ジョーカーの街に入ろう
◆ ソリテア国 南部 ジョーカーの街 入口 ◆
立ちはだかる金属製の塀と門。塀の上には、そこまでやるかというほど雁字搦めに張られている有刺鉄線。しかも時々、電撃みたいなものがバチバチ鳴ってる。
これは監獄か。先入観なしでこの光景を誰かに見せても、そう答えると思う。ここに街なんて情報は一つもない。
「飛べば入れるよね?」
「さすが先輩! では早速……」
「待ちなさい。越えた途端にハチの巣にされたらどうするの」
「そうです。南部の中でも最悪と言われた場所のようですからね」
空を飛べると、見落とすものが多い。この子達といるとそう感じる。私達は、この完全に部外者お断りな街に今から入るわけだ。この門はどうってことない。あの電撃がちょっと怖いから、試しに布団カタパルトから矢でも放ってみよう。
「どうやら問題ないようですね」
「うん。あの電撃、ホント何なの」
結果、矢が扉にカツンと当たっただけだった。この検証結果を信じて、そっと扉に触れる。
――てめぇ何しに来やがったぁ!
「うるさい。開けろ」
物霊使いの意思には逆らえない。金属製特有の嫌な音を立てて、扉が内側に開いていく。いよいよここからが魔境だ。アスセーナちゃんも真剣な顔をして、剣を抜けるように警戒を怠らない。部外者どもが今、最悪の街に足を踏み入れた。
◆ ジョーカーの街 ◆
「んだゴラァ! 口に手ェ突っ込んで心臓ぶち抜くぞ!」
「てめぇこそ、ケツの穴から心臓ぶち取るぞコラァ!」
入って早々、なんか勃発してた。モヒカン頭と短髪と長髪が半分ずつみたいな髪の男が、唾を吐き散らしていきり散らしてる。
そして街の様子といったら、予想以上にひどい。そこら辺に空きビンを初めとしたゴミが散乱していて、建物も落書きだらけだ。絵自体は前衛的すぎて理解できない芸術だけど、文字のほうは頭の程度が知れる内容だ。なんだ、最強上等ケンカいつでもノーオッケーって。どっちだ。さすが口や尻から心臓を取ろうとする方々だ。
扉が開いたというのに、この二人はまったく気づいてない。その横でいびきをかいてビンを片手に寝ているのもいる。
「ひどい場所ね……臭いもきっつぅ……」
「先輩の炎でなんとかなりませんかぁ?」
「何とかするな」
この二人も口と鼻を翼で覆うほどだ。嘔吐物の存在を視界に端に確認した後、こんな街はさっさと出ようと決意する。ここまでしてマッハキングに会わなきゃならないのか。大体こんな状態の街の支配者が、ハーピィが飛んでいたかどうかまで気にするだろうか。冷静になると、ますますメリットがない。
「モノネさん、帰りたい気持ちはわかります」
「どうしてわかったのさ」
「私も呆れてますから。でも、あのマッハキングは本当に素晴らしい冒険者なんです。彼が悪の道に走ったなんてとても信じられないんですよ」
「同名の別人であることを願うしかないね」
うるさい二人の横を通り過ぎようとすると、ケンカが止まった。二人が私達に気づいたみたいだ。
「てめぇら、素通りしてんじゃねぇぞ!」
「おいウサギてめぇ耳ふせてんじゃねぇ!」
「ケンカならご自由にやって下さいぴょん。私達はマッハキングに用があるんだぴょん」
「あぁ?! ていうかよく見たらてめぇ、ウサギじゃねぇじゃん!」
いや、まさか本当に勘違いしてるとは思わなかった。ウサギ呼ばわりするから合わせてただけなのに。ここは冷静に対応しよう。私だって好き好んで戦いたいわけじゃないもの。
「マッハキングに会いたいんだけど、どうすれば会えますか」
「はぁ、マッハキン……ハッ!? おう、そうだ! ケンカしてたんだったなぁ!」
「おう! かかってこいやぁ!」
