切り裂き魔を捕まえよう
◆ 切り裂き魔が住む部屋の前 ◆
いくつかある部屋の一つ、そこが犯人が住んでいる部屋だ。廊下には数人の警備兵と隊長。外にも予め何人も待機してもらっている。それと最後の犯行現場の近くに住む女の人が一人。この人には最後の一押しとして協力してもらう事になっている。
私の知り合いだと顔を見られている可能性があるからダメ。さすがに困惑して怯えているけど、これ以上の犠牲を出さない為という事で勇気を出してくれた。
「……本当にここでいいのか?」
「はい。私を信じて下さい。隊長として辛いかも知れませんが、絶対に尻尾を出させてみせます」
なんて自信満々な素振りを見せたけど、ほとんどハッタリだ。こうでもしないと、警備隊の皆さんが協力してくれないから。犯人がこの人達にとって信じられない人物だったから、今でも半信半疑だと思う。
「じゃあ、ノックして下さい」
「うむ……ムスタフ、いるか?」
「……隊長?」
何の警戒もなくドアを開けて出て来たムスタフ。この人が切り裂き魔だ。警備隊の中では新人で、今一やる気がないらしい。
決まりが悪そうに、隊長はムスタフに何も言わなかった。目で私に後は頼むと促す。
「どうしたんですか? 俺、今日は非番なんですけど……」
「ムスタフさん。切り裂き魔事件は知ってますよね?」
「あぁ、君は?」
「冒険者のモノネです。この事件で警備隊に協力してます」
「そうなのか。それで隊長と皆も一緒して、俺に何か用かな?」
「まだるっこしいのは嫌いなんで言いますね。ムスタフさん、あなたが切り裂き魔です」
「は、はぁ?!」
演技派だ。ここに皆して踏み込んできた時点で内心、焦りまくってるだろうに。このメンツの時点で、自分に目星をつけたとわからないほうがおかしい。
「もうわかってるんですよ。部屋の中、調べさせてもらいますね」
「ちょっ、ちょっと! 何言ってるんだ! 勝手に入るな!」
「演技うまいですね。最後の事件当時、あなたは現場周辺をパトロールしていましたよね」
「し、していたさ」
これは調べればわかるし、ウソをついてもしょうがないからさすがに正直だ。何よりここにいる皆がそれを把握している。
「それぞれ個別で巡回しているところであなたは一人、夜道を物色。一人で歩いている女性を見つけてズバッとやっちゃったんですよね」
「な、何を言ってるんだか……」
「女性に悲鳴をわざと上げさせたあとに素早く斬りつけるのがポイントなんですよね。そうすれば警備隊の仲間が駆けつけてくれる。あなたは急いで回り道をして仲間に合流、後は何食わぬ顔で一緒に驚けばいいんです」
「何言ってやがる! 何の証拠もなく、いきなりわけのわからんこと!」
「警備隊の方々もまさか身内の犯行だなんて思わない。だから仲間以外の不審者ばかりを見つけようと、気をとられていた」
「意味わかんねえし?!」
「段々、地が出てきましたね」
いくら証拠がなくても、ここまで的確に言われたら並み大抵の精神じゃ平静でいられない。ここにいるメンツはその夜、一緒に警備をしていた仲間だ。口々にあの時はこうだったと囁き合っている。
「お前、わざわざ遠くから走ってきたけどさ。こっちにこなくてもよかったんじゃないのか?」
「確かに不自然だったよな。あの辺りなんて何度も巡回しているし、わからんわけないだろうに」
「い、いや、いやいや。それは俺もつい動転しちゃいまして……」
こうなると仲間達が勝手に不自然なところを洗い出してくれる。しどろもどろになったムスタフに皆が詰め寄った。
「大体、俺がやったってんなら証拠みせろ!」
「ありますよ。目撃者がいますからね」
「えぇっ?!」
「さぁ証言お願いします」
「窓から見えたんです。その人が……ひどい方法で女の人を斬りつけていたのを」
ムスタフが証言者の女性を睨む。この反応、思った通りだ。女性ばかりを狙うという事は、女性に何らかの歪んだ感情を抱いているはず。だから私はあえて女性を選んだ。女性に対してムキになってくれるかなという期待に応えてくれるかな?
