怪我を治そう
◆ ジョーカーの街 付近 ◆
戦闘後のせいか、はたまた怪我のせいか。やけに暑く感じる。最初は横転してるカトリーヌが熱暴走でも起こしてるのかと疑った。
だけどマッハキングが出てこないし、何よりギャラリーも異変に気づいている。このスウェットを着ているのに暑いと感じるなら、相当なものだ。アスセーナちゃんとあの二人の介抱もしたいし、早くこの場を離れよう。あとはティカだけど――
「……ティカ?」
「なんだよ、アレ!」
「銃の化け物か?!」
誰かが武器の化け物と呼んだそれは、上空で一際大きい銃口をこちらに向けている。肩や背中からは枝みたいな歪な形をした翼が生えて、その小さな体とは不釣り合いな大きさだ。
その枝の先から光が、絶えず小さな体の中心に走る。極めつけに赤く光る二対の目が、殺意や破壊の意思を感じさせた。
あれがティカだと気づくのに遅れるほど、変わり果てていた。
「ティカ?!」
「これより残存戦力ノ駆逐を開始スル。斜線上ノ友軍ハ速やかニ退避されたシ」
「何言ってるの!」
迷わず布団君でティカの元に向かう。この私がいるのに、何を血迷ったんだか。でもあの大きな銃口は今まで見たことがない。いや、銃口というより大砲だ。
そして、この熱気だ。とんでもないエネルギーがティカに集まって、暴走しているに違いない。接近した時に、よりその全貌が見えてきた。丸い目が赤く塗りつぶされて、口元がマスクで覆われている。まるでこれから放つものに対して、自衛でもしているかのようだった。
「決着はついたからやめて」
「ギャラクシー砲……発射前……」
「やめろ!」
「カウントダウン……」
「あんたのマスターごと殺す気なの?」
赤い燐光がかすかに揺らぐ。恐れず銃口の前で、その動向を見守った。カウントダウンの段階から停止したものの、まだ収まりの気配がない。
ティカの正体はわからないけど、意志を持たせてここまで連れてきたのは私だ。どれだけ危険だったとしても、見捨てるなんて真似はしない。そもそもこんな風に作ったのは誰だ。他ならない人間なら、尚更だ。
「忘れないでね、あんたはティカだからね」
「マ、スター……」
「ひとまず落ち着こうか」
赤い光が瞳の中心に収束してフェードアウト。肩や背中の翼のようなものは枝が一本ずつ、段階的に収納されていく。大砲が潰れるようにして体内に引っ込み、いつもの丸い目が戻ったところでその体のサイズを改めて実感した。
あの翼や大砲がなかったら、こんなにも小さい。こんな体で私をマスターと慕い、時には凶暴にもなる。ふらりと私のほうへ倒れてきたところを優しく包んだ。
「僕ハ……一体……」
「一緒に考えてあげるから、今は休もう……か……」
「マスター?!」
体の力が抜けて視界が白一色になった。
◆ ジョーカーの街 マッハキングのアジト ◆
真っ先に飛び込んできたのは、アスセーナちゃんの顔だ。私の額に手を当てて、今にも泣きだしそうだった。頭がどうもハッキリしない。今、私は何をどうしてるんだろうか。
「よかった……目が、覚めて……モノネさんっ!」
「アスセーナちゃん……ヒヨクちゃんにコルリちゃんも」
「怪我が祟って倒れたのよ。とても動き回れる体じゃないのに、あのマッハキングに勝ったなんて……」
「モノネさぁん!」
事態を把握したいけど、アスセーナちゃんが執拗に顔を近づけてくる。鼻水まですすって、完全に泣きはらした顔だ。ここまで心配をかけるほどだったのか。確かに倒れて意識を失うなんて初体験だった。
「そうだ、ティカは?!」
「そこに……」
私の胸にしがみつくようにしてるティカがいた。眠るわけないし、一言も喋らない。まさか私と同じように意識を失ったんだろうか。そっと両手で抱えると、私と目を合わせようとしない。これはまた気に病んでるパターンだな。
「僕ハ……」
「マスターの命令、グチグチするな。以上」
「ハイ……」
頭を撫でてやりつつも、このままじゃいけないなと思い始める。ティカについてはまるでわからない事だらけだ。両親に聞きたいけど、お手紙の返事がこない。さすがに安否も気になる。ティカのルーツも気になるし、今後の方針が固まりつつあった。
