薬を飲ませよう
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◆ 病院 1階 病室 ◆
「パパ! お薬作ってきたよ!」
もうすっかり夜中だ。あれから時間をかけて、レリィちゃんは薬の調合に取りかかった。持ってきたエアルミナの花だけで足りるかなと思ったけど、なんと一発で成功。
実際は作っただけで成功かどうかわからないんだけど、天才の彼女が豪語するから反論できない。とにかく、時間との戦いでプレッシャーもあるだろうにこの子は極めて冷静に薬を完成させた。もはや文句は言わせない。
「いや、試してもいない薬を飲ませるなど医者として認められん」
ですよね。ましてや勝手に作った薬、どうしてすんなりいくと思ったの私達。
「でもパパが死んじゃう!」
「そうだよ、このまま死ぬよりは薬を飲ませて一発逆転を狙ったほうがいいでしょ」
「そういう問題じゃないんだよ……私だって実はエアルミナの花の効能には前から目をつけていたんだ」
「だったら、いいよね。レリィちゃんの才能は本物だよ」
「素人が持ち込んだ薬を医者が認めるなど、責任問題だ。だから調合レシピを見せてくれ」
レリィちゃんから手渡されたレシピを見るなり、医者のおじさんが渋い顔をする。大人の都合で人が死ぬなんて寝覚めが悪い。ガタガタぬかすようだったら強行突破も止むを得ない。
「これは……なるほど、この組み合わせで……そういう事か。すごいな、君……一体、何者なんだ?」
「レリィ」
「名前を聞いてるんじゃないと思うけど……」
「奥さん、この薬をディドさんに飲ませてよろしいですか?」
付きっきりで看病していたレリィママは医者の問いに無言で強く頷く。ついに医者も決心したみたい。責任問題はどうするのかな。
「バルマン先生、医院長への許可はよろしいので?」
「一刻を争うのだ。私だって本当は肩書きや規則が人を殺すなんぞバカげていると思ってる」
看護師がバルマンという医者に不安そうに確認をとる。ここでグダグダやられたら、力づくでも薬を飲ませなきゃいけないところだった。話が早いようで、早速バルマンさんがディドさんを起き上がらせて薬を飲ませている。
「すぐに効果は出ないだろうが、私の見立てでは峠は越えるだろう」
「だってさ、レリィちゃん。プロが断定するんだから安心して今夜は寝よう」
「パパ、はやく良くなってね。ママ、帰ろう」
「あなた、おやすみなさい」
今夜はプロに任せて一晩待とう。安心したのか、レリィちゃんが大きなあくびをしている。このまま布団で寝てもらうかな。ついでに私も。
◆ 病院 入口 ◆
「むっ、お前達は……」
「治癒師さん、こんばんわ」
不快感を隠そうともしないイケメン治癒師。酒でも飲んできたのか、顔が赤くなって足元がおぼついてない。私に魔法の大変さを説いておきながら、こんな状態で勤まるのかな。
「お前は昼間、私になめた口を利いたガキだな。なるほど、お前も魔術を使うのか」
「そうですね。こんなものはお手の物ですよ」
「調子に乗るなよ。見たところ、お前から大した魔力も感じない。物体を浮かせる程度か? ならば、そんなものは初歩といっていい」
「そうですか。じゃあ初心を忘れずに浮きます。さようなら」
魔法にしか見えてないなら魔法と思わせておけばいい。こんなのに本当の事を言う必要がない。得意げに笑ってるけど大外れだからね。
「しかし、あの父親には悪いことをしたな。仕方ないか、私の魔力に支払う対価がないのだから」
「気にしなくてもいいですよ。もう心配ないですから」
「何だと?」
「魔法じゃなくても命は救えるってことです」
「強がるな。あれはどう見ても助からん。仮に菌を殺せたとしても、患者の体力が持たんよ」
「持ちますので」
「待て! あまりふざけた態度をとるんじゃないぞ! 私を誰だと思っている!」
なんか叫んでるけど無視。こちとら疲れてるから、元々相手にしたくないものに時間を使いたくない。どれだけすごくて偉いのか知らないけど、いざって時に役に立てないんじゃ持ち腐れだ。
ついこの前までこのアビリティを腐らせていた私でもこんな風に考えられるんだと、ふと自分で感心した。
「あー、私も立派に冒険者やれてるんだなー」
「もちろんデス。マスターはもはやプラチナの称号に相当するといっても過言ではありませン」
「それは持ち上げすぎでしょ」
