バルバニースに入国しよう
◆ 獣の国バルバニース 入口 ◆
「はいはい、人間の方ですめぇ。初めてなら、こちらの誓約書を読んでサインをお願いしますめぇ」
ようやく着いたバルバニースの入口でも、厳しいチェックが行われていた。このヤギの獣人の他にも、いろんな獣人がお勤めしている。入国希望者が列を作って、時には持ち物をチェックされてた。犬の獣人が鼻を鳴らして、冒険者の荷物の匂いを嗅いでる。
「んー、これはロイヤルマタタビ成分が含まれてますねー。こういうのは持ち込み出来ないんですよ」
「えぇ! そうなのか?」
「はい、すみません。以前、ロイヤルマタタビが大流行した際にちょっと事件が頻発しましてね。それ以来、規制が厳しくなっちゃったんですよ」
「マジかよ……」
冒険者の私物が、どんどん弾かれてる。食べ物には厳しいくせに、武器なんかはノーチェックだ。人間ごときが武器で暴れても、余裕で止められるという自信の証か。そしてこちらは、この誓約書を熟読してる。アスセーナちゃんが。
「もし違反物が見つかった場合は、その場で八つ裂きにされる場合もあるそうですよ」
「やっぱりやめようか」
「それと重要なのは、もふもふやなでなでといった行為ですね。やる場合は相手に了承を貰う必要があるようです。
嫌がる行為をした場合は骸にされる事もある、と」
「なんでいちいち残虐なの」
恐ろしい。どこまでいっても獣は獣か。このヤギの獣人も温厚そうに見えて、実は怖いかもしれない。この野蛮極まりない規約のおかげで、入国者のお行儀がいいのかな。好き好んで獣人の国で問題を起こす人なんていないか。
「はい、読みましためぇ? では食べますめぇ」
「なんでさ」
「働きっぱなしで、お腹すくんですめぇ。もしゃもしゃ……あ! もう一度、サインをお願いしますめぇ」
「習性の違いをこんな形で見せつけられるとは」
おいしそうに誓約書を食べるヤギに、隣で時々顔を洗ってる猫の獣人。仕草を一つとっても、遠くまで来たんだと実感する。猫の獣人が、私の兎耳を目で追ってるのが怖い。じゃれついてきそう。
「ところで、そちらのお嬢さんは人間ですめぇ?」
「どの角度から見ても人間だよ」
「そうですかめぇ。てっきり兎に扮して、兎相手に婚活をするのかと」
「メリットも可能性もまったくない」
「そうですよッ!」
力が入った反対は無視して、無事に入国のお許しが出て一安心だ。でも入る前に念のため、質問しておこう。
「あのさ、ここにちゅんちゅん言ってるハーピィが来なかった?」
「ちゅんちゅん? あぁ、確かに来ましためぇ」
「来たんだ」
「早く行きましょう!」
ヒヨクちゃんに催促されて、ようやくバルバニースへ入国だ。それにしても、ちゅんちゅんだけで特定できるとは。あの語尾は、スズメちゃん特有なのか。てっきり種類的な何かだと思ってた。このヤギの獣人の語尾も、個人の癖かもしれない。
◆ 獣の国バルバニース 王都 ◆
獣王が治めるバルバニースは、ユクリッド国とはまるで様相が違った。高い木の上にある家、洞穴の家、藁の家とレパートリーに富んでいる。
道行く獣人は何種類いるのかというほどだ。驚いたのは人間と歩いてる獣人がいて、しかもその間には子どもがいる。人間と獣人、行くところまで行きついてるのか。
何よりすごいのは人間を含めて、これだけ多種多様な生物がいるのに至って平和なところだ。
「人間と獣人って思ったより、仲良くやってるんだね」
「ランフィルドにだって、ハルピュイア運送があるじゃないですか」
「言われてみたらそうだけどさ。まさか結婚までしてるとは思わなかった」
「結婚に興味あるんですか?!」
地雷を踏んでしまったようで、やたら距離が近くなる。正直、邪魔だから真正面にいるアスセーナちゃんをどかす。布団君に乗ってはいるけど、前が見えないと危ない。そこを歩いてるゴツいゴリラの獣人にぶつかりでもしたら面倒だ。
「スズメちゃんを探さないとね。ヒヨクちゃん、どこか心当たりはある?」
「スズメの実家があるわ。まずはそこに……」
「ちゅんちゅーん!」
聞き覚えのあるちゅんちゅんが向こうから聞こえてくる。小さい翼を必死に羽ばたかせて、わざわざ向こうからやってきた。
