ギャング連合を壊滅させよう
◆ ジョーカーの街の外 ◆
「マッハ・ターンッ!」
車体が向きを変えた時、それに接触したギャング達が消し飛んでる。そう、ぶっ飛ぶんじゃない。魔物の腕だろうが体だろうが、切断されたと思ったら血が飛んだ。逃げる暇なんてない。あるギャングは踏み潰されて、あるギャングは正面から衝突されて体がちぎれ飛ぶ。
そんな惨状でマッハキングは、口笛を吹いてご機嫌だ。隣の女の人はさすがに顔をしかめて、辛そう。きっと後悔してるな。
「チ、チキショウ! 止めれ! 止めれってんだよぉ!」
「だから、てめぇが来いよ」
「ひぃっ!」
ゲスタムがびびってかがんだところを、悠々と飛び越える。当たるか当たらないかのところで、ゲスタムの周囲を巡っていた。完全に馬鹿にした動きだ。
手下は手下で自分達のボスが翻弄されているのに、誰も助けに入れない。半数以上が攻撃する意志を放棄して逃げようとするか、頭をかかえて縮こまるばかりだ。たまに羽をもらって飛べる奴が空中から強襲しても、次の瞬間には背中から追突される始末。
「こ、降参だぁ! 助けてくれ!」
「もう嫌だぁ!」
「やだよ、バカ」
命乞いも無情の一言で一蹴される。最悪のバッドガイズのボスが、命乞いごときに耳を貸すはずがない。そんなボスに対して、熱い声援が始まった。
「マッハ! マッハ! マッハキィング!」
「キング! キング! マッハ! キング!」
「うるせぇぇ!」
屈辱まみれのゲスタムは、ただ叫び狂う事しか出来ない。さすがのバカでも、勝てないのはわかってるからだ。あれだけいた手下がもはや半数を切ってるし、しかも大半が戦意喪失。寄せ集めとはいえ、2000以上を相手にたった一人で蹂躙するのがゴールドクラスか。
そこへアモンの連中が何やら唱えているようだ。仕掛ける気か。モルメータはコピーがほとんど蹴散らされて、もう打つ手がないのかと思ってた。
「マッハキング! アモンが何かするみたいだよ! 止める?」
「うるせぇ! 今はご機嫌なんだよ!」
そうですか。
「大層、やりおるがこのモルメータ。魔術協会きっての妖術使いと恐れられたぁもん」
「魔術協会出身かい」
「あのローブの肩部分……悪魔のレリーフを見て下さい! どうやら過激派のようですね」
「そんなのいたね」
なるほど、そりゃ私達をよくご存じなわけだ。ピンポイントで私達をコピーしたのも当然なわけか。それよりあの妖術とかいうのが気になる。止めないとこっちにも被害が及びかねない。
「アスセーナにモノネ。アンガスから聞いておるぅもん。奴など、あくまで若手の中での実力者……。魔術協会内、特に過激派内ではせいぜい中堅だぁもん」
「申し訳ないけど、まったく興味ない」
「なんであの人、私達が魔術協会に対抗してるかのような口ぶりなんですかね?」
「実は誰からも相手にされなくて、寂しいんじゃない?」
「こ、こ奴らめ!」
あら、意外と効いてらっしゃる。まさか図星だったのかな。そうこうしてるうちに、手下を含めたモルメータの妖術が完成したようだ。魔法陣みたいなものが地面に浮き出て、光を放つ。祈りを捧げるかのように手下一同、両手を合わせていた。
やばい、からかってる場合じゃなかった。
「闇属性高位魔法ッ!」
またもや地面から影人間みたいなのが生えてきた。だけどその大きさといったら、私達を見下ろすほどだ。手足や胴体が長く、目鼻はない。上半身だけを地面につけて、まるで蜃気楼が立ちはだかっているようだ。夜中なのに、あの部分だけがよりクッキリと暗い。闇が延々と続いているとすら錯覚した。
「ヒューッヒュッヒュッ! そやつに実体はないもぉん!」
「めんどくせぇな」
影人間がマッハキングに平手を振り下ろす。遅いし当たるわけもない。だけど、そいつが触れた地面の部分が真っ黒に染まってしまった。深い谷底がそこにあるようだ。そこから何かが聴こえる。人の声だ。
