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26/201

ランフィルド食祭の準備をしよう

◆ 商人ギルド ◆


「炎龍、登録手続きを完了しました。当日、楽しみにしてます」

「よし!」


 一週間後に開催されるランフィルド食祭。一年に一度、いろんな店が自慢の看板メニューなんかを持ち寄って出店して売り上げを競うという素敵な祭りだ。開催元の商人ギルドにイルシャちゃんの店の参加手続きを完了させて、後はいよいよ下準備。

 どちらかというと私はフラフラして食べ歩きたいんだけど、協力してくれて成功したらしばらく無料で食べさせてあげるという餌に釣られた。


「これで戦の準備は整ったわ! 後は決戦に備えて練りまくろう!」

「じゃあ私は味見係として貢献するね」

「モノネさんは調理担当ね」

「そこまで協力しないとダメな感じなの?!」

「無料食べ放題は安くないのよ」


 わかっちゃいたけど、一筋縄じゃいかない仕事になりそう。単なるお祭りだしいいかなーと安請け合いしたけど、どうも様子が違う。ここにいる参加者達の目、そして顔。まるで生き残りをかけた死闘でも始まるかのような雰囲気だ。


「この祭りで今後の店の売り上げにもろ影響するのよ。誰だって一番売れた店のものはおいしいって思うでしょ」

「逆に売れないとまずいというイメージが定着しちまうんだよなー、これが」

「去年はパパがいなかったから大苦戦だったのよ」

「すまん、すまん。まぁ大丈夫だろ。うちのメンじゃ競合相手もいないし」


「おや、噂に違わぬ自信家だな」


 茶髪ロンゲのおじさん、いやおにいさんイケメンが絡んできた気配だ。別にまだ何も言われてないけど、私にはわかる。これは嫌なやつの予感だ。その隣にはロンゲとは対照的なチビのおじさんがいる。


「おう、あんたは? その隣にいるのは"満腹魔王"の店主じゃないか」

「ダリバー、ノコノコと帰ってきて家族でも心配になったか? 今年こそ、でかい顔はさせないぞ」

「じゃあ今年もでかいツラ下げて商売するかー」

「残念だなぁ。今年はこの方がいらっしゃる」


「初めまして。一流シェフのストルフだ」


 ははぁ、これは助っ人的な人物を連れてきたな。しかも生半可じゃない、多分だけど一流の料理人だ。

そこまでして勝ちにくるか。


「恐縮ですが当店では生半可な料理は出しません。例えば獣の出し汁をとっただけの料理、とかね」

「相当な自信家ね」

「あ、すみません。無骨な物言いでしたね。でしたらこう言い換えましょう。雑兵料理と」

「満腹魔王さん、この失礼なのはあなたが連れてきたの?」


「当店にきていただいた五つ星を持つ一流の料理人だ。王都では知らぬものはいないと評判だよ」


 腕は一流、人間性は三流のパターンだな。あのビルグと同じ匂いしかしない。これは適当に相手してスルーが一番。だけどイルシャちゃんの性格だと、のっちゃいそうだな。


「その人が満腹魔王に協力するのね」

「協力ではない。これは始まりの足掛かりだ。ランフィルドはいい街だが、肝心の料理店がお粗末すぎる。だから改革しにきたのだよ。この超一流シェフである私がね。これよりすべての料理店はこのストルフに従ってもらう」

「……わかるように言ってくれる?」

「諸君らの作った雑兵料理しか食べられない街の方々を救済しにきたのだ。料理とはなんだ? 食べられたらそれでいい? 違うだろう。」


 なんか持論を語り出した。さらっと足掛かりとかいって乗っ取り宣言してますけど、満腹魔王さん。

案の定、そんな予定じゃなかったと言わんばかりにちょっと青ざめてる。

要するにこの一流さんは満腹魔王みたいに、簡単に利用できそうな店を利用するだけの話だ。


「料理とは何だ? ただ食べられたら満足か? 違うだろう!