「いえ、マスターという点を引いても仕事の達成率や密度を考えると素質は十分にあると思いまス」
ゴールドが国に貢献するほどの仕事をしているんだから、プラチナなんて想像もつかない。称号だとか地位みたいな素晴らしいものよりも、私はそんなの気にしないでのんびり生きたい。
◆ 翌朝 病院 1階 病室 ◆
「いやぁ、こんなに晴れた気分なのは久々だぜ! ガハハハハッ!」
「ディドさん、まだ安静にしていて下さい!」
翌日、病室には元気に体操をしているディドさんの姿があった。止めようとしている看護師さんが早くも疲れてる。いくらなんでも、こんなに早く完治するものかな。
「あなた、平気なの?」
「おうよ。我が娘はもちろん、モノネちゃんには二度も救われたな。ありがとう」
「どうも」
感謝されると、どうも気恥ずかしくなる。そんな私がおかしかったのか、ディドさんはもう一笑いした。
「パパ、まだ寝てなきゃダメだからね。薬を飲み続けてね」
「おう、わかったわかった。これ以上心配させらんねぇからな」
「だったら安静にして下さいね」
ピシャリとした発言からして、看護師さんは本気で疲れてる。そして怒ってる。そりゃ病院としては患者さんに症状が悪化されて良い事はない。半ば無理矢理にでもディドさんをベッドに押し付けるようにして戻していた。
「また母さんと冒険に出たいなぁ。なぁ、エミリー?」
「その事なんだけどね。冒険者をやめて新しいお仕事をしようかなと考えてるの」
「あぁ?」
エミリーことレリィママが神妙な顔つきで相談を持ちかける。なんだか荒れそうな雰囲気で心配だ。
「これ以上、他人に……ましてや娘に心配をかけてまで続けなきゃいけないのかなって」
「……そりゃ、お前。それはだなぁ」
「やめたほうが賢明だろう」
この誠意も欠片もない、嫌味しかない発言は治癒師だな。昨日の酒が抜けてないのか、まだ少しフラついてる。足ひっかけて転ばしてやりたい。
「まさかエアルミナの花なんて素人の思いつきでここまで回復するとはな。一歩間違えれば死んでいただろう」
「あなたのほうが一歩間違えれば躓いて頭打って死んでいましたよ。お酒は程々にね」
「口の減らんガキだな」
「ご自慢の回復魔法以外で結果を出されたからって、突っかかってくるな」
「クソガキ、冒険者気取りのようだが私を敬わないと後悔するぞ。バルマン! この不作法者をつまみ出せ!」
「ビルク様、出ていくのはあなたのほうです」
自分の言いなりだと思っていた相手に予想外の反応をされて、治癒師ビルクは頬を強張らせる。バルマンさんは怒っているというより呆れているみたい。
病院と治癒師の関係はわからないけど、この様子だとバルマンさんも内心はビルクの横暴に嫌気が差していたんだろうな。
「自分が誰様に何を言ったか、わかってるのか?」
「承知しております。ですが患者の回復を願わない者がここにいるのは、好ましくありません」
「お前こそ素人製の薬品などを使用しておいて、何をほざく」
「私が責任を取ると言いました。まぁ絶対に治ると確信した上での判断ですがね」
「よく言う。最初から私に頭を下げておけばよかったものを」
「あなたがここにきて、一人でも誰かを治療しましたか? 法外な金額を支払えるものがこの病院に一人でもいましたか?誰か一人でも……あなたに感謝の言葉を述べましたかッ!」
「こ、この、ジジイ! お前とて、金がない患者の命は救わぬくせに!」
バルマンさんの怒声でビルクが気圧されている。ここは病院、命を救う事を考えた人が集まるのは当然。そんな仕事に命をかけている人の迫力が大したことないわけがない。
「ここにいる子ども達は危険を冒してまで、エアルミナの花を採ってきてくれました。あなたが提示した金額には到底及ばない報酬でね」
「わ、私だってその花に価値があるとわかっていれば……」
「この病院は領主様の計らいで、とても安く運営できている。つまり治療費も相応なんです。払えぬ者が今まで一人もいなかったほどにね」
「領主……シュワルト辺境伯か。身銭を切り詰めてまで民に還元しているとかいう偽善者だな」
「……見下げた方ですね。ここは病院であり、権限はあなたよりも医師である私のほうが上です。出ていきなさい」
「病室の皆さん。聞きました? 今の領主様への暴言」
病室なんだから騒いじゃいけないよね。他のベッドで寝ている人が、ハラハラとした面持ちで成り行きを見守っていた。もう私も容赦しないぞ。才能とプライドを鼻にかけやがって。
