記憶の世界を体験しよう
◆ ガンタール帝都 空魔宮 ◆
「父上! おらんのか!」
「ベリエル様! ここはもう危険です!」
誰もいなくなった後、急ぎ足で登場したのは皇帝の息子と従者だ。息を切らせてこの邪悪な様相の中、父親を捜している。
そして空魔宮が傾き、主の消失と共に沈みかけていると理解した時には床を殴るほどの怒りを見せていた。
「おのれ……! よくも父上を!」
「ベリエル様、お気持ちは胸が潰れるほどお察しします。ですが、終わりではありません。あれを……」
従者が指した先にあったのは片手サイズのガラスに近い透明な玉だ。それが二回目の倒壊の傾きで、転がっていく。壁に当たって止まったそれを拾い上げたベリエル。
「神宝珠です。皇帝陛下の行方は知れませんが、これがあれば何とでもなります」
「父上はこれを手放したのか……ううぅっ!」
「ベリエル様?!」
なんで神宝珠があるのか。さっき瞬撃少女がジャゲルと一緒に消滅させたはず。他の二人も疑問は同じみたいだ。幻影のベリエルが苦しむ横で、思案顔だった。
「ほんの一欠片……粉末ともいえる状態から、神宝珠は再生したのです。瞬撃少女の『破壊』の天性をもってすれば、こうはなりませんでした」
「再生って……。神宝珠って何なのさ」
「元はただの鉱石でした」
「うううおおぉぉぉ!」
アーリアさんの説明が、ベリエルの咆哮によって遮断された。ベリエルが神宝珠を抱えたままうずくまる。
「私は国を建て直す」
「おぉ……!」
「神宝珠が教えてくれたのだ。自分を使え、さすれば再びガンタールの世が訪れるとな」
「終生、お供しますぞ」
本格的に倒壊が進んだ空魔宮から、二人が姿を消した。瓦礫が降り注ぎ始めたところで、また風景が切り替わる。今度はどこかの工場かな。そこには小さいゴーレムがいくつも並んでいた。
◆ ヴァンダール帝国 ゴーレム生産工場 ◆
「皇帝ジャゲルの死から数十年後、ガンタール帝国がヴァンダール帝国へとその名を変えました。あれから彼らは国の再建に取り組みますが、ガンタール時代と比べて大きく変化しました」
静まった工場を視察するのは、年老いたベリエルだ。あんな歳になっても現役なのか。よほどの執念を感じる。従者も健在で、ベリエルの隣で杖をついて歩いてた。
「これがゴーレムか。目の当たりにしても、そこまでの猛威となるのか信じられん」
「フヒッ! それは実働を兼ねて証明するぞ!」
「ベルイゼフ……」
奥から現れたのは、白衣を着た妖怪みたいな顔をしたおじいさんだ。白髪一色の髪と伸びた髭が、いかにもな雰囲気に一役買っている。
一国のトップに対してありえない口の利き方だけど、ベリエルは気にする様子もない。
「お前が来てから、我が国は目まぐるしく発展した。感謝する」
「フヒーッ! まだ喜ぶのは早い! これからゴーレム達が、大陸を蹂躙するのだからなー! フヒ!」
「この小さな人形が……」
「特にこいつはすごいぞ! フヒッ! メタリカ国から持ってきたあらゆる技術の粋を込めている! 便宜上、マスターゴーレムとでも呼ぶ! フヒフヒー!」
そのマスターゴーレムを見て、ようやく答えに辿り着いた気がした。どう見てもティカだ。今の姿よりもだいぶ武装が施されていて物々しい。目を閉じて、その役目を静かに待っているように見える。
「ティカ、これがあんたなの?」
「ハイ……僕はベルイゼフ博士によって作り出されたゴーレムなのデス。すべて思い出しましタ……そしてこれからの事モ」
「あのベルイゼフって何なのさ」
「彼は復興したメタリカ国を追放された科学者です。復讐のためにヴァンダール帝国に近づき、その知識や技術を持って皇帝に取り入りました。彼が現れた事によって、帝国は大胆な舵取りを始めたのです」
