成り行きに任せよう
◆ 警備隊 取り調べ室 ◆
「で、その人形はお前の能力で操っていたというわけか?」
「ハイ」
努力はした。適当にごまかそうとした。だけど相手は百戦錬磨の尋問のプロだ。普段からまともにコミュニケーションをとっていない引きこもりの小娘なんかが、かわせる相手じゃない。何を言っても逃げ道を塞がれて、終いには怒鳴り散らされてちょっとちびった。
警備隊といえばクソ重い鎧を着て武器を持って魔物とも戦うような人達だ。私からしたらそんなもん完全に人外でしかない。まず魔物と戦う職につこうと思ったところからして人外だ。
この警備隊詰め所の取り調べ室に男が二人、かよわい女子が一人。相手が女子だろうと、この警備兵は本当に容赦がなかった。もう一人はほとんど黙って静観している。
「それで、そこの浮いている人形もお前の能力で作ったのか?」
「あれはなんか、よくわからなくて」
「曖昧な返事をして、またちびるか?」
「な、な、なんでバレてるんですか……」
「カマをかけただけなんだがなぁ」
ニヤニヤして嫌な奴だ。こっちがびびりまくってるもんだから完全に舐められてる。恥ずかしくて泣きそうなのを堪えるのに必死で、それを楽しむかのように警備兵はわざとニヤついて凝視してきた。
指でテーブルをトントンと叩いて、謎のプレッシャーを与えるのも忘れない。
「しかし、なんだ。シャウールさんといえば、この町で知らぬものはいない。そんな良家の娘が引きこもりでしかも犯罪に手を染めているとはなぁ、世も末だ」
「マスター、面倒ならやりますカ?」
「やめて」
火に油を注がれる前に、この人形を黙らせる。また睨まれたし、もう帰りたい。助けてほしい。
「あの、それで私どうなるんですか?」
「ここに来る前に話した町人な。被害自体は我々で未然に防げたのだが、かなり怒っていてな。必ず犯人を捕まえて下さいと息巻いている」
「すみません、両親が帰ってくるまで保留というわけには」
「さぁな? 俺からは何とも言えんなぁ」
さっきから、この取り調べみたいなのを楽しんでいるのは向かいに座ってるこいつだけだ。もう一人はそんな相方に興ざめしているように見える。
大体、正直に話したんだから後は閉じ込めるなり何なりすればいいのに。羞恥心と屈辱の狭間で、沸々と何かが沸き上がってくる。
「おい、もういいだろう。後は拘留するだけだ」
「まぁ待てよ。もう少し叩けば何か出てくるかもしれんぞ」
「お前、この前も無茶な取り調べをやって隊長に怒られてただろう」
「お前は真面目だなぁ。大体な、こんなところに来てお世話になる奴なんてのは屑なんだよ。
世間を見ろ、大半がこんなところに厄介になる事なく平和に暮らしてるぞ。なぁ、お嬢ちゃん……」
「ちょっと、何するのさ!」
太い腕を伸ばしてきたと思ったら、ギロチンバニーフードの耳を握ってきた。やめろ、お気に入りなのに汚い手で触るな。
「これも親の金で買ったんだろ? いい気なもんだな」
「そんなのこっちの勝手だし」
「金持ちの娘だから甘やかされたのか。お前みたいなのも守らなきゃいけないのが俺達のつらいところよな」
「わかってて警備兵になったんじゃ」
「さっきから反抗が過ぎるよなぁッ!」
もう片方の手でテーブルの上に置かれていたシールドゴブリンのフィギュアを掴み、そして。
「あ! あぁぁぁ!」
「こんな玩具で遊んでる暇があったら勉強しな」
無惨にも、男の手でフィギュアは砕かれて二つに分かれてしまった。その自慢の握力を見せつけるように、男は指を気持ち悪くクネクネと動かす。
「この……」
「なんだ?」
歯を食いしばって、噴出しそうな怒りを堪える。こいつ、こいつ許せない。たとえ親のお金で衝動買いしたフィギュアでも、私のものだ。私の意思で買ったんだ。ましてや私の命令を律儀にきいてくれた。
やり方に限度がなくてこうなってるし、元々は私のせいだからフィギュアを恨む筋合いなんてない。だけど物を粗末にしていい理由なんかない。
布団君や本棚君、ギロチンバニーのスウェットだって全部お気に入りだ。さっきから全然関係ないことばっかりほじりやがって。
「何してくれてんのさ」
こいつ、ぶっ飛ばしたい。 フワリと体全体が身軽になった次の瞬間、私は立ち上がる。自分が座っていた椅子が倒れ込み、少し膝を曲げてからのジャンプ。
狭い密室の天井すれすれで跳び、驚いてフードの耳を手放した男を見下ろしたと思った瞬間。
「ゲェッ……!」
「なっ! 君! 何を」
もう一人の警備兵の静止はかろうじて聴こえた。私のかかとが男の頭にヒットして、また体が勝手に動いて今度は。
「ぐフェッ……」
首側面にもう一発の蹴り。私がこの大男に攻撃を加えたと認識した時には、もうそいつは床に転がって悶絶していた。
「ゲホッ! ウゲェッゲホッ……!」
ゴリッとめりこんだ感触までしたし、呼吸ができずに苦しんでいる。この狭い部屋で跳んで攻撃して綺麗に着地。これを私がやったのか。
「な、なんだ、君! こんな、こんな事をして!」
「この人を私が……?」
「何を言ってるんだ! 自分でやっておいて! しかし信じられん……」
こっちも信じられない。私は何もやってない。頭に血がのぼったのは確かだけど、私にこの大男を蹴り倒せる力なんてあるわけない。
しかも当たったところは首だ、的確に急所までついてる。確かに私の力でこんな男を倒せるとしたら、ここしかないんだろうけど。今のは体が何かに動かされたとしか思えない。何かに?
