マッハキングを見届けよう
◆ ジョーカーの街 塀の上 ◆
人質の女の人を見せつけて、ゲラゲラトカゲは上機嫌だ。動けないでいるマッハキングが、女の人から視線を離さない。肝心のその人は、マッハキングと目を合わせようとしなかった。今、どんな思いでいるんだろう。マッハキングのせいでこうなったから、より憎んでもおかしくない。
「さぁてさてさてぇ! マッハキングちゃんや他の奴らも手を出すなよ? 言わなくてもわかるな?」
「……何か勘違いしてねぇか?」
「あん?」
「てめぇは人質をとってご満悦だろうが、根本的にズレてんだよ。てめぇらがどんな手を使おうが、オレは倒せねぇよ」
「はぁん?」
さっきからゲラゲラトカゲの頭が悪そうな反応が続く。手下と顔を見合わせてから、一斉に噴き出した。下品極まりない笑い声と罵倒。色物博覧会の会場は大盛り上がりだ。
「ゲラゲラゲラゲラァ! そうか、そうかぁ! じゃあ動くなよ? な?」
「まったく……下らねぇ」
マッハキングが塀から降りて、最下層どもと向かい合う。その途端、餌にでも群がるように化け物ギャングどもが襲いかかってきた。
何かの魔物の爪でマッハキングを斬りつけ、象みたいな足で踏みつけて。ありったけの武器で、全身に刃を刻まれる。撃たれて斬られて突かれても、マッハキングは倒れない。ガードにせずに堂々たる佇まいだ。
「……終わりか?」
「モルメータァ! てめぇのコピーもやらせろやぁ!」
アスセーナちゃんやマッハキング達の姿をしたコピーもリンチに加わる。アスセーナちゃんコピーは魔法剣を駆使していたけど、マッハキングは素手だ。
やっぱりアビリティはコピーできないか。そこへモノネコピーときたら、一発殴っただけで手を痛めてふて寝してる。これがコピーの真の恐ろしさか。見せつけてくれた。
「モノネさんがぁ!」
「コピーに感情移入しないで」
「でもモノネさんですよ!」
「ここで手を出したら、まずいでしょ」
取り乱し始めたアスセーナちゃんも、敵と同等にやばい。ここで動いたら、ゲラゲラトカゲの尻尾であの女の人が絞め殺される。マッハキングがそうさせないために耐えているのに、アスセーナちゃんを布団に抑え込むのも一苦労だ。冷静に考えれば、アスセーナちゃんのアビリティで助けられる気もする。
だけどマッハキングが片手で待ったをかけてるとなれば、その意思を尊重するしかない。度重なる集団リンチで平然としてるように見えるけど、ノーダメージなわけがなかった。バッドガイズのメンツも、お利口さんだ。怒りを必死に堪えているところを見ると、本当にマッハキングが好きなんだな。
「ボス!」
「あんな女、いいでしょ!」
「なんでそこまでして……!」
「ゲラゲラゲラゲラァ! いつまで耐えられんだよ、それぇ! ゲーラゲラゲラゲラァ!」
かくいう私も、イヤーギロチンを抑えられない。ゲラゲラトカゲの下品な笑い声が一際、響いてる。マッハキングの体に切り傷や刺し傷が生々しく刻まれて、血も止まらない。
「そんなもんかよ……」
「こいつ、まだ減らず口を……!」
「疲れてんじゃねぇよ……無抵抗の相手にどんだけかかってやがんだ? あ?」
「こ、この糞モヒカンがッ!」
バグ・ドレッドの連中の焦りと怒りを誘発してはいるものの、マッハキングも立ってるのがやっとなはず。そんな様子を、女の人が目に涙をためて見ていた。
「もういいですよ! 償いのつもりかわかりませんけど、そこまでしても何もなりません!」
バカどもがおおはしゃぎでマッハキングにリンチしている中、女の人が泣きはらして叫んだ。それを見たゲラゲラトカゲが長い舌を出して、チロチロと動かす。
「そーそー! お前はあのハゲを殺したいほど憎んでるもんなぁ? なのにあのハゲ、馬鹿じゃねぇのか! ゲラゲラゲラァ!」