「マッハキングよぉ! 心を入れ替えるから、見逃してくれぇ!」
「こ、この声! あの人よ!」
「バカ! こんなもんあいつの術に決まってんだろ!」
「でも、ハッキリとこんなに聴こえるのに!」
更にはあの影人間の中から、わらわらと重傷を負った人達が出てきた。欠損部分がある人や包帯を巻いてる人。這いつくばりながらも向かってくる人。その人達が口々に呪詛の言葉を吐く。
「マッハキングゥ……オレも、やり直したかったのに……」
「あと少しで、事業がうまくいったんだよぉ……」
「見てくれぇ、あんたがへし折ってくれた腕……これで画家になる夢が断たれたんだっ!」
「こいつら……」
それに気を取られてるマッハキングに、影人間の手による攻撃。当たればどうなるかわからない上に、あれらが幻影だとわかっていてもきつい。
実際、マッハキングはその人達を避けるようにし始めた。人の痛いところを幻覚として見せて、それに気を取られてる間に影人間が攻撃する魔法か。どんな環境で育てば、あんな陰湿な魔法を極めようと思うんだろうか。
「シュシュシュ! 闇属性は派手さはないが、これこそが真骨頂だぁもん! マッハキング! 悔いてるなら冥府からの招待状を受け取るぅもん!」
「マッハキング! 私達も戦います!」
アスセーナちゃんが躍り出たと思ったら、モルメータがその辺で寝てる私のコピーを引っ張り上げる。そして首に腕を回して、へし折る態勢をとった。あいつ、とことん人が嫌なところをついてくるか。とはいえ、それは悪手な気がしないでもない。
「それは……」
「シューッシュッシュッ! お前の弱点など、調査済みだぁもん! 偽物とわかっていても、手を出せるかぁも……」
そこまでだった。それさえやらなければ、まだ粋がれたものを。認識できたのはモノネコピーを通り抜けて、モルメータの仮面がぶち破られた瞬間だけだ。
すかさず後頭部を掴んで、地面に叩きつける。その間、周囲のアモンメンバーはついでのように首を刎ねられる。あの連中も魔法の使い手だろうし、そこそこ強いかもしれない。修練して、ようやく極めた魔法を披露したかったかもしれない。
だけどそんな過程も、あの子の前では無意味だ。本物の天才は凡人の努力を粉砕する。こうしてアモンはわずか数秒のうちに、壊滅に追い込まれたわけだ。
「が……ふ……」
「モノネさんに何をしたんですか? ちょっと言ってみて下さい」
「ゴフッ……」
「言ってみて下さい?」
首を掴まれて立たされたその素顔は、たとえハンサムだったとしても無惨な状態だった。鼻が折れて前歯は欠けて、そして目もつぶれてる。うん、あっちは問題なさすぎた。
極めてバイオレンスな光景を見続けてもしょうがないから、マッハキングへと興味を映した。といっても、あっちも終わってた。ゲスタムがカトリーヌの車輪に踏まれている。肝心の影人間はというと、カトリーヌのヘッドライトに照らされて半身が消えてた。片方の半身で攻撃しようとするも、カトリーヌが向きを変えてまたそちらを照らす。あんなので完封できるのか。
「あいつの魔法よ、てめぇにそっくりだな。コケ脅しなところとかよ」
「なんでこんな事になってんだよぉ……こんなはずじゃねえんだよぉ……」
ゾンビの幻影も同じ要領で消えたのか、完全にいなくなってる。そして影人間が空気中に溶けるようにして消えた。
ふと見ると、アスセーナちゃんがボロ雑巾みたいになったモルメータを片手で引きずってくる。怖いから、そういうものを持ってこないでほしい。
「お疲れ様でした。こちらも終わりましたよ」
「おう、疲れてねぇけどお疲れさん」
「クソォ! てめぇら、いい気になりやがって! 言っておくが、ギャングは俺達だけじゃねぇ! この荒野には腐るほどいるんだ! オレの息がかかってねぇのも含めてな!」