「ヒヨクちゃんとコルリちゃんは怪我ないの?」
「ちょっと気絶してただけよ。それより完敗だったわ……」
「先輩、あの人がその気になったらハーピィ族も滅ぼせますよ……」
「なんの心配してんだ」
ノックもしないで、おもむろにマッハキングが登場した。怪我の一つもなさそうだし、さすがはゴールド。ずかずかと割って入ってきてしゃがみ、私にがん飛ばしてくる。やんのか、コラ。
「ったくよぉ、まさかこんなのに負けるとはなぁ」
「どうも」
「おまけにカトリーヌもしばらく使えねぇ。マジで覚えてろよ」
「え、まだ怨恨が続くの?」
「冗談だ」
そういうキャラなら先に言ってほしい。負けた時はしばらく出てこなかったし、言葉以上に悔しいんだろうな。私のうさ耳を凝視して、何かを探ってるように見える。そりゃこんなのがゴールドを圧倒したんだから、知りたくもなるか。
――あの決着の瞬間、彼のためらいがなければ勝負はわからなかった
「ためらった?」
「……お見通しかよ」
――あそこで一気に踏み込んでくれば、"落星"が間に合わなかったかもしれない
「なんでまた……」
「俺も歳をとっちまったって事さ」
達人剣君と会話してるのに、マッハキングともリンクしてる。おかげでバレずに済んだ。アスセーナちゃんにはバレたのに、意外と鈍感かもしれない。
「言っとくけどな、てめぇの勝ちは勝ちだ。あれが殺し合いだったら俺は死んでたからな」
「でもあんたも最初は本気じゃなかったでしょ」
「下らねぇんだよ。あそこでどうだったとか、こうすれば違ったとかな。反省はすりゃいいが、勝ったほうが強ぇんだ。
後悔なんざマッハで忘れちまったほうが人生、楽しめる」
「ボス!」
また乱入者だ。今度は複数人、人相の悪い連中が雁首揃えてる。あの腕の模様とか何なの。魔物の絵みたいなのを体に描き込んでる。スニールとボブ、ナイゲルも一緒だ。この狭い部屋に。
「もう動いて平気なんすか?! もう少し休んでたほうがよくないっすか!」
「てめぇらと一緒にするんじゃねぇ。体の作りが違うんだよ。それよりスニール、オレの事よりてめぇの夢が先だろ。剣の訓練は捗ってんのかよ?」
「ボ、ボスが心配で……」
「ボブ、てめぇは王都の学園に行くんだろ? ろくに計算も出来てねぇ奴が入学できるわけねぇぞ」
「勉強はしてる!」
「ボール遊びばっかやってんじゃねぇのか?」
なんかやかましくなった。意外とアットホームな雰囲気のせいで、最強のギャングのイメージが瓦解しつつある。夢だの学園だの、もっともあの連中から縁遠いと思ってた。だけど、目標を持ってる。
なんだろう、急に居心地が悪くなった。これは引きこもり特有の気まずさか。しかもギャング相手にそんなものを感じる人間なんて、私くらいじゃないのか。
「マッハキングさん。もしかして、これがギャングのボスになった理由ですか?」
「ハッ……そんなチャチなもんじゃねぇよ。こいつらはあくまでついでだ」
「モノネさんが勝ちましたし、何でも話してくれる約束ですよ」
「いいよ、アスセーナちゃん。私達の目的は別にあるでしょ」
アスセーナちゃんが前のめりになるという珍事だし、見届けたい気持ちはある。だけど深入りする必要がない。だからここは聞くものを聞いてしまえばいいだけ。
「マッハキングさん。アスセーナちゃんの言う通り、質問に答えてくれるよね」
「オレに何を聞きてぇんだよ」
「ここ最近、ノームの国方面に向かうハーピィを見なかった? この子達よりも小さい……」
「あぁ、見たぞ」
「見たの?!」
「あのままじゃ、空の化け物に食われちまうからな。迂回ルートを教えてやったら、ちゅんちゅん喜んで飛んでいった」
まさか接触してるとは思わなかった。やっぱりスズメちゃんはこのルートを通ったんだ。たったこれだけの事実を確認するのに、どれだけ遠回りしてるんだか。なんだか肩の荷が下りた気分だ。
まだ何も解決してないはずなんだけど、もう今日は寝たい。そんな気分爽快なところをアスセーナちゃんがつっついてくる。
