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テニーさんの行方を探ろう

◆ 書籍出版屋ブックスター ◆


「テニーさんが失踪した?」

「まったく、いい迷惑だよ。あんなのでもいないと困る」


 訪れていきなり対応してきたのが以前、懲らしめたファットだった。テンション下がる。こんな奴の悪態よりも、あのテニーさんが仕事を休んでるほうが重要だ。

 この異常事態は見過ごせない。テニーさんがいなかったら私は優秀賞を取れなかった。あの仕事大好きな人が、無断で何日も休むわけがない。


「家には行ったの?」

「編集長がね」

「何か変な様子とかは?」

「ないね」


「テニーさんの生体反応がないから、おかしいとは思いましたガ……」


 ティカの感知に引っかからないとなると、この街にいない可能性が高い。事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だ。そうなると当然、あのネオヴァンダールの連中が思い浮かぶ。あいつらが関わってなかったら、それこそお手上げだ。


◆ ランフィルド 中央通り ◆


 距離を取って、あいつらの会話をバニーイヤーで聞き取る。あのテントの中にも何人かいるみたいだ。外では相変わらず、勧誘が続いてる。あれよりも問題はテントの中だ。


「ネスクド隊長、例の少女ですが依然として見つかりません」

「君ィ、真面目に探しておるのかね」

「ウサギのような服装ならば、嫌でも目立つはずなのですが……」

「君ィ、それは先入観が先走りすぎだよ」


 隊長と部下のやり取りだ。やっぱりお目当ては私か。私が何をした。イヤーギロチンでテントごとぶった斬ったほうがいいのかな。でも目的が私だとしても、あの勧誘が謎すぎる。


「いつもそんな馬鹿みたいな恰好をしてる奴がどこにいる。普段は違うと考えるのが当然だろう、君ィ」

「ハッ……確かに」

「街の人間への聞き込みはどうしたのかね」

「ボーゼン副隊長のおかげで順調です。ウサギ少女の家も割り出しました」

「だから君ィ! 私が聞きたいのはそうじゃない!」


 着実にやばい方向へ進んでる。家に帰らなくて正解だったか。すでに家の周囲にはあいつらの手が回ってるんだから。私が何をした。


「我々の任務は確かにウサギ少女の確保だ。しかしだね、それだけで済ますのは無能なのだよ。アビリティホルダーを確保して、本国に帰還する。そうすれば我が国……皇帝陛下への忠義を示す事にも繋がるだろう? まぁ今回の任務に関しては、ロプロスの使いっぱしりなのが気に入らんがね」

「ま、まさにそうであります!」

「言われたことだけをやるのであれば、子どものお使いと同じなのだよ。一を言い渡されたら十をこなす。それが出世の秘訣だよ、君ィ」

「肝に銘じます!」


 堂々と他国に乗り込んで、何をしてやがるんだろう。今のやり取りで、あいつらがテニーさんを拉致したのがほぼ確定した。

 忘れかけてたけど、あの人は速読のアビリティ持ちだ。一人が一生のうちに読める本の量は決まってる。テニーさんなら常人の何倍もの本を読めるし、知識も貯め込めるという恐ろしいアビリティだ。

 問題はここからどうするか。辺境伯に相談するなりして、一度対策を考えないと。ユクリッドの王様だって黙ってないはず。


「マスター、ユミルさんがテントに近づいてマス」

「え? なんでまた……」

「どうしますカ?」

「ひとまず様子見しよう」


 あの人のやりたい事に何か関係あるんだろうか。止めるか、どうか。まだ何か悪い事があると決まったわけじゃないけど、もしあの人が確固たる意志を持っていたなら邪魔でしかない。本人の意思だけは尊重する。


「こんにちは」

「お、いらっしゃったか。ようこそ。さ、お掛けになって下さい」

「どうも」

「えーと……。いきなりで恐縮ですが、ご同行していただけるという事ですかな?」

「まずはお話だけなら……」


 あの人のやりたい事が、帝国にあるのなら問題はない。だけど内容次第だ。あの人自身も心配だし、もし何かあったらジェシリカちゃんも悲しむ。お友達と思い込んだ以上は、それは避けたい。