そうか、なんで今まで気づかなかったんだろう。それならここは。
「なんてね、私に手を出すとこうなるわけです」
「た、確かに今のはこいつが悪いが君の立場がより悪くなるぞ」
「何の音だ?!」
さすが警備隊詰め所。他の警備兵が何人か集まってきてるみたい。警備兵の1人が壊れんばかりの勢いでドアを開いて、まじまじと状況を確認している。
やってきた合計3人の警備兵もなかなか迫力があって、ハッタリを押し通せる自信がなくなってきた。でもやらなきゃ私は領主のところで裁かれる。万が一でも無期限投獄なんて事になったらと思うと。だから尚更やるしかない。
「私の実力はご覧いただけたと思います。それでですね、そんな実力を買ってほしいんですけどぉ」
「何が言いたい」
「警備隊の方々が困っている事に私が手を貸します。その働きぶりを気に入ってくれたら、今回の罪は不問にしてほしいんです」
「勝手な事を言うな! そんな事、出来るわけがないだろう!」
「いいんですか? 今のはまったく本気出してないんですよね。むしろ手加減するのに苦労したくらい」
「ほ、本当か?」
「本当すぎますね」
「本当すぎるのか」
新たに到着した警備兵達が困惑してる。何せ大口をたたいている小娘のすぐそばには、倒れている仲間がいるんだから。あいつが警備兵の中でどれだけ強いのかは知らないけど、少なくともインパクトは抜群のはず。
もうね、引けない。心臓がバクバクいいすぎてる。声がうわずりそう。
「君はひとまず拘留する」
「え、それってちょっとあの」
「隊長と相談してシュワルト辺境伯に報告しよう。経緯はどうあれ、君がこいつを倒してしまったのは事実だからな」
私が倒したあいつが外に運び出されてる様子を横目に、冷えてきた頭で状況を考える。うん、やばいって。なんだ、働きぶりって。
「もし君の提案が通ったならば、アレを手伝ってもらいたいところだ。アレには何人も仲間が殉職しているからな」
私に何をやらせようとしてるんだ。こんな事なら、貰ったお金をとっておいて隠し場所も考えるんだった。今になってティアナさんが恨めしい。
勢いでハッタリかましたけど、こうするしか私が引きこもり生活に戻る方法が思いつかない。同じ引きこもりでも牢獄なんて真っ平だ。
◆ ??? 記録 ◆
新しいマスターのおかげで また活動できるようになったのデス
外の空気はウマイ 機械だけど ウマイ
しかしながら 観察した限りでは 頼りない人物デス
積極性に欠け 主体性も今一 感じられませン
年齢を 考えれば 妥当な範囲とも 考えられますガ 不安はつきませン
ただ 僕の攻撃を 止めたあたり 好戦的で 野蛮という可能性は 少しなくなりマシタ
そしてあの力 マスターは 気づいていない
あれほど この世で 恐ろしい力は ないと
それに気づいた時 マスターは どうするのカ
引き続き、記録を継続
「警備兵はこの街を守っている方々なのですネ」
「そう。悪いことをしたら捕まるし魔物だって相手にしちゃう」
「そのような方々でも手に負えない案件……気になりまス」
「だ、大丈夫だって」
「それ以前にやはり罰がある可能性も……」
「だい、じょうぶ、だって」