受け入れよう
◆ バルバニース スモー大会の会場 ◆
やる気満々のゴローが土俵に上がり、アスセーナちゃんを睨む。何の因縁もないはずだけど、互いに告白という動機があるからか。
どことなく立ち込める熱気が違う。猿の審判が、両者をそれぞれ一瞥する。今、ちょっとため息はいた。実はもう帰りたいと思ってそう。
「おめぇ、アスセーナとかいったべ。誰に告白するんだべや」
「秘密です」
「ほぉ、それじゃ俺が勝って永遠に秘密だべ」
「心配ないですよ。今の私は強いですから」
いつでも強いと思うけど、アスセーナちゃんは真剣な顔をしてた。それは戦ってる時と同じだ。私の布団に潜りこんでくるアスセーナちゃんじゃない。あそこにいるのは冒険者アスセーナだ。そんな本気のあの子に、ゴロー程度じゃ呑まれて当然だった。わずかにたじろいで、足が下がる。
「お、おめぇ何者だべ?!」
「私はアスセーナ。シルバーの称号を持つ冒険者です。ゴローさん、怪我をさせてしまったらすみません」
「ぐ、ぐぅうう! 言ってくれるべや!」
「では……」
猿の審判が始まりの催促をした。そりゃ、このまま喋り続けられても困る。会場全体が沈黙した時、決戦は始まった。
「はっけよいッ!」
土俵の上からゴローが消えた。誰もが何が起こったのか、認識できてない。だけど数少ない実力者は、それを目で追っていた。弧を描いて飛んでいくゴローが遥か遠くに落ちた時、その音で全員がようやく気づく。
アスセーナちゃんは平手を突き出したまま、中腰で構えたままだ。いつ前に出たのか、ゴローを押し出したのか。あのアビリティを使ってないにしろ、もはや私が立ち入っていい世界じゃない事は確かだった。
「あ! また私なんかが関わっていい世界じゃないとか考えてますね!」
「いきなり我に返えらないで」
「勝負あり……西……アスセーナ」
決勝戦だというのに、この盛り下がりはひどい。勝負というのは、実力が拮抗しているから面白い。一方的すぎるとそれはただのいじめになるし、ましてや瞬殺となればコメントも見つからない。
初の人間優勝という快挙なのに、このムードは本当に寂しいものがある。ただ唯一、この試合に拍手をする人がいた。獣王だ。
「うむ! いい勝負であった!」
「本当ですか」
思わず突っ込んでしまった。命知らずな兎である。その虐殺的な目を向けられて、思わず正座してしまった。真面目アピールに何の意味があるのか、私にもわからない。
獣王が立ち上がり、その大きさに改めて驚く。あれを前にしたら、ゴローすらも小柄に見えてしまう。
「どうした! 称えよ! この者は頂点を勝ち取ったのだぞッ!」
「お、オオオォォォ!」
恫喝ともいえる獣王の鼓舞で、会場が一変した。今まで溜まっていたものが噴出したかのように、拍手喝采と声援で地面すらも振動する。
飛んでいったゴローがますます惨めだ。子分の二人が追いかけていったから、任せよう。
「アスセーナよ、素晴らしい実力だ。踏み込み、重心の隙、力の調整……すべてを調和させた動きだ。久しぶりに血が滾りそうになったわい」
「ありがとうございます。獣王からの賛美は、末代までの勲章になります」
「末代か。それを成すためには、告白とやらを成就せねばならんな」
「あっ……」
あっ、じゃないよ。急に赤面し始めて、固まっちゃった。いざとなると怖気づいたか。
しかし、ここにその好きな人がいるというのは興味深い。相手が誰であろうと、友達として応援するつもりだ。獣人以外に見当たらないけど、たとえ相手がそうであってもね。
「それは……その」
「……俺と妻のニースは種族が違う。それに従者でもあったのだ」
「え……?」
「お前と愛する者との間に、隔たりがあるのだろう。己が異常ではないか、そう悩んでいるな」
「それも、そうですけど」
獣王がいきなり悟り切ったような話をし始めた。アスセーナちゃんには通じているみたいだ。傍らにはいつの間にか、王妃がいる。グレーの毛並みがなんとも綺麗だ。触ってみたい。
ところで獣王が一瞬、こっちを見た気がした。やっぱりさっきの突っ込みを根に持ってるのか。逃げる準備だけはしたほうがいいかな。
「愛している、こんな言葉が重くしているのだろうな。アスセーナ、お前の気持ちはどうだ?」
「……好きです。一日だってその人の事を考えなかった日はありません」
「そう、好きでいい。俺がかつて出会った少女達も、そんな難しい事は考えてなかった」
「少女達……?」
