抗議しにいこう
◆ 本屋で立ち読み ◆
====コラム 気になる冒険者=====
冒険者ギルドには兎耳フードのスウェット服の女の子がいる。
ギンビラ盗賊団討伐やうろつく番獣討伐など、目立った実績を見せているのでブロンズの称号に近いと、同業者からの評価も高い。
そう、奇抜な見た目をしていながら彼女は冒険者なのだ。
布団を浮かせて自在に操るその姿はさながら魔女のようであり、マヌケにも見える。
何かと注目されていて実力ではあのアスセーナに匹敵するとの声まであるほどだがちょっと待ってほしい。
果たして本当にそうだろうか?
私の見解は違う。
ハッキリ言おう。これは冒険者ギルドが仕掛けたビジネスの一環であると考えている。
あんな恰好をした女の子が冒険者をやっているとなれば、自分にもできると希望者が殺到する。
またはあの姿に魅了される者が出てくるかもしれない。
ギルドの狙いはそこだ。
盗賊討伐戦でも彼女は戦わず、他のメンバーが戦う。番獣も彼女が討伐したように思わせて、実はすでに現場に待機していた他の腕利きが処理している。
少しでも冒険者を見てきた者、または冒険者であればわかるはずだ。
あんなふざけた格好で生きていけるほど、外は甘くないと。
軽装どころではない。何もないに等しい。あんな姿で魔物と戦う奴がいたら、阿呆の極みだ。
命を捨てるにしても、他に手段があるはずだ。
偽の実績作りの根拠はある。
実際のところ彼女はアスセーナやフレッドなど、有名な冒険者と親交がある。
冒険者ギルドに尽力している彼らならば、話題作りに協力してもおかしくはない。
彼女に甘い顔をする冒険者達も怪しい。現場で命をかけて戦っているものならば、怒っていいはずだ。
冒険者を舐めるなと。
もし彼らがこのウサギマスコットを引き立てているならば、ギルド共々地に落ちたという他はないだろう。
著者 ファット
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「これって私のことだよね」
「マスターが小説を持ち込みにいった書籍出版屋の雑誌ですネ。発射準備を」
「魔導砲はまだ早い」
「かしこまりましタ」
いざ自分のことを公に向けて書かれると、すごいショックやら恥ずかしいやら。他にはフレッドさんやアスセーナさん、この辺りで活躍している冒険者のことは大体書かれている。
フレッドさんなんか結婚の事まで詳細に書かれてるし、冒険者とは何なのかを考えさせられる雑誌だ。てっきり冒険者にとって有益な情報でも書かれてるかと思ったけど、何一つない。
「これさ、記事を書いた人が直接私を見て書いたのかな」
「どうでしょウ。誰かに聞いた情報かもしれませン」
「これに怒りを覚えるほど、私って冒険者をきちんとやっていたんだな」
「マスターに非はありませン。発射準」
「だから魔導砲はまだ待って」
油断するとすぐ撃ちたがる。しかも書籍出版屋の方角に照準を合わせるほどの本気っぷりだ。そりゃ私だってどうにかしてやりたいけど、それをやったらいろいろ終わる。
そして何が許せないかって、アスセーナさんやフレッドさんまで巻き込んでいる点だ。何が根拠だ、意味調べてこい。根も葉もありゃしない。
「こんな恰好だから誤解されるのはしょうがないけど、何一つ悪いことはしてないよね」
「してるはずがありませン」
「どんな印象を持つかは自由だし、書くのも自由だと思う」
「マスター、この蛮行を認めてしまうのですカ?」
「だから私がこれに対してどんな行動を起こすかも自由」
「お供しまス」
この記事を書いた人が、私の小説担当じゃないことを祈る。もしそうだったら人間不信に陥って引きこもって二度と出てこない。そのくらいの案件だよ、これは。
◆ 書籍出版屋 ◆
「あー、その記事? 書いたのオレだけど?」
違った、本当によかった。書いたのはこの前、私の小説を酷評した太ったおじさんだ。担当のテニーさんは、私が小説以外のことで訪問したのが意外だったみたい。紙に走らせていたペンを止めて、雑誌を持って立ってる私を見てる。
「で、それがどうかしたの?」
「この文章って私のことを言ってるんですよね」
奴のデスクにわざわざ近づいて、雑誌を突きつける。
「さぁ? どうかな」
「じゃあ、誰のことなんですかね」
このデブ、嫌味ったらしくしらばっくれてるな。文章には力がある。小説だって文章だけで人に感動を与えることもあるんだ。だからこそ慎重に扱わないといけない。人を傷つけることだって出来るんだから。
「曲りなりにも文章のプロなら、少しは配慮したら?」
「まぁまぁ。もしさぁ、それが君の事だったとしてだよ? そういう風に見えちゃったのはしょうがないよね」
「それはそうだね。でも、話題作りだなんだの書いてるけど、これは事実にもとづいてるの?」
「それもそういう風に見えちゃったんだろうね」
「あぁそう。事実抜きで印象だけで語るのは底が浅いと思いますけど、そういう信念をお持ちのプロなんですね」
「あのさ、何がしたいわけ? オレが謝罪すればいいの?」
「悪いと思ったなら、してくれても結構ですよ」
「ごめんなさーい。はい、終わりね」
「でも、終わりじゃないんですよね。あなたの謝罪に価値なんて求めてないし」
少し苛立ったのか、ヘラヘラ笑えなくなってきてる。いい気味だ。
「二人とも落ち着いて! ファット先輩、私の権限じゃ止められませんでしたけど明らかにやりすぎだと思いますよ」
「お前、俺に口出しできるほど偉くなったんだなぁ」
