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マッハキングに立ち向かおう

◆ ジョーカーの街 付近 ◆


 何が起こったのかわからない。布団君から落下しかけたところで、アスセーナちゃんに抱えられたのか。その状態で瞬間移動を繰り返して、マッハキングの追撃をかわしてる。いわゆるお姫様だっこ状態だから、もちろん剣なんか持ってない。つまり逃げの一手のみだ。


「ア、アスセー……うげっ……」

「モノネさん、喋らないで下さい。怪我を負ってます」

「あ、当たったん、だ……」


 血の味がした。あのカトリーヌの激突を避けられなかったにせよ、意識がある時点で幸運だ。激痛で涙が出そうになる。

 あいつの攻撃はウサギスウェットをもってしても、かわしきれなかった。それでも直撃していたら、命もなかったはず。そう考えれば、致命傷を避けるくらいには動けたのかもしれない。


「ヘイヘイェイ! そのアビリティ、半端ねぇな! おじさん、舐めてたよ!」

「くっ……!」


 あのアスセーナちゃんが言い返せずに、顔に汗を点々とさせてる。すぐ横を高速で通り過ぎたり、頭上を走り去ったり。左右上下、あらゆる角度から狙い撃ちされてた。

 ヒヨクちゃんとコルリちゃんを落としたように、あのカトリーヌは空中だろうが関係ない。アスセーナちゃんみたいな超人が大ジャンプするように、あの車も同じ事が出来る。しかも着地と同時に、まるでバウンドするようにまた飛べる。

 車体が斜めだろうが逆さまだろうが関係ない。この地形はマッハキングのために用意されたのかと、疑いたくなるくらいだ。

縦横無尽という言葉しか思いつかない。


「アスセーナちゃん、私はいいから降ろして。さすがに動けない人間を轢き殺さないでしょ」

「その保証はありません」

「私はその、ほら。スウェットがあるから怪我をしても動けるし」

「ダメです!」


「ひゅうぅ!」


 喋ってるそばから、目の前をかすめるようにして高速でカトリーヌが通り過ぎた。アスセーナちゃんもそれを見越して、踏みとどまる。スピードやアビリティだけじゃない。互いの次の手を予測するという、実力者同士の熾烈な読み合いが行われていた。

 これはもう私が立ち入っていい世界じゃない。大人しく引きこもって寝て、本でも読んでいればよかった。ましてや、大切な友達の足でまといにすらなってる。


「なーかなか捕まらねぇなぁ! 大概の奴はこれで終わるんだがなぁ!」

「マッハ! マッハ! マッハッキィングッ!」

「さすがはボスだぜ!」

「あぁ! もはや何が起こってるのかさっぱりわからねぇけどな!」


 アスセーナちゃん、ヒヨクちゃんにコルリちゃんがひどい目に遭ってるというのに。あのチンピラどもは。アスセーナちゃんの呼吸がいよいよ荒々しくなってきて、限界が近づいてるのがわかる。いいから降ろせといっても絶対に聞かないとわかっているだけに、今の状況がたまらなく歯がゆい。

 私は何だ。何の力もなければ技術もない。やる気もなければ根性もない。あるのはアビリティだけだ。そのアビリティは今、何をやってる。


「しょうがねぇなぁ! ちぃっとばかし本気になるかぁ!」

「おぉ! アレが出るのか!」

「死んじまいますよぉ?!」

「ギャハハハハハッ!」


 マッハキングの強さは、あのカトリーヌにある。だとすれば、あれに触れさえすれば。といっても、あの猛スピードだ。指一本でも触れようものなら、もってかれる。やっぱりその程度だったか、物霊使い。


"私は物霊使い。物の意思を感じ取る力を持ち、彼らは意のままに動いてくれます"


 いや。少なくとも、あの女の人は触れないでゴーレムや魔導銃を停止させて、戦場を制圧した。今の私にその力がないだけだ。自分で何かを成し遂げたことがないと、何かのせいにしたがるのかもしれない。物霊使いはすごい。私がしょぼいだけだ。だけど、今の私にあの力はなくても。