「私の力が何かの役に立てるという事ですが……」

「えぇ、そうです。あなたのアビリティを腐らせるのはもったいない。それほどの力なのですよ」

「そうかねぇ……。随分とこれのせいで苦労したものだけど」

「あなたの力を見抜けず、放置した連中しかいない。だから、そうなるのは必然でしょう。本来はあなたのような特別な力を持つ者には、与えられて然るべき環境があるのです」

「そうなの? よくわからないわ」

「我が国ならば、あなたは救われる。それどころか、必要とさえされる。そうなれば、あなたの夢だって叶えられるのです」


 あいつら、ユミルさんがアビリティ持ちだと知っている。あの人は紙芝居の件でトラウマになって、人前では見せてないはずだ。

 それなのに、どういう事だろう。もしあいつらが、おばあちゃんのアビリティを悪用しようとしてるならまずい。あの話したら眠くなるアビリティは、実はかなり極悪だ。もし冒険者として活動していたら、称号だって夢じゃない。


「つまり……私の力は制御できると?」

「もちろんです。我々にはその用意がある」

「でも、どうやって?」

「まずは本国であなたを検査しましょう。その上であなたに合ったプログラムを用意します。あ、ご心配ですか? でもね、私も昔は自分のアビリティで苦労したんです……」


 うさん臭さしかない。そろそろ出番か。イヤーギロチンだと、ユミルさんを巻き込んでしまう。それに街の中での戦闘はリスクが高い。あいつらの仲間がそこら中にいるからだ。

 これだけ浸食されるにいたる原因は、アビリティかもしれない。誰が何のアビリティを持っているか。ゲラゲラトカゲのアビリティ程度なら、かわいいものだけど。


「私のアビリティはね。この放たれた体液に触れたものは、くっついてしまうのです。接着されたものは私の意思でなければ絶対に離れない」

「まぁ……」

「コントロールできず、意図せずにあれこれくっつけてしまった幼少時代は悲惨でしたよ、えぇ……」

「それはお気の毒に……さぞかし苦労されたでしょうねぇ」


 ユミルさんが飲まれつつある。年寄りは隊長の身の上話みたいなものに弱いのか。それよりも何気にやばすぎるアビリティだ。そういえば帝国では、有用なアビリティを持つ人ほど出世するんだっけ。それなら隊長だからこそ、か。

 私が出世して稼いだ後はぐうたら出来るんじゃ。いやいや、あいつらに利用されるだけだ。そんな甘い話はない。モノネ、成長した。


「ですから、あなたの気持ちは十分わかります。どうでしょう、一度いらっしゃってからでも遅くはありません」

「そのつもりで来ましたから……」


 ユミルさんが危うい誘いに乗ろうとしている時、テントに近づいてこっそりと触れる。


――勧誘に乗らなかった者は夜中に拉致される。場所は第三部隊専用飛空艇"フレスベルク"にて監禁されている。場所は……


 フィータル森林に停泊させてると。また随分と離れた場所だ。テント君のおかげで拉致されたという事実がわかった以上、このまま話を進めるわけにはいかない。

 でも、なんでアビリティ持ちがわかったのかまでは聞き出せなかった。そこまではテント君も知らないみたい。後はあの連中か持ち物に聞くしかないわけだけど、問題は私だけでどうにかなるかどうか。ここでアスセーナちゃんがいないのが悔やまれる。


「む! 誰かねッ!」


 飛びのいたと同時だった。テントから突き出した刃が、そのまま綺麗に裂く。ばっくりと割れたところから、隊長と部下が出てきた。

 細身で背が小さく、隣の部下と比べてもかなり違和感がある。そんな隊長が、じっとりとした細い目で私を観察した。奇襲失敗か。さすがは隊長ってところかな。


「君ィ、あれがそうではないのかね?」

「ハッ! 例のウサギ少女と思われます!」

「あんなバカみたいな恰好をしているのに、なぜ今の今まで見つけられなかった?」

「申し訳ありません……」


「モノネさん……」


 さて、ここにはユミルさんがいる。しかもあちら側だ。その気になれば、人質にでも使われてしまう。バカみたいな恰好をした少女に真剣に向き合う大人達という構図。この状況で人質とか、あっちが情けない。まともな頭をしていれば、そこに行きつくはず。


「ふむ。念のために聞くが、我々と共に来る気はないかね?」

「聞くだけ無駄だとわかってるなら聞かないほうがいい」

「なるほど。仕方がない……では、こうすればどうかね?」


 まともな頭じゃなかった。ウサギ少女にそこまで本気になってくれるとは。ユミルさんの喉元に、薙刀が当てられてる。小さく悲鳴をあげたユミルさんも、これであいつらの本性がわかったはず。