今の獣王の言葉で、何かが引っかかる。今の少女達というフレーズにピンとくるものがあった。そう、あの小説だ。あれも女の子同士が。あれ、なんか話の流れが怪しい。私は何を予感しているんだろう。ここまで心臓が高鳴る事なんて一度もなかった。
「乗り越えろ、アスセーナ。これ以上、俺からは何も言えん」
「獣王……」
私は少女達を知ってる。それはお話の中に存在した二人だ。だけどそれは実話で、二人は世界を救った。
「私、告白します。女の子同士だろうと、たとえ拒否されようと……私は好きなんです!」
「よし、行けッ!」
思わず布団を体にまとってしまう。アスセーナちゃんが消えたと思ったら、目の前に。何かを言おうと思っても、言葉が出てこない。喉がかすれて、私自身も今の状況に対して緊張してる。心臓がうるさいくらいに活発だ。
アスセーナちゃんの頬が染まり、かつて見た事がない切ない表情だ。今にも泣きだしそうでもあり、苦しそう。なんで今の今まで気づかなかった。瞬撃少女に出てくる二人は女の子だ。私自身がその手の設定を受け入れて読んでいたのが不思議だった。
「モノネさん……私……」
「ア、アスセーナちゃん。念のために言うけどさ、まさか……だよね」
「ダメ、ですか?」
「いや、ダメっていうか。うーん……」
過剰なスキンシップ、異様な執着、明らかに普通の女の子同士のスキンシップじゃない。
そしてアスセーナちゃんは今まで辛かったはずだ。私に嫌われるんじゃないかと、この瞬間も苦しんでる。口を開こうとして何度も噤む。ついには涙まで浮かべてしまった。
「アスセーナちゃんは素敵だし、誰もが憧れると思うよ。男達だってほっとかないほどにね」
「やっぱり……やっぱり、気持ち悪いですよね」
「本気なんだよね?」
「はいッ……」
わかっているのに、予防線を引いてしまう。実際、アスセーナちゃんならどんな男でも断らない。見た目もかわいいし、ちょっと天然なところがまたくすぐると思う。それでいて、どこか気高い。今まで見てきたけど。
いや、なんで私がそこまで分析しているのか。顔が熱くなってきた。体中が火照っているかのようだ。
「……あのさ。アスセーナちゃん、後悔しないんだよね?」
「え、つまり、それは?」
「私はアスセーナちゃんの言葉をきちんと聞いて受け入れる準備が出来たよ」
「気持ち悪くないですか?!」
「元々、そういうのに疎いし興味なかったし……別になんでもいいんじゃない? それこそ……」
アスセーナちゃんの涙が頬を流れる。私はアスセーナちゃんが嫌いじゃない。悲しませないためとか、そういうのも正直あると思う。それ以上に私がそういうものに執着がない以上は、拘る必要がなかった。
「女の子同士でもさ」
「モノ、ネさんっ!」
「はい。どうぞ」
「私……!」
あのアスセーナちゃんが歯を食いしばってから、大きく息を吸う。そして腹の底から、きっと生まれて初めて一番大きな声を出すはずだ。あの優雅で強すぎるアスセーナちゃんが。何でも思い通りにいってしまう天才が。今――
「モノネさんが大好きですッ! 愛してますッ! 私とお付き合いして下さーーーーーいッ!」
勇気を出した。うまくいかないかもしれない、天才がそんな不安を抱いて私なんかに。告白した。
「うん。いいよ」
そしていつものノリで軽く答える。恋愛、それは私にはさっぱり理解できない。だったら深く考える必要はない。
ましてや相手はアスセーナちゃんだ。気兼ねする仲でもない。自分で決心したことだ。相手が誰であろうと応援するって。
「……いい、よ、ですか?」
「私もアスセーナちゃんが好きだからね。恋愛感情かどうかは知らないけど」
「好きですかぁ?!」
「好きだね」
「いやっほおおおぉぉぉぉう!」
今まで静観してた獣人達が沸き立った。口笛、賞賛、祝福。猿の審判もゴリタリウスもダッサイも、すべての対戦相手も。ヒヨクちゃんやコルリちゃん、スズメちゃんも。それぞれが拍手している。ある獣人は雄叫びを、ある獣人は嘶きを。孔雀の獣人が広げる尾が綺麗だった。
獣王が何度も頷き、ニース様が目を閉じて静かに泣いていた。
「モノネさん、モノエさぁん、私、わだじぃ……」
「うんうん。アスセーナちゃんはすごいよ。皆、褒めてくれてるよ」
「ひーーん!」
今回ばかりは抱きつかずに、地面に座り込んで子どもみたいに泣きじゃくってる。こんな時、どうすればいいのかわからない。ひとまず頭を優しく撫でてあげると、ようやく布団に倒れ込んできた。
ゴローを抱えた子分二人が、周囲を見渡してる。把握しなくていいから、ひとまず気絶してるゴローを介抱してあげてほしい。
