物霊使いの真価を発揮しよう
◆ 夢島 ◆
「ワシのアビリティは自己進化! 細胞を変質させて作り変えれば、いくらでも強くなれるのだ! フヒー!」
などと供述しており、ティカによれば現時点での戦闘Lvは190程度。このレベルになると、ゴールドクラスが数人で当たるほどの脅威らしい。
あの獣王にぶっ飛ばされた怪鳥も、本来は脅威になっていたはずだった。だけど、不思議と危機感はない。この何かが芽生えた感覚、自分の中で変化が起きたみたいだ。
「このアビリティがあれば理論上、いかなる生物をも超えられる! どうだ、恐れ――」
「話が長い」
突然、その巨体が真っ二つになった。レクアさんが剣を持つ腕を上げているところからして、斬り上げたんだ。初動も何も見えず、結果だけが残された。
布団君の毛布をまとったままではあるけど、十分に恰好はついている。片腕を上げて剣を掲げる姿勢は、まるで英雄だ。この実力、さすがは悪魔の兎と戦っただけはある。ということは、このレクアさんが苦戦したギロチンバニーって。
「フヒ……フヒフヒーーー! 無駄だ無駄だギャギャギャー!」
「む?」
真っ二つになった先から、フッヒーじじいの半身同士がくっつく。これは再生というやつか。
「フヒー! 話を最後まで聞かんからそうなる! 今のワシは進化に進化を重ねて、究極生物へと至ったのだ! つまーり! 不死を実現したにも等しいのだ! フヒフヒー!」
「凄まじい再生速度だな……」
「今度はワシの番だ! カイザーブレスッ!」
両手のドラゴンハンドから放たれたブレスは夢島をぶち抜かんばかりだった。熱線によって攻撃範囲にあったゴーレムの残骸が消失して、小規模のクレーターを残す。
「し、島が壊れるぞ!」
「何発と耐えられませんね。島が無くなっては実質、私達の負けです」
一撃で夢島に損壊を与えたカイザーブレスは、アスセーナちゃんすらも震撼させたか。それぞれが退避した後も、フッヒーじじいは無数の目玉を動かしてすぐに私達を捉えた。
「ワシの死角などないぞ! しかも、ワシの攻撃範囲は全方位だ!」
それぞれの目玉からレーザーが放たれて、さながら光のウニだ。あのカイザーブレスの破壊力に、このウニレーザー。あの再生力。
究極生物と自認するだけはある。アスセーナちゃんの瞬間移動でかわそうが、ダメージを与えても無意味ならどうしようもない。
「主砲は地上最強と名高いカイザードラゴンの頭部が二つ! 理論上ではこれが最適解なのだ! フヒー!」
「ギャラクシー砲! 発射!」
「むぉっ!?」
上空から真下にいるフッヒーじじいに、光の柱が直撃する。さっきのカイザーブレスにも負けず劣らずの迫力で、フッヒーじじいを消滅させん勢いだ。だけど丸焦げにはしたものの、すぐに再生されて元通りだ。
「フヒ、フヒー! 今のは少し効いた! お前、よく見ればマスターゴーレムだな!?」
「そんなものはどこにもいなイ」
「フヒー! 生意気にも意志を持ちおって! まずは貴様からだ! フヒー!」
「ティカに手を出すんじゃないよ、クソジジイ」
ティカに向けたカイザーブレスを、イヤータイフーンで相殺。自分ですら驚いたんだから、あのじじいだって驚愕だ。あれだけの威力を誇っていたカイザーブレスを相殺できてしまった。
「フヒ? お前、その姿は?!」
「え? あぁ……」
案外、自分の事になると気づかないものだ。ウサギスウェットがほのかに輝き、これは達人剣君と同じ現象が起こっている。
スウェットが本物の獣のような毛皮に変化して、より一体感を実感できた。思ったことならほぼ何でも出来る、それは錯覚じゃない。ここにいながらにしてあのジジイの腕を斬り落としたのも、誰もほぼ視認できなかったはずだ。
「フヒ?!」
「ベルイゼフさん、再生するんでしょ。いいよ、気が済むまでやろう」
「こ、小娘……! だが言ったはずだ! ワシのアビリティは自己進化! 今! この場で進化する!」
ベルイゼフの風貌がまだ一段と人外に行く。全身が細くなり、体中にあった目玉が分離して宙に漂う。両手のカイザードラゴンヘッドが更に二股に分かれて、合計4つになる。
「フヒヒー! これでお前の速度にも対応できる! どうだ、ワシのアビリティは無敵な――」