「……モノネさん。私も質問、いいですか」
「あ、ごめん。私ばっかり先走っちゃったね」
「いえ、いいんです」
さっきは冷たく止めちゃったけど、アスセーナちゃんにだってその権利はあるはずだ。それなのに私は自分一人で勝ったつもりか。むしろ足を引っ張ったのは私だ。あのままアスセーナちゃんが戦っていたら、勝っていたかもしれないというのに。
「マッハキングさんのような優秀な冒険者が、ここでギャングのボスをやってる理由を知りたいんです」
「なんでそんなもんが気になるんだよ」
「いえ、その……。冒険者は私がようやく見つけたやりがいのある仕事なので……。先輩にも敬意を表しているんです。ですから、どうしても知りたくて……」
「はぁ……どうせなら"絶対英雄"にでもしとけよなぁ。いや、アレも大概か……」
頭をポリポリとかいて、困り顔だ。このマッハキングにアレ呼ばわりされる絶対英雄が気になるところ。
まさか本当にゴールドの冒険者にまともな人はいないのか。
そんな中の一人であるマッハキングが目を閉じて長考している。よっぽど言いたくないんじゃないか。
「そういや、今日は旦那がバーベキューでもやるとか言ってたな。日も落ちるし、どうせならてめぇらも一緒しろや」
「旦那?」
「こんな掃き溜めで社会勉強したがる小娘なんざ、どいつもこいつも珍しがるぜ。覚悟しとけよ」
「それはいいんですけど、旦那とは?」
「いやっほぉう! 肉だぁー!」
この狭い部屋ではしゃいで、テンションを上げないでほしい。まさかの展開に私も長考してしまう。この際、ギャングと一緒にバーベキューはいい。でもこうしてる間にも、スズメちゃんはずっと一人だ。
「スズメちゃんの事もあるし、ここは……」
「モノネさん、自分を大切にして下さい! その怪我ですよ?!」
「どの怪我……いたたたっ!」
起き上がろうとしたら激痛が走った。よくこんな様で戦ってたものだ。包帯も巻いてあるし、アスセーナちゃん辺りがやってくれたのかもしれない。
「私……苦労したんですよ? モノネさんに、包帯を……」
「そんなに?」
「だって、その……」
「言っとくが、こんな場所に治癒師なんて寄り付くわけねぇからな。それにあのハーピィも、ルート通りならノーム国で落ち着いてるはずだ」
アスセーナちゃんがもじもじしてるところで、マッハキングが遮る。狂喜乱舞してるギャング達が部屋から出ていったところで、ひとまず安堵した。
ノームの国は聞いたところによると、確かドワーフという特殊な種族の国だ。穏やかで気のいい人達らしいし、心配しなくてもいいか。それにこの怪我は洒落にならない。包帯から血が滲んでるし、よく生きてたなと思う。
「落ち着いたら、外に来な。案内してやるからよ」
「はい、ありがとうございます」
「……バッドガイズはな。オレの自己満足みてぇなものさ」
意味深なセリフと共に、マッハキングも出ていく。これはただのギャング集団じゃないのか。どうでもよかったけど、ちょっと気になってきた。
何より達人剣君に言われてから、ずっと気になってることがある。決着間際、あの人がためらった理由だ。カトリーヌと叫んでいたっけ。なんとなくだけど、これは関わっておいたほうがいい気がしてきた。
◆ ティカ 記録 ◆
あの時 確かに見タ
僕の前に広がる 大勢の 兵隊
血しぶきが飛び交い 怒号と悲鳴 兵器の音
僕は これを 終わらせなければ いけないと 思っタ
だが 気がつけば そこにマスターが いタ
破壊的な 光景が消え去り 僕は 体が軽くなっタ
僕が 何であったのか わからないが ただ一つ これだけは言えル
マスターがいなければ 僕は 救われなかっタ
なぜ僕は 彼女を 無意識のうちに マスターと 呼んだのカ
それが 今 わかった気がすル
引き続き 記録を 継続
「イルシャさん、モノネさんってかわいいですよね」
「え? まぁ、それなりには」
「ほら、あの布団からうさぎの耳だけ出てるところとか……」
「だらしないなって思うわ。もうお昼過ぎよ」
「昨日の夕方からずっとなんですよ」
「さすがに異常じゃない!?」




