スモーを観戦しよう
◆ バルバニース スモー大会の会場 ◆
スモーとは即ち、特定の範囲内で戦う競技。範囲から出たら負け、足の裏以外が地面についても負け。武器、スキル、魔法、アビリティは使用禁止。私に出場権はない。このおかげで、アスセーナちゃんに出場を勧誘されずに済んだ。
人間の出場も有りだけど、なんであの子が出場する気になったのか。選手の大半が獣人なのが、この大会だ。理由は単純でアスセーナちゃんじゃなかったら、人間はほぼ一回戦で消える。純粋な身体能力のみとなれば、人間の出る幕はない。
何せ獣人どもの平均戦闘Lvときたら、成人でLv50だもの。つまり、だいぶ前に粋がってたパイナップル頭とかギャングどもがスキルや武器を駆使しても勝てない。そしてあのゴローに至っては60を超える。
「勝負あり! 東ィ! ゴロー!」
「うおおぉぉぉ!」
「兄貴ィ、さすがっす!」
ゴローが破竹の勢いで勝ち上がってる。相手の牛の獣人を余裕で下していた。これが愛のパワーか。スズメちゃんが不安げに見てる。勝ち上がってほしくないという気持ちがよく伝わってきた。
私が見てる限り、あれ以外で優勝しそうなのは前回の優勝者とアスセーナちゃん、ヒヨクちゃんかな。だけどヒヨクちゃんの人気はあまりよろしくない。
「次は西ィ、ヒヨク~!」
「ヒラヒラ逃げるんじゃねぇ!」
「堂々とぶつかれや!」
「東ィ、ダッサイ~!」
「あの卑怯なハーピィをぶっ飛ばせぇ! ダッサイ!」
「ダッサイ! ダッサイ! ダッサイ!」
敵の攻撃をかわしつつ、隙をついて転ばせるというヒヨクちゃんの戦いが不人気だ。パワーじゃ勝負にならないから、そうせざるを得ない。スモーにおいてはぶつかり合いのほうが人気があるから、こうもなる。
対する相手は、名前のせいで風評被害を受けてそうなサイの獣人だ。前回はベスト8入りという、なかなかの猛者のようで。
「はっけよいっ!」
試合開始と同時にダッサイが突進するも、ヒヨクちゃんが難なくひらりとかわす。だけどダッサイが踏みとどまり、両手でヒヨクちゃんを捕まえに行く。それすらも、回転するようにかわしたヒヨクちゃんが強靭な足でダッサイの足を引っかけた。バランスを崩したダッサイがあえなく撃沈。
「勝負あり! 西ィ! ヒヨク~!」
「クソがぁぁ!」
「次から羽は禁止にしろ!」
「これだから変化は盛り上がらねぇんだよ!」
この罵声を聞いてると、人間も獣人も変わらないなと思う。こんな中で、冷静にスモーをとり続けるヒヨクちゃんのメンタルを褒めたい。うっかり翼の毒をまき散らして反則負けしたコルリちゃんの分まで、頑張ってくれるはず。
大盛り上がりのまま、大会が進んでいよいよ準決勝だ。残ったのはゴロー、前回の優勝者、ヒヨクちゃん、アスセーナちゃん。4人のうち、2人が身内とは。
「次は東ィ! ゴロー! 西ィ、ヒヨク~!」
「ゴロー! 潰せぇ!」
「兄貴! 迂闊に踏み込まんで下さい! 受けに徹してれば、あの女のスモーは殺せますぜ!」
「ヒヨク先輩! 素早さを活かして攪乱しましょう!」
何気にキツネのアドバイスがえげつない。ヒヨクちゃんも負けてないけど、こりゃ荒れるかな。そしてここにきて、ゴローの目つきが変わった。まるで獣のようだ。獣か。
「おめぇと戦えるのを楽しみにしてたべや。スズメを泣かせる先輩よぉ」
「私もよ。あなたにスズメは渡せない」
「はっけよい!」
開始と同時にゴローが、その場に踏みとどまる。手下のアドバイスを実践してる、いい兄貴だ。対してヒヨクちゃんはゴローの周囲を、滑走し始めた。後輩のアドバイス通りの動きか。
「スズメはなぁ! 昔っから不器用で、とろくせぇべや! それなのに叱りつけやがって!」