だけど、とても私達に用があるとは思えない。まるで何かから逃げているみたいだ。それもそのはず、スズメちゃんの後ろを追いかけてるのがいた。黒い毛でふっさふさの熊の獣人、狐や猪と思われる獣人だ。早速、トラブルか。
「スズメ!」
「ちゅん?! ヒ、ヒヨク先輩ちゅん?!」
「話は後でね。あの追いかけてきてるのが怖いんでしょ」
「ちゅん! しつこいでちゅん!」
「待てやぁ! スズメェ!」
ヒヨクちゃんとコルリちゃんが、スズメちゃんを庇うようにして3人の獣人の前に立ちふさがる。熊の獣人の大きさといったら、私達が見上げるほどだ。見るからに強そう。平和そうだと思ったのに、あんなのと戦闘とか冗談じゃない。
「穏やかじゃないわね」
「なんだぁ、おめぇは?」
「この子の先輩よ。あなた達こそ、なんで追いかけてるの?」
「先輩?! ははーん! そうか、おめぇらがスズメをいじめてた職場の奴らだべや!」
「は?」
「やめるちゅん! ヒヨク先輩は悪くないでちゅん!」
いきなり話がこじれすぎてる。こういう直情型は、人の話を聞かなそうで面倒だ。仕方がないから、布団君のまま割って入る。ヒヨクちゃんなら、いきなり炎の翼を展開しかねない。実際、すでに臨戦態勢だもの。あんな物騒な誓約書を見せつける国で、問題行動は慎んでほしい。
「はいはい、ストップね。そちらの熊さんはスズメちゃんをどうするつもりだったの?」
「なんだ、おめぇ……兎がいい度胸だべや」
「あんたに勝てるわけないじゃん。でも質問には答えてほしい」
「おめぇ、わかってるべや。俺はな、スズメを守ってやるんだべや」
「守る?」
「スズメはな、血も涙もない連中にいじめられて傷ついて逃げてきたんだべや。俺は決めたべ、スズメを一生守ってやるべや」
何だ、こいつ。直情にも程がある。スズメちゃんが明らかに嫌がってるし、いじめてる奴らがこの国にいるというのか。いや、多分ヒヨクちゃん達のことだとすればいるにはいるか。扱いやすいけど、想像以上に面倒な奴かもしれない。
「スズメ、あなた私達の事をそんな風に思ってたの?」
「ち、違うちゅん! しつこいから、帰ってきた理由を話したちゅん! そしたら、毎日ついてくるちゅん!」
「そっちのあなた、スズメが嫌がってるのはわかるわよね?」
「スズメは、か弱くて傷つきやすいんだべや! いつまた傷つくかわかんねぇべや! 大体、おめぇがいじめるからこうなったんだべ! 勘弁ならねぇべ……!」
おいおい、なんか構え始めた。八つ裂きにされたり骸にされたいのかな。ヒヨクちゃん達もやる気だし、誰か止めてほしい。アスセーナちゃんなんか、目の色を変えて見守ってやがる。なんか興奮気味だし、もう放っておこう。
「お前ら、やめておいたほうがいいぞ? ゴローの兄貴は負け知らずだからな」
「そうそう、その翼をへし折られたくなかったら謝んな」
「金魚の糞達は黙ってて」
「なにぃ!」
ヒヨクちゃんも引きを知らないのか、2人の手下の獣人達すらも煽る。当人のスズメちゃんは、複雑だろうな。逃げてきたのは事実だし、かといってあの獣人どもにも関わりたくない。
この場を収めるには、どうしたらいいんだろう。ひとまず、吹っ掛けてみるか。
「あのさ、ここって獣王のお膝元だよね。トラブルを起こして平気なの?」
「う……それは、まずいべや」
「でしょ。あんたも強い男なら、正々堂々とスズメちゃんを振り向かせてみなよ」
「俺は正々堂々だべ!」
「正々堂々、スズメちゃんに告白しなさい。強い男なら出来るでしょ」
「モノネ……さん?」
なんかアスセーナちゃんから嫌な予感するけど、気にしてられない。回り込んできて、顔を覗き込んでくる。だから邪魔だって。なんで肝心な時にこうなの。
「告白っていうのは、つまりどういう事だべ?」
「スズメちゃんに自分の思いを伝えなさい。好きなんでしょ? はい、スズメちゃんと向かい合って堂々と!」
「ぐ……何故だべ。何故か恥ずかしいべ……」
今まで自分勝手な理屈で追いかけ回しておきながら、何をほざいてるんだろう。自分よりも遥かに小さいスズメちゃん相手に、タジタジだ。ついには恥ずかしさのあまり、そっぽを向いてしまった。そこへ狐の獣人が、何か囁く。何でもいいから、どうにでもなってほしい。
「クッ……告白……なんて難しいんだべ。もし断られたらと思うと……」
