ギャング連合を迎え討とう
◆ マッハキングのアジト ◆
「マスター……マスター! 起きて下さイ!」
こんな夜中にティカが私を叩き起こすなんて、明らかに異常事態だ。眠すぎてたらないけど他ならないティカだから、頑張って起きる。怪我が完治してないのを忘れていて痛かった。
「この街に2000を超える大群が迫ってまス! 至急、マッハキングにも知らせましょウ!」
「えぇ……えぇー。なに、どうなってるの」
ぼやいてる暇はない。布団君に入ったまま、隣の部屋で寝ているアスセーナちゃん達を起こす。何が起こってるのかさっぱりだけど、果たしてマッハキングは信じてくれるだろうか。
マッハキングの寝室の前まで行くと、とんでもないイビキのせいでドアをノックしようとした手が止まりかける。
「マッハキングさん! 起きて下さい! 敵襲です!」
「なにぃ!」
「うわぁっ!」
いきなり激しく開けられたドアにびびってしまった。ピンク色のパジャマと帽子のせいで危うく笑いかけたけど、あくまでシリアスに徹する。
アスセーナちゃんとティカが簡潔に説明した後は早かった。マッハキングがアジトの屋上に移動して、けたたましい鐘を鳴らす。
◆ マッハキングのアジト 屋上 ◆
「ろくでなしども! 今夜も今夜とて、イキってるかぁ! この街に勇敢と無謀をはき違えたカスどもが攻めてくるぞ!
バッドガイズッ! 俺達は眠らねぇッ!」
鼓膜が破れるんじゃないかってくらいの声量が街中に響く。その途端、建物の窓やドアが開いて、武器を持ちだした荒くれどもが外に飛び出した。
街を囲う塀に登り、周囲を伺う部隊。街の扉の前で待機する防衛部隊。そんな感じで、瞬く間に警備態勢が完成してしまう。早い。早すぎる。
そしてその数、サタンヘッドなんか問題にならない。こんな集団の幹部をやっていたナイゲルってすごかったんだ。
「攻めてきてるのは敵対してるギャングでしょうか」
「だろうな。しかも2000超えだ。ちょっとした軍隊だな」
「ティカさん。戦闘Lvは大体どのあたりですか?」
「まばらで何とも言えませン。一桁もいれば30を超える者がちらほら……飛び抜けたのが二人ほどデス」
「二人ねぇ。敵はバグ・ドレッドとアモンのリーダーだろうな」
その二つの組織は確かバッドガイズと並ぶ4大ギャングだ。徒党を組んで2000人超えともなれば、そりゃ攻めてくるか。いや、2000って。アホですか。寝てていいですか。冷静に考えて、私は怪我人だし。
「モノネさんは無理しないで下さい。何かあったら、私どうにかなっちゃいます」
「うん、なられても困るね。アスセーナちゃん一人で壊滅できそうだし」
「さすがに2000は厳しいですね。それに無策とも思えません。マッハキングさん、敵がその二つの組織だとしてリーダーはどんな方々ですか?」
「バグ・ドレッドのゲスタムは実力は大したことねぇが、アビリティが厄介だ。アモンは知らねぇ。目立った動きもほとんどなかったからな」
「そのアビリティとは?」
「……アレだな」
夜空を何かが飛んでくる。コウモリや虫の羽が生えた人間だ。そいつらが構えるのは剣や槍、そして魔導銃。どうも最近のギャングは羽が生えているみたいだ。火を吐く奴がいるんだから、今更驚くことでもない。
うん、冷静になりすぎて何も考えがまとまらなかった。やっぱり寝てていいかな。などと言ってられないので、急いで塀の上に移動する。怪我してるとはいっても、スウェットがある程度はカバーしてくれるはず。
◆ ジョーカーの街 塀の上 ◆
「アレはなんですか」
「ゲスタムは生物のパーツを自由に付け替えられるんだ。自分だろうが他人だろうがな」
「その能力なら、きっと社会に貢献できましたね」
「悪事にしか頭が回らねぇ野郎だ。そんな生き方しか出来ねぇのは、手下も同じだな」
「ヒャッハァァ! マッハキングみいっけぇぇ!」
などと嬉々としていた先から、アスセーナちゃんにまとめて斬り捨てられる。やっぱりこの子だけでいいんじゃないかな。
ヒヨクちゃんが炎の翼で、コルリちゃんの翼の毒で空中部隊も成す術がない。空の守りは安心してよさそう。
そんな様子をマッハキングが、ピンクパジャマ姿で眺めていた。着替える暇もないのはわかるけど、この緊張感のなさよ。
「ああやって手軽に強くなれるから、ゲスタムの下につく奴は多いんだ」
「弱かったですけど?」
「てめぇが強すぎるんだよ」
「地上からも来たわ!」
ヒヨクちゃんが言った通り、おぞましい大群がすぐそこまで迫っていた。四足歩行で腕が獣になってる人間、顔がトカゲみたいになってる人間。下半身が馬になっている人間。ここがとんでも博覧会の会場か。私の中でギャングのイメージが、ここ数日で完全に覆ってしまった。
