帝国第三部隊隊長を倒そう
◆ ランフィルド 中央通り ◆
片手槍で牽制しつつ、くっつける液体を放って完封する。それを達成する為に部下がフォーメーションを組んで、より接近を許さない。なかなか統制がとれた動きで、ウサギスウェットなしだと苦戦は必至だと私も思った。
だけど、なんという事でしょう。部下の兵士の武器を弾いて、別の兵士の方角へ飛ばして慌てさせる。その隙に目の前の部下を蹴り飛ばして、盾にしつつ隊長へ接近。
部下を巻き込むまいと意表を突かれた隊長は、粘着液も片手槍も一時的に封じられる。これだけで敵のフォーメーションが半壊した。
「バ、バカ者! 何を……」
「ジャンプ」
地面がくっつく液体だらけなら、倒れている部下を足場にすればいい。そこから跳躍して、隊長に斬り込む。
だけどこれだけじゃ恰好の餌食だ。勝ち誇るように笑う隊長が、片手槍を空中にいる私に向けて突き出す。
「バカめっ!」
「よっと」
突き出してくる片手槍の側面を叩いて軌道を逸らした。片手槍を持っていた片手が揺れて、バランスを崩しかける。
当然、そんな状態であの液体を放つ余裕もない。隊長の左付近に着地したのも計算済みだ。片手槍を持っている右手じゃ即対応できない位置だった。
「空連走!」
たった一振りで、隊長に無数の斬り傷を作った。鎧も完全にとはいかないけど、裂けるほどの威力だ。防具も体もズタズタにされた隊長のネスクドが立っていられるはずもない。
「がはっ……」
――片手槍は軽い分、少しの力を加えれば軌道を逸らせる
達人がなんか言ってる。隊長がべちゃりと倒れたところで決着だ。まだ部下は残っているけど、隊長を倒した時点で終わったようなもの。
その証拠に驚きと戦意喪失が同時に来ているのか、動けてない。割と致命傷なんじゃないかと思えるけど、仮にも大帝国の隊長だ。このくらいでは死なないのはわかる。
「ま、まずい、失態、だ……」
「ねぇ、ひとまず殺さないでおいたけどさ。どう責任とるの?」
「まだ、まだ、フレスベルク、の、全戦力、を……」
「あぁ、そうだった」
あっちにまだ戦力がいるなら、油断はできない。隊長が帰ってこないと知ったなら、この街に攻め込んでくる可能性だってある。
ハッキリ言って私が手に負えるわけもないし、これこそ国の仕事だ。ひとまず隊長の身柄を拘束した後で、あそこにいるダバルさん達に相談しよう。
「ねぇ、ダバルさん。どうしたらいいかな」
「問題ないよ。あれを見てごらん」
迫ってくるのは、両翼が目立つ飛空艇だった。どう見てもフレスベルクです。あのまま爆撃されかねない。何が問題ないのか説明してほしいところだ。
「やばい」
「モノネさーん!」
飛空艇が上空で止まり、窓から飛び降りたアスセーナちゃんが降ってきた。かなり高いはずなんだけど、アスセーナちゃんだから問題ない。
着地するなり私の元へ飛び込んできて、ひとまず抱きしめられる。事態の説明が先だと思う。
「説明を求めたい」
「フレスベルクに大半の第三部隊の方々がいたんですけどね。速やかに従ってくれました」
「それってつまりアスセーナちゃんだけで制圧したって事だよね」
「途中で負けを認めて下さったので助かりましたよ」
力でねじ伏せた事実は変わらない。何人いたのか知らないけど、もう本当に化け物だ。こんな事を言うと、お決まりのパターンが待ってるから言わないけど。
アビリティ持ちだっていたはずなのに、私に同じ芸当が出来るだろうか。しかも見たところ、ほぼ無傷だ。
「あの飛空艇は誰が動かしてるの?」
「ですからお願いしたんですよ」
「うん、なるほど」
「辺境伯や他の方々も無事ですよ。そこに倒れているのは第三部隊の隊長さんですよね?」
ダバルさんがネスクドに最低限の応急処置をしている。無傷の部下もアンデッド軍団に必要以上に縛り上げられてるし、これで一件落着か。
もう本当に疲れた。ここにきて戦い、戦い、戦い。私はアスセーナちゃんじゃない。
「き、君達ィ……ただで済むと思うなよ……。君達はやっていけない事をしてしまった」
拘束されたネスクドの負け惜しみが始まった。帝国を敵に回しただの、わかりきってる事をのたまうに決まってる。
首にはダバルさんの手がかかってるから、少しでもおかしな動きをしようものなら死ぬ。それなのに、負け惜しみだけは欠かせないか。
「こんな弱小国ごときが、君ィ……。ゴールドがいようが、我が国には君達が想像を絶する連中がうようよいるのだよ……」
「それは怖いね。バルバニースの獣王に知らせないと」
「なに、なんだって?」
「何でもない」
「何でもないことはないだろう! まさか獣王を味方につけたのか、君ィ?! いや、あの不可侵の獣の国だぞ! 我が国の使者も何度、返り討ちにあったことか……」
アビリティ至上の割には獣の国を攻略できていないとは。災厄の前にまだ課題があると思う。