マッハキングと聞いた途端、またケンカを再開した。さすがに私もついていけない。アスセーナちゃんなんかさっきまでの警戒心はどこへやら、今はあくびをしている。今まさに殴り合おうとしてる二人が向き合い、互いの顔を異様に近づけて睨み合っていた。
「てめぇ……ジャンケンも弱そうだな?」
「はぁ!? やってやんよ!」
「最初はグゥ! ジャンケン……!」
拳に力を込めた二人がそれぞれ出したのはチョキとパーだった。勝ったのはモヒカンのほうだ。もうまったく訳が分からないけど、おめでとう。勝ったモヒカンがはしゃいで跳び上がって喜んでる。
「っしゃぁぁ! ざまぁみやがれ! オレの勝ちだ!」
「は? 違ぇし! お前の頭がパーって意味だし?」
「あぁ?!」
「んだとぉ!」
また殴り合いか、と思ったら少し凄んだだけでまた離れた。モヒカンと半分長髪はそれぞれ、別の方角へ歩いていく。腹の虫が収まらないのか、半分長髪は落ちている空きビンを蹴り上げてる。
「アスセーナちゃんの知識を総動員すれば、今の状況を解析できる?」
「一つだけ確かなのは、ここでの殴り合いは禁止のようですね。両者とも、不満そうですから」
「その影響力といえばマッハキング?」
「その可能性は高いです。マッハキングの名を聞いた途端の出来事でしたから」
三度の食事よりもケンカが好きそうな連中がジャンケンで収まるとは。もしアスセーナちゃんの仮説が本当なら、尚更マッハキングの恐ろしさが際立つ。適当にその辺の建物に触れて、少しでも情報を得よう。
――今日、一人の男がマッハキングに街の外まで投げ飛ばされた
「やりたい放題じゃないですか」
――昨日は二人がマッハキングに半殺しにされた
「さすがは悪の帝王」
いろいろ聞いてみたけど、その辺にある物じゃ大した情報は得られなかった。それでも少しずつ情報を繋ぎ合わせて、マッハキングの居場所が特定できつつある。
だけど、私達みたいなのがこんな掃きだめでいつまでも放置されるわけがない。3人の男達が、立ちふさがる。太った小男にガリガリに痩せたシャツ男。もう一人はバンダナを巻いて、堀の深い顔をしている。三人の中じゃ年長者だ。
「てめぇら、外から来たな! どうやって入った!」
「ここは俺達、バッドガイズが仕切ってんだ。部外者にうろつく許可なんざ出してねぇ」
「アニキ、やっちまいますか?」
やっぱり戦いは避けられないか。魔導銃こそ持ってないものの、切れ味がよさそうなサーベルがきらりと光る。上半身裸の太った小男が持ってるのはボールだ。両手でキャッチボールをして、意地悪そうに笑ってる。
そんな連中にアスセーナちゃんが臆せずに、わざとらしく髪をなびかせた。優雅を演出してらっしゃる。
「無断で立ち入って申し訳ありません。私達はあなた達のボスにお話があって来ました」
「ボスと? お前らみたいなガキどもが?」
「話にならないな……アニキ、やっちまいます?」
「待て。そいつらはあの扉を開けてきたんだろう。つまり只者じゃねぇ」
このバンダナ男が幹部かな。サタンヘッドの幹部とは違って、妙な静けさがあった。ティカに戦闘Lvを確認してもらおう。
「あの男、戦闘Lvが40を超えてマス」
「間違いなく幹部だね。何となく貫禄あるもん」
「冒険者でも何でもやっていけそうな強さですね」
「お、そうか?」
褒めたら気をよくして照れた。意外とかわいい。
「アニキ! 乗せられないで下せぇ!」
「おっと、いかんいかん。お前ら、ボスに話があるといったな。結論から言えば『帰れ』だ」
「ですよね。しかし、あなた達のボスは元々優秀な冒険者です。こんなところでギャングをやってる理由も知りたいのですよ」
「なるほど、お前みたいな小娘も冒険者なのか。それは確かに察するものがあるな」