そうか、アビリティなんてものがある時点で常識は通用しないか。私が一番体現してるだろうに。
「ひゃはぁぁぁかわいい子みぃっけぇぶあはぁッ!」
「今、モノネさん狙いましたよね?」
「いてぇぇぇよぉぉ!」
「かわいい子なんてモノネさんくらいしかいませんよね?」
超反応でアスセーナちゃんがギャングの羽を落とした。地面に叩き落ちた瀕死のギャングにとんでもない揺さぶりをかけている。なんとなく見ちゃいけない気がした。あっちは自由にさせておくとして、あの数は依然として危険だ。
塀の上から魔導銃でバッドガイズのメンツが応戦してるけど、個々がパーツで強化されているせいでなかなか敵もしぶとい。特に下半身が馬になってる奴が、塀を飛び越えてバッドガイズのギャングの顔面を蹴りつけていた。そろそろ危ないな。
「マッハキング、カトリーヌを出してよ。私も戦うからさ」
「カトリーヌを出すまでもねぇ。俺が蹴散らしてやる」
「……そう」
私が盗み聞きしていたとも知らずに、マッハキングは強気だ。ここから一気に飛んで、そのまま馬人間を殴りつけてぶっ飛ばした。
うん、カトリーヌがなくても大丈夫だね。空はハーピィ二人の絶対防衛網のせいか、ほとんど攻めてくる奴はいなくなった。問題は地上だ。マッハキングが塀の上をダッシュして、昇ってきてるギャングを殴りつけて叩き落してる。
だけどさすがに数が多すぎだ。漏らしたギャングの侵入を許してしまう。
「うおぉぉぉ! オレのパワーに勝てるかぁぁ!」
「ぐぇッ!」
「見ろぉ! パワーなら、オレが一番だぁ!」
「ビッグボイ、浮かれるのもいいが戦いに集中しろ。ヘイ! 今宵も戯れるギャング達! パーツと合体! 女と非合体! その心はガタイだけがいぃ!」
ナイゲルの悪辣なアビリティも健闘してる。謎のダメージを受けて飛んでいったギャングは数知れず。ショック受けすぎでしょ。
もう一人、二丁魔導銃でサクサクと撃退しているのがいる。ビッグボイと並んでるところからして、ガイラークとかいう人かな。その近くにはスニールが得意の居合いで、敵をバラす。敵が塀を超えてきたところで、ボブが投げたボールが絶妙なタイミングで命中。悲惨な位置に当たって悶絶してるのもいて、ちょっと同情した。
なるほど、これがバッドガイズか。あれだけの人数を相手に健闘している。こりゃ敵も手を組むわけだ。だけど数の暴力はそう甘くない。ティカの応戦に加えて、ひそかに布団カタパルトから矢を飛ばしているけど向こうの勢いがほとんど衰えなかった。そんな中、一際大きな翼を羽ばたかせた奴が飛んでくる。
「あれが本命かな」
「そのようですね」
全身が鱗に覆われて首は長く、頭部はドラゴンに似ていた。リザードマンというよりはドラゴン人間だ。四本の指からは鋭利な爪が生えて、カチカチと音を鳴らしている。
「ゲーラゲラゲラゲラァ! バッドガイズの皆さん、ご機嫌かぁ?」
「よう、ゲスタム。また一段と趣味が悪くなったな」
あれがゲスタムか。アビリティであそこまで自分の体を変えたのはわかる。だけど、もはや魔物だ。爬虫類みたいな黄色い目が睨みつけるのはマッハキングだった。
「余裕ぶっこいてっけどよぉ! 今宵はマッハキングちゃんをぶち殺したいって連中が、まさに集結してるんだぜぇ? ゲラゲラゲラァ!」
「マジかよ。涙ぐましいぜ」
「泣いていいんだぜぇ? ゲラゲラゲラゲラァ!」
「こりゃアモンの連中も奮起しねぇとな」
カマをかけたマッハキングの発言にも、ゲスタムは動じない。あの有象無象の中にアモンの連中とやらが混じってる可能性はないか。
いや、問題はリーダーだ。マッハキングもどんな奴か知らない以上、不安材料の一つではある。ティカの生体感知で拾ったからには、どこかにいるはず。ひとまずティカを呼び寄せて、アモンのリーダーの場所を聞こう。
「ティカ! アモンのリーダーはどこにいるの?」
「マスター……死んでくださイ」
「は……」
呆気に取られてる間にも、スウェットは反応した。ティカの魔導銃の銃撃をかわした直後、左前方からティカがやってくる。つまりティカが二人いるわけだ。
「マスターッ! 僕はここでス!」
「じゃあ、こっちは……」
「チッ、やれると思ったぁもん」
偽のティカが塀に染みこみ、影になって高速で離れていく。ちょっとちょっとちょっと。いや、待って。もうダメだ。帰ろう。
「モノネさん、思考停止するのはわかりますが私がいますから!」
「なんで停止してたのがわかったの」
「当たり前でしょう!」