「そ、そうです……あなたなんか大嫌いです! そんな事をしても、私はあなたを許さないから!」
「いいんだよ、許さなくても」
「え……?」
マッハキングの予想外の発言に、女の人どころかトカゲのゲラゲラ笑いも止まる。頭から血を流しながらも、マッハキングは仁王立ちを崩さない。戦闘Lv100超えの体は、依然として堂々としてた。フラつくこともない。それでいて、ドスの利いた声も健在だ。
こんな状況であの精神力、そこに気づかない最下層ども。どっちが強いかなんて、誰が見ても明らかだった。
「オレを憎んで生き続けてくれ。生きてくれるなら、それでいい」
「何を……意味のわからないことを……」
「生きてさえくれるなら、オレを刺しに来てもいい。元気な証拠だからな」
「あなたは……何を……」
涙が止まらない女の人を見て、マッハキングが薄く笑う。憎しみを糧に生きろとは豪快だ。復讐に生きようが、死ぬよりマシなんだろうか。少なくともマッハキングはそう判断したんだ。あれだけの暴行を受けても倒れないマッハキングを、あの女の人が殺せるとは思えない。
とはいえ、さすがに限界がきてるみたいだ。膝がわずかに揺らいでる。
「人生、山あり谷ありだとかな! 生きてりゃいいことあるだとかな! 綺麗ごとなんざ山ほどあるけどよ! 死んだら山も谷もねぇんだよ! 良い事も悪い事も何も起こらねぇ! 後ろの馬鹿ども、てめぇらも覚えとけ!」
「ボス……!」
「女! オレを殺すために必死で生きるのも、悪くねぇかもしれねぇぞ! 試してみねぇか?!」
「はぁぁん? ボコられすぎて、頭どうにかなっちまったんじゃねぇか?」
馬鹿以下の屑には、高度すぎて理解できないようだ。女の人も押し黙って、ただ静かに涙だけを流してる。ムチャクチャすぎる理屈だし、勝手ではある。だけど、マッハキングなりの激励なんだろうな。何よりマッハキング自身、あの頭の悪そうな連中に屈するのだけは我慢ならないだろうし。
「死にたきゃてめぇの自由だがよ! 少なくとも、他人にその権利を握らせるな! 特にその気持ち悪いトカゲみてぇなのとかな!」
「口が減らねぇなッ! だったら、ぶっ殺してやるぜぇ!」
「やってみろよ。その瞬間、てめぇには何のアドバンテージもなくなるがな? 何のために、その女を必死こいて探してきたんだ?」
「クッ……!」
そう、人質なんてそんなもんだ。相手が揺れなければ意味がない。マッハキングはあの人を死なせたくないだろうけど、持ち前の啖呵でゲラゲラトカゲを威圧してる。
それにトカゲ率いる手下達も、マッハキングのしぶとさに疲れ切ってるみたいだ。息が上がってるし、どことなく焦燥感が漂ってる。もう帰っていいですかと。言わなくても、私にはわかるよ。
「てめぇら! 気合い入れて殺せやぁ! いつまでかかってんだ!」
「ゲスタム様、オレ、腕がもう……」
「せっかくのパーツが、これじゃ台無しですぜ……」
「バ、馬鹿いってんじゃねぇ! 無抵抗の奴でオレのパーツが……」
真の強者たるもの、防御すらも攻撃となる。恰好つけて言うなら、こんな感じか。あのギャングども、さっきから何のスキルも使ってないもの。単に力任せに攻撃してるだけだ。
何のスキルも磨かず、アビリティもない。強い奴の下について、お手軽にパーツなんてものを貰って粋がってただけ。それがこんな形で、透かされたわけだ。以上、私が言うな。
「オレはよぉ、あの伝説の大盗賊団の彗狼旅団の復活を掲げてんだ! こんなところでヘマこいてる場合じゃねぇんだよ!」
「だったら、てめぇが来いよ」
「あん!?」
「さっきからイキってるけどよ、本当は怖いんだろ? てめぇの攻撃すら通用しなかったら、なんてな」
「こ、こここ、こいつがぁぁ!」
