獣王と話そう
◆ バルバニース 獣王の間 ◆
足が合計6つほどある、異形の魔物の毛皮が敷かれた部屋に通される。その他にもツノが無数に生えた魔物の骨とか、オブジェクトが物騒だ。暴虐の証として残しているのか。なんて口が裂けても言えない。戦闘Lv187を一撃で殴り飛ばす怪物だもの。きっとゴールドクラスも裸足で逃げ出す。
「恋人になった感想はどうですか?」
「心地いいです」
「フフフ、そうでしょう」
反対に王妃のニース様は優しそうだ。灰猫の狩人なんて物騒な異名を聞いた気がしたけど、優しそう。髭を揺らして上機嫌だ。
そしてアスセーナちゃんが片時も離れず、常時べったり。さすがに暑苦しい。恋人といっても何をするんだろうか。一緒に遊んだり食べたりするのはわかる。つまりいつも通りか。
「王妃様は毛並みがよろしいのですね」
「撫でてよいのですよ」
「いいんですか?!」
「5秒以内にな」
伴侶の怪物の牽制を恐れず、頭を差し出した王妃様を撫でるアスセーナちゃん。目を細めて、嬉しそう。5秒に近づくごとに獣王の顔つきが険しくなってる。死に近づく前にやめさせよう。と思ったけど、5秒きっかりできちんとやめてくれた。途端に獣王の顔が穏やかになる。案外、単純だな。
「……それで、褒美の品は考えてきたか?」
「はい。それは獣王様だからこそ、お願いできるものです」
「ほう、言ってみろ」
「もし私達が困った時に力を貸していただきたいのです」
「む、それは構わんが……」
アスセーナちゃんが真面目モードだ。だけど、私の腕を取ったままじゃ恰好がついてない。ついでに布団から降りたらいいと思う。恋人ってこんなにベッタリしてなきゃいけないものか。
それよりアスセーナちゃんの願いがシンプルなようで、どこか不穏だった。
「モノネさん。ツクモさんを」
「それはいいけど……」
「ぞよう!」
隣に現れたツクモちゃんが、独自の挨拶を切り出す。明らかに異常な登場なのに、二人がまったく動じてないのが怖い。そして王妃様が挨拶を優しく返した。
ツクモちゃんがいれば、いつでも私達と獣の国を繋げられる事。それを踏まえた上で力を貸してほしい事。これらを簡潔に説明した。
獣王は厳しい表情を崩さず、黙って聞いている。もしかしたら、これが通常の顔かもしれない。常に怖いから、いつも怒ってるように見える。
「物霊か。聞いたことがないが、面白い存在だ。つまり、そのツクモのおかげで俺達がいつでも駆けつけられるという事だな?」
「はい。ぜひお願いできますか?」
「構わん。しかし、まるで脅威を想定しているかのようだな」
「……ネオヴァンダール帝国、聞いたことがありますか?」
「名前だけはな」
久しぶりに聞いた。アスセーナちゃんがシリアスだから、面白い話じゃないだろうな。あの巨大要塞のアトラスは今でも印象に残ってる。その第七部隊の隊長ロプロスに天候を操るミヤビ。もしあんなのが本格的に暴れ出したら。あぁ、そうか。
「彼らの動きが不穏です。帝国第七部隊と遭遇した時にも感じました。その時の隊長……ロプロスが。まるでモノネさんに好奇が注がれてるようにも見えたのです」
「やめてよね」
「まだ断定は出来ませんが……。もし彼らが本格的に動き出したら、私達だけの問題ではなくなる。そんな気がするのです」
「ふむ……」
不穏極まりない発言で布団を被りたくなる。でもこんな雰囲気でも、アスセーナちゃんは私から離れない。この姿勢のせいで説得力が半減しそうなものだけど、話は順調に進んでいる。
「バルバス、断る理由がありますか?」
「ないな」
「ありがとうございます!」
「困った時はいつでも駆けつける」
アスセーナちゃんの判断だから、間違ってはいないと思う。その困った時がこない事を祈ろう。全力で。
「ところで……先程から気になっていたのだが。その小さな人形だ」
「ティカの事ですか?」
「ティカというのか。それはどういう存在なのだ?」
「うーん、私もよくわかってなくて。唯一、ゴーレムという事だけしか……」
「それに似たものを、俺はかつて見たことがある」