盛り付けを目で味わい、香りで食材と調理の息吹を感じ、そんなハーモニーを奏でられてこその料理! いや、料理などという雑兵用語では片付けられない……すなわち美食!」

「ス、ストルフ様はそんな一流料理をこの街に提供して下さるのだ」

「美食を味わえば、うまいものを食べて『おいしい』などと事実だけを口にする貧乏舌も駆逐されるだろう。何故なら美食によって人の食に対する価値観は一新されるのだからな」


「食べる人あってこその料理、そうやって見下してるようじゃ三流よ」


 オイオイと言いたげなお母さんをよそに、イルシャちゃんがストルフの前に立つ。お父さんのダリバーさんは成り行きを見守るモードだ。なんかドヤ顔だし。


「小娘、誰様に向けた発言だ?」

「あなたは料理が好きなんじゃなくて、料理をしている自分が好きなだけでしょ。一流だの何だの、ステータスばかりひけらかしてるのが何よりの証拠よ」

「田舎の雑兵料理が褒められたばかりに、こういった勘違い料理人気取りが生まれてしまうのだな。やはり私が一新せねばならん」

「あなたに一新されるほど安くないわ。うちに売り上げで負けたら、大人しく出ていってくれる?」

「抜かしたな!」


「ストルフ、生体登録完了」


 イルシャちゃん、煽りよる。料理の事となると熱くなるから、私は出来るだけスイッチを押さないようにしているというのに。

 それなりに迫力があろうストルフに一歩も引き下がらないし、目を逸らさずにきちんと見上げている。あとこのタイミングはやめなさい、ティカ。


「そちらが惨敗すれば全員、私の店で皿洗いにでも従事してもらおうか。もちろん貴様の雑兵料理店など閉店だ」

「抜かしたわね。いいわ、あなたが考えるほど料理は浅くないって教えてあげる」

「この一流に何を教えるというのだ! ハハッ、楽しみにさせてもらう!」

「ま、待って下さい! ストルフ様!」


 忘れていたけど満腹魔王の人がなんか哀れだ。これって勝っても負けてもあの人に得はないんじゃ。まぁ何となく自業自得な気がするから同情できない。


◆ 定食屋 "炎龍" ◆


「さて、大口を叩いたところですがイルシャさん。何か策はおありですか」

「ないのよね、これが。てへっ」

「てへっじゃないよ。さらっと私も巻き込まれて大変なんだけどホント、てへっじゃないよ」

「それについてはごめん……」


 料理なんて素人だし、私に何が出来よう。いや冷静になればなるほどこれはやばい。皿洗いとか、ありえない。まずあいつの店って時点でありえないし、強制労働なのが本当にやばい。


「まー、なるようになるさ」

「あなた、楽観できないわよ。あのストルフって人、どうやら冒険者でもあるみたいなの」

「ほー、そりゃすごいなー」

「ティカちゃんが教えてくれたわ」


「冒険者としての名声もあり、危険地帯にいって食材を自ら調達できる腕の持ち主のようデス。

なんとブロンズの称号持ちデスネ」


 かたやこっちは無称号のウサギファイター。この状況、どうしてくれよう。この店の料理もおいしいけど、あっちが未知数すぎる。あいつの店じゃ貴族が食べるような料理が出てくるだろうし。


