武器屋に案内しよう
◆ ランフィルド 武器屋 ◆
「ありがとう。助かったよ」
青髪の女の人を武器屋に案内すると、ほのかに表情が和らいだ。そして武器屋を散策し始めたけど、どうもおかしい。歩いて見渡してばかりで、どの武器に対しても真剣に物色してない。
「……見当たらないな。店主、私を覚えてるか?」
「ん? 君は……あぁ、あの剣を捨て値で売っていった女性か。まさか買い戻しに来たのか?」
「売れてしまったのだな」
「売れたよ。後悔してるのかい?」
店主の問いかけには答えず、諦めて店の出入り口に向かい始めた。どの剣だろう。どうも引っかかる。剣を売りにくる人なんて珍しくないと思うけど、まず捨て値というワードだ。
"そうだな。いつだったか、客が売りつけていったんだよ。これじゃタダ同然での買い取りになるよと言ったんだがな"
「まさか。あの、お姉さん!」
寸前のところで女の人を呼び止める。とはいえ、違ったら割と恥ずかしい。急いで布団君から達人剣君を取り出して、見せつけた。少しの間を挟んで、女の人が小さく声を上げる。ゆっくりと手を伸ばして、剣に指で触れてきた。
「これは間違いない。君が買い取ったのか」
「やっぱりお姉さんの剣なんですね」
「なんて偶然だ……。君は一体?」
「私は何の変哲もない冒険者です。これ、返しますか?」
「いや、いい……」
さすがにずっこける。てっきり欲しがると思ったのに、何のためにここに来たのか。諦めの言葉を口にしたけど、女の人は立ち止まって達人剣から目を離さない。
これは朗報どころか、奇跡の巡り合わせだ。この人が持ち主なら、達人本人で間違いない。ノームの国で見た光景に出てきた人だろうけど、この人の髪の色は青でレクアは赤だ。あの荷物持ちの人の名前は確か。
「シャードさん?」
「……どうして私の名前を?」
「少し話しませんか?」
黙って頷いたシャードさんと共に店を出る。あの光景ではまだ私達と変わらない歳だったけど、今は成人女性だ。
話を聞いて、自分でもどうしたいのかはわからない。他人の事にこんなに首を突っ込む自分に驚くばかりだ。私が持っている情報を渡しても、シャードさんは一言も喋らなかった。
◆ ランフィルド広場 ◆
家族連れや散歩をする人で賑わうこの広場の一画で、深刻な話をさせようとしてる。シャードさんはベンチに腰をかけてから、ようやく口を開く。
「……モノネといったか。不思議な力を持つのだな」
「この剣には何度も助けられました。どうもです」
「きっとレクアも喜ぶだろうな」
「あの、レクアさん、は?」
無神経な質問だとわかっていたけど、聞かずにはいられなかった。大体の察しはついてるだろうに。シャードさんの瞳により闇が籠った気がした。この私も思わずゾッとしてしまうほどだ。
「私が殺した」
「あの、口を挟むようで申し訳ないのですが。それはあなたが手にかけたという意味ですか?」
「……違いはない」
黙っていたアスセーナちゃんが、申し訳なさそうに話に入ってくる。
「プラチナの冒険者レクアは、今でも未踏破地帯を散策しているという話です。それがすでに死亡していたとは……」
「私は止めたんだッ!」
突然の大声で、近くの人達も注目してくる。何でもないですよアピールをしつつ、シャードさんを見ると歯ぎしりをして膝の上で拳を作っていた。物静かな雰囲気だけど今の大声や瞳といい、どこか圧倒される。レクアの荷物持ちという認識だったけど、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
「獣魔の森の……悪魔の兎は予想以上だった……。一度退こうと提案したのに……レクアは……」
「ギ、ギロチンバニーに?」
「気がつけば私は血まみれで立っていて……この手に残されたのは剣のみだった……」
嗚咽を漏らして、シャードさんは両手で目を覆う。私もアスセーナちゃんも、こればかりは何もコメントが思いつかない。黙って聞くしかなかった。
「レクアは天才だったし……幼い頃からの夢を叶えたのに……。私はサポートするだけで幸せだったのに……。気がつけば、この街に辿り着いていた……」
「レクアさんを忘れようと、その剣を売ったんですね」
「アスセーナちゃん、もう少し包んで発言したほうがいいんじゃ」
――レクアよりもシャードのほうが素質は上だった
私が言えたセリフじゃ、と反省したところで達人剣君が何か語りかけてくる。涙をこぼすシャードさんと剣を交互に見た。二人の持ち主を経由していれば、そういうところもわかるのか。シャードさんが自覚しているのかは知らないけど。
――幼い頃から一緒だった二人は互いを尊重した。レクアの夢を叶えるべく、シャードは精一杯のサポートに務めた。シャードも内心、気づいていたのだろう。自身のほうが彼女を上回る事に……
「でも、シャードさんは一歩引いてた……?」
「……それが最悪の結果を招いてしまった」
連動するかのごとく、シャードさんが話し始めた。涙を拭いても、声はまだ震えてる。私がこの人にかける言葉なんてあるだろうか。少なくとも、今は何も思いつかない。
「私は冒険者になど、なりたくなかった。だがレクアのそばにいられるのなら、サポートでもついていきたかった。私は影でいい……レクアが光り輝く事だけが願いだった」
「それで達人剣君が何も語らなかった理由か」
「その剣はさぞかし、私を恨んでいるのだろうな。だが仕方がない……」
「いや、恨んでなんか」