アーリアさんが代わりに答えてくれた。あのフッヒーじじいが、ティカの生みの親か。別に親が何でもよかったけど、明らかに善人には見えない。
そうなるとティカが傷つく光景が繰り広げられるから、私としても辛いものがある。
「ベルイゼフ・クルイマンはこの後、ゴーレムによる国の改革を推進します。その猛威は再び大陸を戦火に包みました。内容はそこにいるティカさんがよくご存じでしょうから……」
「マスター……僕はたくさんの命を奪いましタ」
「私もギャングを殺してるよ」
「そ、そういえば……」
辛気臭い流れは断固阻止する。今更、命がどうとかの問答はしたくない。アーリアさんが手をかざすと、ゴーレム達が軒並み動かなくなってる場面に切り替わった。
ここは戦場の跡かな。残り火や破壊の痕跡が生々しい。たくさんの人間の死体とゴーレムが、辺り一面に広がっていた。
「ゴーレムは猛威を振るいましたが、結果的には全滅します。アビリティという特別な力を持つ人間の部隊を前に、ベリエルとベルイゼフは怒りを露わにしました」
「なんという事だ! ここにきて、小国相手に全滅するとは!」
「この役立たずどもが! フヒー!」
ベルイゼフが、動かないゴーレムを蹴り上げる。空しく飛んだゴーレムの先には、ティカがいた。かすかに目が赤く光るけど、あの二人は気づかない。
「ベルイゼフ、この責任は……ううあぁぁっ!」
「フヒー?! どうした!」
「頭が……。な、なるほど。そうすればいいのか」
「フヒッ! 案があるなら言え! 今度こそ成功させる!」
「ベリエルは程なくして息を引き取ります。時代は流れて、その意思は脈々と代々受け継がれました。いえ……継がされたといったほうが正しいでしょう」
あのゴーレム達はベルイゼフによって生み出されて、そして捨てられた。それがきっと夢島にある。散々戦いに利用されて捨てられて、その恨みは想像できない。ティカを両手で抱き寄せて、私の中に何かが沸き上がった。
「一気に飛びましょう。シャードさん、今度はあなたにも関わりのある場面です」
「私に……?」
◆ 獣魔の森 ◆
一転して今度は森だ。とてつもない太くて高い木々が、葉で空を覆いつくさんとしている。見た事もない植物が生え散らかすこの森は、密林という表現が似合う。
そこにいたのはいつか見たレクアさんとシャードさんだ。周囲にいるのはギロチンバニー。初めて生で見るバニーに、私も興奮を覚えた。愛らしい容姿と反するような刃の耳。それが血を滴らせて、鋭利にしなっている。
――なつかしいぴょん
「あんたはこの中にいるの?」
――あそこにいる大きいのがそうだぴょん
一匹だけ目つきが悪いギロチンバニーがいた。群れのボスといった風格だ。対してレクアさんは満身創痍で、片腕だけで剣を振るっている。英雄をも仕留めたギロチンバニーを相手に、凄まじい奮闘っぷりだ。
「シャード! お前だけは逃げるんだ!」
「嫌だ!」
「足手まといがいないほうが――」
そのやり取りの最中、レクアさんが背中から斬りつけられる。反射的にかわしたおかげで、切断まではされなかった。
だけどもうここまでなのか、レクアさんが倒れて剣を手放してしまった。絶叫したシャードさんがその剣を取り、ギロチンバニーに戦いを挑む。そのシーンに、現実のシャードさんが涙を流していた。握り拳のやり場もない怒りが、私達にも伝わってくる。
「アーリア! 何故、こんなものを見せつけるッ!」
「あなたは覚えてないでしょうが、あのギロチンバニーの群れに勝利しました。動かなくなったレクアさんを背負って、虚ろな足取りで森を歩きます」
「そうだ。そして私は?」
「あなたは気を失い、後に別の捜索隊に助けられます。そこであなたは聞かされましたね。レクアさんが亡くなられた事を……」
