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バーベキューをしよう

◆ ジョーカーの街 ハリソン邸 庭 ◆


 元貴族ハリソン。前は国に仕えて財を成した有力貴族だったけど突然、すべてを畳んで放浪の旅に出る。その道中でマッハキングと出会い、数年後にジョーカーの街で再会を果たす。

 終の住居を求めていたハリソンさんは何をトチ狂ったのか、この荒くれの街に定住したらしい。そこはなんかマッハキングとの深い事情があるみたいで、二人の仲は大変よろしい。


「ったく、旦那は人が良すぎるんだよなぁ。もうあいつに金なんか貸すんじゃねぇぞ。俺がとっちめておくからよ」

「ハッハッハッ、よいではないですか。私の資産が少しでも若い人の役に立てたのですから」

「旦那はそれでよくてもよ……」


 初老のハリソンさんとトリプルモヒカンのマッハキングが和やかに談笑してる。周囲ではバーベキューに興奮してる荒くれどもがうるさい。先に焼いた肉を取っただの、低レベルな争いが起こるけど殴り合いは禁止だ。そこにいるトリプルモヒカンにぶっ飛ばされるから、大体ジャンケンに落ち着いてる。

 私は串焼きを頬張りながら、この異常事態とも言える状況を静観していた。隣でアスセーナちゃんが、私の皿にどんどん肉と野菜を供給してくるけど無視。


「モノネさん、これもおいしそうですよ。あーんしましょうね」

「しません」

「あぁーん! あーん!」

「はいはい」


 最後は相変わらずの鬼気迫るあーんに負けてしまう。餌付け状態の中、人好きのしそうなハリソンさんを観察していた。終始、穏やかで常に笑顔を絶やさない。そんな私の周りには、マッハキングを打ち負かしたウサギ娘への好奇で満ちた荒くれどもが集まってきてた。


「このナリで、ボスに勝ったのかよ」

「幹部のビッグボイさんより強いっすかね」

「あの人よりガイラークさんのほうが強いだろ。ていうかボスに勝ったんだぞ?」

「この耳、どういう作り……」


「がおっ!」


 振り向いてふざけて威嚇したら、思いっきりびびらせてしまった。蜘蛛の子を散らすように、荒くれどもが距離を置く。汚い手で触ろうとすれば、こうなる。ついでにティカの魔導銃の銃口もセットだ。でも頭に密着させるのはやりすぎだと思う。


「貴様、マスターに何をしようとしタ」

「何にもしてねぇよ! なんだよ、こいつ!」

「今の発言には虚偽があル。何故なら、マスターの耳を触ろうとしただろウ」

「ティカ、いいから」


 このノリも久しぶりかもしれない。あれ以来、落ち込んでるかと思ったけどこれで一安心だ。口の中で広がる肉汁のうまさに感動しそうになったけど、顔には出さない。これもハリソンさんの計らいだろうか。なんであんな人が、こんな街に。


「ボスに勝ったってことは、こいつがゴールドか?」

「いやいや、ボスも本気じゃねぇよ」


「そうだ! オレは納得してねぇ!」


 一際大きな体格をした力自慢的な男が現れた。のっしのっしと言わんばかりに大股で歩いてきた男は、しゃがんで私に目線を合わせる。なとなく目を逸らしてみた。


「確かにボスが一番つえぇけどな。パワーなら、このビッグボイ様が上だ」

「それで?」

「オレ様とスモーしろ!」

「嫌です」

「腰抜けか? おぉい! このウサギのガキは、ビッグボイ様に恐れをなしたぞぉ!」


 勝手にやってろ。スモーが気にならないこともないけど、質問すれば興味ありとも受け取られる。

チンピラの自己顕示欲の肥やしに付き合うほど、お人好しじゃない。あのマッハキングに勝ったというのに、こんなのに絡まれるとは。

 でも何が悲しいかって、ビッグボイの不戦勝を祝う連中がまったくいないことだった。まともな頭をしていれば、大衆の前で堂々とマッハキングに勝ったウサギの実力を疑うわけない。それでもビッグボイは腕を振って、自分の不戦勝を知らしめようとする涙ぐましい努力をしている。