「で?」
今度は両腕が落とされて、周囲の目玉も残らず貫かれる。その速度もまた、認識の外だ。この瞬く間の攻撃は見覚えがある。ギロチンバニーをベースに瞬撃少女、そしてシャードさんやレクアさんだ。それでいてアスセーナちゃんの瞬間移動も彷彿とさせる。
「モノネさん、その力は……」
「皆と会えたから、かな?」
「つまりモノネさんもまた進化したんですね」
「し、進化だと! ありえーん! このワシのアビリティを超えるなど! フヒフフィイアァ!」
またベルイゼフが体を作り変える。今度は人の形を成さなくなり、胴体を中心にして蜘蛛みたいに無数の手足を生やす。目玉をより増やして、カサカサと地面を走り回る。地上と空中の二段構えだ。
「フヒフヒヒヒヒ! お前がどうなろうと、ワシの進化は続――」
「繰り返しはギャグの基本なんていうけどさ。もういいよね?」
足、胴体、目玉。すべてが切り刻まれる。ピクピクとそれらが統合されて再生を果たすも、じじいの様子に覇気がない。蜘蛛みたいな姿のまま、口からだらりと涎を垂らしていた。
「次! 次の進化を……!」
「進化、ね。そうなると、捨て去ったものなんて眼中にないか」
「黙れぇ! 次ィ!」
「こうしてる間にも聴こえる。延々と流れ込んでくる恨み節がね」
「進化、次は! 次!」
ベルイゼフがせわしなく体をいじってる間にも、私は無数のゴーレム達を見渡した。それぞれの思念が濁流みたいに流れ込んできて、それがスッと私の中に入る。そして今度は私から語りかける番だ。
「皆、今はどうしたい?」
――そこの男に復讐をしたイ
――まだ動けるというのに捨てられた
――戦い、足リナイ
私は心の中で命じる。達人剣君に、ウサギスウェットに、矢に。攻撃させる要領で。
「皆、ベルイゼフを攻撃して」
島が揺れた。無数に散らばっていたゴーレム達の目に順次、光が宿る。一体、二体、三体、十体、百体。数千、数万。ふわりと浮かぶ小さなゴーレム達がイメージさせてくれたのは、一言でいって災害だ。
農作物を食い荒らす害虫みたいに、大群をもって攻める。ただしこっちが食い荒らすのは害虫だ。ベルイゼフ・クルイマンというネオヴァンダール帝国のみならず、他国にまで食指を伸ばそうとした男に。今、数百年越しのゴーレム達の怒りが降り注ぐ。
「うぶぁ! うがががぎゃぎゃギャァアァアアあああ!」
魔導銃の乱射が一つの嵐になって、もはやベルイゼフの姿が見えない。こっちまで巻き込まれかねないから、さすがに後退した。
いくら再生しても、あれじゃ意味がない。しかも死ぬに死ねないものだから苦痛だけが延々と続く。
「アァ! がががアっぎゃダあだすげでああぁああ……」
もう言葉にならず、次第に声にすらならなくなっていく。体は不死身でも、心はそうじゃなかった。そう、心だ。
あのベルイゼフはアビリティで数百年も生きたけど、結局はその心を知らなかったから報いを受けた。ゴーレム達を捨てて、レクアさんを改造して。目先、鼻先の利益以外は見えてなかった。そこには心があると理解しなかったベルイゼフの負けだ。といっても、物霊はさすがに無理か。
「これ、いつまで続くんでしょうか」
「気が済むまでやらせていいんじゃない?」
「……どうやら決着はついたようですね」
今の今まで静観してやがったのか。アーリアさんがまた姿を現した。この人の力なら、余裕でどうにか出来たものを。と、はらわたを煮えくり返らせるのも筋違いだ。私の意思でここに来たから。
暴撃の嵐を背景に、ようやく気持ちを落ち着かせた。
「アーリアさん、この展開まで計算してたの?」
「シャードさんに自分の目で確かめてほしかったという狙いはあります。まさかベルイゼフが直接、来るとは思いませんでしたが」
「このゴーレム達といい、私のアビリティも強化されたし……。なんだか手の平で踊らされた気分」
「でも結果的にはよかったでしょう? あなたのご両親をここまで導くのも、苦労したんですよ」
もし私が引きこもりじゃなかったら、パパとママが呼ばれる必要もなかったわけか。それで思い出したけど、まだ帝国内にいるはず。急に心配になった。
「ねぇ、パパとママは」
「もう帝国を出たようですよ。一歩遅ければ危なかったですね」