「だから何だというのだ! これ以上、私を侮辱するなッ!」
「アーリアさん。回りくどいのは結構だけど、シャードさんの気持ちも考えなよ」
失礼、と小さく口にしたアーリアさん。それから何を見せてくれるのかと思ったら、今度はガラクタの山に戻った。
つまりここで記憶の世界は終わりか。目を腫らしたシャードさんが気の毒だ。こんな事になるなら、連れてくるんじゃなかった。
◆ 夢島 ◆
「ここまでにしましょう。後は見せなくても、真実がわかります」
「もういい! 知る必要はない!」
「そうだね。ティカの出生も判明したし、だからどうだという事でもないし。ね、ティカ?」
「ハイ……」
悪いと思ってるのかはわからないけど、アーリアさんは何も言わない。ガラクタの山を見渡して、また手に取ってみた。相変わらず強烈な恨み節だけど、私は離さない。
――許サナイ 皆殺しにしてヤル
「恨みを捨てろとは言わない。私は物霊使い、厄介事は叶えてあげられないけど望むなら……」
「おやぁ? なーぜこの島に人がおるのだぁ? フヒッ!」
山の影から出てきたのは、あの記憶の世界で見たフッヒーじじいだ。いや、同一人物なわけがない。この容姿は血族だとしても、似過ぎだ。アスセーナちゃんが身構えたところを見ると、フッヒーじじいの危険性がよくわかる。
「フヒー! この島の周囲は海軍が巡回しておるし、地下の秘密の通路もワシと一部の者しか知らんはず! お前らは何だ! フヒフヒー!」
「あんたがこの大量のゴーレム達を作ったの?」
「フヒ?! なぜそれを!」
「……あんた、何歳?」
「フヒフヒ?! 知らーん! 歳など100を超えた辺りから覚え取らん! フヒー!」
こいつの発言を信じるなら、軽く見積もっても人間じゃない。百歩譲ってアビリティだとしても、途方もない。まさか不老不死のアビリティかな。見た目は変なじいさんだけど、そうなると普通に考えて強い。
「まぁいい! 今日はこいつの試運転を兼ねて来たのだからな! フヒー!」
「こいつ?」
「来い! 完全人間テラ!」
続いて登場したのは、全身がメタリックな輝きを放つ人間だった。服を着ていないけど背格好からして、私達と同じ歳だ。この容姿、見覚えがある気がしてならない。フッヒーじじいの隣で黙って立つその姿を見ていると、頭に衝撃が走ったように合点がいった。
まさか、この人は。
「……レクア?」
「だよね。シャードさんが言うならやっぱり間違いない」
「お二人とも、下がって下さい。事情よりも戦いに備えないと死にます」
「フッヒー! そっちの金髪のガキはよーくわかってる! こいつの恐ろしさをなー! フヒフヒ!」
アスセーナちゃんに、死にますまで言わせるほどの危険な相手か。なんでこうなるかな。あれは本当にレクアさんなのか。他人の空似であってほしい。時間を稼いで、あのフッヒーじじいから何か聞き出そう。
心なしか、スウェットも震えてる。そんな気がした。
◆ ティカ 記録 ◆
仲間達が 心配だが 今は とてつもないものを
相手にするのが 先ダ
油断して 生体感知を 切っていたのが まずかっタ
しかし あのテラという存在
戦闘レベルが 計れなイ
生物ではないのカ
あの老人の 戦闘Lv 現時点では70程度
引き続き 記録を 継続
「要はタイトルってのはさ、表紙絵と同じ威力があると思う」
「そうですよね。アスセーナ戦記だと、ただの戦記ものとしか伝わりません。中身はモノネさんとの熱い愛を語り合う内容ですからね」
「数多ある作品から手にとってもらうには、どんなものかわかるインパクトを与えなきゃいけないんだよね」
「内容のみで勝負できる方はいますけど、稀ですからね。ところでこの愛を叫ぶシーンなんですけど」
「まずヒロインの名前を変えろ」
「えぇー」