それがどうしたと言わんばかりに、二人がゲスタムを見下す。いや、見下ろした。この期に及んで負け惜しみに何の意味があるのか。それはそれとして、そろそろ朝日が昇りつつある。夜中だったのに、いつの間にかなり時間が経ってた。
「今夜は失敗しちまったがよぉ、満足に眠れねぇ日々が続くぜ? 特に食いものには気をつけねぇとなぁ……」
「マスター、ここに大群がやってきまス」
「それ見たことかぁ! ゲーラゲラゲラァ! てめぇらに安息はねぇ!」
その大群が何かまで判明するには少しかかるし、何よりティカに焦りがない。大した相手じゃないのかな。それでも、そこのバカ笑いしてるバカが期待するような展開なら面倒だ。
その大群が土煙を上げて接近してくる。見たところ騎兵隊かな。あの立派な鎧と兜はとてもギャングには見えない。
「あれはソリテア国軍ですね」
「ほぉ、こんな時間に何しに来やがったんだ」
「全隊! 止まれッ!」
先頭で指揮していた隊長らしき人が部隊を止める。物々しい雰囲気だけど、そこに見知った人物がいた。ハットを深くかぶった長身の男、ジェラルドさんが馬から降りて私達の前へ来る。
「ジェラルドさん、これは?」
「苦労はしたが、ようやく重い腰を上げてくれたようだ」
「まさか、あなたが彼らを動かしたんですか?」
「そんな大袈裟なものじゃない。腐敗していた膿を出しきれば、こういう真面目な連中もいるってわけさ。それとも、余計なお世話だったか」
「い、いえ!」
「なんで、なんで王国軍がいるんだよぉ……こちとら、どんだけ連中に……」
踏まれているゲラゲラトカゲの元に、隊長がやってくる。壮年の真面目そうなおじさんだけど、その眼光は鋭い。見据えられたゲラゲラトカゲが言葉を詰まらせるほどだ。
「……もっと早く動きたかったのだがな。足を引っ張ってきた者達は上層部含めて、まとめて処分された」
「な、なん、だって……?」
「わかるように言ってやろう。お前達と繋がった連中の事だ。全部、洗いざらい吐いてくれたよ」
「ウソだろ、おかしいだろ、オレが、どんだけ、どんだけ、苦労してぇ……」
しゃがみ込んで威圧する隊長相手に、ゲラゲラトカゲがわなわなと震えて発狂しそうだ。ていうかあんな姿になったのに、一発でゲスタムだとわかるのか。いや、逆にインパクトがありすぎて特定できたのかもしれない。
「それと駄目押しですまないが、我ら王国軍は正式にギャング撲滅に乗り出すことにした。一人たりとも逃がさんからな」
「バカな……ありえねぇぇぇぇ! チキショウ! チキショォォォ!」
その遠吠えも朝日に飲み込まれる。ジェラルドさんには感謝したいし、これにて一件落着といきたいところだけど問題がある。撲滅対象には当然、ギャングであるバッドガイズも含まれている点だ。この混沌とした状況を乗り切るには。
◆ ティカ 記録 ◆
マッハキング あれでも まだ本気では ないかもしれなイ
マスターと 戦った時は 迷いがあっタ
蓋を開けてみれば ギャングなぞ いつでも壊滅できる実力
放置した 理由は 何となく わかるガ
アスセーナさんの あの表情
とても 血が通ったものとは 思えなかっタ
マスターのコピーを 捕らえられた時は 僕も
仕留めようと思ったが それも 萎縮してしまっタ
マスターへの あの執着は どこから くるのカ
マスターを とても 思っているのは 確かだガ
思っていル?
いや まさカ
引き続き 記録を 継続
「今回、私って何もしてないね」
「私もなぜか傍観してました。いえ、あのマッハキングに見とれてたんです」
「うん、私もそう」
「ホントに?」
「ヒヨクちゃんだってそうでしょ」
「いや、私達に至っては存在すらしてなかったような?」
「そ、そんなことありませんよ! 先輩!」
「うん、ないない。ないって」