「ゴローさん、しっかりして下さいよ。そうだ、そろそろスモー大会の季節っすよね」
「それがどうしたべ」
「スズメにこう言うんっすよ。『スモー大会で優勝したら、俺と付き合ってくれ』って」
「それで、どうになるべや」
「ゴローさんが覚悟を決めてる以上、あの弱気なスズメっすよ。嫌でも答えるっす」
「そうか……!」
なんだ、その企み。それでいいのか。あの狐の獣人、よく見たらずるそうな顔をしてた。無茶苦茶な理屈だけど、スズメちゃんの性格を把握して一応の筋は通ってる。
「スズメ……聞いてくれ」
「ちゅん?」
「スモー大会って知ってるべ? 国を挙げてやる一大イベントだべ。優勝したら、獣王にも一目置かれるのは知ってるべ」
「知ってるちゅん……国中からすごい人達がたくさん集まるちゅん」
「そうだべ、だからその優勝の難しさはわかるべ……そこで、その」
なんでモジモジしてるの、あの熊。さっきの謎の積極性はどこへいった。応援してる狐と猪の獣人が微笑ましい。金魚の糞とはいうけど、ゴローを慕ってなかったら出来ない行動だと思う。
「ゆ、優勝したら俺と付き合ってほしいべ!」
「ちゅん?!」
「きゃー!」
ゴローの会心の告白も、謎の黄色い叫びが邪魔をする。人の布団の上で悶えて、枕に顔を押し付けてた。無視無視。スズメちゃんはというと、翼で顔を覆ってまんざらでもない様子だ。さっきまであんなに嫌がってたのに。まさか狐の策略が功を成すとは。
「へ、返事はいい! おめぇら、行くべ!」
「へいっ!」
「ゴローさん、かっこよかったですぜ!」
照れ隠しなのか、手下を連れて引き上げてしまった。さすがのヒヨクちゃんも、この流れにはついて行けてなかった。呆然として、成り行きを見守ってるだけだ。大体、私のせい。
「……で、スズメちゃん。どうするの?」
「ゴローは優勝すると言ったちゅん……。あの大会で大怪我を負った人もいるでちゅん……そのくらいすごい大会でちゅん」
「でも、あのゴローは見るからに強そうだよ。優勝する可能性だってあると思う。そしたら付き合うの?」
「わからないでちゅん……ゴローは悪い奴じゃないでちゅん。ちょっとしつこいだけでちゅん」
スズメちゃんの気持ちに水を差すつもりはないから、私からは何も言えない。もはや何をしにここへ来たのか。するとヒヨクちゃんが翼を上から振り下ろして、なんか気合いを入れてた。
「……あの単細胞にスズメは渡せないわ。決めた、私も出場する」
「ヒヨクちゃん、正気?」
「先輩、私も出ますよ! あんな脳みそが筋肉で出来てるようなのとスズメが釣り合うわけありません!」
「よく言ったわ、コルリ」
「いや、スズメちゃんはあんた達のものでもないからね」
当初の目的が完全にどこかへ行ってしまった。私のせいなのは自覚してる。してるんだけど、私としてはどうでもよくて目的を果たしたい。
労働経験ゼロの私が言うのも何だけど、スズメちゃんは仕事から逃げてきた身だ。こんな色恋沙汰を優先してる場合じゃないはず。まぁ私が出場するわけでもなし。どうでもいいか。
ところでスモーって何だろう。ビッグボイも同じ事を言ってたっけ。
◆ ティカ 記録 ◆
バルバニース なかなか 個性的な国ダ
驚いたのは 意外と 規律が 行き届いているところカ
人間とも 共存しているようで ここに 種族の垣根は なイ
実に 素晴らしイ
人間同士も こうであるべきダ
下らない 争いに興じている 人間のほうが 未熟とすら思えル
しかし あのゴローは いただけなイ
マスターを 兎呼ばわりした時は 眉間を 撃ち抜いてやろうかと
思ったほどダ
スズメさんを 強引に 手籠めにしようとする 悪辣さ
あのような者がいたのでは トラブルも 絶えないだろウ
奴が スモー大会に優勝しようと スズメさんに 見る目があれば
きっと 断るはズ
引き続き 記録を 継続
「バルバニースで唯一心配してたのは臭いだね。偏見で悪いけど、そういうのがあるかと思った」
「あの国では香水が流行ってますからね。今時、獣臭を振りまくなんて時代遅れだそうですよ」
「確かにちょっといい匂いがしたかな」
「私からもいい匂いがしません?」
「するね」
「もっと近くで嗅いでもいいんですよ?」
「遠慮します」