「あぅッ……!」


 アスセーナちゃんの脇腹から出血した。通り過ぎたカトリーヌの側面から、翼みたいな刃が出てる。まだあんなのもあったのか。距離感を誤ったのかもしれない。アスセーナがついに怪我を負って、片足で地面についてしまった。

 そこをマッハキングが見逃すはずがない。私を抱えたまま、宙を舞うアスセーナちゃん。後ろから激突された。そう直観した時にはもう終わっていた。


「モノネ……さん……」

「私を降ろせばよかったのに!」

「大切な人ですから……げほっ、げほっ!」

「嫌だ、アスセーナちゃん! 生きろ!」


 それでも私を抱きしめたままだった。勝負を捨ててまで私を守りたかったんだ。この子だけなら勝っていたかもしれないのに。私みたいな変なのが冒険者をやっていたばかりに。本気にならなかったばかりに、いざという時にこういう目に遭う。


「あーらら、決着ついたかねぇ? 折れちまったか?」


 マッハキングがカトリーヌを停止させて、鼻をほじってる。今の私にあの力がないばかりに。アビリティ頼りのくせに、それすら通用しなかったらこうなる。あの人みたいな力があったら。もしくはブオウを圧倒した達人剣君の持ち主くらいなら。


「おい、達人剣君。本気出してよ」


――出している


「ウソだ。あんたはどこか、他人事みたいに思ってる」


――そんな事はない


「前の持ち主に捨てられたから? それとも持ち主がそんな性格だったから?」


――関係ない


「関係ないわけあるかッ!」


 傍からだと、私が狂ったように見えたんだと思う。マッハキングが鼻の穴に指を入れたまま、呆然としてた。ギャラリーもさっきの盛り上がりもどこへやら、今はどよめている。


「忘れるな! あんたが私を選んだんだ! だったら今の主は私だ! 従え! 本気を出せ!」


――私は、本気だ


「私の大切な友達が死にかかってるんだぞ! 守りたいものがそこにあるんだ!」


――守りたい、もの……


「何度でも言うよ! あんたの持ち主は私だ! 物霊使いの名において命じる! 本気を出して、あのマッハキングを倒せぇぇッ!」


 刹那、達人剣が輝く。異変を感じたのか、マッハキングがカトリーヌを後退させて距離を取った。柄から私の手に何かが伝ってくる。そして何かを頭の中へ叩き込まれるような感覚を覚えた。


『私がいるからな。お前はどっしりと構えていればいいんだ』

『あぁ、頼もしいよ』

『長年の夢が叶ったんだ。もっと嬉しそうにしてほしいものだな』

『そうだな……』

『私が絶対にお前を守る! 何が来ようともな!』


 頭の中に響いた二人の声。どちらかが達人剣君の持ち主に違いない。事情はさっぱりだけど、重要なのは他にあった。怪我を負っているはずなのに、体が軽い。達人剣君を握りしめてマッハキングを見据えると、あっちも体勢を正してから運転準備に入った。


「喚いてたと思ったら、またやる気かよ。変なの……ッ?!」


 軽口もそこまでだった。カトリーヌの車体が避けた後に残る大きな地面の亀裂。空走、まるでアスセーナちゃんのごとく斬撃だけを残す技だ。

 前にゴブリンキングに放った時とは比べ物にならない。今度は斜め後方の地面が破裂する。そこがカトリーヌの攻撃進路で、達人剣君が予測した結果だと気づく。つまりあのマッハキングに対して先手をとったんだ。


「くうぉわッ! こいつ!」


 タイヤをフル回転させて、今度は私の周囲を高速移動する。だけど達人剣君が放った空走が地面を破裂させて、カトリーヌが半回転して後退。

 何度か向かってくるも、全部が同じパターンだ。スピードが速すぎて、目で追えないけど要は動きを予測すればいい。それが達人剣君の答えだった。あのマッハキングの運転パターンなんて、普通はわからない。速さに翻弄されて、普通はそれどころじゃないはずだ。それを可能にする達人剣君の、いや。元の持ち主の実力。


「ボス?!」

「なんか押されてないか……?」

「マ、マッハ! マッハ! マッハキーングッ!」


 観客の声援も、さっきと比べて覇気がない。多分、こんなのは初めてなんだと思う。誰もが勝負にすらならないで、あのスピードの前に散った。

 それが今は、一度は折れたはずの小娘に逆に翻弄され始めてる。今度はこっちが攻める番だ。空走で牽制して動きを制限。攻めあぐねるマッハキングも、少しずつ苛立ちを覚え始めていた。


「チキショウ! やるじゃねぇの! まだ本気じゃなかったってことだな! そんなら、こっちもなぁ!