 見かねたマッハキングがビッグボイの肩を掴んで、強引に座らせた。何だ、その怪力。やばい。


「ビッグボイよぉ。女々しい真似してんじゃねぇよ。てめぇは確かにパワーはあるが、頭がねぇ。もっと聡明にならねぇと、そのうち誰もついていかなくなるぞ」

「でも、でもボスゥ……」

「ボブを見ろ。王都の学校に行くってんで、張り切ってる。バカやってるとそのうち、あいつに顎で使われるぜ」

「それは嫌だ!」

「じゃあ、何かやりてぇことでも見つけろ。スモーでもいい」

「スモー……オレ、アズマに行ってやってみたいかも……」

「それでいい。てめぇの人生なんだからな」


 パワー自慢を落ち着かせた後、私のところへやってきた。気がつけば皿の上が山盛りになってるのを華麗にスルーして、このマッハキングについて考えを改めつつあった。

 この街は、この人がトップになることで成り立ってる。現にここにはギャングとそうでない人が入り乱れて、仲がいい。

 スニールやボブも、チンピラながらに自分の夢を持っている。それもこのマッハキングのおかげなんだろうと思った。


「モノネだったか。アスセーナはともかく、てめぇはなんで冒険者なんかやってんだ」

「成り行きだね」

「今の発言で敵を作るぜ。何年やってもブロンズすら貰えねぇ奴らが大勢いるからな」

「慎みます」

「……説教じみたな。成り行きでアイアンまで取っちまうなんて天才だわ。俺以上にマッハで駆け抜けるかもな」

「あ、あの! マッハキングさんは冒険者として活動されてないんですか?」


 アスセーナちゃんの質問に、マッハキングが押し黙る。この私が天才と評される日が来るとは。確かにアビリティ一つでここまで来きたのは、自分でも上出来だと思う。アスセーナちゃんが言うように、アビリティだけで戦えるのは稀なんだ。つまり褒められても、素直に喜べない。すごいのはアビリティであって、私じゃないから。


「マッハで駆け抜けるとよ、やらかすんだよ。大切なものを見落として、結果を急ぎすぎちまう」

「……何か失敗したんですか?」

「過去に罪もない人間を何人も殺した奴がよ、命乞いしてきたらどうする?」

「殺しますよ。生かしておくメリットがありません」

「だよな。そいつが本当に改心して、人生を改めていたとしても殺すよな」


 マッハキングの顔にどこか影があった。あのいかつい顔が、泣きそうになってるようにも見える。話だけ聞くと、しょうがないとしか思えない。だけど当人からすれば、後悔するしかないか。


「それはしょうがないですよ! 散々、悪さしておいて今は幸せですなんて……」

「ド正論だよ。間違っちゃいねぇ。でもな、それでもな。恋人なんぞにしゃしゃり出てこられて、泣きはらして叫ばれるとな」

「それは……確かに厳しいですね」

「実際、確認できるタイミングはあった。けど当時の俺は報酬ジャンキーでな、依頼達成数を伸ばす事だけを考えていた……。

マッハで駆け抜けちまった結果がこれさ」


 さすがのアスセーナちゃんも沈黙してしまった。確かにそんな状況になったら、気まずいどころじゃない。仲よくしていた相手が実は過去に悪いことをしていた。そして復讐されました。悪いことをしていたから仕方ないと、割り切るのは難しい。あんな風体をしたマッハキングにこんな過去があったとは。