「私、怖かったんです……女の子同士なんて普通じゃありませんし……自分自身も異常だって……。わかってたんですけど……」
「あの人達を見なよ。恐らく雌同士……いや、失礼か。女の子同士だよ」
「え……」
「あの鳥の獣人二人は同じリボンをつけてるし、多分女の子同士」
人間社会だと異常かもしれない。だけど、ここには自由がある。あらゆる偏見を排除した、本当の意味での自由な国だ。
あの人達からすると、私もだいぶ常識に縛られていたかもしれない。アスセーナちゃんの恋の相手が私だと知った時は、さすがに緊張した。そんな私を差し置いて、獣人達はとっくに乗り越えていたんだ。
「今日はめでたい日だな! 強き者が勇気を奮い立て、愛する者に告白する! 面白い日だ! ワハハハハハ!」
「あ、あれは……」
まだ気持ちが落ち着かないアスセーナちゃんから目を離して、ふと上を見上げた。誰かが最初に見止めたそれは、怪鳥だった。
青空を覆うほどの巨体を見せつけて、堂々たる風格を見せつけてくる。盛り上げムードが一気に雲散するのがわかった。
「おめでたいところすみませン! マスター、あれはネームドモンスター……偉大なる空王デス!」
「な、なんで今?!」
「わかりませン……」
「偉大なる空王……とある地方ではこう言い伝えられている。幸せの絶頂を摘み取りし凶鳥……他人の幸福を至福として、空を旋回する……」
誰かの解説が正しければ、とんでもなくはた迷惑な魔物だ。幸せを摘み取ろうと、遥々やってきたのか。そしてその幸せとは私達。なるほど、今までの私ならのほほんと聞いていたに違いない。だけど今日は別だ。
「アスセーナちゃん、あれ殺すよ。いい?」
「は、はい……」
「戦闘Lv……187……」
ティカが震えるほど、かつてない魔物だ。でもここにいるのが、何だと思ってるのか。
――ぶっはねぴょん
「難攻不落の魔物ギロチンバニー、推参」
凶鳥が真っすぐに急降下してくる。その風圧だけでも、あの屈強な獣人達が散り散りになるほどだ。ゴリタリウスもダッサイも、あの強い踏ん張りすらも効かない。とんでもない魔物だ。
「いざ……」
「鬱陶しいわ! この鳥がぁッ!」
凶鳥がバネみたいに跳ね返る。同時に地面への衝撃が駆け巡り、地割れで土俵が沈んでしまった。地響きというより地震だ。上下に激しく揺れた大地が、遠くの建物を傾かせる。
何が起こったのか。それを認識できたのは、すべてが終わった後だった。
「他人の恋路をついばむアホ鳥が。海にでも浸かってろ」
獣王が拳を振り上げていた。いわゆるアッパーだ。あの人が、アッパーで偉大なる空王を撃退した。その肝心の空王の姿はもうどこにもない。アスセーナちゃんがゴローをぶっ飛ばしたように、獣王もまた同じ要領だ。ただそれだけだった。
「思わぬ珍客だったな。もう大丈夫だ」
「海ってここから、だいぶ遠いですよね」
「そうでもないぞ」
「そうですか」
今、この場で冷静なのはニース様だけだ。お疲れ様と言わんばかりに、獣王に頭を下げる。総崩れの獣人達、またぶっ飛んだゴローに潰される子分二人。完全に目を回してるハーピィ達。冷静に話しかけられたのは、浮いてる布団の上にいた私だけだった。
「今ので建物に被害が出てしまったな。おっと、土俵もか……」
「すぐに予算を見積もりましょう」
「すまんな、ニース」
一仕事を終えた夫婦みたいに振る舞うんじゃない。アスセーナちゃんの覚悟も、私の緊張もすべて吹き飛ばされてしまった。あの獣王によって。もはや化け物という言葉すら生ぬるい。
「どうした? そうだったな、褒美の品を忘れていた」
そんなもの思いつくか。少しは心を整理させてほしい。いろいろありすぎた。本当に。
◆ ティカ 記録 ◆
今 僕は どうしていいのか わからなイ
女性である アスセーナさんが 女性である マスターに
愛の 告白をしタ
マスターは それを 受け入れタ
愛とは 何カ
僕の中には データが なイ
アスセーナさんとマスター これから どうするのカ
恋人といえば 互いに寄り添い 抱き合ウ
ん いつも通りでハ
思考が ショートしそうダ
引き続き 記録を 継続
「恋愛ねぇ……。やっぱりよくわからない」
「いいんですよ。これから知っていけば……」
「うん、それはそうとしてさ。なんか手つきが、ちょ、ちょっと! 何!」
「す、すみません!」
「……よくわからないけど、物を知るにも段階というものがあると思う」
「はい……」