「デタラメだし! 見えるわけねぇし!」
「でも、ハッキリと見えちゃったんです……」
「ウソつくんじゃねぇ!」
「その人が、お尻から刃物を出して女の人を斬ったんです!」
「バッカ! 尻からじゃなくて爪だし! やっぱり見てな……」
静かになるものだね。今更、口に手を当てても遅い。警備隊のメンツ含めて、あーあみたいな顔をしている。応えてくれてありがとう。あーあ。
「い、いや。違いますよ……」
「もういい。連行する」
「ああああぁぁ! やってらんねぇぇぇ!」
「うおっ!」
事前にムスタフのアビリティを教えたおかげで、隊長も悠々とかわせる。ムスタフの爪が刃となって伸びて、それぞれをカチカチと合わせて音を鳴らしていた。
「なんでバレっかなぁ」
「それがあんたのアビリティだね」
「爪を刃に変えられる、これが俺のアビリティだ。剣なんてクソ重いもん持ち歩く必要もない」
「爪が重そう。それより、なんで女性を襲ったのさ」
「別にぃ? 誰でもよかったんだけどなー」
「誰でもいいのにわざわざ女性を選んだの?」
「誰でもいいからこそ、わざわざ強そうな奴を選ばんでしょ? アホか?」
一応、正論なので言い返せない。隊長、今後の採用は慎重にお願いします。
「ムスタフ、生体登録確認。推定戦闘Lv9」
そこそこのレベルだ。文字通り、爪を隠してたってわけね。能はなさそうだけど。聞くんじゃなかったと思うくらいひどい動機だし、同情の余地もない。
「ムスタフ、バカな真似はやめろ!」
「うるせぇな。俺が注目されてんのに、バカな真似なわけねぇだろ。めっちゃ目立ってんじゃん?」
「そんな理由で事件を起こしたのか!」
「俺がきっちりここにいるって証明できるからな」
もう話しても無駄な類だ。根本的に生物としての倫理がズレてるから、やり取りに意味なんかない。人間の姿をしているだけで、中身は違うんじゃないかな。
「お前のような奴でも、私は部下として」
「危ない!」
長いリーチを活かして隊長に斬りかかるも、きっちり私が剣で払う。がら空きになったところですかさず飛蹴りを放ち、ムスタフを窓際までぶっ飛ばした。
「げふっ! い、いでぇぇぇ……! なんてことすんだよぉ! ひでぇよぉ!」
「長々と戦う気なんてないからね。ちぇいっ!」
「ぎゃぶん!」
頭を殴って気絶させて終了。このスウェットは、気絶させろと思えば普通にしてくれて便利だ。すかさず長い爪をへし折り、捕獲用の縄でムスタフを縛って今回の仕事がようやく終わった。
「ふぅー、こういうアビリティ持ちだし捕縛に意味あるのかな?」
「問題ない。後は任せてくれ」
「あの、皆さんが頑張ってるのは知ってますから。協力してくれたあなたも、ね」
「は、はい」
証言してくれた女の人からしても、街を守るべき警備隊の中に犯人がいた事件は衝撃だったと思う。ウソの証言をさせてまで協力してくれたからいい人なはずだ。
でも逆に考えれば異分子を一つ叩き出せたわけだから、落ち込まずにぜひともポジティブに考えてほしい。
「君にはいくら感謝してもし足りない。ギルドへの報告はしっかりやらせてもらう」
「そうしてもらえると助かります」
帰り際、ちらりと見た隊長の横顔はあくまで仕事をしている顔だった。いろいろ思うところがあるだろうにプロだな。
◆ 冒険者ギルド 1階 ◆
「なーんかさー、隊長の事を思うとやり切れない事件だったんだよね」
「そういう事もありますよ。私なんか泣いちゃったこともありましたし」
「アスセーナちゃんが? へぇ」
依頼の清算を終えて一息。今日は珍しくアスセーナちゃんがいた。どこで買ってきたのか、串焼きを何本も頬張ってる。
「あ、食べます?」
「出来ればそれじゃないほうで」
私が物珍しそうに見ていると、食べかけの串焼きを差し出してくれた。やっぱりこの子、ちょっとずれてる。
「ところでモノネさん、ネームドモンスターのうろつく番獣を倒したそうですね。エアルミナの花を採取しやすくなったと、皆さん喜んでますよ」
「まぁついでだからと思ってね」
「モノネさんはここでも街でも有名人ですよ。実績もそうですが、なんといってもその恰好ですからね。ところでクラスのほうは決めました?」
「あ、忘れてた。ノークラスのままだ」
「じゃあ、思いつかないなら私が決めますよ。ウサギファイターなんかどうでしょう?」
「論外」
そういうセンスなら、アスセーナちゃんはツインテールファイターだ。しかもどっちかというと、ラビットファイターのほうが響きがよさげ。嫌だけど。
「ではギロチンファイターはどうでしょう?」
「なんか処刑人みたい」
「ギロチンバニーですからねぇ」
「そういえばギロチンバニーってさ、戦闘Lvがいくつかわかる? 冒険者になって、気になり始めたんだよね」
「未踏破地帯に生息する魔物ですからね。戦闘Lvはまだ特定できてないんですよ」
「へぇ、意外」
「戦闘Lv測定不能です。詳しい情報が知りたければ、図書館はどうでしょう。著名な方が書かれた本に情報が掲載されてますよ」
「なるほど、一考の余地はあるかも」
「アスセーナさん、いますー? いますね」
明らかに冒険者じゃないおじさんがギルドに入ってくる。メモ帳みたいなものを持っていてアスセーナちゃんを見るなり、ニッと笑う。
「あ、そうです。取材があるの忘れてました。ではすみませんがモノネさん、この辺で」
「うん、いってらっしゃい」
取材ね。アスセーナちゃんくらいの有名人となると、そういうのも来るのか。そういえば冒険者について取り扱った雑誌があるという話を聞いた気がする。私もそういう端くれだし、目を通しておきますか。
◆ ティカ 記録 ◆
犯人の 動機は まったくもって 理解不能デス
目立ちたいのならば 他に手段があるはズ
どうして リスクを 冒してまで しかも人を 傷つけるのカ
マスターに対する 暴言も 見過ごせなイ
このまま 裁きを 待つまでもなイ
出来れば この手で 始末を
おっと 我を 忘れるところだっタ
冒険者の雑誌 こちらのほうが 重要デス
何せ マスターの 活躍を 取り上げてないはずが なイ
楽しみデス
引き続き 記録を 継続
「アスセーナちゃん。未踏破地帯ってのはその名の通りだけどさ、具体的にはどこの事をいってるの?」
「所々に点在しているんですよ。この国の国境を超えた先にもありますね」
「国境の外が未知の世界かー。じゃあ、そこを踏破すれば丸々領土にできちゃったり?」
「フフフ、さすがです。未知の資源なんかも独占できちゃうので、国によっては躍起になって未踏破地帯を探索してますね」
「未知の世界を冒険するロマンみたいなのじゃないんだね……」
「人それぞれですね。もちろん私はロマンチストですよ」
「それは何となくわかる」