私の言葉を最後まで聞かず、シャードさんは立ち上がる。あの人にとってレクアさんは大切な人だ。アスセーナちゃんにとっての私、というと少し失礼か。でも私にとってアスセーナちゃんは大切な友、恋人だ。愛とか恋なんてわからないけど、根底にある気持ちは一緒なはず。
「陰鬱な話を聞かせてしまってすまない。その剣は君が持っていてくれ。そのほうがいいだろう」
「シャードさん、本当にいいの?」
「私には必要ない」
「でも、この剣が気になってたんだよね」
「少し思い出しただけだ」
そう言ってシャードさんは去ってしまった。アスセーナちゃんですら、ほとんど何も言えないくらい重い。それどころか、自分の胸を抑えて苦しそうだ。自己投影でもしてるのかな。
今だからわかるけど、シャードさんにとってレクアさんが何なのか。少しわかる気がした。
「あの人、あの剣が売れたと知った時の顔……見てましたか?」
「うん。かなり残念そうにしてたよ」
「死んだ人が生き返るわけではありませんが、この剣は形見です。せめて思い出として心に残しておくべきかもしれません」
「プラチナの冒険者レクアが実は死んでいた、か。なんだか衝撃」
「……その後はあの人がフォローしたのでしょう。適当な理由をつけて、レクアさんの活動という事にしたんです」
アスセーナちゃんの見立てが正しいとしたら、あの人にはまだ未練がある。だけど一つ、腑に落ちない点があった。
「アスセーナちゃん。冒険者の活動って、他人が成りすましたりできるの?」
「カードさえあれば、可能です。つまり、失くすと大変ですよ。心無い人に利用されてしまうんですから」
「ふーん……あの人、全然吹っ切れてないじゃん」
レクアさんのカードを持って、冒険者を続けていたのが想像できる。憶測だけど、大好きな人の名を守っていたんだ。冒険者になりたくなかったと言った人が、大切な人のために。
少しセンチな気分に浸っていると、一人のおばあさんがこちらに来る。あの人は確かジェシリカちゃんが好きな紙芝居作家のユミルさんだ。二次発表を確認しよう、と思った時に会った。
「モノネさん、お久しぶりね」
「お久しぶりです」
「大賞の結果、おめでとう」
「へ?」
「優秀賞よ。あら、もしかして確認してない?」
「……マジですか」
この私としたことが、ブックスター大賞を忘れてしまうとは。私が優秀賞だなんて、いつもなら跳び上がるほど喜ぶのに。さっきのさっきだし、そんな気分になれないのはしょうがないか。ということは連絡がつかなくてテニーさんも困ってるはず。
「後で出版社のほうに行ってみたらどうかしら」
「あの、ユミルさんは?」
「……私は落ちた。ふふ、こんなおばあちゃんが書いた古臭い話だもの。当たり前よ」
「でも、二次には残れたんだから……」
「もういいの」
私の話を打ち切るかのように、ユミルさんは踵を返した。老いた背中がより小さく見える。賭けていたんだろうな。それが夢半ばで敗れてしまった。次があるといっても、あの歳だ。焦りもするはず。
私よりも絶対にいい話を書いてるはずなのに。文章だって比較にならない。
「それよりもね、私を必要としてくれる人達がいるの。第二の人生はもう決まったわ」
「へ? そうなんだ……」
「それじゃ、モノネさん。さようなら」
小さい背中が遠ざかっていく。就職先があるならいいけど、あの歳で何をするんだろう。それとも何か別のやりたい事でも見つけたのかな。何にせよ、私が口を挟むことじゃない。
「ユミルさんの言う通り、一度ブックスターに行ったほうがいいか」
「そのほうがいいですね。私は少し気になることがあるので、そちらを調べます」
「ネオヴァンダールの奴ら?」
「はい。モノネさんは絶対に見つからないようにして下さいね」
それだけ言って、アスセーナちゃんが駆け出した。戦い以外で布団から降りた姿を久しく見た気がする。私もあの連中については気になっていた。あのアスセーナちゃんの事だから、いつもならブックスターまでついてくるはず。
「はぁ……どうして、この私に平穏を与えてくれないかね」
「マスター、僕からも一つ進言がありまス」
「どうしたのさ」
「あの辺境伯が、あからさまに怪しいネオヴァンダールの軍隊を街に入れるはずがありませン。それどころか、彼らはどうやって国境を越えてきたのでしょうカ?」
嫌な予感大命中か。それでも私は私の役目を果たそう。テニーさんとひとまず連絡をつける。話はそれからだ。
◆ ティカ 記録 ◆
まさか この街に 達人剣の 持ち主が 姿を現すとハ
しかし あの女性 武器らしい武器を 身につけていなかっタ
この街に 強者がいたのなら 生体感知で わかるはズ
つまり あの女性は 街の外から やってきたのダ
いやしかし しかし それでも尚 強者とは 言い難イ
あの戦闘Lvでは 一般の人間と ほぼ変わらなイ
あの人の話が 本当ならば 自分を 責めるのも 仕方がなイ
自分は影 そう言っていタ
達人剣もまた 自らを影と していタ
僕も 彼女に負けないほどの 過去が明らかになった時
あんな風に ならないで いられるだろうカ
引き続き 記録を 継続
「アスセーナさん。いい加減、モノネさんを起こしたら?」
「イルシャさんも見るといいですよ。この寝顔……」
「もう昼過ぎよ」
「昨日の夕方からずっとこうしてるんです」
「前にも言ったけど、さすがに異常よ」
「私もずっと見てるんです」
「あなたもだいぶ異常ね!?」