やっぱり冷静だ。ボールデブのキャッチボール音がうるさい中、バンダナ男が何かを思いついたようにニィッと笑う。
「俺達と勝負をして勝ったらボスの元へ案内してやる。どうだ?」
「勝負とは?」
「この街では直接、バトるのは禁止だ。揉め事があったら必ずそれ以外で決着をつける」
「そこで決着がつけば以降、そのいざこざを引きずるのはなし! 破ればボスのおしおきが待ってる!」
「そうだ。しかも勝負方法はこちらから提示するからな。圧倒的不利だぞ」
掃きだめだの最悪だの言われていた割には緩い。なんだか拍子抜けだ。これなら必要以上に構える必要もないかな。確かに不利だけど、アスセーナちゃんなら何をやっても負けない。
「モノネさん、どうします?」
「面倒だけどやろうか。暴れても、いい事ない」
「よし、決まりだな。じゃあこっちの先行はボブだ」
「へっへっへっ! そうこなくっちゃな!」
出てきたのはキャッチボール男だ。キャッチボールでもするのかな。戦闘Lvは低そうだけど、歯を見せて笑うほどの自信だ。
「勝負は簡単だ。オレが投げたボールを一度でも取れたらお前らの勝ち。ただしチャンスは3回だ。挑戦者はどいつだ?」
「簡単じゃない! 私がやるわ!」
「え、ヒヨクちゃん。ちょっと待って。その手で……いや、翼で取れるの?」
「ここで一つ、後輩にハーピィに限界はないと教えてあげるわ」
「そこの羽女か。じゃあ、行くぞ!それっ!」
ボブが放った球は地面でバウンドして、明後日の方向へ飛ぶ。ヒヨクちゃんも面食らって、ボールを見失った。キョロキョロとしている間にボールが建物や塀でまた数回ほどバウンドする。
「きゃっ!」
「へっへー! 一回目は失敗だな!」
「せ、先輩!」
バウンドした球がヒヨクちゃんの背中に直撃した。ダメージはなさそうだけど、ちょっと痛そう。ヒヨクちゃんが涙目になりながらも、憎々しくボブを睨む。それに対して鼻で笑ったボブが憎たらしい。
やっぱり得意分野で仕掛けてくるだけある。アビリティかもしれない。コルリちゃんがヒヨクちゃんの背中を翼でさすって労わってる。
「このボブはろくな取り柄がないが、ボールの扱いだけは一流でな。この街の中なら、どこで投げても目標物へ当てられる」
「もはやアビリティ」
「降参するか? どーする?」
「やるわよっ!」
「先輩! 打ち返してぶちまけて下さい!」
正直、蹴散らしてしまおうかと決断しかけたんだけど予想外に熱くなってらっしゃる。ヒヨクちゃんの意思を尊重するべきか。
何をぶちまけさせるのかはわからないけど、応援するしかない。ボブがボールを拾いに行く前に、優しく拾ってあげた振りをして『ボール君、ヒヨクちゃんに取らせなさい』と命じればゲーム終了なんだけど。
◆ ティカ 記録 ◆
ジョーカーの街 異色ではあるが ある意味で
平和かもしれなイ
しかし ギャングの中でも最大勢力 ひとたび争えば
サタンヘッド以上に 長引くのは 間違いなイ
それに あの面々を見ただけでも わかル
個性派揃いで 個々の戦闘力も 恐らく サタンヘッドより 上だろウ
争うよりは このゲームに付き合うほうが 無難ダ
このキャッチボール マスターが先に拾って ボールに命じれば
そこで終わるというのに 優しいマスターは ヒヨクさんを慮ったのだろウ
引き続き 記録を 継続
「海水浴に行きたいですね」
「日光を浴びて砂浜で寝たら気持ちいいだろうね」
「新調した水着を着て、二人で水をかけ合って……」
「波の音がいい子守歌になってくれそう」
「そして夕暮れ時、誰もいなくなった海岸で二人は……」
「何なの、この認識のズレは?」
「イルシャちゃんが焼きメンでも作ってくれたら最高だね」




