか。前に飲ませてもらったハーブティーを冷たくすればいい線いくかな。
「フルーツフレーバーなんかもいいかな。あれとこれと……」
「ドリンク作りはレリィちゃん。設備作りはアスセーナちゃん。調理はイルシャちゃん一家。ぶっ倒れないように空調も調整したいね」
「イスとかテーブルは?」
「パラップさんから借りる予定。さすがにここまでは作ってられないからね」
最悪の場合、お金は私が捻出する。嫌だけど、負けてあいつの店で皿洗いよりはマシ。もっとどうにもならなかったら、アスセーナちゃんに頭を下げて出してもらうしかない。
「ダメ押しというわけじゃないけど、私のアビリティの為にも設備やお皿なんかに触れておかないとな」
「祭りは2日間あるし、初日に反省点があったら次の日に活かしたいわね」
「最低でも、あの一流に負けないのが絶対条件だからね。二段、三段構えくらいの準備でも足りないくらいだよ」
「あれから知ったんだけどあの人、他の場所でも気に入らない店を強引に乗っ取ったりしてるらしいわ。それ聞いたら尚更負けられない!」
「何それ冒険者登録消してほしいんだけど」
ブロンズの称号に偽りあり。ジャンとチャックより性質悪いのに、なんでのうのうと冒険者やってるの。今度、船長に密告してやる。
「料理界であの人に目をつけられたら活動できなくなる人も多いから、泣き寝入りなんでしょうね。ホント許せない……」
「イルシャちゃんの言う通り、あいつは料理をしている自分に酔っているんだよ。目なんか覚まさなくていいから、そのまま蹴り飛ばして追い出そう」
「フフフッ、なんかモノネちゃんって見た目に反して強いわね」
「かよわいウサギだからね」
「そうじゃなくて、こういう顔とか!」
「わっ!」
いきなりフードを後ろに降ろされて、何をされるのかと思った。そういえば最近、ずっと被ったままだな。まじまじと見つめられてニッコリとされても、どう返していいのか。
「ほら、かわいい」
「えぇー? そう?」
「人畜無害そうな顔をしているから、誤解されるかもしれないわね。そして手痛い反撃にあうと」
「そんなトラブル体質だったなんてショック」
「あのストルフも痛い目にあってほしいから、当日頑張ろうね」
またすっぽりとフードを被せられる。普通なら防衛本能で攻撃しちゃうところだけど、何もなかった。気を許せる相手だったり危害を加える様子がなければ、問題ないんだな。
それにしても今のは何となく恥ずかしかった。自分をかわいいだとも思ってなかったし、ましてや見つめられて直に言われるなんて。
「さ、後は帰ってから準備しましょ」
「おねーちゃん、ジンジャーもいいかもしれない」
悪い気はしなかったけどさ。あとフォロー嬉しいけど遅いよ、レリィちゃん。
◆ ティカ 記録 ◆
アスセーナさん このメンバーだと 器用貧乏という ポジションに
落ち着いてしまうかもしれませン
ですが やれる範囲は広いので まったく 落ち込む必要もありませン
ストルフは 一流などと自称しますが ケンカを 売る相手を 間違えタ
アスセーナさんと レリィさんの存在は 誤算だったとしても 敵の戦力が未知である以上
警戒を 怠るのは 愚かとしか 言いようがなイ
何せ こっちには アスセーナさんを筆頭として マスターの魅力に 気づいた イルシャさんが いまス
やはり 伝わる相手には 伝わるものデス
人を 見る目がない 一流に 何が できようカ
しかし 油断は 禁物
微力ながら 僕も お手伝いしたいところデス
引き続き 記録を 継続
「この街っていろんな物が流通してるんだね」
「商人ギルドと辺境伯の尽力の結果ね。皆が力を合わせていい街を作っているのよ」
「さすがイルシャちゃん、よく知ってる。私が寝ている間にも文明は大きくなっていく……」
「ど、どうしたの?」
「ううん、ちょっと自戒しただけ。どうせすぐ忘れるから」
「そ、そうなの」