「悪いようにはしない。欲しいものは与えるし、君の自由は保障する。話だけでも聞く気はないかね、君ィ」

「人質とってそんな話をされても説得力ない」

「少し話をしよう。我々の思想について誤解があるように思えるからね」


 なんか語り出す雰囲気だ。その間はユミルさんも無事だろうし、そもそもこっちもとっくに算段を立てている。私についてどこまで調べてるのか知らないけど、隙だらけだ。


「かつてこの世界には災厄と呼ばれるものが点在した。それ一つで世界を滅ぼしかねない存在だ。それが魔物であったり天災以上であったり……形は様々であるがな。どの時代においても、人々を滅亡の危機に追いやった。時には英雄と呼ばれる存在が食い止めた事もあったようだがね」

「でも今は平和でしょ」

「それがだね。世界には未だ災厄が眠っているのだよ。我々はそれを誰よりも先に察知した。このままではまた世界は滅亡に瀕する。そうなれば誰がどうするのだ? 我々、人間が何とかするしかないだろう。しかしだね、無理だ」


 なんか乗ってきた。この演説、長いのかな。死ぬほど興味が沸かないし、この時点でオチがわかってしまった。

 どうせ災厄を何とかできるのは我々だとか、アビリティを持つ者が重要みたいな流れになるんだ。こっちは伊達に物語を読み込んでない。よほどぶっとんだ悪役じゃない限り、思想には限界がある。


「今、どうにか出来るものなどいない。魔術などというカビの生えた遺物を後生大事にしているようでは、先が思いやられるのだよ。だがアビリティならどうかね。魔力を必要とせず、これといった法則性も見いだせない。これこそが人の力、可能性なのだ。先に述べた英雄とやらの中には、これを駆使した者もいるという。触れた物を破壊するだとか、眉唾レベルのものは多いがね。アビリティなら、説明はつくだろう」


 どうしよう。長い。もしこれを文章にしたら、すごい読みにくそう。伊達に最優秀賞を取ってないからわかる。聞く人、読む人の事を考えてない。

 文章は物語の評価には直結しないけど、最低限の基準があるのは事実だ。それを満たしていないと、手に取ってもらっても理解されない。


「世界の危機にすら気づかず、優れた者を虐げて無能が支配者を気取ってるのがこの世界だ。だったら我が国が牽引するしかないだろう。そう……我々は何も君達を取って食おうとは考えてない。むしろ導いてやるのだ。世界と共にね……」

「テント君、ユミルさんを包んで」


 もう限界だ。このままだと、ユミルさんのアビリティ以上に眠くなる。テント君がぶわりとユミルさんを包み、優しくあいつらから引き剥がしてくれた。私の事を調べた割に、呆気に取られてる二人がいる。


「あらあら、なんだかわからないけど助かったわぁ」

「おばあちゃんは布団に乗っていてね」

「はいはい。迷惑をかけてしまったわねぇ。私もどうかしてたわ。あの人の長いお話を聞いて目が覚めたもの」

「というと?」


 ふふ、と笑ったおばあちゃんがどこか吹っ切れたようだ。やっぱり落選して落ち込んでいたのか。歳だ何だと見くびっていたけど、私なんかよりも立派な人だと忘れていた。


「誰も共感しない物語なんて、面白くないわよねぇ。私の話は少し説経じみてた。よくわかったわ」

「そんな感じで、気負わずに何度でもチャレンジすればいいんですよ」


「き、君ィ! 君ィ!」


 隊長と部下のお顔が真っ赤だ。こんな風に選評されたら、誰だって恥ずかしい。ましてや思想そのものがダメ出しされてしまったわけだ。こればっかりは練り直しというわけにはいかない。


◆ ティカ 記録 ◆


テニーさんが あの連中によって 拉致されるとは

マスターが 信頼している人物でも あるだけに 許しがたイ

国ぐるみで 独善的な主張を振りかざし 人々に仇なす

あの連中そのものが 災厄でしかなイ

どのような思想を持とうと 手段を間違えば 台無しダ

ろくでもない連中だが あの隊長のアビリティは 要注意カ

戦闘Lvは さほどでもないが 接着する体液

触れてしまえば 一気に 無力化されてしまウ


引き続き 記録を 継続

「はぁ、今日もラブレターをいただいちゃいました」

「もてるねぇ」

「モノネさんとお付き合いしてると丁重にお断りしましたよ」

「それはまずいんじゃ」

「いいんですよ。変な目で見られても、私達の間には関係ありませんから」

「なるほど、それはよくわかったけど私が逆恨みされないかな」

「すでに手は打っておきましたから」

「怖い」

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