「でも、悪いことをしていた自分と一緒になったら恋人も不幸になる……とは考えなかったのかな」

「そんな理屈なんか無意味なんだよ。やっちまったという結果があるだけだ。俺自身、未だに『殺して正解だった』という気持ちもないわけじゃねぇ」

「マッハキングさんはその一件で、冒険者をやめられてしまったのですか?」

「あぁ、なんか萎えちまってな。けどな、後悔ばかりしてるわけじゃねぇ。それがこの街よ」


 この街とは、バカ騒ぎが止まらないチンピラどもを含めてか。ナイゲルのチープな悪口が本当にうるさい。それを中心に盛り上がってるのを見ると、心底幸せそうだなと思う。


「経験も頭も何にもねぇ。暴力しか知らねぇ連中だがな、信じてみりゃ案外いいもんだよ。ちょっと尻を叩けば動いて、何なら夢も持つ」

「お金を支払えば、張り切って仕事をしてくれますからねぇ」

「そうだ。旦那のおかげで、この街に雇用が生まれたんだ」

「ハリソンさんはなんでこの街にいるの?」

「少し俗世に疲れてしまいましてね。当てのない旅をしているうちに、彼に世話になりまして……。私の資産を投資するに相応しい人物だと判断したからです」


 人間、極めるとこうも考えてしまうのか。私も怠惰を極めたけど、現状維持だ。そこに冒険者というトッピングが加わったけど、現状維持だ。

 だけどこのマッハキングみたいに、こんなにも悩める出来事が起きるくらいなら冒険者を続けるのもどうかな。最初に言いよどんだ理由がわかった。冒険者を楽しそうにやってるアスセーナちゃんには言いにくいわけだ。


「邪推ですが……私達に実力差を見せつけて冒険者を引退させたほうがいいと。ご自身の経験を踏まえた上で考えたのですか?」

「そんな高尚なもんじゃねぇよ。単に調子に乗ってる後輩を叩きのめしてやろうって思っただけだ」

「またまた……」

「さて、答えるもんは答えたな。あとは適当に楽しんでくれ」


 よっこらっしょ、と立ち上がったマッハキングはハリソン邸の庭から出て行った。後ろ姿を見送ろうと思ったけど、好奇心が頭をもたげる。どこか寂しそうに見えたその背中を見失わないようについていった。


◆ マッハキングのアジト ガレージ ◆


「お前にはだいぶ無理をさせちまったよな……」


バニーイヤーのおかげで、ガレージの外からでも声を拾える。今のセリフからして、カトリーヌに話しかけてるのか。壊しておいて何だけど、少し罪悪感がある。


「あのガキの言う通りだ。昔の俺なら迷わずアクセルを踏み込んでいた……。けどな、年々ガタがきてるお前を見てると無理させられねぇんだわ。無茶ばっかりさせてスクラップなんざ、俺がさせねぇ」


 姿は見えないけど、声が震えいてた。あのマッハキングが涙声になりながら、魔導車に話しかけている。勝手な想像だけど、誰にも見せられないはずだ。カトリーヌなんて名前をつけているくらいだし、愛着なんてものじゃない。物霊使い顔負けの愛だ。


「お前はもう休め。このジョーカーの街は俺一人で守る。なぁに、心配ねぇさ。お前がいなくても、その辺の魔物にゃ負けねぇ。 なに? バグ・ドレッドとアモンの動向が心配だって? だから問題ねぇって」


 なんか本格的に会話し始めた。私だからいいけど、他の人が聞いたらどんな気分になるんだろう。だけど、何だろう。聴こえないはずなのに、会話が成立してると感じてしまう。カトリーヌが本当にそう言ってるとすら思う。


「信じてみた連中が、ほんの少しずつでも自立していくのをよ。見るのが楽しみなんだ……もしかしたらバッドガイズのボスも終わる時が来るかもな……」


 盗み聞きはここまでにしよう。物霊使いじゃなくても、通じ合ってる。きっとそうだと信じて。


◆ ティカ 記録 ◆


マッハキング 単なる粗暴な男かと 思っていたが

悪くない一面も あル

彼の選択が正しかったかどうか それは わからなイ

ただし 選択が 正しいと 判断できるのは

もっと 先の話に 思えル

仮に 不正解だったとしても 選んでしまった上での

正解を 模索するしか ないのだろウ

それこそ 後悔は マッハで 忘れるのが 正しイ

言ってる本人が 忘れられてないようだガ


引き続き 記録を 継続

「アスセーナちゃんはさ、"絶対英雄"に会ったことある?」

「ないですね。ただ噂で聞く限りでは、かなりシビアな方だとか……」

「ニートなんて概念を許さないような?」

「モノネさんは私が守りますからねっ」

「どうも」

「この二人の会話は、どうしていつもこうなるの……」

「イルシャちゃんも、たまには肩の力を抜いたほうがいいよ」

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