図書館にいこう
◆ ランフィルド図書館 ◆
小説の資料探しも兼ねて、今日は生まれて初めて図書館に来てみた。静かにするのが原則みたいで、騒いでいる人はいない。静かすぎて寝るのに最適だと思った。
「結構広いなぁ。移動も一苦労だよ」
「図書館の中でも布団での移動なのですネ」
「足音も立てないし、原則に従えるでしょ?」
大注目されるけど関係ない。冒険者ギルドで騒いで絡んできたアホ二人みたいなのは即つまみ出されるから、私の行いを咎めるなど不可能なのだ。
司書の人も、別に迷惑をかけてなければ何も言ってこない。なにあれ、みたいな視線が突き刺さるけど気にしない。
「大体、こんなものかな。意外と多い」
「これだけの資料、超大作を予感させまス」
「忘れるところだった。達人剣の持ち主とギロチンバニーについて調べよう」
アスセーナさんすら負かすほど強い人なら、どこかに情報がないかなーと思って調べ始める。冒険王グレンに始まり、その仲間達。現役で活躍している上位の冒険者達。すごい騎士や伝説の傭兵、誰も見たことがない殺し屋などなど。なんかいろいろすごい人が出てくるけど、特定するまでには至らない。
「しかしアレだね、世の中には人を超越した方々がたくさんいらっしゃるね」
「マスターも負けてませン」
「褒めてるんだろうけど、皮肉とも取れる」
「すみませン」
一番近いかなと思ったのはプラチナの称号を持つ冒険者だ。だけどバリバリ現役だし、そんな人の武器ならかなりの値段がつけらてもおかしくない。しかも今も未踏破地帯を探索しているほど精力的な人らしいし、除外した。
いらなくなった武器を売った可能性もあるけど大体、そんなに有名人なら武器屋のおじさんが気づかないわけない。やっぱり無名の人なのかな。こんなに強いのに、と布団の中にしまってある剣をぎゅっと握る。
「達人剣はともかく、ギロチンバニーちゃんについて調べますか」
「こちらの本、ギロチンバニーに遭遇した時の体験を元に書かれているそうデス」
「著者は冒険者か誰かかな」
◆ 獣魔の森 探索記 ◆
蒸し暑い気候の中、我々はふと見上げる。城壁をも凌ぐ高さの木、それに追従するかのように生えている草。未知の獣が多く生息する事から名づけられたこの獣魔の森は、まだ誰も奥地にまで到達していない。魔物の強さもさることながら、人を拒むかのような気候もまた脅威だ。
だが怯んではいられない。国王自らが国中から集めた選りすぐりの腕利き達に加えて、王国精鋭部隊のメンバーだ。火竜を単独で仕留めた男、闘技大会7連覇を成し遂げた無敵の英雄、6000の軍勢をたった一人で食い止めた伝説の戦士。つい先日、シルバーの称号を授けられたばかりの私なんかがかすむメンツだ。
そう、今回の探索は国の威信や繁栄をかけているといってもいい。ここを我が国の領土とすれば、隣国に大きなプレッシャーを与えられるはずだ。よって失敗は許されない。単なる冒険とは訳が違うのだ。
「探索深度はどの程度だ?」
「順調だ。先ほどの魔物の戦闘Lvも特定できたし、安全経路や群生している植物の特徴もすべて記録した」
「良い傾向だな。我々の手でここを踏破して領土と出来るとなれば感慨深い」
本来ならば専門知識に長けたものが同行してその役割を果たすのだが、それすらも許されない危険地帯だ。これほどのメンツにして、戦闘能力すらない者を守ってやれる保証がないほどの場所なのである。
だから戦力として一番劣っている私がこの役割を担っている。しかし悪くはない。この記録が後の役に立てると考えれば、むしろ奮い立つほどだ。
「今日で5日目か。数々の前人を葬ったこの森も、私達にかかれば既知とするのも容易いな」
「未知の魔物からすれば、我々こそ未知だろうな! ハハハハッ!」
「油断するな。まだその全容を把握したわけではあるまい。見ろ、ウサギが出てきたぞ」
無敵の英雄が視止めたそいつは、何とも愛くるしい姿をしていた。長い耳にふわふわの体毛、つぶらな瞳。耳の淵の色がまるで刃物のように銀を主張している。こんなところに普通のウサギがいるわけがない。先に攻撃を仕掛けた無敵の英雄だが、恐らくは順調に探索が進んでいたが為に油断を招いたのだろう。
「え、英雄、どの」
頭がなくなった英雄の胴体が無残に倒れる。次に兎を視認した時は斜め右、耳が完全なる刃と化していた時だった。火竜を仕留めた男の攻撃も空しく空振りして、彼の両腕が地面に転がる。
「逃げろ!」
伝説の戦士が私に逃走を促す。迷いなどなかった。英雄を瞬く間に葬ったような兎から私が逃げられたのも、彼が盾となってくれたからに違いない。後ろなど振り返らなかったが静かだった。断末魔すら許さぬ処刑を肌で感じ取り、ただただ走る。
「処刑、処刑だ、あれは処刑なんだ……愚かな人類が分不相応にもこの地に踏み込んだから……その罰なんだ! ああぁぁぁぁ!」