見かねたテニーさんが仲裁に入ってくる。ファットがわざとらしく大きなため息をついた。
「こいつ、お前が担当してんだろ? じゃあ、好きなだけ肩入れすればいいよ」
「皆に楽しんでもらうための雑誌作りなのに、怒らせてしまうようならば意味がありません」
「いちいちクレームなんて相手にしてたら、何も書けなくなる」
「いいんです、テニーさん。印象だけで書こうが、その人の勝手ですよ」
私が白旗を上げたと思ったのか、ファットはうすら笑いを浮かべる。バカだな。これからどん底に落ちるのに。
「ファットさんが、ほじった鼻くそを密かにデスクの隅に押し付けているような人という印象を持ってもいいんです」
「は……? おい、なんだって?」
「テニーさんが気に入らないからって、いない時にデスクに唾を吐くような印象です」
「な、何言ってんだ? でたらめを言うんじゃない」
「婚活に失敗するたびに、相手の女性の悪口を書き綴ったノートがしまってあるような印象ですね。あ、これかな?」
「こらぁぁぁ! 何勝手に引き出し開けてんだぁ!」
「うわ……」
「何やってんだよ、ファット……」
さすがに全員がドン引きしたか。わざとノートを開いて、皆に見せびらかす。取り返そうと手を伸ばしてくるけど、ゴブリンにも殺されそうな奴の動きだ。すぐに息を切らせて諦め始めた。
「はぁ……はぁ……や、やめろ。それは間違いだ、違うんだ」
「ファット先輩……」
「テニー、お前のデスクに唾なんて吐いてないからな。信じるよな、仲間だろ?」
「そ、そうですね」
とかいいつつ、テニーさんが自分のデスクを念入りに拭き始めた。言葉とは逆の行動をとられて、ファットはいよいよ自分に味方がいないと悟ったみたい。
「極めつけに、誰もいないこの仕事場で裸に」
「わぁぁぁ! さて、記事を修正しないとな!」
「なって走り回り」
「悪かった! きちんと謝罪の言葉を添えるから!」
「たまに外に」
「ごめん、ごめんって! 君のことは書かない! 書かないからぁ!」
「いえ、印象の話なんですけど」
「何なんだ君はぁぁ! 何者なんだよぉ!」
ファットのデスク君と椅子君が全部教えてくれたんだけどね。この子達、相当持ち主を嫌ってる。椅子君なんか、いつかファットが座ろうとした瞬間に壊れてやろうかと企んでるし。
「うわぁぁぁん! 悪かったよぉぉ! 真面目にやるからぁ!」
「編集長として、あの記事の掲載を認めた私にも責任がある。モノネさん、すまなかった」
「あ、どうも……」
編集長とかいう偉い人が私のところに来て、頭を下げた。認めちゃいけないと思うけど、この人も忙しそうだからしょうがないのかな。
とにかく、ここには泣き喚いてうるさいファットだけがここの人達から取り残されてる。
「で、ファットさん。次号に謝罪の文章とかそんなのを載せておいてね。気に入らなかったらまた来るから」
「は、はいぃ……」
「すみませーん。アスセーナです、お尋ねしたい事があるのですがー」
意外な訪問者だ。さすがに有名な冒険者なだけあって、出版屋の人達も一斉に立ち上がって歓迎した。ファットだけが膝立ちして、呆けてる。
「アスセーナさん。記事の内容に何か不備でもありましたか」
「そうなんですよ、編集長。今月のコラムなんですけどね。さすがに不適切な内容では?」
「すみません……実は今月は入稿ギリギリでして、間に合わせがなかったんですよ。もちろん謝罪します、申し訳ありませんでした」
「そういう事もありますよね。ではこの記事を書かれた方とお話しますので、お時間をいただいても?」
「どうぞ、どうぞ。ファット、アスセーナさんがお話をしたいそうだ」
「ふぇ……?」
「このような記事を書かれた経緯と動機からお伺いしたいので、あちらの部屋で話しましょう」
冷たい態度と視線を崩さず、私といる時と違ってここでは威厳のある冒険者だ。これから何が起こるのか。それは青ざめて血の気が抜けきったファットの顔を見ればわかる。こうなる事はわかっていただろうに、バカな奴です。
「あ、モノネさんもいらしたんですか。もっとも不当に貶められているのですから、あなたも交えましょう」
「いえ、十分報いは受けさせたんでここらで失礼します」
同席した私までトラウマになりそうな雰囲気しかない。これからは平和を謳歌したいので、ついでにテニーさんに見てもらおうと思っていた小説の件はまたの機会にしよう。
◆ ティカ 記録 ◆
文字は 物語を紡げル そして 人に何かを訴えかける力がありまス
マスターの 小説で それを教わりましタ
そして 拳を使わずとも 相手を 傷つけることすら可能だと 今回で学びましタ
もっとも 手軽な手段であるからこそ その暴力性を 理解すべきデス
あの畜生にも劣る文章 相手がマスターでなければ どうなっていたのカ
単なる謝罪で 済ませては いけなイ
もはや あのような醜悪極まりない外道に 文章を書く仕事に 関わらせてはいけなイ
純真なマスターですら 大きく傷ついたというのに 軽く片付けていい問題ではなイ
人の 本質は そう 変わらなイ
すぐに 対処 すべキ
引き続き 記録を 継続
「書籍出版屋で書かれたり、書いたものを集めて本になるのですネ」
「そこから印刷屋に発注して本にして本屋で発売する流れだね」
「本を書く人、まとめる人、印刷する人、売る人と多くの方々が関わっているのですカ」
「人間、一人で出来る事なんて知れてるってこと。私も一人じゃ何も出来ないなーとか考えてたら16年経ってた」
「月日の流れは本当に早いですネ」