「まずいよなぁ。今の発言はカロッシ鉱山送りでねえか?」
「この前、暴言吐いた奴は強制労働に精を出してるよな」
「領主様は温厚な方だが、やる時はやるからなぁ」
「な、何だと。あの領主に度量が……」
すでに怖気づいて、へっぴり腰になってるからあと一押しだ。皆の団結力に感謝したい。
「これだけの人が聞いているんだから、言い逃れ出来ないよ。魔術協会だか知らないけど、あんた一人の為に国の偉い人を敵に回せる組織なの?」
「舐めるんじゃないぞ! そんなもの当たり前だろう!」
「バルマンさん、今すぐシュワルト辺境伯に連絡とれます?」
「出来るよ、待っていてくれ」
「待て! 今日、今日のところは見逃してやろう! だがな! 治癒師がいなければ、いずれ医療の限界がくる! 覚えておけ!」
酒が抜けてない体に鞭を打って、走って病室から出ていった。邪魔な奴がいなくなって病室に平和が訪れましたとさ。
「まぁ、なんだ。この街で鉱山送りになった奴なんて聞いた事ないけどな」
「あの優しい領主様がそんな事をなさるはずがない」
「いやいや、わからんぞ?」
この患者さん達の胆力よ。朝っぱらから大騒ぎしたというのに、誰一人悪態もつかない。
「君、助かったよ。冷静な対応だったね」
「いやー、思いつきですけどね。もしあそこでまだ突っ張ってきたらどうしようかなと」
「その時は本当に追い出せばいいさ」
「そもそもあの治癒師は何しにここへ来たんですか?」
「魔術協会への上納金稼ぎだろうね。流れでああいう事をやっている者は多いらしい。私も最初は持て囃したが思いの他、請求金額が高くて愕然としたよ」
「優秀な治癒師は貴族がすぐに囲ってしまう事が多いらしいからな。あいつが溢れてるのは、つまりそういう事かもな」
ディドさんが天井を見つめながら呟く。上納金稼ぎか、組織に所属すると大変だな。といっても冒険者も依頼金から差っ引かれてるらしいし、自由というのは難しい。あいつの苦労なんて知ったこっちゃないけど。
「おねーちゃん、ありがと……」
「小さな勇気をバカにする大人はもういないよ。よしよし」
「あの人、どうしてあんなに怒っていたの?」
「実は自分の手にも負えなかったんだけど、レリィちゃんみたいな子が治しちゃったもんだから嫉妬したんじゃない?」
「そうなのかなぁ」
「魔術師協会は魔法以外の技術の発展に対して懐疑的だからね。魔石技術なんかにもいい顔はしていない。だからこそ、ここの病院にも現れたのかもしれないよ」
適当に言ったら、案外当たってた。バルマンさんの言う通りだとしたら、要するに自分達の立場が取って代わられるのを怖がっているのか。
気持ちはわからないでもないけど、どうせならお互い協力し合ったほうがいい夢見れそうなものだけどな。大人はすぐ権利を主張したがるから無理か。
「あなた、さっきの話だけど……」
「時間はたっぷりあるからな、話し合おうぜ。まー、俺も少し思うところがある」
「パパとママは冒険者やめちゃうの?」
「それも考えてる」
「そうなんだ……」
これ以上は私が関わる必要ないか。ギルドでの精算処理もあるし、ここら辺で消えよう。私としてはレリィちゃんに冒険者はやってほしくないし、今回の件で医療的な道を考えてくれたらいいかな。小さな天才に幸あれ。
◆ ティカ 記録 ◆
エアルミナの花が 効果を発揮して よかったデス
レリィさんの 才能には 頭が 上がりませン
それを見抜いた バルマンさんという 医師
あの 高慢ちきな 治癒師に対して見せた 患者の皆さん
この街は 人に恵まれていル
いい領主の元には いい人が 集まるのですネ
おっと 一番の 功労者は マスターデス
あの 治癒師を 撃退できたのは マスターのおかげ
さすが マスター
引き続き 記録を 継続
「シーラさん、魔術協会ってなに?」
「最強の大魔術師バーファが設立した組織よ。所属していると資金援助を受けられたり宮廷魔術師だとか、いいところへ推薦してくれるの」
「シーラさんは所属してないの?」
「してないわ。どうも独特の考えというか、苦手なのよね。選民意識が強い人もいて、雰囲気も好きじゃない」
「わかるー、治癒師とかそういうの多そう」
「全員じゃないのよ、全員じゃ」
「シーラさんも魔術師としての立場があるからね。わかってるって」
「いや……」