ゲラゲラトカゲが頭をのけぞらせて、大きく息を吸う。あの風体だし、ブレスでも吐くのか。マッハキングも明らかにやせ我慢だし、あの状態でそんなものを受けたら危ない。
その背後だ。彼方から何かが高速で突っ込んでくる。ゲラゲラトカゲは気づいてない。
「グッッハァァァァッ!」
背中に思いっきりソレが直撃した途端、尻尾から女の人が解放される。それを滑るようにして拾い、オープンになった座席に乗せた。
そしてマッハキングをエスコートでもするかのように、車体を横にして停車。目に痛々しいカラーリングの魔導車、カトリーヌの参上だった。
さて、信じた甲斐があったようで何より。布団君でマッハキングの元へ近づこう。
「カ、カトリーヌ……? それにこの車体……」
「カトリーヌはまだ走り足りないってさ。世界の果てまで突っ切っても足りねぇ、でしょ?」
「て、てめぇがなんでそれを……」
「悪いとは思ったけど、カトリーヌに触れて声を聞いた。ここまで言えば、私のアビリティはわかるよね」
「ウソだろ……カトリーヌ、お前……」
言葉は発さないけど、その新品同様の車体が答えだ。カトリーヌは持ち主の想いに応えた。フレッドさんとシーラさんの武器同様、持ち主次第で物は生まれ変わる。ゴールドクラスの冒険者と付き合った相棒カトリーヌ。その心がまだ暴れ足りないとは、持ち主以上にクレイジーだ。
「こんなに綺麗になっちまってよぉ……うおぉぉ」
「泣くのはいいけど、まずこの場を突っ切ってほしい」
「そうだな……世界の果てどころか、オレはまだどこにも行けてねぇ」
マッハキングがカトリーヌに乗り込み、隣に座ってる女の人を伺う。あまりの事態に動揺しているのか、縮こまってた。頬をかいた後、ハンドルを強く握るマッハキング。
「オレを殺すのはよ、待ってくれねぇか。ちょっくら危険なドライブになりそうだからよ」
「……あなたを許さないと言いました。そして、ここで死ぬ覚悟もあります」
「そうか、とことんオレを困らせるわけだな」
「チッキショォォ……いてぇ、チキショオ……」
めちゃくちゃ痛がりながら、ゲラゲラトカゲがようやく復帰する。だけど生まれたての小鹿みたいに、足腰が震えてた。手下に肩を借りてるのが、なんとも情けない。あの一撃が効いてるのか。それにしても。
「いや、効きすぎでしょ」
「カトリーヌさんは手加減したんですよ。本気を出したら即死でした」
「つまり、マッハキングがこれから何をしたがってるのかもわかるってことだね」
「えぇ、彼の真の恐ろしさはここからです」
「さて、ドライブでもするかぁ」
その何気ないセリフに、どれだけの惨劇が込められているか。敵に回したギャングどもがよくわかっているようだ。あれだけ痛めつけても殺せず、挙句の果てにカトリーヌとセットだ。すでに逃げ腰で走り出したギャングが出た途端、カトリーヌは走り出す。
◆ ティカ 記録 ◆
この場を どう切り抜けるか 解析をしていたが
杞憂だったカ
といっても マスターも 同じ手を 考えていたはズ
ツクモに頼んで 人質の近くに 移動して
すみやかに 救出
そして もう一つは あのカトリーヌの覚醒
その証拠に トカゲ男が 攻撃しようとした際には
マスターも 動こうとしていタ
しかし マスターは ギリギリまで カトリーヌに 賭けタ
ふむ さすがは 我がマスター
冴えわたる 手腕 頭脳 元より ギャングなど 敵ではなイ
あのマスターのコピーといい ゲスタムの手下といい
側だけ 取り繕う様は 見ていて 哀れみすら 感じル
引き続き 記録を 継続
「今度、ランフィルドでドレッサーコンテストをやるらしいですね」
「何それ」
「衣装を着飾って、美しさや華やかさを競うコンテストです。モノネさんも出場されては?」
「ウサギスウェットなんてギャグでしょ」
「大丈夫ですよ。私が審査員をやりますから」
「不正の香りが漂う」