「やれる事はやろう。まずは人脈を頼る」

「人脈?」

「あっちが一流なら、こっちもその道の一流を連れてくる。ちょっと待っててね」


 問題はあっちの都合だ。断られたら本格的に厳しいぞ。


◆ 定食屋 "炎龍" ◆


「喜んで協力します!」

「お薬、役に立つのかな?」


「紹介します。シルバーの称号を持つ冒険者アスセーナちゃんとお薬天才少女のレリィちゃんです」


 アスセーナちゃんが即答で引き受けてくれてよかった。この人は料理の腕も立つし、絶対心強い。そしてレリィちゃんもきちんと意味がある。


「ハッキリ言いましょう。正攻法じゃ多分勝ち目はありません」

「じゃあ、癖になるお薬を入れるの?」

「何にだ、怖いこと言うんじゃありません」


 ポカーンとするイルシャ一家だけど、本当はこっちがポカーンとしたいんだからね。私の生き残りもかかっているんだから、やれる事はやって当然。


「それと祭り当日の天候だけど、船長……ギルド支部長によると快晴どころかむし熱いそうだよ。これは使える」

「使える?」

「それはそれとして、問題はメインの料理だね。去年は何を作ったの?」

「去年はメン料理だったけど、結果は8位ね」

「あちらさんがどう出るかわからないけど、こっちはこっちでやろう」

「今年もメンでいきたいところだけど、あっちの高級料理に対抗できるかとなるとね」

「料理に関してイルシャちゃんが尻込みしてどーすんの!」

「そうですよ!」

「いや、アスセーナちゃんは初対面だよね」


 なんか早くもグダグダだけど、料理に関しては本当に私じゃ何も閃かない。だからこそアスセーナちゃんを呼んだんだけど。


「アスセーナちゃん、あっちはストルフっていう嫌味ったらしい一流なんだけど勝てそう?」

「厳しいですね。あちらは何せその道専門なのでモノネさんの言う通り、まともに勝負しても難しいでしょう」

「じゃあ、どうしよう」

「メン一つでいろいろ試すしかありませんね。こればかりは試行錯誤の繰り返しです」


「当日がむし熱いとなると、熱いメン料理が好まれるかどうかわからないわね」


 イルシャちゃんが本気で考え込んでいる。そう、私が重要視したのは天候だ。そこにイルシャちゃんも気づいているようで、まずはメイン料理を発案してもらいたい。


「冷たいメンでいいんじゃない? なんてね」

「……ッ?!」

「え、どったの?」

「モノネさん、それですよ!」

「それよ!」

「やりましょう、アスセーナさん!」

「はい!」


 なんで一瞬で意気投合してるの。いや、いいんだけどさ。私、そんな素晴らしいアイディア出したかな。すごい勢いで料理に取りかかり始めた。


「メンを茹でてからぁ……」

「冷やす!」

「そうです!」

「はいっ!」

「はぁいっ!」


 なんという呼吸の一致。まるで昔から組んでいたかのように、動きの連携が取れてる。私が適当な発言をしたばかりに、とんでもないものが出来なきゃいいけど。


「マスター、僕も一つ思いつきましタ」

「言ってみたまえ」

「メンを炒めるのデス」


「それもらったぁ!」


 イルシャちゃんが、動きながらこっちの意見を拾ってきた。たとえ失敗しようと、チャレンジする心は大事だ。特に彼女の料理に対する熱い思いは一切の妥協を許さない。どうか当日までに何か完成させてほしい。


◆ ティカ 記録 ◆


皆が 一丸となって 一つのものを 作り上げル

なんと 尊くて 素晴らしいものカ

あの 一流の料理人は きっと 足を 掬われるでしょウ

何をもって 一流なのカ

おいしい料理を 作れて 一流なのカ

そこに 気づかなければ 真の意味での 一流には ほど遠イ

後は メンを炒めるという 僕の思いつきが 功をなしてほしイ

マスターに倣って 適当に 発言してしまって 少し後悔してル


引き続き 記録を 継続

「料理ってすごいねー、作る人含めてさ。私には出来ないよ」

「そんな事はありませン。何事も初めは一歩からデス」

「作ったら時間がかかるし、食べるのは一瞬なのに後片付けも時間かかるしさ」

「あぁ……」

「それを人の為に作るなんて、良い人間の見本だよホント」

「ハイ……(それこそ皮肉にしか聞こえないのは黙っておきましょウ)」

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