「ホント!?」
思わぬ発言に、布団ごと滑走してしまった。接近しすぎて戦闘態勢になりかけた獣王の前で、死を覚悟しそうになる。落ち着いて布団の上で正座をして、姿勢を正した。
「かつて俺達は土地を求めて、世界を旅した。その最中だったか……それと同じようなものがたくさんある島を見たのだ」
「"夢島"……と、人間に呼ばれている事が後にわかりましたね」
「夢島……」
「とても建国には適さない場所だったのでな。上陸はしなかったが、今になってふと思い出した」
「……場所を教えて下さい」
意を決した私を獣王が見据える。そして兵士の獣人に地図を持ってこさせて、印をつけて渡してくれた。場所はかなり遠い。マハラカ国の遥か北の海だけど、問題はそこじゃない。
「ネオヴァンダール帝国の領海ですね」
「きな臭すぎる」
「とはいっても本土からはかなり離れてますし、管理されているかはわかりませんね。モノネさん、どうしますか?」
「ティカ、どうする?」
「マスターの意思に従いまス」
「そうじゃなくて……」
ティカの小さな体を正面に持ってきて、目を見る。ここは私も真剣だ。何せ、ここでの決断がティカの今後を左右するから。
「もしかしたら、ここであんたの秘密がわかるかもしれない。でもそれはいいものとは限らない。どうする?」
「マスターはどう」
「私じゃなくて、あんたがどうしたいか聞いてるの」
「……僕は知りたいデス」
マスターなんて呼ばせているけど、その意思決定までは束縛しない。マッハキング戦での暴走を越えて、ティカにもようやくそれが備わった気がする。そして今、意志を示してくれた。
「自分が何者かを知ったなら、皆さんと同じになれると思いまス」
「同じに?」
「皆さんには過去があり、今日がありまス。ですが僕には過去がなイ。このままではよくありませン」
「よくない事はないと思うけど」
「僕が納得できないのデス」
「そっか。それならしょうがないね」
マスターと呼んでついてくるだけじゃない。ここでハッキリと自分で答えを出してくれた。よく出来ましたと、私はティカを撫でる。照れくさそうにして布団に入ってしまった。よっぽど無理をしたのがよくわかる。
「不思議な存在だな。俺も興味が沸いてきた」
「物に命を吹き込む少女に竜に変身する少女……長生きすれば、いろいろな者達と出会いますね」
さらっとアビリティがバレている事実を突きつけられた。竜に変身する少女がやっぱり引っかかる。これも私が読んだ本に出てきたような。もしかして私は、とんでもない歴史の生き証人と対峙しているのでは。
「夢島か……。今すぐにでも、というわけにはいかないか」
「まずはランフィルドに帰りましょう。スズメさんの件もありますし」
「スズメちゃんはどうする事になったの?」
「ハルピュイア運送に戻るみたいですよ。もう一度、頑張ってみるそうです。ヒヨクさん達と一緒に、後で帰るといってましたね」
「それはよかった」
あんなに臆病でも、勇気は私の百倍だ。先輩の人徳もあったんだろうけど、どうか頑張ってほしい。ゴローが発狂してそうだけど、この際どうでもいいか。勢い余ってランフィルドまで追いかけてこなければいいけど。
「帰るのですね。またいつでも遊びに来て下さい」
「達者でな。俺達には、いつでも暴れる準備があるぞ」
「本当にありがとうございました!」
さようなら、と手を振って獣王の間から出る。そして国を後にして、遥かな帰路へ。とはならず、ツクモちゃんの力で普通に瞬間移動だ。余韻もへったくれもない。そういえば駅はどうなったかな。
◆ ランフィルド 中央通り ◆
久しぶりに見るランフィルド中央通り。ランフィルド食祭の会場にもなったここは、街の中でも一番賑わう。
そんな賑わいの中に一際目立つ一団がいた。ヘルメットみたいな兜に紫の軍服という物騒な身なりをした人達が、簡易テントを張って何かを催している。
「あれ、なんだろうね」
「ユクリッドの兵隊には見えませんね。それにあの看板……」
来たれ! 勇猛なる戦士!