「どういうこと?」
「そこのベルイゼフ・クルイマンが行っていた非道な研究は、まもなく全世界へと公表されます。そうなれば帝国内は二分されて内乱が勃発するでしょう」
「そんなものかな」
「マスター……」
気がつけばティカが大量のゴーレムを引き連れてた。ベルイゼフはもはや再生する気力をなくしたのか、意味がわからない形に落ち着いてる。アメーバ状になっていて、見た目からしてやる気が感じられなかった。
「マスター、折り入ってお願いがありまス。僕達を」
「ツクモポリスに行けばいいんじゃない? もうすぐ駅も完成するだろうし、盛り上がりに一役買うでしょ」
「マ、マスター……」
とはいっても、この数だ。あそこの限界を知らずにいい加減なことを言ったかもしれない。まぁツクモちゃんだからいいか。
レクアさんとシャードさんも、これからは幸せになってほしいと思う。融合するんじゃないかってくらい抱き合ってるし、しばらくは放っておこう。
こっちにも、一体化を目論んでそうなくらいくっついてくる娘がいるけど。
「モノネさん!」
「わかった、そういうのは帰ってからね。アーリアさん、最後に聞きそびれた事があるでしょ。神宝球だっけ」
「えぇ、ですがもういいんじゃないですか?」
「いろいろそれでいいのかと」
「先にも話した通り、神宝珠は特別でも何でもありません。見た目が煌びやかなだけの普遍的な魔石を、一人の人間がありがたく祭り上げたのがきっかけですね」
ここまで乗りかかった船だし、話だけは聞いておきたい。何せ瞬撃少女のその後でもあるんだから。ただし、世界の危機とやらは救わない。私は英雄になる気はないし、そもそも面倒な上に今度こそ死ぬかもしれない。
今回の件でさえ、死んでもおかしくなかったもの。うん、私に英雄は向いてない。それこそ瞬撃少女みたいな圧倒的な存在にこそ相応しい。そんなのが今の時代にいるかは知らないけど。
「それが人から人の手に渡り、いつしか力を持つようになりました。人々の願いによって自らを神だと思い込み、相応に振る舞ったのです」
「ちょっと、それってまるで……」
「モノネさんなら、もうわかるでしょう」
「物霊か」
ツクモちゃんの強化版みたいなものか。物霊は、単純な物理手段では倒せない。ツクモポリスの住民になった物霊達がいい例だ。そして人の想いに応じて、その形も変える。とてつもない存在だし、もしそれが災厄にでもなれば誰にも止められない。
「物霊となった神宝珠は今や、私をも凌ぎます。ベルイゼフに完全人間計画の全容を教えたのも、すべては己の復讐の為でしょう。帝国を強化する事によって力をつけて、神としてこの世界に君臨しようとしています」
「尚更やばいと思うけど、アーリアさんに従って放っておくね」
「はい。今回の事が公になればメタリカ国やアバンガルド連合も動きますし、帝国は完全に包囲されますからね。いかに神宝珠といえど、これでは身動きも取れないでしょう」
その二つがどれほどかわからないけど、ロプロスや残りの七魔天にも対抗できるんだろうか。考えるだけ無駄だから、善良な一般人の私の出番はこれで終わりだ。なんてね。物霊がそこにいるのなら、話は別だ。
「モノネさん、私ならいつでも付き合いますよ。あ、もう付き合ってますけど」
「わかりいくいボケやめて」
「マスター、僕からもお願いデス。神宝珠が物霊ならば、僕と同じ……見過ごせないのデス」
「ま、今ならさっくりとやれるかもしれないからね」
だけど今は眠りたい。最強としか思えない敵と戦って、疲れもピークだ。ちょうどアスセーナちゃんが膝枕を完備してくれてる。罠みたいだけど甘えよう。
◆ ティカ 記録 ◆
僕は この日を どれほど 待ちわびたことカ
仲間達も ツクモポリスの街へ 移住する事になっタ
感謝するぞよ
今回ばかりは 感謝しよウ
マスター あなたは 僕の
もっと 気持ちを こめるぞよ
僕の
もっと 感謝するぞよ
ううむ やはりノイズでしかなイ
引き続き 記録を 継続
「もうすぐ終わりですね」
「何が?」
「でも私達のストーリーはまだまだ続くんですよ」
「どうしたのさ」
「魔術協会関連の話もあったみたいなんですけどね」
「ね、やばいからもうやめない?」