そもそも返り討ちにあったとか言ってるけど、なんでそうなる。話し合いどころか、力での解決を選んでしまった末路か。
「そうか、その恰好で仲間だと思わせた……? だとすれば、ウサギ少女のアビリティは自らを獣人だと思わせる?」
なんかとてつもない結論に行きついてしまった。アビリティ漬けで育つと、思考も偏重するのかもしれない。アビリティは便利だけど、こうなってしまうのは危険だ。とは思うけど、アビリティなしの生活は考えられないからどうでもいいか。
◆ ランフィルド 辺境伯邸 ◆
「私としたことが面目ない。今回の騒動と君達の働きは国王に伝えておこう」
「いや、後半はいいです」
辺境伯に怪我はないみたいだ。テニーさん達も別室に集められていて、これから事情聴取が待っている。アスセーナちゃんが大半をさらっと撃退したけど、国にしてみれば一大事だ。これから辺境伯には大仕事が待っていると思うと、気の毒でしかない。
この応接室にいるのは私とアスセーナちゃん、ダバルさん、ヴァハールさん。それに巻き込まれたシャードさんだ。シャードさんは我関せずといった感じで、窓の外に視線を向けている。
「ツクモちゃんの街を経由すれば、すぐにでも王都に情報は伝わる。君には頼りっぱなしだな」
「もっと感謝するぞよ」
「大人しくしてなさい」
ツクモちゃんが唐突に現れて、テーブルの上のお菓子をばくばくと食べ始める。処刑もありうる狼藉だけど、辺境伯は気にしてない。この子と私以外、皆が真剣な表情だった。
「これから会議が行われるだろうが、ネオヴァンダール帝国については情報が少ない。あの飛空艇もそうだが、戦力や技術も我々の想像の上を行ってるのは確かだがね」
「私達も話した情報以上の事は知らない。なんかロプロスって人が一番強い」
「力を操る男に天候を操る女……。もし彼らが本気になれば、我が国など一溜りもないだろう。少しでも情報があればいいんだけどね。ダバルさんにヴァハールさん、あなた達も何か知らないかい?」
「申し訳ありませんが……」
ダバルさんが片手を振って答える。古そうなヴァハールさんですら知らないし、これ以上の問答は意味がない。それでも辺境伯は思考を諦めてないのか、額に指を当てている。
「彼らはアビリティに異常な執着を見せている。これが国の背景に関わっているのかもしれない。では何故? わからない事だらけだね」
「あの、私もわからないし疲れたんで帰っていいですか」
「あ、すまないね。確かにそうだった」
「……あの国に訪れた時、門前払いされた事があった」
意外な人が口を開いた。ずっと窓の外を見ていたシャードさんだ。そういえば私の戦いの評価はどうだったんだろう。
「私とレクア……仲間を見るなり激怒した。女同士の入国など認められん、とな」
「女同士の入国を? ますます謎だね」
「あの国では女性同士が共にいることを禁止しているようだ。私には理解できないが、何か宗教的な観念があるのかもな」
「うーむ、その辺りは私が詮索する事ではないか」
そうなると私達が立ち入っていい国じゃない。と思ったけど、夢島はあの国の領海にあるんだった。あれ、なんだか面倒な事になりそうな予感がする。
こうなると夢島行きを断念したくなるけど、ティカの為だ。それにしても女同士がNGとはいうけど、ミヤビが引き連れていた人達はいいのかな。
「そういえば、モノネさん。マハラカ国に捕らわれているグリディから聞き出せませんかね?」
「忘れてた。そんなのいたね。王様に頼んで、聞いてみようか」
「君達はあの国ともコネクションを持っているのか。いやはや……」
獣の国に続いて、マハラカ国だもの。辺境伯も感心を通り越して、呆れてるように見える。成り行きだし、私としてもなんでこうなったのか疑問だ。
「グリディが口を割るとは思えないけど、一応何かわかったら報告しますね」
「感謝するよ。今度、何か礼をさせてほしい」
気がつけば日が暮れている。事後処理は私達が立ち入るところじゃないから、遠慮なく休ませてもらう。と、その前にシャードさんだ。帝国について話してくれたところからして、何か心変わりでもしたのかな。
◆ ティカ 記録 ◆
第三部隊を 無事に 退けて 一安心といったところカ
ほぼアスセーナさんだけで 壊滅させたようなものだが
マスターの 功績も 大きイ
まさか 達人剣のみで 完封するとハ
卓越した技だけではなく 経験に裏打ちされた 絶対的な勝負勘
それほどの 実力があっても尚 ギロチンバニーには
敵わないのカ
おかし おいしいぞよ
クッ 久しぶりに これダ
記録を 意地でも 継続
「フレスベルク内にもアビリティ持ちがいたでしょ」
「いましたよ。任意の場所に刃を突き出す人や目から怪光線を放つ人とか」
「隊長の粘着アビリティより、そっちのほうが強くない?」
「部隊を指揮するとなれば、別の資質を要求されますからね」
「あのネチネチした性格なら、いつ後ろから怪光線でやられてもおかしくない」