その後の記憶はほとんどない。気がつけば国の兵士に介抱され、何かを喋ろうとすると脳内にあの光景がフラッシュバックする。しばらくはその調子だった。奴にギロチンバニーと名付けられたのは、1年も経った後だ。
伝説の戦士が命からがら帰還したと聞いてお礼を言いたかったが、間もなくして息を引き取った。しかし彼もまた、ギロチンバニーの数少ない情報を提供したようだ。それからというもの、回復した私が提供した情報をもとに探索隊がまた送り込まれた。
私ごときがやめろなどと進言できるはずもない。探索の成果も満足にあげられず、逃げ出した腰抜けならば尚更の事。探索隊がことごとく消息を断とうとも、国王は未だ諦めていない。
余談だが、ギロチンバニーという名前と何とかスケッチに成功して描かれた絵がいつの間にやら広まったようだ。女子の間では大変な人気を醸し出しているようで、私達がもたらした目に見える成果といえばこれしかないだろう。
未だギロチンバニーの戦闘Lvや詳しい生態は把握できていない。
◆ ランフィルド図書館 ◆
「さて、お昼にしますかっ」
軽はずみで読んだら、トラウマものの体験談が飛び出してきた。なに、英雄が殺されたって。しかもシルバーの称号ってアスセーナちゃんと同等じゃん。そんな人すら戦力としては下のメンツって。それを惨殺したって。
「マスター、そのスウェットはギロチンバニーの毛皮が織り込まれているとの事ですが一体……」
「私、どうやってそんな魔物のスウェットを魔晶板で買ったのさ。どれどれ、前に買ったところは……あれ?」
「どうかされましたカ?」
「ないんだけど。あれあれ? 影も形もない」
「不可解ですネ……」
超レア物でこれ一点しかないとか書かれてたような記憶はある。でも今思えばレア物の割にそこまで高くなかったし、配達で受け取った記憶もない。いつもは、ハルピュイア運送ことハーピィのはーたんが一生懸命持ってきてくれるはずなんだけど。はて。
「ま、世の中わからない事もあるよね」
「それでいいのでしょうカ……」
「考えてもわからないし怖いしお気に入りなのは変わらないし」
「切り替えの早さと適応力がマスターの長所ですネ」
謎はともかく、ギロチンバニーがそこまで強い魔物だとわかっただけでも朗報だ。トラウマものだったけど、犠牲になった人達に敬意を表してありがたく着させてもらおう。特徴としては耳が刃になる、か。もしそんな事が出来たらもっと強そう。
「本を返そう。えっと、どこの棚だったかな」
「俺が返しておこう」
「ありがと」
親切な人がいて助かった。これで心置きなく食事にでも。いや、今のは誰でしょう。反射的にやっちゃったけど、知らない人に本を渡すのはよくない。
「……いない」
「マスター、どうかされましたカ」
本棚の角を曲がって入っていくのは見たけど、誰もいない。棚を確認しても、さっきまで読んでいた本がどこにもなかった。
「ティカ、あの本はここから持ってきたんだよね」
「いえ、そういえば知らない方からこちらの本にギロチンバニーについて書かれていると言って手渡されたような?」
「知らない人からそういうの受け取っちゃダメでしょ」
「申し訳ありませン。ですが特徴的な方でしたネ。両腕を失くされた方のようでしタ」
「両腕がないのにどうやって本持ってたのさ」
「……はて?」
「ティカ、生体感知して」
「気がつけば司書の方以外いらっしゃいませン」
「お腹すいたなー。イルシャの店で何か食べよっと」
私の取り柄は切り替えの早さと現実から目を逸らすこと。長年、引きこもりをやってきたスキルの真価がこれよ。
◆ ティカ 記録 ◆
ギロチンバニー 思ったよりも 恐ろしい魔物デス
英雄と呼ばれる方々すらも あしらうとは
未踏破地帯 あの本に 書かれていたように 人が 手を出していい領域では
ないのかもしれませン
そんな事をせずとも 限られた範囲の中で 資源を共有すれば 生きていけるハズ
更なる富と繁栄を 人は 際限なく 求めてしまウ
好奇心という心の魔物に 打ち勝てば 命を大切にできるでしょウ
マスターの達人の剣といい 謎は 謎のままでしタ
ですが 解明しなくとも マスターはマスター
好奇心で マスターが死ぬのならば そんなものは いらなイ
それにしても なんだか 冷えてきたようデス
私が 寒さを感じることなど 出来ないはずなのですガ
引き続き 記録を 継続
「マスターの布団やスウェットはまったく汚れませんネ」
「私のアビリティの効果かもね。ついでに下着も汚れてないっぽい」
「それは便利ですネ。洗濯の手間も省けまス」
「ねー、このアビリティ最大の利点といってもいいかもしれない」
「さすがに最大の利点かどうかハ……」