「何度言ってもこなせないのなら、時には叱りつけるわ。不器用でとろくさいからしょうがないで済むほど、社会は甘くないのよ」
「そうやって上から押さえつけて、スズメの気持ちも考えねぇ!」
「物資の運搬ミスや滞りが起こると、困るのはお客様と会社よ。会社は信用を失い、仕事も減る。お客様は届けられず、受け取れず。会社は慈善事業でもないし、仲良しクラブでもない。組織に所属した以上は、スズメだけの問題じゃないの」
「そ、組織組織っておめぇ! ス、スズメは物じゃねぇ!」
勤め人としてのご高説が、ゴローを圧倒してる。私も圧倒された。耳を塞ぎたくなる。一番効いてるのはスズメちゃんだ。完全に意気消沈して、もはや試合を直視できてない。あまりにかわいそうだから、背中を撫でてやった。
「あなたはスズメが好きみたいだけど、本当にあの子の幸せを考えてるの?」
「あたりめぇだべや! おめぇみてえに、いじめねぇ! 食い物も俺が全部とってきてやるべや!」
「ふーん……まるでペットね」
「なっ……!?」
「う……!」
ゴロー以外になんでアスセーナちゃんが効いてるの。なんか射抜かれたみたいに呆然としてる。一方、両者の攻防は膠着状態に陥ってた。一見してゴローが翻弄されてるかもしれない。
だけど問題はゴローのスタミナの底が、まったく見えないところだ。息切れせずに、しかも着実にヒヨクちゃんを捕えつつある。
「あなたはスズメが好きなんじゃなくて、可愛がりたいだけでしょ。だから相手の気持ちも考えずに、しつこく追い回せるのよ」
「ぐっ……! おめぇはどうなんだ! 叱りつけて、スズメを泣かせて!」
「もしスズメが本気で辞めたいというのなら、止めないわ。だけど本気で仕事をやり遂げたいというのなら、全力で協力する。今回はその白黒をつけずに逃げたから、追いかけてきたのよ」
「ヒヨク先輩……」
ふと、スズメちゃんが顔を上げた。舞うヒヨクちゃんを見つめているようだ。勤め人について語る資格もない私だけど、なんとなくわかる。
「甘やかして育てば、不幸になるのはスズメよ。ゴロー、あなたは相手にとって最も残酷なことをしようとしてる」
「残酷?!」
「何でもやってもらわないと出来ない生物になるのよ。これがペットじゃなかったら何なの?」
「……ッ!」
ゴローの振り上げた腕が一瞬だけ止まる。そこを見逃さず、ヒヨクちゃんがゴローの懐に入った。
回転しつつも体当たりをかまして、ゴローの巨体を揺るがせた。これはまずい。
「スズメは……俺が! 俺がぁ!」
「うっ?!」
本当に一瞬の決着だった。ヒヨクちゃんがゴローの片手で払われるようにして、土俵外に放り出される。隙をついても、体当たりで倒しきれなかった時点で勝負はついていた。
「……勝負あり! 東ィ! ゴロー!」
「兄貴ぃ!」
「へっ! ハーピィめ! ざまぁみろってんだ!」
手下の声援とは裏腹に、ゴローの顔は浮かない。ヒヨクちゃんの精神攻撃が効いているみたいだ。さっきまで平然としていたのに、今は何故か息切れしてる。
「クソッ……スズメ、俺は……俺は……」
「次は東ィ! ゴリタリウス~! 西ィ! アスセーナ~!」
何かぶつくさ言ってるゴローが土俵を降りると同時に、次に戦う二人が上がる。とてつもない名前の前回優勝者、ゴリラの獣人ゴリタリウス。その盛りに盛った体躯から、実力は想像できる。優勝賞品として希望したバナナ一年分が、食べきる前に腐って大泣きしたという逸話は有名らしい。バカなのかな。
そんなのでも、アスセーナちゃんと比べたら体格差がありすぎる。
「はっけよい!」