理屈は完全に不明だけど、アスセーナちゃんが傍らにいてくれるだけで心強い。今のがアモンのリーダーかな。意味わからなすぎて、あっちの爬虫類もどきを相手にするほうが絶対楽だ。
「皆さん! 各員、固まってグループになって動かないで下さい! アモンのリーダーは、誰かに化ける魔法を使ってます!」
「あれって魔法なの?」
「魔力の残滓がありますからね」
「あの影の状態は、僕の生体感知もすり抜けまス。出てきたところを狙うしかありませン」
「ゲラゲラゲラァ! 動かないでだとよぉ! 野郎どもぉ!」
これが狙いか。くされギャングのくせに頭を使うとは。それにしても、偽ティカはマスターと言ったし、口調も完全に一致してた。どこまでコピーできるのか。そもそも何なのか。考えてる間にも、敵は攻めてくる。
もはや化け物になったギャング達の猛攻をしのぎ切るのも、限界だ。呑気に傍観してる爬虫類もどきが、何やら尻尾に巻き付けている。あれは女の人だ。ここにきて人質か。
「はい注目ぅ! この状況、言うまでもねぇよなぁ? ゲラゲラァ!」
「人質かよ。そんなもんで止まると思ってんのか……あ?」
「あぁー! 気づいちまったかぁ! たっはぁあ!」
マッハキングの様子がおかしい。あれだけ猛り狂ってた化け物ギャングどもが、塀の外で待機してた。その面がニヤついてて、何かを確信しているみたいだ。これから楽しいことが起こるのか。
マッハキングの強張る顔が、より緊張した場を作っていた。手下達からも、さっきの威勢がなくなっている。
「この女、見覚えあるだろぉ? そう、お前がぶっ殺した男の女だぜぇ! ゲラゲラゲラァ!」
「なんで……」
「てめぇの過去を掘り下げて調べまくった結果よぉ! ちぃっと苦労したがなぁ?」
「この野郎ッ……!」
「さっき言ったことをよぉ、もう忘れちまったのかぁ? ここにゃ、てめぇをぶっ殺したくて仕方ねぇ奴らがいるってなぁ!
そりゃ血眼になるわなぁ! ゲラゲラゲラァ!」
「ゲスタム、ワシの手下も総動員させるぅもん」
ゲラゲラトカゲの下に現れた影から出てきた、白装束をまとった男。能面みたいな仮面をつけていて、なんとも趣味が悪い。
そいつが両手を広げると、黒い人形みたいなのが次々と下から沸く。つるりとした表面に、目と鼻は何もついてない。それがぐねぐねと形を変えて着色された頃には、私やアスセーナちゃん、マッハキングが並んでいた。もうやだ。
「アモンのリーダー……魔術師でしたか。それもかなりの腕のようです。あのモノネさん、一人ほしいですね」
「さらっと変なこと言わないで」
「問題は実力まで反映されているかどうかですが、コピー対象からして……」
「ティカ、生体反応は?」
「戦闘Lvはまばらですがアスセーナさんが60程度、マッハキングが70でス」
「どうやら完全に再現とまではいかないようです。しかし私のコピーよりも、マッハキングさんが上ですか……」
不服なのはわかるけど、わかっていたことだ。そんなものはどうでもいい。一番の問題は私のコピーの再現度だ。もしアビリティまでコピーしているとしたら。
「しかしマスターのコピーは1でス……」
「やらかしてんじゃん、あいつ」
「ヒュヒュヒュ……ワシがアモンを束ねる者、モルメータ。妖の術にて翻弄されるぅもん」
モルメータの背後には、同じような装束を纏った連中が並んでいた。バグ・ドレッドとは対照的に、静けさが返って気持ち悪い。だけどあいつはやらかしてる。無理もないけど、やらかしてしまった。
◆ ティカ 記録 ◆
この僕に 化けて マスターを狙うとは おのレ
しかし 怒りは また我を 忘れさせてしまウ
もう二度と マスターに 心配を かけたくなイ
この状況 人質 異形のギャング達 ゲスタム モルメータ
そして あのコピー達
マスター達を コピーしたということは ある程度の 下調べは
ついてるとみて いいカ
一番の 問題は やはり 人質ダ
それも マッハキングの急所ともいえる 人物
悪辣 非道 外道 畜生未満
そうまでしたからには 冥府にまで 落ちる覚悟は 出来ているはズ
引き続き 記録を 継続
「大昔には勇者という英雄的な存在がいたそうですね」
「生まれた時から運命が決まってるなんて、考えたくもない」
「でも国から援助を受けられますし、一部施設も無料です。しかも民家のものまで、取っていけるんですよ」
「犯罪でしょ」
「勇者ですからね。魔王を倒す人物ですから、そのくらいの貢献をするのが当たり前だったようです」
「あれ、そういえば瞬撃少女にも勇者がいたなぁ。あれもろくでもない奴だったし納得」