でぇぇぇんきぃ! ブゥゥゥストッ! マッハドリフトッ!」


 車体から生えている両翼が電気を帯びて、タイヤにも纏わりつく。そこからの加速はまさに瞬間移動にも迫るかもしれない。

 達人剣君の予測でギリギリすれすれのところでかわせているものの、もう相手の姿は速すぎて見えない。まるで意志を持った稲妻だ。カトリーヌが通り過ぎた後には閃光が走り、それが空中に無数に彩られている。


――ぶっはねるぴょん!


 達人剣君の読みにイヤーギロチンが加わる。空走、ギロチンのコンボで、さすがのマッハキングも寸前のところで車体ごと跳ねて逃げるかない。あの速度であんな動きをしたら、いろいろと大破しそうなものだけど。

 ここで達人剣君の強さの一つをようやく思い知る。あれだけ速いのに、攻めてくるルートをピンポイントで潰す勝負勘。ランダムに連発で暴発してるかのように見える地面だけど、そこはきっちりとマッハキングの攻撃ポイントだった。見えてなくても勘で当ててしまうんだ。それを何度も繰り返すうちに見えてくる真の攻撃ルート。

 一見、何もないところに振り下ろされた達人剣君。でもそこは、わずか未来にマッハキングが到達するであろう場所なのは明白だった。


「うおぉぉっ?!」


「奥義……"落星"」


 見えないけど、まるで巨大な剣が落ちてくるような感覚だ。普通に放っても恐らく当たらないであろうスキルだけど、その巨大斬撃はカトリーヌの後退も跳躍もさせない。したがって左右以外の逃げ道しかないわけだけど、空走とは比べ物にならない範囲だ。いくらマッハキングが駆るカトリーヌといえど、すでに間に合わない。


「クッ! カ、カトリーヌ!」


 車体を横転させて巨大斬撃から逃れようとするも、ギリギリのところでタイヤに直撃。弾けとんだタイヤが明後日の方向へ転がり、カトリーヌが盛大に数回転して地面を滑るようにして投げ出された。

 ひっくり返って静かになったカトリーヌを確認した後、アスセーナちゃんの元へ走る。


「アスセーナちゃん!」

「へ、平気ですよ……このくらいの怪我なんて、いくらでもありましたから……」

「いいから喋らないで」

「自分で……応急処置しましたから」

「あ、そう」


 脇腹に包帯みたいなものが巻かれている。あの大暴走の中、よく無事だったなと感心した。倒れているあの二人も無事みたいだ。よく見ると、こことあの二人が倒れている場所だけ地面が荒れてない。なるほどと思うけど、それはそれ。横転してるカトリーヌに向けて歩くと、一応の宣言をする。


「私達の勝ちだね。まずは約束を守ってもらうよ」

「……チキショウ」


 低いぼやきが、車内から漏れた。出てこないところを見ると、相当悔しかったのかもしれない。アスセーナちゃんやあの二人があんな事になったのは許せないけど、今は出てくるまで待ってやろう。

 あれ、そういえばティカは。


◆ ティカ 記録 ◆


マスター 生存確認

ターゲット 生存確認

殲滅確率 0.1%以下


ギャラクシー砲 発射準備 開始

「絵って難しいなぁ」

「モノネさん、絵を描いてるんですか?」

「うん。小説の挿絵なんかあったらいいなと思ったけど挫折した」

「絵は空間認識がとても重要なので、まずはデッサンやパースを」

「あ、無理」

「私が描いてあげますね!」

「やったー!」

「ねぇ、モノネさんの人生ってそれでいいの?」

「イルシャちゃんは最近、そんな発言ばかりだ」

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