試合時間2秒。ゴリタリウスが攻める前に、アスセーナちゃんの張り手がお腹にヒットしていた。威力だけなら大したことがなさそうに見える。だけどそれが当たったと同時に、ゴリタリウスの巨体が弾かれるようにして土俵の外に出された。
今に始まったことじゃないけど、化け物すぎる。もう私が戦っても絶対勝てない。なんであの時、勝てた。
「勝負……あり。西、アスセーナ」
「やりました!」
一人だけ勝利のテンションだけど、審判らしき猿の獣人は片言だ。あまり非現実を見せつけてやらないでほしい。これで決勝戦はアスセーナちゃんVSゴローか。
高台に設置された席から見下ろしていた獣王が、ここで初めて拍手をした。鬣が印象的で、ライオンの獣人かな。隣に座ってる王妃は短いグレーの体毛で覆われた猫の獣人だ。二人とも歳を重ねているせいか、ヒゲがやや垂れ下がっている。
「いよいよ決勝戦か……。獣王様は勝ち続ける奴が好きだからな。あの二人のどちらかを気に入るに違いない」
「王妃様もそうだったか?」
「どうだろうな。お優しい方だが、昔は"灰猫の狩人"とかいう異名で恐れられていたらしい……」
「マジかよ、初めて聞いたぜ……」
観客の会話が聴こえてくる。勝ち続ける奴が好きとは、なかなかシビアだ。だらけ続ける奴は八つ裂きの刑かな。引っ込んでよう。
「熱が冷めぬうちに始めよ」
重く圧し掛かるような獣王の声だ。バニースウェットを通じて、あれの怖さが伝わってくる。間違っても、ぶっはねぴょんとか言っちゃいけない。何せ声だけで場を静まらせたんだから。
さすがのゴローとアスセーナちゃんも、獣王の一声で促された。さっきまでのテンションを引っ込めて、真剣なまなざしで向かい合う。
「ゴローさん。あなたを尊敬します」
「あ……? なんだ、おめぇ」
「自らを奮い立たせて、愛する者へ示す。私にはない覚悟です」
「そ、そうか」
アスセーナちゃんの脈絡のない話に、ゴローが呑まれてる。獣王の前で、滅多な事は喋らないほうがいい。おふざけが嫌いそうな顔をしてらっしゃるもの。
「ですので、あなたに倣って私も覚悟を決めようと思います」
「はぁ……そうか」
「この獣の国は種族の分け隔てもなく、互いを尊重して時には愛し合ってます。そう、種族の垣根すらも越えられるなら……」
「何でもいいけどよ、審判が困ってるべや」
本当だ。完全に始めるタイミングを見失って、アスセーナちゃんの話が終わるまで待ってた。でも獣王からは怒りを感じない。ただひたすらに静観してる。怒ってなさそう。
「今日、あなたに勝って優勝して……愛する人に告白します!」
「おぉ……?!」
アスセーナちゃんの素っ頓狂な発言に、観客が一気に沸き立つ。伝統あるスモーの場を汚さないでほしい。そもそも、この場にアスセーナちゃんが好きな人がいるのか。偶然にしても出来すぎてる。まぁあの子のテンションにいちいち構っていたら身がもたない。ここは皆、華麗にスルーして試合を楽しんでほしい。
◆ ティカ 記録 ◆
スモー アズマの伝統競技で 肉体同士のぶつかり合いが
獣人達の 心を 掴んだと 思われル
マスターが 参加できないのは 残念だが
きっと マスターも 参加を拒否するので
手間が 省けたカ
ヒヨクさんは 一歩及ばず アスセーナさんは 底が知れなイ
ゴローは あれだけの身体能力があるなら スキルや武器を
持てば 更に強くなるのでハ
しかし アスセーナさんの 愛する人とは 一体?
引き続き 記録を 継続
「スモーにはいろいろな技があるんですよ」
「へぇ、どんな?」
「例えば、こうして相手の腰に手をかけて体をくっつけて」
「あ、もういい」
「なんでですかぁ!」
「何となく」