ネオヴァンダール帝国にて、その才気を発揮しましょう!
慣れない業務でも安心! 先輩が優しく指導してくれます!
アットホームな職場です! まずは、こちらにて相談を!
「なにあれ」
わかった事はネオヴァンダール帝国の軍人が遥々やってきて、こんなところで求人活動をしている事だ。他にも昇給あり、実力次第でどこまでも行ける、やる気重視、アビリティがあれば特別賞与あり。何とも耳心地によさそうなワードが並んでらっしゃる。
「ネオヴァンダールの話をした後にアレとか。なんだか嫌すぎる」
「確かに臭いですね」
場合によっては早速、獣王に暴れてもらうところだ。嫌な予感以外なにもしない。大体、ネオヴァンダールからここまでだとかなりの距離がある。そこまでして求人活動をする意味がわからない。
「そこの道行くおにいさん! アビリティなんか持ってないかい? 今なら特別賞与が出るよ!」
「いえ、遠慮します……」
「そこのお子さん! アビリティを持ってるかい!」
「ふえぇぇぇぇん!」
手あたり次第に勧誘してるし、子どもに至っては泣き出した。誰だ、あんなものを街に入れたのは。それでも待遇はかなりいいせいで、ちょくちょく立ち止まって興味を持ってる人がいる。あの高待遇には惹かれるのか。
私の嗅覚からすれば、怪しさしかない。うまい言葉で釣っておいて、実体はまるで違うに決まってる。労働をバカにしてるとも思える考えだから、口には出さないでおく。
「ひとまず離れましょう。モノネさんは目立ちますから」
「すまない。道を聞きたいのだが」
「いえ、職は間に合ってま……いや、あいつらの一人じゃないか」
見ると、スタイルがいい年配の女性だった。青いロングヘアーが目立ち、前髪が目元まで伸びてミステリアスな雰囲気だ。早く退散したいけど、この人を無視するのもバツが悪い。
「どこに行きたいんです?」
「この街にある武器屋……名前は忘れた」
「武器屋か」
この細身の女性に似つかわしくない案内先だった。この街にある武器屋といえば、一つしかない。前に盗賊退治の準備をした店だ。それなら容易い御用だから、親切にしてあげよう。
「いいよ、案内してあげる」
「すまない」
ここから遠ざかるなら何でもいい。この人はランフィルドの住人かな。どうも初めて会った気がしない。しないけど、どう考えても初対面だ。あの武器屋の店主の知り合いかな。まぁなんでもいいか。
◆ ティカ 記録 ◆
僕は もう迷わなイ
僕が 何者であろうが 僕は僕ダ
ここまで導いてくれた マスター
そして 恋人のアスセーナさん
お二人が 幸せであるように 僕も掴みたイ
自分の 未来を 幸せヲ
それはそうと 帝国兵とは 物騒ダ
そして 戦闘Lvが ユクリッド騎士団のそれを
遥かに 凌グ
真の目的を 果たす前に 手を打たなければ
危ないかも しれなイ
引き続き 記録を 継続
「恋人とは寝食を共にして、幸せと将来を分かち合うんです」
「なんか重い」
「重いですか?!」
「どっちかというと、それは結婚のほうが近いと思う」
「結……婚……!」
「また踏んでしまった予感がする」




